第5話 作戦は成功したけど、成功しすぎて危険
大尉は、私の表情を読むとこう付け加えた。
「大丈夫だ。一週間なんかいやしない。今晩と明日の晩くらいまでだ。私の個人的な意見を言うと、成果は期待していない。でも、まあ、やってみて損はないだろう。特に準備も要らないしな。で、オレは今から寝かせてもらうよ」
大尉はテントを指した。私は平然としていたが、内心はあきれ返っていた。
ぜんぜん効果はなさそうなバカげた作戦だと思う。だが、口に出すことは許されなかった。一兵卒の感想なんか何の役にも立たない。
「ふたりが別々に警戒と睡眠をとるのは鉄則だからな。君は寝たとこだろ。見張っておいてくれ。なにしろ、作戦部は昼間起きて夜は寝てるんだ」
「承知いたしました」
私はおとなしく答えた。彼は上司だ。作戦部の指示は絶対だ。
「うん、君の腕前なら安心だ。じゃ、よろしく」
バルク大尉は、テントを慣れた手つきで開けると、さっさともぐりこんでしまった。あれは私のテントなんだけど。
軍が今、血道をあげていることはふたつある。
ひとつは、グラクイの有害性を立証すること。
もうひとつは、グラクイが有罪でも無罪でも税金分だけ殺戮することだ。
有害性の立証のほうは、まったくの行き詰まりだった。
グラクイが生息している場所の空が暗いことは事実だが、関連性は説明できないでいた。
比較だけでもしたいので、グラクイが出現する前後の気象データ(特に光度)を比べたかったのだが、昔のデータは散逸していたり、元々なかったりだった。
特に、武装しているグラクイのいる、この地域のデータが欲しいところだったが、一番ありそうなのが、旧の気象センターの建物の中だった。
残念ながら、旧の気象センターの場所は、グラクイの本城と呼ばれているエリアのまん中にあった。当然、やつらがうじゃうじゃしている。これでは危なくて、そばに近づくことすら出来ない。
グラクイは体が人間より小さくて、一対一なら、まず命の危険はなかった。だが、グラクイの本城みたいな所は別だ。あそこにはグラクイがどれくらい潜んでいるのかわからない。多くのグラクイから、集中攻撃を受けたら相当危険だ。
もうひとつのグラクイの殺戮の方も、たいした成績は上がっていなかった。
世界中の誰もが戦争を起こす気力なんか全然なかったので、軍は存続の危機に立たされていた。
組織が生き残る唯一の生命線が、グラクイ退治だったのに、それも、はかばかしくないとあっては、まったく言い訳が立たなかった。
グラクイを本気で殺したければ方法はいくらでもある。たとえば毒ガスを使えば、一気に壊滅するだろう。
だが、そういったリスクの大きい大量殺害兵器を実戦で用いる場合には、二週間前に議会の承認を得ることが必要だった。毒ガスは人間にも影響が出る可能性がある。まず百%許可は下りないだろう。
作戦部とバルク大尉の言い分は理解できたが、どうせなら先に説明して欲しかった。
だけど、来ちゃったものは仕方が無いので、とりあえず、日が沈み始めた荒野を油断無く見張ることが今晩の仕事になった。
こちらから出向いてあちこち敵を探すわけには行かなかった。バルク大尉が、テントの中で、があがあ寝ているのである。
まあ、あれだけやりあった後、敵さんが来てくれるかどうかはわからない。
あいつらも休戦する可能性の方が高い。
それでも、じっとGPSを見つめていた。
星空はもはや存在しない。細かい砂が空を覆っているのだ。雲も一役買っているのだろう。金星すら見えない夜だ。そのくせ妙に明るい。夜と昼があいまいになってしまっている。
光輝く昼がないので、静かに秘められた夜もなくなった。歌も詩もなくなっちまったのだ。
だが、私は、この空が好きだった。
よく見ると、雲だか砂だかは、ものすごく色は薄いが、オーロラのようにさまざまに変化しながら、濃紺やオレンジ、緑やピンクなど、自然ならではの見事な色彩と模様をくるくると消えたり輝かせたりするのだ。
たったひとりで、暗い空を見つめていると、静かに心が伸びていく。もしかしたら私はこのためだけに生まれてきたのかもしれない。この空を見るために。
だが、現実問題として、空を見つめるのをやめてGPSを確認して仰天した。なにか叫んだかも知れない。
数知れない赤い点が、周辺へひたひたと押し寄せてきている。
今はまだ、GPSの範囲を最大にしてやっとわかるくらいの距離だが、尋常でない。
「作戦大成功じゃないか」
思わずつぶやいた。
数百からの数だった。
だが、大成功にもほどがある。
この数をたった二人では応戦できるわけがない。大尉をたたき起こして、GPSで二人して逃げるか。
逃げるのは別に不名誉でも何でも無い。だた、指をくわえて死ぬのを待つだけだったら、その方がよっぽど不名誉なことだ。て言うか、それは単なるバカである。
もし、戦うなら対処方法として考えられるのは、たったひとつ。
グラクイを至近距離まで惹きつけておいて、与えられた新型の光爆弾を撃つ、それしかない。
思わずニヤリとした。やってやろうじゃないか。うまい具合にバルク大尉は高いびきだ。口出ししたくても出来ない。
光爆弾といっても、たいしたものじゃない。
要は、明るいだけだ。
何しろグラクイは光が苦手だ。彼らの可視光線の範囲は我々とは異なるらしい。そして、強い光は非常に刺激的で、とてもまずい効果を彼らに与えるらしく、ノックダウンしてしまうのである。
レーザーがロックオン出来ない、ぎりぎりの距離まで、グラクイを引き付けておいて、光ボムを撃てばかなりのダメージを与えることが出来るだろう。
GPSがほんのかすかな交信を捉えた。
ジェレミーだ。
『いいか。大尉は寝かせておけ。彼はいわばおとりなんだ。過去にさんざんグラクイを殺した兵士のGPSを、彼に持たせている。グラクイは、それに反応しているんだ。GPSは所有者の状況に反応する。大尉が寝ていれば、全員分がスリープ状態だ。彼らが油断する。彼らを充分ひきつけてから光爆弾を使え。光ボムの実効性のテストが出来る。グラクイの大群の外側は、我々の部隊が取り囲む。やつらが光ボムで弱ったところを総攻撃だ。わかったね、返事は要らない。グッドラック、ノッチ』
「オーケー」
返事ではなく、口の中で私はつぶやいた。
おとりか。
大尉はどうせうまくいかないだろうと言っていたが、ものすごいヒットじゃないか。成功する可能性だってあったわけだ。ある意味、大尉は大物だ。こんなところで、おとりと知ってて、平気で寝ているとは。
私はGPSとにらめっこで、手早く光爆弾のセットをした。コイツは高価なので、実は一度しか使ったことが無い。手順を何回も確認した。
円を描いて近づく彼らをじりじりしながら待つ。
困ったことに、彼らは、均等な円を描いて近寄ってきているわけではないので、近い連中がロックオンし始めた時に、光爆弾を撃つと、遠い連中への効果が薄れることになってしまう。
どの距離感で、撃つかが問題だった。
数えてみようとしたが数え切れなかった。
我々二人のためにしては、信じられない大部隊だ。グラクイってこんなにたくさんいたのか。
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