2:学校

 「言っていた通り、死因は口と鼻を押さえつけられたことによる窒息だとさ。死後にカラスに喰われた傷を除いて、服の下にも外傷らしいものはなし」

 「服を脱がしていないのなら、レイプ目的じゃなさそうだね」

 「断言はできないがな。被害者を襲ったが抵抗されて、黙らせようとして誤って殺した。なんて可能性もある」

 「犯人は男か、女でも複数人なら可能。……つまり動機次第ってことだね、これは」


 先ほどまでは静かだった森の中には、今や走査線のテープが張られ、その中では青い制服を身にまとった鑑識が、目を皿のようにして証拠となるものを探している。

 しかし状況はあまり良くはないらしい。

 昨晩に降った雨のせいで周辺には足跡を含めた移動の痕跡が残っておらず、また凶器になりそうな物も見つからないのだ。

 シートを被せられた遺体が担架に乗って運ばれていく。

 その様子を眺めながら松神はぼやいた。


 「頑張ってくれてはいるが、正直あまり物証には期待はできないらしい。」

 「となると、足を使わないとね。ご両親には誰か行かせた?」

 「藤堂と芝原を」

 「青嶋クンは?」

 「ここに残って捜索の続き。遺体の周囲を見たら次はあの子が行くはずだった廃神社に行ってもらう。この辺りで人が隠れられるのはあそこぐらいだし、なにかあるかもしれない」

 「なるほど。じゃあボクらは学校に行こうか。お友達に話を聞かないと。いやあ高校なんて懐かしい。気分が若返るよ」

 「……お前、いくつなんだ?」




 府立高校の校長室では3人の少女が椅子に腰かけていた。

 彼女らの名前は大原琴乃。平山睦美。船本春香。

 死体で見つかった石原麻梨香の友人であり、一緒に肝試しへ行ったメンバーだ。

 見たところ取り立てて特筆すべきところもない、ごく普通の高校生といった様子。

 強いて言うなら3人とも見た目がいい点が挙げられるだろうか。

 とはいえその整った容姿も、警察への緊張で多少の強張りを見せている。


 少女の前にはオオノキと松神が座っている。部屋にはほかに誰もいない。事前に人払いしたためだ。

 「急に呼び出してごめんね。少し昨日の晩について聞きたくて。……話してもらってもいいかな?」

 と松神が口を開く。珍しく語気を和らげている。しかしながら長身で厳つい顔の男はそれだけで威圧的だ。


 おずおずと、ひとりの少女が話し始めた。

 「はい。でも、昨日は本当にただ肝試しに行っただけで、麻梨香が消えたこと以外は特に何も……」

 当惑した表情の大原琴乃。当然ではあるが、刑事に事情を聴かれるなど初めてのことなのだろう。

 若い彼女らにはゾンビであるオオノキも珍しいのかもしれない。

 残りの二人も日常を越えつつある事態に、どう答えたものか迷っているようだ。


 「その肝試しなんだけど、なんであそこに行ったの?何か噂でも流れていたとか?」

 とオオノキ。

 「それは、はい。半年ぐらい前から、あの山にある捨てられた神社に1人で行くと何かの声が聞こえるって噂があって。ちょっと見てみようって、麻梨香と行ったんです。私たちみんなオカルトとか好きだから」

 と、今度は平山睦美が答える。

 「そう。じゃあ、それは何時かな?あと具体的に君達がどこからどこまで歩く予定だったのかも、教えてもらえるかな」

 松神は腫れものに触るような態度を変えない。子供の相手をするのが苦手なのだろう。

 「夜の10時ぐらいだったと思います。集まる場所は森の外にある神社の鳥居です。そこから森に入って奥にある廃神社まで1人ずつ行く予定でした」


 「怖くはなかったの?ボクらが行ったときはもう陽が出ていたけど、それでもけっこう薄暗いと思ったんだけどね」

 「あの辺りは昔からよく行っていましたから、不気味ではあったけどそこまで怖いとは思っていませんでした。近くにあるキャンプ場にも行っていましたし、管理人の大井さんとも知り合いだったから。いざとなればそこに行けばいいかなって」

 「その大井さんは君達が肝試しをしていることを知っていた?」

 「いえ、話してはいません。親にも嘘ついて家を出たから、たぶんだれも知らないと思います」


 そこで我慢が出来なくなったかのように、今まで黙っていた船本春香は問いかけた。

 「あの……もしかして麻梨香に何かあったんですか?」

 「ああ、えっと……」

 今にも泣きだしそうな晴香の顔。その表情に松神は思わず言葉を濁す。

 だがオオノキはさらりと答えた。

 「死んだよ。殺された」

 「おい、お前」

 「いずれ知ることだ。子ども扱いして隠したってしょうがない」


 色を失う3人。しかし琴乃はそのなかでぽつりと呟いた。

 「……やっぱり」

 「やっぱり?なにか知っているの?」

 「前に麻梨香が言っていたんです。誰かが付きまとってるって」

 「つまり、ストーカーってことかな」

 「そうかもしれません。でも詳しくは……」

 少女たちの様子を見ると、オオノキは席を立った。

 「分かった、ありがとう。キミたちはもう帰っていいよ」

 そのまま校長室の出入り口へと行き、ドアを開けて退出を促す。

 3人は黙ってそれに従った。

 ドアをくぐるとき、琴乃はオオノキの前で足を止めた。顔が赤く、眉間には力がこもっている。

 「……麻梨香はいい子でした。犯人、見つけてくださいね」

 「ああ、もちろん。頑張るよ」

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