聖女「とにかく、いちゃついた覚えなんて一切ありませんから!!」

「羨ましい限りですよ〜。先輩! 仲良しの秘訣は、ずばりなんでしょうか?」

「べ、べつにっ、彼と私は決して仲良しというわけではなくてっ……!」

「どうして嘘を吐くんですか!? パーティメンバーの前でも構わずいちゃついてるだなんて、絶対に仲良しじゃないですか~!」

「っっ~~! うるさいうるさいっ! とにかく、いちゃついた覚えなんて一切ありませんから!!」


 そんな、まるでバカップルのような真似を品行方正な私がするわけないでしょう!? しかも、よりにもよって、あんな男なんかと……! 


「ふふふー。必死に照れ隠しをしている先輩も可愛いです」


 紅茶をあおりながら、目の前でニコニコと笑っているミナをジト目で見つめました。なんでしょう、ルチアと違って悪気を感じられない分、余計に性質が悪いような気がします。


 急激に上昇させられた体温を下降させるべく、紅茶の上品な味に神経を集中させながら、一息吐きました。


「全くもう、話を本題に戻しますわよ。ええと……彼氏とあまりうまくいっていないということだけれど、もう少し詳しく教えていただけますか?」


 ミナは先程までの無邪気な笑みを潜め、自信なさそうに瞳を伏せました。


「実は……彼が、知らない女の子と二人きりで出かけているところを目撃してしまったんです」

「な、なんですって!?」


 それは、なんという大事件でしょう!


「マノン先輩。これって、やっぱり浮気なんでしょうか……?」


 捨てられた子犬のように縮こまっているミナを見つめ返し、重々しく頷きました。


「ええ。間違いありませんわね」

「や、やっぱり! そう、ですよね……」


 知らない女と二人きりで出かけていただなんて、どう考えても浮気確定。弁解の余地もありません。もし、私に彼氏がいたとしてそのような暴挙に出られようものなら、二週間は口を利かないでしょう。いや、やっぱり、一週間? とにかくその間は、どんなに泣きつかれようと、鬼の心で完全に無視してやります。こっちの方が先に淋しくなってしまって、うっかり声をかけてしまうだなんて凡ミスは絶対にしませんからね……!


 そして、浮気相手の女に関しては――もう二度と、彼をたぶらかそうなどという戯けた気を起こさせないよう、完膚なきまでに恐怖心を植え付けます。


「ふむ。そういうことならば、まずは、彼と出かけていたという馬の骨の素性を調べなければなりませんね」

「え。いま、さらりと馬の骨と仰いませんでしたか?」

「ミナ。敵の素性さえ分かってしまえば、こちらのものです。後は私にお任せくだされば、万事解決です!」

「一体、何をどう解決するつもりなんですか!?」

「それは……私の口から言うのは、流石に憚られますわ」

「ダメですよ、とても任せられませんってば!!」

「何故? 私のことを信じていないのですか?」

「いや。信じてしまったからこそ、任せられないんですよ……」


 まるで殺人鬼にでも行き遭ってしまったかのような蒼褪めた表情をされて、ものすごく傷つきました。失礼極まりないですわね、まさか死人を出すわけがないじゃないですか。ほんの少しばかり、朝目覚める頃に寝汗をびっしょりかかずにはいられなくなるような恐ろしい夢を見る呪いをかけようと思っただけですもの。


 ミナは胡乱気な瞳を私に向けた後、小さくため息をつきました。


「はあ……。考えてもみれば、常時いちゃいちゃしている先輩はこんな悩みとは無縁な人ですもんねぇ。聞いた私の方が、馬鹿でしたよ」

「なっっ! ミナ、それは誤解です! 私が普段、あの男のことでどれだけ悩ませられていると思っているんですの!? っていうか、何度も言うようですけど、いちゃいちゃなんてしてませんからっ!」 

「ハイハイ。残念ながら、今は人の惚気ノロケを穏やかに聞いてられる心持じゃないんですよ。いい加減にしてください」

「あっ。ごめんなさい……」


 って、どうして私が謝る流れになってしまったんでしょうか!? いちゃいちゃしていないどころか、実際には付き合ってすらいないというのに! わけがわからなすぎて、軽く泣きそうなんですが……!


 理不尽な哀しみに打ちのめされて震えていたら、ミナが隣のテーブルにちらりと視線をそそいで、ハッと柔和な瞳を見開きました。


「ねえ、先輩」

「……なんですの?」

「隣の席の女の子達を見てください。あれ、冒険者育成学校の制服ですね」


 つられるようにして隣のテーブルに視線を滑らせれば、そこには、女の子達が三人組で座っていました。彼女達の身に着けている臙脂色のブレザーにグレーのスカートは、確かに私達の母校のもので間違いありません。


「ノノカは盗賊科の彼と相変わらずのラブラブぶりだねぇ。くー、羨ましいっ」

「ふふふー。そういうサラだって、例の後輩君とうまくいきそうなんでしょ?」

「まぁねー。次のデートが勝負所って感じかなぁ」

「…………」


 三人のうちの二人がきゃぴきゃぴとガールズトークに勤しむ中、私の対角線上に座っている一人の女の子だけ、無表情のままフルーツパフェをもそもそと食べています。


 その子が、透明感のある随分と綺麗な女の子だったので、妙に目を引き付けられてしまいました。


「ねえ」

「ん。どうした、ユキナ。不満そうな顔つきになってるよ?」

「二人の話、一時間近く聞き続けてた。そろそろ、私の話をしてもいい?」

「えー。ユキナの話はもういいよー」

「なんでよ」


 ユキナ、と呼ばれたその女の子は白い頬をふくらませて、二人をじとりと睨みました。睨まれた方の女の子は、悪びれもせずに「だってさー」と面倒くさそうにしています。


「ユキナって、いつ聞いても、英雄さんの話しかしないんだもーん。もー、いい加減にその人と再会するのは諦めたらどうなの? ユキナは美人さんなんだし、その気になれば学校の誰とだって付き合えるよ?」

「その人と、ついに再会したの」

「え……マジ?」


 彼女はこくりと頷き、淡々とした調子でとんでもないことを言ってのけました。


「うん。偶然、ラミアの洞窟で。感極まりすぎて、求婚しちゃった」

「「えええええええええ!?!?」」


 誰もが、唖然と口を開きました。私とミナは口に出して絶叫こそしなかったものの、あの美少女以外の四人の心が一つになった瞬間でした。

 

 ミナも驚きで目を丸くしながら、こそこそと私に耳打ちをしてきます。


「先輩っ。久しぶりの再会でいきなり求婚だなんて、最近の学生は、随分と過激なんですね!?」

「いや、どう考えても、あれを最近の学生の代表例にするのはまずいでしょう!」


 あんなに大人しそうな子が、自ら求婚をしただなんて信じられないです……! その英雄さんとやらは、一体どれほど素晴らしいお方なのでしょうか?   


 彼女達の会話が妙に気になってしまって、ミナと一緒に黙りこくりながら、聞き耳を立てざるをえませんでした。

 

「まさか、ユキナが本当に例の英雄さんと再会するだなんて思いもしてなかったわ。いや、マジでびっくりしたわ……」

「正直、半分ぐらいはユキナの妄想かと思ってた。ごめんね?」

「ひどい。二人とも、そんな風に思っていたの?」


 彼女は、好き勝手言ってくる友達を諫めるように緋色の瞳をじとりと細めたかと思えば、すぐに口元を綻ばせて柔らかい表情をしました。 


「会えた時は、本当に嬉しかった。五年ぶりだったけど、全然変わっていなかったよ。すごく、すごく格好良かった」

「ベタ惚れじゃん。ユキナに恋してる男子たち、みんな泣いちゃうねぇ」

「知らない。興味ないし」

「ほえー……ユキナがそこまで惚れこんでるだなんて、一度、その英雄さんとやらに会ってみたいわぁ」

「ダメ」

「即答かよ」

「うん。格好良すぎて、うっかり二人も惚れるかもしれないからダメ」

「うわー、真顔で惚気られるって複雑ぅ」


 そんなに? そんなに格好良いんですの? 一体、どんな人なのでしょう……。


「それでそれで? プロポーズしたんでしょ? 返事は!?」

「うーん……。それがね、今は、他に好きな人がいるみたいなの」

「えっ、そうなの?」


 彼女は、辛そうに瞳を伏せて、俯きました。その儚げな姿に、心臓をどきりと撃ち抜かれました。


 あんないたいけな美少女を惚れさせておいて、他に好きな女性がいるだなんて、英雄さんとやらはなんという不届き者なのでしょうか。好感度激減もいいところです。 

 

 次に彼女が面をあげた時には、その紅の瞳に揺らがぬ強い意志のようなものが灯っていました。


「でもね、絶対に諦めない。ルドを最後に振り向かせるのは、私だから」


 えっ。


 顔が自然と強張ってしまったのでしょうか、ミナが小さく首を傾げました。


「マノン先輩? どうかされましたか?」

「い、いや? なんでも、ないです」


 今、あの少女が、彼の愛称を口ずさんだような気がして。


 いや……まさか、そんなはずはないですよね。あの壊滅的に女の子の扱いが下手な彼が、こんなとびきり綺麗な女の子と接点を持っているはずがありませんもの。


 きっと、人違いです。そうに、違いありません。


【その⑤聖女、恋愛相談に挑みます  完】

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