Give me s kiss 『あなたが好きよ』③

4月。職員室。

 林田鞠哉のデスクの上に置かれた入部届。名前の欄には「五峰茉莉」の文字が躍っている。その下の活動内容欄には「世界各国料理食べ歩きとその記録(不定期)」とある。


 部室。

 茉莉が先頭を切って部室の大掃除が行われている。ほうきと塵取りを持って、控えめながらもテキパキと先輩三人に指示を出している茉莉。埃っぽくなった室内では、マジックペンで「あゆみ」と名前の書かれた持参のボックスティッシュで亜優美がしきりに鼻をかんでいる。どうやら案外ナイーブな体質らしい。麻耶は特に嫌な顔などせず、淡々と壁一面に張られた紙の剥がれを固形のスティック糊で一枚一枚丁寧に直している。千絢といえば部室のドア外、廊下に置いたパイプ椅子に座ってスマホをいじってサボっているが、その膝の上に茉莉が「これちょっと持っててくださいね」とどんどんと室内の本や小さい段ボールなどの荷物を重ねていく。「おい待て待て、わかった手伝うから」と千絢が言うよりも早く、そのタワーは彼女を巻き込んで崩れてしまったのだった。


 5月。一階『南廊』下にある通路の自動販売機エリア。

 海報研かぽけんの四人がジュース奢りを掛けたじゃんけん勝負をしている。どうやら一抜け麻耶、二抜け亜優美となったらしい。残された千尋と茉莉が睨みあう。千絢の真剣な表情に茉莉がつい気後れして目をそらすが、麻耶と亜優美の声援を受けて深呼吸。その眼鏡を外してスカートのポケットに仕舞うと、目つきが鋭く変わった。今度は逆に千尋が精神的に追い詰められる。固唾を呑んで見守る亜優美と麻耶。さあ勝負だ!!激しい「あいこ」三回の末に、茉莉の勝ち。「やったあっ!!」抱き付く亜優美と麻耶の間で、嬉しそうな茉莉。すると麻耶が、眼鏡を外した茉莉の顔をまじまじと見て「めっちゃかわいい!!」と絶賛する。ジュースを買って取り出し口に手を入れていた亜優美と千絢にも呼びかける。やたら茉莉を褒めちぎる三人の輪の中で、火照った頬に戦利品の冷たいミックスオーレの缶を押し当てて茉莉が照れ笑いしている。


 6月。朝。五峰邸、茉莉の自室。

 古風な畳敷きの部屋にカラフルなラグが敷いてある。しっかりとした作りの木組みのシングルベッドにピンク一色の寝具。八畳ほどの室内にはいささか存在感のある年代物のアップライトピアノと、そこにミスマッチな量販店を思わせる六段程度のフェイク合板の洋服箪笥。それらに挟まれた位置に置かれた、茉莉が小学校時代まで使っていったと思われる学習机。その上に、いかにも真新しい小さなスタンドミラーが置かれている。「よし」といって顔を上げた茉莉の顔に眼鏡はなく、どうやらコンタクトレンズに挑戦しているらしかった。その髪型も以前より前髪がサッパリとしていて、いくらか垢抜けた印象を与えている。愛用のメガネをクロスで丁寧に拭き取ってからケースに収納すると、それを一番上の引き出しにしまった。


 7月。2年生の教室。

 終業式が終わって短いホームルームの解散後、職員室へと引き上げようとしていた初老の担任教師に、茉莉が「夏期長期休業アルバイト許可願い」を提出する。それまでの彼女からはギャップのあるその申し出に、若干驚きの表情を浮かべて茉莉の顔を覗き込む彼だった。


 どこかのスーパーのバックヤード。

 制服姿でアルバイトの面接を受ける茉莉。ひどく赤面してガチガチに緊張しているが、対応している若い女性管理者の表情を見るに評価はまずまず悪くないようだった。

 店の外に出て駐車場の隅、スマホを両手で耳に押し当てた茉莉が小さくジャンプしながら無事に採用された旨を涙目で話している。電話を受けている相手は麻耶で「オッケーだって!」とほか二人に伝え、それに千絢と亜優美も盛り上がる。


 8月。夏休み。スーパーマーケット『ビージエ』の店内。

 地味なスカイブルーのTシャツとウォッシュジーンズの私服に、ぎこちないオレンジエプロンを着けた茉莉がレジに立っている。昼時のピークを過ぎ、やっとお客が途切れ一息ついていた所に海報研の三人がニヤニヤした笑顔でやってきた。思わず笑顔になる茉莉。カゴいっぱいのお菓子や飲み物を茉莉がレジに通す。知り合いということもあって軽く雑談しながらのスキャニング作業だったが、突然けたたましいアラーム音が鳴って茉莉がビクッと固まる。『年齢確認の必要な商品です!!』。桃のフレーバーリキュール缶、アルコール飲料だった。「ちょっと駄目じゃないですかやめてくださいよ」と小さく怒る茉莉が千絢を見る。「あたしじゃねーよ」と麻耶を見る。「ウチも違う!」と亜優美を見る。ついに亜優美が観念して「てへっ!」。

 夕方。茉莉のバイトがあがって四人がどこかへと歩いている。千絢・麻耶・茉莉のだいぶ後ろを「もうごめんってばあー」と、大量の荷物を持たされた亜優美が半べそをかきながら追いかけてくる。ほかの三人は、これも亜優美に奢らせたらしいアイスキャンディーを食べながら悠々と歩いている。茉莉は時々心配そうに亜優美の方を振り返るけれど、それでもこの状況を楽しんでいるようだ。

 到着したのは誰も居ない学校。もうあたりは暗くなっている。普段ならば入ることのできない、外部から教室棟の屋上へと繋がる『外階段』(と言っても露出はしていない非常階段)へ入るドアを、何の手間もなく開ける千絢。「えっなんで!?マズイですよ!!」と戸惑う茉莉に「いいから」と言ってどんどんと階段を上っていく三人。茉莉も慌てて追いかける。

 屋上へ到着すると、ちょうど近くを流れる一級河川の上空に大きな花火が上がったところだった。わあーっという歓声もそこそこに、亜優美が運んだビニールシートを広げてそこに腰を下ろす三人。一方、ひとり呆然と空を見上げ続ける茉莉。そんな無防備な彼女の首筋に(これまた亜優美が運んだ)クーラーボックスでキンキンに冷えたペットボトルを押し当てる。「ひゃあっ」という絶叫と共に振り返った茉莉に「絶対に、だからな」とそれを差し出して悪戯に笑う千絢だった。その様子に亜優美と麻耶が爆笑しながら、それぞれの飲み物を手に乾杯の準備をしていた。夏の夜空に浮かんだ大輪の花たちも、まだまだその数を咲かせそうだった。


 学校。職員室前の廊下。

 新学期が始まると、校内には『校舎外階段の封鎖について』という張り紙が大量に貼られた。やけに威圧的に、部室近くの学内掲示板にまで貼られたそれらに茉莉が気付き青い顔で何か言おうとするが、三人はとぼけた顔で、まるでそんなもの見えないふりをしてスタスタと先を歩いていく。


 9月。部室。

 駄弁っている先輩たちの傍らで、熱心に訳詩に取り組んでいる茉莉。たまに問いかけに答えて笑顔を見せたり、麻耶にその内容を尋ねられたり、亜優美に「音読される妨害」を受けて恥ずかしがったりしている。


 部室。

 仁王立ちした三人の前で、椅子に座りヘアバンドを装着した茉莉が、スケルトンピンクのスタンドミラーと睨めっこしてメイクアップの特訓をしている(させられている)。心なしか眉が薄くなっていて、旧時代の公家くげを思わせる出で立ちだ。どうやら後ろの3人が偉そうに教えている。やれ「眉が高い」だの、やれ「チークがキツイ」だの、「ファンデが白くてズルい」だの、「そこまでとキモい」だの、「てゆーかメイクしなくても充分かーわーいーいーっ」だの好き勝手に言っている様子だ。


 部室。

 仁王立ちした茉莉の前で、三人が高校最後の期末テストに向けて勉強している。千絢は音楽を聞きながら案外素直にノートに向かっていて、亜優美も頬杖を突きながら茉莉の目を盗んではスマホをいじったりして、それなりにやり過ごしている。一方で麻耶はどうやら勉強が大の苦手らしかった。苦悶の相を浮かべて今にも泣きそうな表情だ。いつも茉莉をフォローしてあげる麻耶の優しさが災いして、茉莉も「今こそ麻耶の役に立とう」と余計に燃えている様子だった。たとえば英語ならノートに二、三単語を書いたと思ったらその頭をテーブルに突っ伏して弱音を吐くが、すぐに茉莉に起こされてしまう。


 10月。休日の夜。五峰邸、茉莉の自室。

 亜優美から貰ったお下がりの姿見の前で、茉莉が制服の着崩しを研究している。恐る恐るスカートの丈を微調整してみたり、ブレザーのボタンの位置を調整してウエストの絞りをきつくしてみたり、楽しげに試行錯誤する茉莉。その傍らベッドの上には祖母の裁縫セットを借りたのか、朱塗りのケースに入った裁縫バサミやカラフルな綿糸、ボタン、針山なども見える。また、まだ学期の途中だというのにオシャレの勢い余って髪の脱色ブリーチを敢行してしまったらしく、髪が少しだけ赤くなっている茉莉。「喉が渇いたなあ」と上機嫌のままキッチンへ向かう途中に小躍りで玄関前の廊下へと飛び出した茉莉だったが、丁度そのタイミングで都心に住む両親が突然引き戸を開けて訪問してきた。互いに硬直したまま対峙する両者。明らかにした愛娘の姿に、呆然として手土産の紙袋を落とす父。一方でその目に茉莉の姿を捉えてもなお無表情のままの母。もちろん都合が悪いのは茉莉の方だった。きびすを返して逃げ出す茉莉を、一転して鬼神きじんの形相で追い駆ける母。履いて来たストレッチヒールのブーツを上がり間の隅に脱ぎ転がして、あっと言う間に茉莉を廊下の隅へと追い詰めた。まるで首根っこを掴まれた犬猫の様に浴室へと連れていかれた茉莉は、こんな事態を見越して母があらかじめ戸棚に用意しておいた黒の『毛染め液』を、ブラウスを脱ぐ暇もなくその頭に無理やりかけられた。粗目のタイル張りした床に抑えつけられながら髪を揉みくちゃにされて、「痛い痛い痛いっごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ痛い痛い痛いっ」と何故か三回ずつ交互に繰り返し叫び続ける茉莉の様子を、ひどく心配そうな祖父母と生気の抜けた表情の父が遠巻きに見つめている。

 次の日の部室。ふてくされた様子の茉莉が事の顛末を三人に話している。不自然なほど真っ黒で妙なテカりを持ったダメージヘアがなかなかに滑稽だった。その可愛げのある非行エピソードに、千絢たちは目や口を手で覆って肩を揺らしながら笑いを堪えている。茉莉が必死に何かを訴えとうとうテーブルに突っ伏して泣き出すと、ついに堪えきれず三人が大爆笑する。共感と励ましを求めていた茉莉がムッとなって今度は立ち上がって抗議すると、それがさら拍車を掛けてテーブルに床に笑い転げる三人。「もういいよ!」と部室を飛び出していってしまう茉莉。

 後日。若緑わかみどり地に水玉のワンピースとデニムのショートパンツ、黒のハイデニールタイツを合わせた私服の茉莉。麻耶の母親が営む美容院に茉莉を連れていく三人。新しいカットに挑戦し、毛染め液で荒れたカラーも派手にならない程度の色味へしっかりとやり直して、見違えるように綺麗になった茉莉の髪。その後『ビージエ』での買い出しを済ませて、おろし種苗しゅびょう用品店であった亜優美の自宅へと移動すると、今夜はどうやら四人での『パジャマ・パーティー』のようだった。


 教室棟二階の廊下。

 休憩時間に茉莉がひとり歩いていると、ある女子生徒から話しかけられた。『被服研究部(コス研)』の部員だという彼女は、来月に催される文化祭でのファッションショーへの出演を茉莉に打診してきたのだった。恐縮してすぐに断る茉莉だったが、「五峰さん最近すごくきれいになったから」と上手く褒めちぎられて、つい満更でもないままに回答を保留してしまう。しかし、それを端から見ていた二人組の女子が何やら面白くない表情を浮かべている。

 放課後。南廊へと向かう人気の少ない廊下で茉莉を待ち伏せたくだんの二人組。偶然を装って茉莉を呼び止めると、何やら遠回しな嫌味を茉莉に投げかける。何も言い返すことが出来ずに、困惑したまま固まってしまう茉莉。そこへ同じく部室へと向かっていた亜優美と麻耶が通りかかる。遠目に異変を察した麻耶が茉莉に呼びかけると二人組はあっさり退散したが、茉莉は相変わらず沈んだ表情のままだった。部室で千絢とも合流して茉莉から詳しい経緯を聞きだす三人。「あたしがそのコらといいけど」と提案する千絢だったが、それも茉莉にとっては不本意な対処法の様子でどうにも頭を抱える三人。すると亜優美がある奇策を思いつく。それを麻耶に耳打ちすると、麻耶も賛成したようでそれを彼女から千絢へと耳打ちした。「はあ!?やるわけねえだろ!!」と拒否した千絢だったが、茉莉のあまりに消沈した様に渋々ながらも承諾するのだった。


 11月。文化祭当日。

 「要はさ、マリっちがちーちゃんのになればいいんだよ!」という亜優美のアイデアを受けて、急遽ファッションショーに出演することとなった千絢。その女子人気は学年と校内外を問わずに凄まじく、『コス研』が割り受けた「文化祭2日目・第ー体育館・午後2部」は例年にないほどの大入りとなった。当の千絢はといえば、ある参加条件を提示してそれが承諾されたために、それ以降は準備の各段階において意外にも意欲的に参加していた。それもそのはずこれから彼女が着る衣装は、映像作品PVで使用されたの衣装をコス研が残された短期間に総力を挙げて忠実に複製レプリカした物だったからだ。

 いざ本番。予想もしなかった大勢の観客を見て、準備に徹夜してきたコス研部員たちも感慨深げ。ラインウェイを歩く校内モデルたちも男女問わずに気合が入る。そして最終盤、『放送設置ほうそうせっち研究部(セッ研)』肝いりの舞台音響から、『男性4人組V系バンド・深淵より咲きし黒き福光ピュアブラック・オン・ダーキーブラック(ブラオン)』の楽曲『鈍錆色の城メモワールスイートダンスホール ~堕ちた白を(略)』が爆音で流れ始めると、いよいよ会場は異様な熱気に包まれる。

 ついにその時がやってきた。高潔さ漂うビロードの黒マントを纏って中世の王侯貴族を思わせるような衣装コスチュームの千絢が、颯爽とランウェイへと躍り出る。観客から割れんばかりの「「「きゃーーーっ!!!」」」という黄色い歓声が起こる。ファッションショーだというのに何故かその口元に無線ラジオヘッドセットマイクが装着された千絢が、「ありがとう!ずいぶんお待たせしたね!」とクールな口調で観客を煽る。「さあ、みんなに紹介するよ!彼女こそがボクのスイートだ!!」そう言って舞台袖に控える茉莉に登場への花道を整える千絢。しかし、一方の茉莉は土壇場で怖気づいてしまい、その場から一歩踏み出せずに固まってしまった。何とか説得を試みる袖付きそでづのセッ研部員だったが、茉莉はついに涙目でその場にしゃがみ込んでしまう。その緊急事態に機転を利かせたセッ研部員は急遽でアナウンスを追加する。「ああ、王子たいへん!!お姫様はどうやらご機嫌斜めよ!!どうか王子が手ずから迎えに来てあげて!!」。本来の予定にないそれを聞いて茉莉の異変を知った千絢が舞台袖に戻る。「さあ、おいで!!」マイクオンのままで千絢が茉莉の手を引く。それでも茉莉は動けない。「みんな君に逢いたがってる!!君はとっても綺麗だよ!!」。それでも勇気が出ない茉莉。そこへ壁マイクと千絢がさらに観客を巻き込んで一気に煽る。「ワガママなお姫様に王子が困ってる!!観客のみんなも手伝ってあげて!!」「僕のスイートの、その名は『まつり』!!みんなで名前を呼んでくれ!!さあ!!」「行くよ!!せーのっ……」「「「 まあああつりちゃーーーんっ!!! 」」」。その大合唱を合図に、千絢に強引にその手を引かれてとうとう茉莉がランウェイに姿を現す。

 まるで空へ飛んでゆかんとばかりに悪戯に空気を蓄えたパニエフリルのスカートと、大きく開いた胸元にインパクトを与える――(公式設定まま)――大きなクリムゾンレッドのリボンが印象的に映える、『ゴシックロリータ』調のロングドレスに身を包んだ茉莉。漆黒を基調としながらもそのヘッドドレスに細やかなゴールドラメのレースやライニング装飾を備えて、否が応にも観客の目線を茉莉の表情へと惹きつける。

 「「「 きゃあああっ!!!かーわーいーいーーーっ!!! 」」」

 何かアクションを起こすまでもなく、観客からの大喝采を浴びた茉莉は、ようやくその顔を上げる。見ると、大いに沸いた観客のその最前列にあの二人組女子が立っていた。二人ともどこか惚けて千絢と茉莉のアベックに見蕩れている様子だった。すると千絢が茉莉に「ファンサービスしておけよ」と耳打ちする。それを聞いて意を決した茉莉は、その手に持った『青い薔薇のブーケ』をランウェイの先端から精一杯手を伸ばして彼女たちに手渡した。「え!?なんで!?」と思わず面食らった様子の二人。その油断しきった表情を目にしてやっと心の凍てつきが溶けた思いの茉莉が、言葉は返さないままに、観客席へと挑発的なウィンクを投げた。「御機嫌よう!!」。

 その後、千絢のに合わせて『鈍錆色の城メモワールスイートダンスホール ~堕ち(略)』の熱唱をランウェイ上で披露した茉莉。「「「ちひろさあああんっ!!!」」」「「「五峰ごほう先輩やばすぎるっ!!!」」」「「「まつりちゃんすごおーーーいっ!!!」」」と口々に叫ぶギャラリーたち。その高校の文化祭には、あまりにな歌唱力にてられて、第一体育館は収集が付かないほどの狂乱状態となった。

 この日『五峰茉莉ごほうまつり』の『勢力頒布図スクールカースト』は反則的にも押し上げブーストされ、生徒たち(主に女の子たち)の間で『煤元千絢すすもとちひろ』に次ぐ位置にその名前を記憶させることとなった。

 体育館の入口では亜優美と麻耶がハイタッチしている。どうやら彼女たちのは大成功だったようだ。


 12月。管理棟三階の廊下。

 体育教師の堂島に絡まれる三人。この寒さから、校則で禁止される『ハニワ』(埴輪はにわ。スカートの下に長丈のジャージを履いた格好)で校内をうろついていたためだ。緑のジャージを指さして何かを怒鳴っている堂島を前に「参ったな」といった表情で頭をかく千絢と、その両サイドでふて腐れた態度でそっぽを向く亜優美と麻耶。すると堂島の背後から突然の悲鳴が聞こえてきた。その尋常ならざる雰囲気に堂島が駆け出すと、その先には茉莉が立っていた。窓を開けて眼下の生徒駐輪場を指さしながら「あれ!先生、あれっ!!」と叫ぶ茉莉。「どうした!?なにかあったのか!!?」と駆け寄り窓から身を乗り出して確認する堂島だったが、窓の外には何の異変も起こってはいなかった。当惑して彼が振り返るとそこには「ハニワ」の三人を含め、もうだれの姿もなかった。

 大笑いしながら、一階の自販機エリアまで走って逃げてきた四人。「おまえ、わりぃ奴だなあ」と千絢たちが茉莉に笑いかけると、それに満面の笑顔で返して無言のままその手を差し出す茉莉。ポカンとする三人。隣を見ると、そこは『あったか~い』で埋まった自販機の前。つまりを寄こせという訳だ。この娘もずいぶん逞しくなったよなあと感慨深げに、それでも若干引きつった表情の三人だった。


 1月。元日。地域にある大きな観光社への初詣。

 社殿に向き合い何度も何度も熱心に合格祈願する麻耶。それを横目に見ながらのんびり私生活のことでもお願いしていそうな亜優美。茉莉も二人に倣って手を合わせる。そんな三人を「やれやれ」と云った風で置き去りに、足早に立ち去っていく千絢。向かった先は売店だった。ひとつ千円ほどはする、『学業御守護』と丹念に刺繍が施されたお守りを購入する千絢。追い付いた亜優美と麻耶が彼女に抱きつき「ちーちゃん!!ありがとっ!!」「もう素直じゃないんだからからあ!!」とはしゃぐが、そんな二人に千絢がひと言「これ全部、あたしの」。唖然とする亜優美と麻耶。そんなやり取りを端から見ていた茉莉。前途に底知れぬ不安を感じて、社殿の方へと振り返りもう一度手を合わせる。


 2月。駅前。雪の歩道。

 白い息をたっぷりと吐き出して、茉莉が小走りに歩道を行く。手に持ったスマホの裏面に一枚のプリクラが見える。デコ落書きで「っ!!いえーい!!」の文字。剥がれないように透明なビニールテープでコーティングしてあるようだ。

 駅へと続く陸橋通路の階段の下で千絢・亜優美・麻耶が待っている。私服だった。三年生はすでにその出席義務を終えて、残る登校は卒業式のリハーサル日を残すのみとなっていた。

 雪の路面に足を取られながらも、三人に駆け寄る茉莉。制服の自分と私服の三人。そのコントラストに一瞬寂しい現実を思い出したような表情を見せるけれど、すぐに誤魔化して笑顔を見せた。どこかへお出かけだろうか。階段を上り、四人揃って駅の構内へと消えていった。


 この日々も、間もなく終わりを告げる。本当にあっという間の一年だった。



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