その④まさかの再会

剣士「ダンジョンを闊歩しがてら考えてみたらどうだろう」

 決戦の時は、七日後だ。


 ちなみに、決戦とは他でもない。


 名前を呼ぶことすら憚られる例のあの場所に、再び赴かねばならなくなったのだ。


 学生時代、辛酸の限りを嘗め尽くさせられたあの場所は、数年を経た今でもたまに夢にまで出てきて酷くうなされる。ハッとして起きた時には、背中まで汗がびっしょりと滴っている始末だ。その夢を見た後は、一緒に彼の地に赴いた後輩たちの薄ら笑いがしばらく瞼の裏から離れなくなる。一体、あの場所はどこまで僕を苦しめたら気が済むというのだろう。


 もう、二度と足を踏み入れることはないはずだった例のあの場所を、世間ではなんと『遊園地』と呼ぶらしい。


 なにが、遊園地だよ。壮絶暗黒体験所の間違いじゃないか? あれに比べれば、最高難易度ダンジョンなんて、ずっとずっと可愛いものだぞ。


 僕としては、本気でそう思うのだけれども。

 世間の多くの人々は、あれに金を払ってでも行きたいというのだ。 

 世の中、本気でどうかしていると思う。


 むう……。

 なにか、この窮地を脱する素晴らしいアイディアはないものだろうか。


 聞いた話によれば、歩くという行動は脳を活性化せるのに有効だという。それならば、もう少し発想を飛躍させて、ダンジョンを闊歩しがてら考えてみたらどうだろうか。ただ歩くよりも、更に激しく脳細胞が刺激されて、今まで思いつきもしなかった妙案が浮かんでくるかもしれない。


 そうと決まったら、善は急げだ。



 ラミアの洞窟か。

 ここに来るのは、随分と久しぶりな気がする。懐かしいな。


 ナギ平原を真っ直ぐ東に進んだ先に存するこのダンジョンは、冒険者になりたての初心者たちが修練を積むべく通う場所として有名だ。要するに、クソ弱い魔物しか出てこない安全地帯である。まぁ、考え事をするにはちょうどいい場所だろう。あんまり遠出しても、帰るのが面倒になるだけだしな。

 

 ちなみに、到着してものの十分もしない内に洞窟最奥まで辿り着いてしまったから、今は引き返しているところだ。思い返してみると、途中、いかにも冒険者になりたてのひよっこ達から、化け物でも見るような目を向けられた気がしないでもない。軽く剣を一振りしたことで洞窟の壁に亀裂を入れてしまい、危うくダンジョンを破壊しかけたのがいけなかったようだ。


 そんなことはどうでもいい。

 そろそろ、例の件について真面目に考えねばならん。


 いっそのこと、恥も矜持もかなぐり捨てて、あの場所が怖いのだと正直に告げることによって回避を試みるのはどうだろう? いや、ダメだ。あいつらはそうと知ったところで、『それなら遊園地はやめておこう』だなんていう人の良いことは死んでも言わない。それを聞いたギークとあの女は、むしろニヤリと口角を吊り上げて悪い顔をするだろう……目に浮かぶようだ。アリスだって、味方になってくれるどころか『えー、ルドって絶叫マシン苦手なのー!? ウケるー! 一緒に乗りにいきたい~!』とふざけたことを抜かしかねない。


 クソ、どうにかして遊園地を回避せねば、あの女の一撃必殺『おててを握っていてあげますわ』攻撃から逃れらないというのに……! 異性と初めて手を繋ぐという行為がそんな情けないシチュエーションによって成されようものなら、いっそのこと腹を切って死んだ方がマシだろ……。

  

 ダメだ。正直に洗いざらい全てを話すという選択は、やっぱり却下。


『グゴォオオオオオオオオオオオオオオオ』


 背後から襲い掛かってきた魔物に、剣だけを素早く滑らせる。この図体のでかさと剣の抜け方は、オーク種で間違いないだろう。鋭く尖った牙と、豚のように潰れた鼻、血走った真っ赤な瞳が特徴的な種族だ。


『ギギャァアアアアアアアアアアアアアア』


 耳をつんざくような鋭い咆哮をあげた後、どさりと大きな音を立ててあっけなく息絶えた。これで、本日の通算討伐数百云匹目。もはや、数えることすら面倒になってきた。


 あっけなく息絶えたオークから金目になりそうな牙だけ剥ぎ取り、赤黒い血を垂れ流している死骸はそのまま放って先を行く。時が経てば、ダンジョンの浄化作用が働いて、あの死骸はダンジョンに養分として取り込まれるのだ。その養分を糧に、ダンジョンは再び新たな魔物を生み出す。こうしてダンジョンの生態系は回っているのだという。


 ああ……それにしても、まずいぞ。

 もうすぐ入り口に着いてしまうというのに、一向に妙案が浮かんでくる気配がない!


 薄暗く湿った空気に、徐々にあたたかな光が射し込んできたことに対して、得も言われぬ絶望を抱き始めたその瞬間、


「やあっ!」


 細身の剣を両手に構え、ゴブリンに飛びかかっていった美少女に目を奪われた。


 あの臙脂色のブレザーにグレーのスカートを僕が見間違えるわけがない。学生時代に散々見慣れたアレは、冒険者育成学校の制服だ。

 

 彼女が走るのにあわせて、腰まで届いている銀の髪がサラサラと優雅に舞う。制服からのぞく手足は、透き通るような白さで仄かに眩しくすら感じた。お人形さんのように小さい顔に、ほっそりとした長い手足。今はまだ成熟しきっていないものの、将来は、確実に絶世の美女になるだろう。おいそれと話しかけることすら躊躇ってしまうような気品と神秘性に充ち溢れている。


 そして。

 ゴブリンを真っ直ぐに見据える、あの燃えるように真っ赤な瞳。

 まるで、ルビーを溶かして作ったようなあの綺麗な瞳――どこかで見覚えが。


「ハッ!」


 ゴブリンに向かって勢いよく剣を振り下ろしたはいいものの、あっけなく躱されて、「ううー……」と残念そうに唇を噛んでいる。あれ……?


「やあやあ!」


 再び、二回剣を振るものの、連続で外す。おやおや、素振りかな? さっきまでおいそれと話しかけられねえわって思ってたけど、なんか急に親しみがわいてきたぞ。


 彼女が、通算約五十度目となる素振りを終え、ようやくゴブリン一匹を討伐するまでにかかった時間は約十分。ウン、僕がこの洞窟の最奥までたどり着くまでにかかった時間とぴったり一致だ。


 その間、僕はただただ彼女のへっぽこ雄姿を眺めつづけていたわけだけど。いくら将来を約束された絶世の美少女であるからといって、ただそれだけの理由で、見も知らぬ他人をガン見し続けるだなんていう変態的なことは僕だってしない。


 そう。


 先程からずっと、あの少女と、どこかで出会ったことがあるような気がしてならないのだ。


 彼女がふうと細く息を吐きながら、額の汗をぬぐうように小さな手を滑らせて、何気なく顔を前にあげた時。


 燃えるような瑪瑙の瞳と、僕の視線が交差した。


「っ!!」 


 少女がハッとしたように大きく瞳を見開く。小さな唇をわなわなと震わせながら、信じられないものでも見るかのように僕を見つめ返してきたその瞬間、朧気になっていた記憶が一気に鮮明になった。


 ――そうか。


 銀の髪に、ハッと見入ってしまうほど透き通っているルビーの瞳。どこもかしこも白くって、触れたら消えてしまいそうな儚げな少女。まだあどけなかった5年前に比べて随分と美人さんに成長したから、最初は全然思い出せなかったけれど、やっぱりそうだ。


 彼女は、あの時、僕が助けたあの子で間違いない。


「…………ユキナ?」


 ぽつりと、彼女の名前を口から漏らした次の瞬間。


 すっかり麗しく成長なされたユキナは、感極まったように瞳を濡らして小さく頷くと、一目散に僕の下に駆け寄ってきて――


「ルド!!」


 ――甘えるように、抱き着いてきた。 

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