3:遺族
「どうして、麻梨香が……」
憔悴しきった妻を息子に任せ、石原麻梨香の父親である石原正人は深く、深く、ため息をついた。
鼻をすする。小さくすぼんだ目には涙が浮かんでいる。気力で持ちこたえているのだろうが、いまにも倒れそうな様子だ。
集合住宅の玄関先。そこには二人の刑事、芝原と藤堂がいた。
松神たちが学校を訪れている一方で、彼らは今しがた娘の不幸を両親に伝えたところだ。
慎重に、薄氷の上を歩くように、芝原は話しかける。
「この度は、ご愁傷様です」
「……犯人は見つかったんですか?」
「今のところは、まだです。それで、娘さんのことについてお伺いしたいのですが。付き合っていた人とか、何か諍いのあった人をご存知ですか?」
「一人だけ。娘に言い寄ってきた男がいました」
「その人は?」
「山の辺りの土地を持っている男です。名前は蓮間。金はあるみたいですが、何をしているのかも分からない男でして、妻が昼間に飲み歩いているのを見たこともあるそうです。そんなやつだから、娘が嫌がっていたこともあって、私からあいつを突っぱねました。……まさかあいつ」
「石原さん、冷静に。落ち着いてください。まだそうとは決まったわけではないですから」
「ああ、すみません」
麻梨香の父は平時であれば大柄な男と言えるだろう、恰幅の良い体型だ。しかし今は雨に打たれた犬のように陰鬱さだけが表に出ている。
「……あの子、あの子は真面目で優しい子だった。美容師になりたいって言って、高校を出たら専門学校に行くのを楽しみにしていた。なのに……」
話すうちに感情がこみ上げてくるのだろう。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
刑事の前であるということも忘れ、恥も外聞もなく取り乱している。
心が弱り切っている。ここまでだ。
藤堂に目配せを送ると、芝本は今一度、男の眼をじっと見据えた。
「今日はこれで。ご協力ありがとうございました。犯人は絶対に捕まえます。ですから、ご家族のためにも、どうかお気を確かに」
遺体が発見された山のふもと、廃神社から少し離れた場所には、森を切り開いてできたキャンプ場があった。
一面に広がるなだらかな芝生。
そこにはしっかりとアスファルトで整備された道路が通っている。道は各地に点在するコテージと小道で繋がり、その様子はまるで枝葉のようだ。
都心部からほど近い立地であり、手軽なアウトドア感を味わえるとあってか、オフシーズンながら人の気配があちこちにある。
すこし湿った土の香りと吹き抜ける風がほてった身体に心地よい。
松神とオオノキはコテージ村を通る道路を歩き、中央にある管理棟を目指していた。
「よし、分かった」
と、松神は手にした電話を切る。
芝原からの連絡だ。遺族に会った後で調べものをしたという。
「何かわかったの?」
「ああ。例のストーカー男が分かったみたいだ。このキャンプ場の所有者。とはいえ仕事らしい仕事はしていないそうだ。いつもどこかをぶらついている自称映画監督だと。おまけに示談で済ませているせいで前科はないが、傷害の容疑で何度か捕まっている」
「ふーん。……幽霊の、正体見たり、枯れ尾花ってか」
「なんだ、ガッカリしたって言いたいのか?」
「そうじゃない。ただあまりにも簡単すぎる。金を持って暇をしているろくでなしならいかにも犯人らしい。分かりやすい。そこが引っかかる」
「なら他に誰がいるんだ」
「そうだね……例えば、ススキの穂とか」
そこで松神は察しがついた。
「ああ……ひとつ言っておくが、幽霊探しなんてするなよ」
「え、なんで?」
オオノキはおそらく神社の噂と石原麻梨香の死には何かの関連性があると考えているのだろう。
人気のない場所なのをいいことに『誰か』が『何か』をしていた。その結果として噂が出来上がり、たまたま訪れた麻梨香がその『何か』目にしてしまい襲われた。といった筋書きだろうか。なるほど、一通りの筋は通る。しかしながら、松神はそれを胸のうちで否定した。
「前の日曜の事件覚えているか?」
「おばあさんが家のはなれで焼身自殺したやつ?」
「あれの犯人は?」
「いがみ合っていた嫁だね。刺した後で焼いた」
「じゃあ先月のあたまにあった事件は?」
「教え子と関係を持っていた教師が秘密をバラされるのを恐れて殺したね」
「どっちも容疑者で、そしてそのまま犯人だったろ?」
「だから今回も見えているやつが犯人って?幽霊や透明人間は考慮しないの?」
「そうだ。だいたいの事件は怪しい奴がそのまま犯人なんだよ。犯罪者のみんながみんな重たい過去や秘密のベールを身に纏っているわけじゃないんだ。犯罪なんて多くは偶然起きた事故のようなものに過ぎない」
「なるほどつまり、それじゃあ今回の事件はさっき言っていたストーカー地主の仕業だって言いたいわけか」
「そんなところだ。どうせ、ヒマで拗らせた変態なんだろう。で、闇夜に襲ったが抵抗されてカッとなり、力加減を間違えて殺した。それだけだ」
「それならボクの仕事は楽になるからいいんだけど……ああ、あれだね。管理棟」
目を向けると、そこにはログハウスがあった。
その横手では朝にも見た大井が薪割りをしていた。
ふたりに気付くと大井は手を止め、腕で額をぬぐった。
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