3:知人

 同時刻、石黒優の勤める印刷会社を芝原と藤堂は訊ねていた。

 大柄な男である藤堂と小柄な女性である芝原。

 オオノキのように素肌を晒せぬほどの酷い変異ではないにせよ、藤堂の容姿も感染者のそれである。

 傷跡の残る土気色にも似た不健康そうな肌は普通とは程遠く、健康そのものと言った風貌である隣の芝原との対比も手伝ってか、二人の姿は美女と野獣とでも表現できそうだ。


 訪れた社屋は被害者の自宅から少し離れた位置にある小ぶりな建物だ。

 小さいながらに町の印刷物を一手に引き受けているらしい。ローカルな老舗の会社だ。

 ふたりの相手に出てきたのは被害者の上司である女だった。歳は30代だろうか。少々神経質そうな見た目をしている。気がかりなことでもあるのだろうか。

 通された応接間で女は話し始めた。

 「石黒さんのことは非常に残念です」

 「そのことなんですが、彼女と親しかった人をご存知ですか?友人間でのトラブルなどご存知のことはありませんか」

 同性だからだろう。まずは芝原が攻める。

 隣の藤堂はメモに手を付ける。


 「ちょっとドジなところもありましたが恨みを買うタイプじゃないことだけは確かですね。なんというか、みんなの妹分とでもいいますか。可愛がられる人でしたよ」

 「彼女が付き合っていた人については何か知っていることは?」

 「不良だってことは知っています。ゾン……」

 そこで口をつぐむ。視線は芝原から藤堂に向かっていた。

 「……感染者の人は全員が全員危ない人だとは言いません。でもあの子の彼氏……というかそのつるんでいる友達はガラの悪い奴らだと噂で聞いていました。あいつらがやったんじゃないんですかね」

 「その友人に知っている人はいますか?」

 「ひとり、名前だけなら。……佐藤なんとか……すみません。私も他の知り合いから聞いただけなので、後でお伝えします」

 「では、男女関係等のトラブルについては何かありませんでしたか?浮気をしていただとか」

 「そういったことは聞いたこともありませんね。少なくとも石黒さんの方は彼氏にゾッコンだったみたいですし、彼氏の方は……どうでしょう。わかりませんね。でもまあ、感染者が好きな人と人が好きな感染者なら、浮気相手もそう簡単には見つからないんじゃないですかね」

 「そうですか。それでは今日はこれで。ご協力ありがとうございました」




 「容疑者がひとり見つかりましたよ。佐藤智史、3カ月前まで被害者の民安春夫と同じ製材所に勤務していた感染者です。過去に何度か傷害事件で起訴されています」

 警察署に戻った松神を出迎えたのは先に帰っていた藤堂だった。

 芝原はすぐ傍で電話をしている。誰かからの連絡のようだ。

 「殺人は?」

 藤堂が渡した紙束を受け取り、松神は訊ねる。

 「今のところはありません。ですが佐藤は3カ月前にも鈍器での滅多打ちで一人を病院送りにしています。どうもカッとなると歯止めの効かない性格らしいですね。その時は周りの人間が制止してどうにか傷害事件で済んだみたいですけど」

 「ついに今度は、か。荒事の多い奴なら疑ってよさそうだな。……で、住所は?」

 「現場の近くです」


 「それなら僕が行くよ」

 と、オオノキは松神の手から資料を抜き取った。

 渋い顔を作る松神。

 オオノキは有能だが頭痛の種でもある。できれば自分で頭を押さえつけておきたい。

 しかしながら当の松神は今から殺人事件の発表について広報課と話を通す必要があった。

 待て、と制止する間もなく戸口へと消えていくオオノキの背中を眺めながら、松神は定例となったため息をついた。

 「仕方ない……藤堂、頼む」

 今度は藤堂の顔がゆがむ。貧乏くじを引かされたと顔にかいているようだった。

 「……分かりました。でも何かあっても俺に文句言わないでくださいね」

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