第2話


「本日は武南市営モノレールをご利用いただき、ありがとうございます。この列車は 都営モノレール エイトライナー メトロセブン 直通 池袋行きです。次の停車駅は 川口元郷 川口元郷 お出口は 右側です 四月一日はモノレール開業十五周年! 記念切符を発売します。駅ごとに専用のデザインの入場券を発行! 入用の方は各駅の駅事務室までお申し付けください。 次は 川口元郷 川口元郷 お出口は右側です」

 駅を出たモノレールが加速し始めると同時に次の駅と広告のアナウンスが流れ始める。向かい側の座席では、横一列に陣取った高校生たちがにぎやかにふざけ合っていた。

「あれは?」

「高校生。……高級訓練校の生徒ですよ。アカデミーというよりは、スクールに属する部類のものですね。でも生徒の大半はアカデミーに進みます」

 ウィンディーネの質問に、目線を動かさずに〈基底世界第一言語〉で答える。ウィンディーネも日本語は必要十分に理解できるはずだが、やはり使い慣れた第一言語の方がこういうことを説明するには便利だった。もっとも、基底世界はそこまで高等教育が行き届いていたわけではないから、それでも十分に伝わってないような気がする。言葉を日本語に切り替えて一言だけ付け加えた。

「昔はああだったよ。学生がふざけるのはどこの世界線も共通だね」

「主任もああだったんですか」

「基底世界線へ行く前?」

 ウィンディーネの言葉に、あえてふざけて聞き返してみる。ウィンディーネの方を見るまでもなくどう答えればいいか迷うような、戸惑っていることが感じ取られた。いつもそつなく物事をこなす彼女がそういう雰囲気を纏うのは珍しいことだ。

 ウィンディーネの戸惑いは無視すると、肩をすくめて答える。

「まあ、高校生だったよ、十年前は。大学……アカデミーへの入学試験の準備で大わらわだった。頑張ればその年の試験で志望校に入れそうだったしね」

「主任もアカデミーへ進む予定だったんですか。しかも大学校」

「アカデミー……と言ったって大したものじゃないですよ」

 意外そうな調子のウィンディーネの様子に思わず苦笑してしまう。基底世界線において大学……アカデミーは国に相当する規模の地域に一つか、多くても二つしかない最高学府で入学するには何年も試験勉強をすることが必須、それどころか十年勉強しても入れそうにない学生さえいる場所だった。そのうえ、〈大学校〉はそういったアカデミーの中でも頂点に存在する学校である。日本の大学とは全く比べ物にならない。

「主任もあんな風にふざけたりを?」

「いや、さすがにあそこまでふざけたりはしてなかったかな……」

 とうとう、吊り革にぶら下がって遊び始めた高校生たちの姿を見ながら応える。すこし考えた後、おどけるようにして付け足す。

「……いやまあ、ふざけたりはしていたかな。教室で、芋を揚げたりしていた。あとは先生の目を盗んで学校の屋根の上で昼食を食べたりしていた」

 それを聞いたウィンディーネがわずかに吹き出す。

「いい友人じゃないですか」

「そうだね。今だっていい友人には不足してないよ」

 向かい側でふざけ合っている高校生たちもその様子からずいぶんと仲がいいことも察せられた。十年前も、ああいう友人は自分にもいた。今だってそうだ。その顔触れは完全に入れ替わってしまっている。

「まあある意味で、十年前はああだったと言っても間違いではないかもね」

「あれ、そうですか。ずいぶんと違ったように聞こえるけれど」

「友がいたし、目の前にある道を一歩一歩歩いていくものだと思ってた。先行きは不安定だったけどまあ、全く想像もつかないって程じゃない」

 そう答えてから、ちらりと振り返って窓の外を見やる。川の向こうに三棟の高層マンションの姿が霞んでいた。それにしても、こんな場所にモノレールがあっただろうか。未だに故郷へ帰ってきたという実感がないうえ、鉄道には詳しくないからわからない。ひょっとしたら、十年の間に新たに建設されたのかもしれない。

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