第6話 後始末が大変だった

 グラクイの一部が、かなり近づいて来た。


 大尉には気の毒だが、テントに免じて最初の攻撃を受けてもらおう。もう少しひきつけたい。

 もう、ロックオンされてきている。GPSがピーピーわめき始めた。ロックオンしてきているグラクイと反対側に身を隠して、テントにレーザーがあたるように仕向ける。


『ノッチ、危険だ』


 ささやくような微弱なジェレミーの声が切れ切れに聞こえた。


 その瞬間に、最初のレーザーがテントに、十発程度命中し、白い煙を上げるのと、目がくらむばかりの光爆弾がとどろきわたるのが同時だった。


 いや、光爆弾は実際には無音なのだ。だが、閃光はあまりにも強烈で、とどろき渡るというのが雰囲気としては近い。


 人間だって見るわけにはいかない。完全に眼も体も覆った上でスイッチを入れたのだ。


 同時に放ったのであろうレーザーが数本、テントに突き刺さっていた。私の体を逸れたのは運がよかっただけだ。大尉には当たりっこない。テントは完全防護だ。



 周りを見た。


 すごい。


 大成功だ。グラクイが倒れまくっている。


『ノッチ、無事か?』


 今度は、はっきりしたジェレミーの声が聞こえた。


『ノッチ、返事してくれ。もう、大丈夫だから。無事か?』


「大丈夫だ。たぶん、大尉も大丈夫だと思う。テントから出てないから」


『大成功だ、ノッチ。すばらしい。だが、やつらに止めを刺そう。気絶しているだけだから。起き出されると面倒だからね。周辺に配置したメンバーには、全員ナイフを持たせた』


「物騒な世の中だな、ジェレミー」


 私はつぶやいて、大尉を起こしにかかった。


「大尉、バルク大尉、起きてください。ちょっとトドメをさしたいんで」


 トドメをさすって、変な用事だ。


 大尉は、本当に寝ていた。


「……なんだ?」


「グラクイの襲撃です」


 大尉はすっと起き上がった。


「しかし、光爆弾で気絶させてあります。掃討作戦です」


 大尉は表情を変えず、その薄い色の目で、さらりと状況を見回した。グラクイが死屍累々だ。


「なぜ起こさなかった」


「大尉が起きると、グラクイが逃げます」


「ここまで接近したら、やつらだって、逃げたりしないだろう。この状態でも、起こさないのは、却って危険じゃないのか」


 あ、なんかバレてる。


 一人でやってみたかっただけなんだ。いちいち大尉の許可を取るのが、めんどくさかった。


「ええっと、光ボムの操作は一人で大丈夫です。見ての通り、絶大な効果がありました。実験大成功です!」


 ジェレミーが起こすなと言ったのは本当だし。ちょっと必死になった。


 大尉の頬がふっと緩んだ。


「よおし、ノルライド、次は何だ」


「あいつらは、気絶してるだけですから、これからトドメをさせと言われています」


「ふーん、殺人鬼だな?」


 グラクイは人ではない。変な生き物だ。私は黙って、でかいナイフとレーザーと予備の火器を彼に渡した。




『バルク大尉』


 そのとき、ジェレミーじゃない声が、GPSから話しかけてきた。癖のある抑揚の甲高い声だ。


『ちゃんと寝られたようだね。ノルライド曹長は美人だから、心配してたんだ』


「中佐……こんな凄腕ハンターになんてこと言うんです。腕前はとにかく、顔なんか見ちゃいませんでしたよ。寝ていろとか言って、寝てる間にローストになるところだった」


『ローストだなんて心配無用だ。ノルライド曹長は、軍でナンバーワンだ。一番安心さ。それにしても大成功だな。これだけの数のグラクイをおびき出せるとは』


 説明するオーツ中佐の声は、得意げで笑いを含んでいるようだ。成功を誇っているようだった。


 私は黙ってレーザーガンでトドメをさす方に専念した。狙いをつけてぶっ放す。

 正確できれいですばやい動きだ。リズム感すら感じられる。

 距離が近い分、次から次へと、首が跳ね上がるのがよく見える。バルク大尉も見ているようだった。


『来年の予算措置の時期が近いので、そろそろ、何かしないといけなかったからね』


「私とノルライド曹長の命より、予算が心配だったんですね?」


『君とノルライド曹長なら、全然大丈夫だと思ったのさ。ふたりとも殺しても死なないよ。無論、バックアップ体制は完璧に整えた上での実施だ』


 何を言ってるんだ。殺されたら、死ぬに決まっている。


 要するに、来年の予算が心配だったと。


 あまりにもグラクイとの遭遇率が低いので、業をにやした作戦部が少々手荒な手口を思いついて実行したら、意外にも当たったわけか。


「適当すぎる……」



 オーツ中佐は、その後も、この作戦が当たったことをずっと自慢にしていた。

 でも、あとになってわかったことだが、成功した本当の理由は全然違っていた。グラクイは目的があって押し寄せたのだ。GPSにおびき寄せられたわけではなかった。私たちは、グラクイのことが全然わかっていなかったのだ。




 時々GPSを確認し、赤い点が点滅している個体があるかどうかを確かめた。周辺部では、二つ、三つ、動いている赤の点が見受けられたが、それ以上に緑の点がえらく熱心に動き回っていた。緑は軍で、赤はグラクイだ。赤が灯ったら、緑が急いでつぶして歩いているのだろう。


 私も倒れたやつらに近づいて、直接つぶしにかかることにした。


 背中のリュックからレーザー剣を引っ張り出す。これは非常に軽量で鋭利だ。私でも簡単に扱える。刀身にレーザーが巻いている。これで切る。距離を飛ばさないのでエネルギーがかからない。


 鋼の刀なら体液が付着して切れ味が悪くなるが、これはそんなことは無い。


 きちんと赤の点の復活が無いことを確認しながら進むのであれば、安全だし経済的、効率的だ。

 こまめに首を切り落として歩いた。


 「待ってくれ。私も手伝おう」


 話が終わったらしいバルク大尉が追いついてきた。

 意外に律儀な男であった。せっせとレーザーで首切り作業に参加してくれた。


「漏れが無いように気をつけよう」


 別に話すことは無いので、二人とも黙って作業を続けた。もっともバルク大尉は、気になるのか時々こっちをチェックしていたが。


「アッ……」


 うっかり首ではなく腹まで切ってしまった。こんなに大量のグラクイの始末をしたことがないので、仕事が荒くなってきた。かがんで切って行くのは、なかなか重労働になる。


「とはいえ、ちょっと休憩するにしたって、ここは嫌だな」

 

 大尉は周りを見回して言った。

 確かにそうだった。赤い血ではないが、首を落とされたグラクイの死体が延々と続いていた。


 中心の敵さんたちは、完全に失神しているのでさっさと止めを刺せるが、周辺部はたまに起き上がる連中がいるので、結構てこずっているようすだった。


 大尉もGPSを確認して、


「意外に手間取ってるな。急がないとやつらがひょっこり起き出すかもしれない。今はチャンスだから、周辺部だけじゃなくて、ここも援軍を頼んだほうがいいな」


 大尉は、ジェレミーと交信を始めた。援軍依頼は大尉に任せて、私は続きをしていた。


「こちらはバルク大尉だ。ジェレミーか? 中佐と話したいんだが……」


 そのとき、私は、自分がさっき間違えて切ってしまった敵の腹を何の気なしに見ていた。

 グラクイの腹は、大きく無駄に切り裂かれ、中から変わった色……緑色めいた色彩が見えたような気がした。


 やつらは、黒一色の生き物だ。

 だから、色を見るとびっくりした。

 目の錯覚かと思った。

 でも、違うらしい。


 レーザーの電源を点けたまま、私は、慎重にもう少し切り裂いてみた。


 そこには、緑色にてらてらと光る球状の物がぎっしり詰まっていた。ソフトボールの球を歪ませたような形と大きさ。


「大尉!」


 私は叫んだ。

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