4:取り調べ

 オオノキと藤堂がたどり着いたのはとあるアパートの一室だった。

 2階建ての一般的な住居だ。建ててから日が浅いのか、かなり綺麗な見た目をしている。安普請ではないようだ。

 藤堂が呼び鈴を鳴らす。出てきたのは30代後半といった風体の男だった。ソフトモヒカンでサングラスをかけている。人相は悪い。服装は小奇麗だが、まず目に映る派手な柄のシャツは歳に比べて若い格好と言えるだろう。

 珍しい事に、感染者ではあるがあまり肌は変色していないようだった。


 「ちょっとお話しいいですか?」

 藤堂が手帳を見せる。

 「なんだよ、俺は何もしてないぞ」

 「民安さんのことなんですが、ご存知ですか?」

 「知ってるけど。あいつに何かあったのか?」

 「昨日の晩に殺されたよ」

 何でもないと言ったふうに、オオノキは割り込む。

 「え、マジ?」

 「おい、オオノキ」

 「いいじゃん。ところで部屋の中で話しても?」

 と、彼は返事を聞く間もなく佐藤の横をするりと抜けて室内に入った。


 「あ、おい!ちょっと!」

 慌てる佐藤と藤堂もなし崩し的に部屋の中へ入る。

 「すみません、あとで厳重に注意しておきますから。それよりも、昨日の晩にどこにいたのか教えていただけますか?」

 「ふざけんなよ、いきなり入ってきて今度は取り調べか?俺は殺してないぞ!どうしても俺をしょっ引きたいのなら、令状でもなんでも取って来いよ」

 「落ち着いて、昨日の夜のことを教えてもらえたら、すぐに帰りますから」

 喰いつかんばかりの勢いの佐藤と、なだめる藤堂。

 背後の騒ぎなど気にすることも無く、部屋に上がり込んだオオノキは周囲を見渡す。

 金はあるのだろうか、部屋は思いのほか広い。

 男の一人住まいであるためか、室内は散らかっている。

 本棚に向かうと、本を数冊抜き取る。


 一方どうにか怒りを収めたらしい佐藤は、ようやく質問に答え始めた。

 「……わかった。昨日の夜は近くの商店街にある居酒屋にいた。そこのオヤジが証言してくれる。それと俺はアイツのことは何も知らない。だから、今すぐ、出て行ってくれ!」

 多少ヒートダウンしたとはいえ、まだまだ残る佐藤の勢いに、藤堂もタジタジだ。そもそもの原因を作ったオオノキに目をやると、一冊の辞書を手にしていた。

 よく見ると、それは辞書のカバーだった。ひっくり返すと、中から白い粉の入ったビニール袋が落ちる。

 「あっ……」

 いきなりのことに藤堂は固まったままオオノキと佐藤を交互に見る。

 数秒の沈黙の後、藤堂は口を開いた。

 「えーっと、署までご同行願えますか?」




 取調室の中には二人の男がいた。

 刑事と容疑者。

 松神と佐藤だ。

 松神は手にした資料を机に置いた。それはある男のカルテだった。

 貼られた写真に写る男はかなり手ひどく殴られたようで、青痣だらけだ。

 「三島邦彦。知っているよな?お前がボコボコにした奴だ」

 と、松神は切り出した。佐藤はそれがどうしたと言わんばかりの顔つきだ。

 「ああ、知ってるよ。俺をナメたからな。分からせてやった」

 「それなら民安春夫にもナメた口をきかれたんじゃないのか?それでカッとなった」

 「あいつとはそもそもつるんでない。昔一緒に働いてた知り合いってだけだ。だいたい、俺はその時飲んでたって言っただろう」

 「証言は聞いた。だが被害現場とは目と鼻の先で、お前はタバコを吸うために店の外に出たそうだな。それからしばらく帰ってこなかったとか」

 「タバコが切れそうだったから先にコンビニに買いに行ってただけだ。吸いたい時に吸えねえのが一番イラつくからな。んで、タバコを買った後で彼女から電話がかかってきて相手してた」

 「それはどこで?」

 「公園。人がいなかったからそのままタバコ吸ってだべってた」


 「じゃあ、お前が持っていたクスリについてだが……民安が買っていたということは?」

 「それもない。だいたいあいつはゾンビだからヒト用のクスリは効かねえ。アイツにやらせるならヒトの血か肉、それもナマのやつだ。熱が通るとほとんど効かなくなる。……でも俺はヤクザじゃない。血液のパックをどこかから仕入れたり、ホームレスから血を買って、商品にしている奴も知ってはいるが……俺はそこまではやらねえ。ゾンビがハイになって人を襲いでもしたら、ヘタすりゃ死刑だからな」


 ゾンビ化ウィルスの汚染を防ぐために立てられたヒト強制変異ウイルス感染予防法において、いかなる理由があろうとも、また幇助を含めたあらゆる手段によっても、非感染者への感染し得る行為は禁じられている。

 血肉で興奮状態になったゾンビが非感染者を襲った場合も同様であり、襲ったゾンビ本人と共に、血肉を売った側も罰せられる。

 その罰は非常に重く、死罪になることもままあるほどだ。

 リスクの重さから手を出さないというのは、確かに納得のいく回答ではある。

 「なるほど。リスクを避けるのか」

 「そりゃ当然。それと、もしもあいつらにクスリや血を売っていたとしても、俺は殺すはずがない。お前ら警官は知らねえかもしれねえが、店が客を殺すわけない。常識だろ?」


 「……悔しいけど彼の言う通りだね」

 「じゃあ無罪だと?せっかく捕まえてここまで連れてきたのに」

 「殺人罪じゃなくても薬物所持で好きなだけここに勾留できるんだし、根競べをしてもいいのでは」

 二人の様子を隣室から眺めているのはオオノキ、藤堂、青嶋だ。

 そこへ芝原が入ってくる。

 「佐藤が言っていた商店街の防犯カメラの映像が届きました。確かに証言通りなんですが、それよりも気になるところが」

 「どんなところ?」

 とオオノキが喰いつく。

 「事件の3時間ほど前、飲み屋に入る前に佐藤は民安と接触していたみたいです」

 「ということは、やっぱり何かあるのか?」

 藤堂も乗り気になる。

 しかしてオオノキは逆に興味を失ったようだった。そっぽを向く。

 「なんだ、つまんないの」

 というと、オオノキは芝原の横を抜け、部屋のドアまで歩いた。

 「どういうことだ?」

 「ちょっとご飯食べに行ってくる。誰か……いや、青嶋クン一緒に来ない?」

 というと、そのまま何処かへと消えてしまった。

 残された3人は顔を見合わせる。

 厳密には藤堂と芝原が青嶋を見ていた。

 「……僕がお守り?」

 「ご指名だからな」「お願いしますね」

 「ああもう、……分かった」

 諦めたように、青嶋も部屋を出た。

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