9:終着
応援が到着したのはそれからしばらくしてのことだった。
静かなコテージ村。その中央に位置するログハウスは黄色い立ち入り禁止のテープで囲われ、中では大勢の捜査員が自分たちの仕事をしている。
二人分の遺体が運ばれていくのを目にしながら、松神は居間の椅子に昼と同じように座った。
大井の位置にはオオノキが座る。テーブルの上にはコーヒーがある。オオノキが勝手に淹れたものだ。
「で、結局どういう事件だったんだ?」
「当人たちが死んじゃったからあくまで憶測なんだけど、たぶん始まりは大井がここに越してきたことかな。彼は奥さんか妹か、とにかく親しい人がステージ4まで変異したのに殺すことができずにいた」
現在の医療技術では、ステージ4のゾンビに理性を与えることは不可能だ。
そのために、基本的にこの段階まで変異したゾンビは原則として殺処分される。
近親者に残される選択肢は自分で殺すか誰かに任せるかしか無い。
「で、彼は殺すことも、殺してもらうことも出来ずに迷いながら、逃避行を続けていたんだ。彼の経歴を見たけど、あちこちを転々としている。きっとバレそうになるたびに移動していたんだろう」
「じゃあ幽霊の正体は……」
「そう。あのゾンビ。蓮間が自分に土地の管理を押し付けたのをいいことに、彼は近くの廃神社をそのままゾンビ用の檻として使っていたんだ。でも昨日、女子高生たちが肝試しに来た」
「そして見つけちまったわけか」
「たぶんね。【感染】の頃を知らない若い子にとっては、ステージ4のゾンビなんて化け物も同然だ。当然驚いて逃げたんだろう。だが幸か不幸か、その時近くには大井もいた。実際のところ、彼が殺すつもりだったのか、あるいは一度落ち着かせるつもりだったのかは分からない。でも結果として石原麻梨香は死んだ。そこで大井は神社にまで捜査が及ぶことを考えて、あのゾンビを闇夜に紛れてここまで移した。ちなみに神社にあった鉈やナイフは人を殺すためのものじゃないだろう。おそらくだけど、エサを捌くために使っていたんだと思う」
「エサ?」
「あくまで推測だけど、イノシシとか鹿を捕って与えていたんじゃないかな。で、地下室に移したはいいんだけど、鎖の長さを間違えたのか、あるいは拘束が足りていなかったのか……いずれにせよ、大井自身が最後のエサになったわけだ」
「それが真相か?」
「あくまでボクの結論。でも、まさか死んじゃっていたとはなあ……。ちょっとウソついて揺さぶるつもりだったんだけど」
と言い、オオノキは伸びをした。
ポキポキと骨が鳴った。
「終わったことを考えてもしょうがない。それに、大井だっていつかはこうなることも考えていたろう。ある意味ではあいつ自身が招いた結果だ」
「まあそうだけどさ、自分のエゴに他人を巻き込んでおいて、結局自分は死んで逃げるのはちょっとズルくない?」
「まあそう悪くも言ってやるなよ。誰だって家族を殺したくはないもんだ」
「ああ、まあ、そこには同意かな」
テーブルの上のコーヒーはわずかに湯気が立っている。
それを松神は一息に飲んだ。
時計を見る。すでに日付が変わっていた。
席を立つ。
「さあ、帰るぞ。……どうした?」
「いや、参考までにちょっと質問したくて。……ボクが薬切れを起こしたり、ヒトの肉を食べて暴れたりしたら、キミならどうす―――」
「撃つ」
「酷いな。しかも即答」
「不満に思うなら、自分の胸に手を置いて、普段の言動を考えてみろ」
「残念でした。反省なんて言葉はボクの辞書にない」
「ハァ……さいですかい」
二人はログハウスを出た。
夜の闇の中に、二人分の影は溶けた。
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