第3話

「しんじゅくー しんじゅくー」

「本日も西武鉄道をご利用いただきありがとうございます。 三番線の 列車は 快速急行 拝島行きです」

 乗客向けのアナウンスに背を向けて、西武鉄道の改札を出る。二階の高さにある西武線新宿駅のプラットホームから新宿南口へ向かう下りエスカレーターに乗るとちょうど目の前でカップルがいちゃついていた。どうやら高校生らしい。冷ややかな声でウィンディーネが呟いた。

「あれも高校生ですよね」

「うん、そうだね」

「主任もああいう経験はあるんですか」

「いや、ないよ。モテたためしがない」

 そう答えると、背後でウィンディーネがくすりと笑ったのがかすかに聞こえる。

「でしょうね。そんな感じがします」

「事実だけどいくらなんでもひどいなぁ……」

 わざとらしく肩を落として、落ち込んだようにしてみせるとウィンディーネがくすくすと笑う。

「でも事実でしょう?」

「それだけに反論できないのが歯がゆいよ」

 そう答えながら、そういえば片思いならしたことがあったな、とふと思い出した。あれも高校生の時だったはずだ。

 上越新幹線の改札口の前を通り過ぎたあたりでそんなことを口にすると、ウィンディーネがずいぶんと食いついてきた。都営地下鉄東京環状線に乗り換え、内回り経由光が丘行きの列車に乗るなりウィンディーネの質問攻めが始まる。

「相手は誰だったんです?」

「高校の同級生だったよ。図書委員で初めて顔を合わせた子だった」

「どんな人だったんです?」

「どうだったかなぁ……まあ、聡明な人だったよ。美人ではあったと思う」

「きっかけはあったんです?」

「さあ、なんだっけなぁ……」

 そうやって記憶の糸をたどっていると、ウィンディーネが楽しそうな表情をしているのに気づいた。

「どうしたんだ、そんな愉快そうな顔をして」

「いえ、主任にもそんな時代があったんだなって」

「非道いなぁ。そう言うウィンディーネはどうなんだ」

「私だって、そういうこともありましたよ」

 そう言うとウィンディーネが笑う。「一応、今だってそうです」

「そうなのか」

「ええ、そうですよ」

 そう言ってほほ笑んでいるウィンディーネを見て、そういえばあの後輩はウィンディーネにちょっと似ていたかもしれない、という考えがふと頭に浮かんだ。けれども、それだけは口に出さない。


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