8:二人目

 昼にも訪れたキャンプ場。オオノキと松神の二人は再びそこを訪れていた。

 「それで、どうやってハメるんだ?」

 「ボクに話を合わせてくれるだけでいいよ。キミは顔に出やすいから、ヘタに演技をしても意味がない」

 「ああそうかい」


 ログハウスの玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。しかし返事はない。

 「あれ、おかしいな。いない」

 「どこか行っているんじゃないのか」

 「それはない。電気が付いているし、管理人は一人なんだから」

 「じゃあ何か――」

 だがそこで、ごとん、と鈍い音が松神の言葉を遮った。


 松神は身構えた。

 「オオノキ。後ろにいろ」

 「いや、ここはボクが」

 オオノキは警察に協力しており、時には捜査対象に刑事として紹介するが、実際はあくまで一般人だ。銃を持つわけでも訓練を受けているわけでもない。


 「おい」

 「大丈夫。そう簡単には死なないから。盾にはちょうどいいはずだよ」

 ドアに手をかける。鍵はかかっていない。

 そっと扉を開いて中へ。


 電気が付いたままの室内に人影はない。荒らされた様子は無く、テーブルには飲みかけのコーヒーがある。

 「まだ温かい。大井はついさっきまでここにいたのか?」

 「そのようだね。でも勝手口から出て行ったわけではなさそうだ。つまり、地下室にいる……ここだ」

 室内を探索していたオオノキは小さなドアの前で足を止める。


 「……」

 音を立てずにドアを開ける。その先は明かりが点いておらず真っ暗だ。

 二人の背後にある居間からの明かりが、かろうじて地下へと続く階段を照らしている。

 オオノキは、静かに歩く。松神も続く。

 1歩、2歩と階段を降りる。

 暗闇に眼が慣れると同時に、ぴちゃりぴちゃりと小さな水音が聴こえだした。

 ゆっくりと進み、怪談を降りきる。

 「……」

 松神が銃を抜いた。

 暗がりの中で、何かが動く。ゆっくりと、しかし確実に。



 そこにいたのはゾンビだった。



 屈みこんで何かを食べているようだ。

 オオノキたちには気付いていないのだろうか、あるいは食欲が優先しているのだろうか。侵入者への反応はない。

 青白くボロボロの肌。鋭い爪に曲がった背骨。濁った瞳には何も映っていない。

 大井に着せられたのだろう真新しい服だけが妙に不釣り合いだ。

 首には首輪が巻かれている。それは鎖によって腕につけられた手錠とつながり、また壁にあるフックとも繋がっている。

 口を開く。血にまみれた下あごが二つに割れた。


 それは人というよりも、人に近い獣と言った方がいいのかもしれない。

 ステージ4。……オオノキ以上に肉体が変異した、治療不可能な重度の感染者だ。

 オオノキが無言で指をさす。

 ゾンビの足元に倒れ、食べられていたのは大井だった。

 喉元から喰われたのか、すでに胴体と頭は繋がっていなかった。

 たとえゾンビ化ウィルスに感染しようとも、これではもはや助からないだろう。


 「……」

 一歩、松神が前に進む。するとそれが引き金になったのか、ゾンビは松神たちの方を向いた。

 一瞬、見つめ合う。ゾンビの眼に理性の光は無い。

 次の瞬間には、野太い咆哮と共にゾンビは松神たちへと駆けだした。


 同時に、松神は引き金を引いた。


 乾いた発砲音が地下室にこだました。

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