Track-02 : Give me a kiss 『あなたが好きよ』

Give me a kiss 『あなたが好きよ』①

 父親が転勤族の五峰茉莉ごほうまつりは小学校卒業を機に故郷を離れた。それまでは娘のためになんとか残留を願い出ていた父だったが、それもさすがに限界だった。

 幼稚園、小学校と続いた友達とも別れて、遠く都心の中学校へと進んだ茉莉。新しい環境にも何とか適応しようと格闘するが、もとの内弁慶な性格からか周囲と上手くなじめず、徐々に暗く内向的な性格になってしまう。文芸部に所属し、優等生として評価を受けながらも、孤独な中学生活を送る。


 ある日、修学旅行のグループ分けがあった。人数合わせ的な組み合わせではあったが、それでも茉莉は嬉しかった。五人一組だった。


「……5人」


 目にする「5」にちなんだすべてのものが、輝いて見えた。『五峰』という故郷に由来する自分の姓は元より、『5人掛けのベンチ』、『鶏のからあげ5個入り』、『視聴者プレゼント5名様』。

 そんなある夜、すこし遅めの入浴終わりにリビングへ行くと、ソファーで晩酌の途中に眠りこけてしまったらしい父が点けっぱなしにしていたテレビで、ある音楽グループを目にする。衛星放送の、海外のバラエティ番組らしいが、字幕が付いている。女性インタビュアーの紹介によれば、どうやら彼らは五人組らしく、条件反射的にその字幕へと目が釘付けになった。


―――――――――――――――


『 さあみんな、準備はいい?今日のゲスト、CH:LRanthyクーランシー の5人よ! 』


「「「「「 こんばんは!! 」」」」」


『 デビュー30周年ね。おめでとう 』


「ありがとう。あっという間の30年だったよ」

「まったくだ。ハイスクールの4年間の方が長く感じたね」

「あの頃はまさかメンバーと一緒にABSテレビ局に来るなんて予想もしなかったよ」

「ああ、僕も将来は無線ラジオモジュールあたりと結婚すると思っていた」

「本当に賢いね。女の子の方がよほど難解だめんどくさいとその頃には気付いていたわけだ」


『 うふふ。歴史は長そうね。いま、どんな気持ちか教えてくれる? 』


「ホントに応援してくれる皆のおかげ、愛してくれる人たちのおかげだよ」

「今日はそのお礼も兼ねて、最初に1曲だけ歌わせて貰おうと思ってるんだ」


『 ワオ、ほんとに? 』


「そうさ。ちょっとだけ早い『クリスマスプレゼント』を持ってきたんだ」

「…ウーウウー……ナーナー……(音を取る)」


『 ちょっとこれトークバラエティよ!?サービスし過ぎじゃないの? 』


「構わないさ!そうやって登ってきた、30年だからね!!」


―――――――――――――――


 五人が一体となった迫真のヴォーカルワークにすっかり心奪われた茉莉まつりは、眠りに着く前の自室で戯れにノートを開き、彼ら五人が歌ったフレーズと修学旅行の班員をそれぞれ照らし合わせ心の中で空想のヴォーカルグループを作った。自分もいつかみんなと一緒に歌ってみたい。みんなと楽しく笑いあいたい。そんなことを思った。無論、自分からそんなことを提案できたら苦労はないのだから、その後(これが彼女にとっては初めての趣味であったし)満たされない思いはより強く、茉莉をコーラスへと惹きつけて行った。


 学校帰りに立ち寄った大きな駅ビルテナントの楽器店で、ゴールドメッキの『音叉おんさ』を購入する茉莉。例のグループのひとりが、歌う前の準備か何かで使っていたものだ。価格にして800円ほどで、さして小遣いへの痛手にはならなかった。どうやって使ったものかさっぱり知らないままの見切り発車だったが、持ち手に『441』と刻印されたそれは、茉莉の彼らへの強烈な憧れの象徴でもあり、いま唯一手が届く理想の自分への、『探知機』のようなものだった。ひたすら彼らを真似てみたりした。コーラスに関連することなら何でも調べた。多少の音楽理論を含めて貪欲に吸収した。唯一自分らしく息の付ける自宅では、日頃のうっぷんを晴らすように飽きることなく毎夜歌った。


 そんな日々がしばらく続いたある日、茉莉一家が暮らす物件の管理者から注意が入る。


――お宅の御嬢さんが歌っているようだが、すこし慎んでほしい


 ここは衆人密集の都会で、それは無理もないことだったが、両親も茉莉の私生活を思ってかさとすこと以上にとがめることはなかった。茉莉自身もそれを反省こそしたけれど、それでも歌うことさえ封じられた茉莉はまた陰鬱いんうつな日々に舞い戻ってしまう。それが中学三年の初夏のこと。間もなく来た夏休み、盆に故郷へと帰省した茉莉は久々に思う存分歌を歌った。そして、ある決断をする。


 高校の進路を選ぶ際に、茉莉は学科や科目ではなく場所を選んだ。自由に大好きな歌が歌える場所はどこか。それは彼女が元居た場所、田舎にある五峰家だった。

 茉莉の願いに両親、とりわけ母は大反対した。もう高校生とはいえ茉莉は女の子である。高齢の祖父母には管理しきれるとも限らないし、何より心配だ。

 頑なな両親を説得するために、茉莉は嘘を吐く。「小学校時代の友達と高校に行ったらバンドを組もうと約束している。わたしはどうやら友達を作るのが苦手らしい。ずっとひとりでいるのも寂しいし、バンドだってやってみたい。昔からの友達ならきっとまたすぐに打ち解けられるはずだ。」俯いて、膝の頭を握りしめ、ぽつぽつと茉莉。これには両親も閉口してしまった。親の都合で学区を変えさせたことに負い目があったし、娘が人付き合いに難儀していることも薄々感じていたからだ。


・必ず毎日電話で連絡をよこすこと。

・非行などして祖父母に迷惑をかけないこと。

・定期的に両親が訪問し、問題があると判断すればすぐに連れ戻すこと。


 それらを条件に茉莉の故郷へのリターンが決まった。優等生であった茉莉だから、受験には学力的に問題はなかった。近隣の平均的な公立高校を受験し合格する。


 環境も変わった。歌も取り戻した。心機一転、茉莉は『高校デビュー』を目指す。しかし、ついさっき中学三年生の頃までの教室とは微妙に空気感が違うことに気付く。中学校三年間を比較的に友人との接触すくなで過ごした茉莉は同年代の、とりわけ女子の興味関心の推移に鈍かった。

 派手な子達は洒落っ気に目覚めメイクや恋愛の話に夢中になるし、それぞれの趣味嗜好というのも高校生になると顕著となり、アニメやイラストが好きなもの同士、アイドルが好きなもの同士など、瞬く間にカーストもといカテゴリー分けは済んでしまった。都市圏からの引っ越しに慌ただしく時間を取られた茉莉が、苦心して中学三年生の頃の教室に何とか照準を合わせてみたところで、そんな彼女を置き去りに世間の十五歳たちは多感な春休みを境にしてその感性を急激に塗り替えていたのだ。

 もちろん茉莉にも熱心な趣味はあるが、それは 『ヴォーカル・グループ』であり『ポピュラー・コーラス』だ。音楽とはいっても派手で直観的なバンドサウンドとは異なり、書店の片隅で廉価な「ヒーリング・オムニバス」に収録されることもあるような、若干ジャンルであるとも言える。高校一年生の女子としては、少しづつ距離を詰めていくような真っ新まっさらな友人を求めるには、あまりにも周囲とのギャップがありすぎた。


 部活しかない。勇気を振り絞り、合唱部の体験入部に赴く茉莉。

 ところが、今や人前で堂々と話すことすらも難儀な茉莉に人前で声を出して歌うということは想像以上にハードルが高かった。誰よりも得意なはずの歌なのに、体が言うことを聞かないのだ。「もうちょっと落ち着いてやってみよう」。たったその程度の上級生からの些細な指摘に脆くも心折られてしまった茉莉は、体調不良を理由にその場から逃げ出してしまう。


 茉莉はついに帰宅部となり、自宅でのコーラスに縋ることにした。

 茉莉の祖母は地元俳句会の主宰であった。ほぼ隔月例かくげつれいとなっていた鑑賞会の為か、その吟詠ぎんえいを録音・編集するための機材が、五峰家にはあった。その工程を、それ単体で行えるマシンを、マルチトラックレコーダーと云う。ボディの背面にアナログマイクを接続して、合計5つのトラックにそれぞれ順番に録音していくことで、最終的にそれらを重ね合わせてひとつの音源として再生させるためのマシンだ。旧式ながらもミッドモデルの高性能なマシンだったが、実際に祖母が使いこなせていたのはせいぜい2トラック程度だった。

 必要なときには祖母の求めに応じて俳句会の音源をエンジニアリングすることを条件に、そのMTRを譲り受けた茉莉。それを活用して初めて実践的なコーラス・カバーを実現する。要するに、自分の声に自分でのだ。その後は飽く程に既存の楽曲をコピーして遊んだ茉莉だったが、次第に自分なりの編曲「コーラス・アレンジ」の勉強を始める。またその前段でとうとう何かしらの鍵盤を欲しがった茉莉は、その昔叔母が使っていたという古いアップライトピアノを、(個人規模なトマト農家である五峰家の)農機具の詰まった物置から自室に持ち込んだ。両親には絶対に内緒にして欲しいと念を押したうえで、運搬と補修調律の費用は祖父にねだった。


 そして、故郷に戻って二度目の春。


 早くも二年生となったある日のこと、茉莉の日常を一変させる出来事が起こる。唐突に空から飛来した、白い粉塗れの黒板消しラーフル。海外情報研究部との出会いである。


 五峰茉莉が、薄葉千籠うすばちかごに出会うまでの、およそ一年間の物語。



――『 Give me a kiss 』――



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