10:終着

 後頭部に固い感触。自分に突きつけられているものが、いま自分が握っているのと同じ物だと三木は直感した。

 静かに身をかがめ、足元に拳銃を置く。両手を挙げると、背後の人物は後ろ手に三木の両手に手錠をかけた。


 そこでようやく振り向く。

 三木の背後には、紙袋を被った……しかし背の高い男がいた。

 それは先ほどまで椅子に座っていた―――

 「マネキン……じゃなかったのか」


 長身の紙袋はマスクを脱ぐ。ヘルメットを仕込んだ紙袋はそのまま床に落ち、ごとりと重い音を出した。中から出てきたのは、汗ばんだ様子の松神だった。

 「……三木義彦博士。あなたを逮捕します」

 「だから、ボクは言いましたよね。捜査員に包囲されているって」





 深夜に近い警察署内に人は少ない。電灯の明かりも少なく、人の気配も薄い。

 そんな中で、光が漏れる部屋が一つ。取調室だ。


 中にいるのは初老の男性、三木義彦。

 机を挟んで座っているのは刑事の青嶋だ。


 所持していた拳銃のライフリングが被害者の体内から見つかった弾丸と一致したということ。そして娘の麻衣子が自身の感染を認めたということを伝えると、三木は観念し事件のあらましを語り始めた。

 その様子をミラーガラス越しに眺めながら、松神陽樹は隣に立つオオノキに尋ねた。


 「ところで、どこで気付いたんだ?」

 「なんのこと?」

 「とぼけるなよ。最初から三木だと思って調べていたんだろ」

 「ふふ、さあね。でも僕だって彼が演技をしなければ疑わなかったよ」

 「演技?」

 「うん。カルテを探すフリ。彼がいくら片付けられない人間でも、自分の部屋の大まかな配置ぐらいは把握しているはずだ。それも古いカルテなら置き場所が決まっているし、そうそう動かすものじゃない。それなのに彼はカルテの場所そのものを探す仕草を見せ、そのくせ並び順も雑なファイルの中からすぐに天野のカルテを見つけた。普通は逆だ」


 「それだけの理由で?」

 「うん。でもこのとおり事件は解決した」

 「解決しても俺はヒマにはならないけどな。警部補に言い訳しないといけないし、娘さんについてもどう扱うのかまだ決まってない」

 「そこはほら、リーダーの役目ってことでひとつ頼むよ」


 「ったく、都合がいいな」

 松神は背を反らし、肩をぐりぐりと動かした。骨が苦労の音を出す。

 「……それにしても、まさかあんなお偉いさんが殺人とはねえ」

 「経歴を見た感じ、奥さんがステージ4で治療できずに殺処分したみたい。たぶんそれがトラウマになっていたんだろうね」

 ステージ4。肉体が重度に変異した治療不可能な患者のことだ。この状態になったゾンビは例外なく殺処理される。

 遺族に残されるのは殺すか、誰かに殺してもらうか、を選ぶ権利だけだ。

 「後悔が行動原理、か」


 するとそこで、松神は少し声のトーンを落とした。


 「……なあ、お前は謝りたい人っているか?」

 「いきなりなに、どうしたの?」

 「いやさ、人を殺せるぐらいの後悔ってどんなものなのか気になって」

 「ボクはそんな人いないかな。そう言うキミは?お兄さんとか?」

 「俺は……」


 答えに詰まる。松神は兄を【感染】の際に亡くしている。

気まずさからか、オオノキは慌てて話題を逸らした。


 「ああ、まあ誰でもいいか。……ところで、もう帰らせてもらうよ。ボクの役目は終わったし、いいでしょ」

 部屋のドアを開けてその場から立ち去ろうとするオオノキ。その背中に松神が声をかけた。


 「なあ、お前が話していた」

 「ん?」

 「脳を食べたら記憶が見えるって言っていたろ。あれって全部ウソなのか?」

 オオノキは少し黙り、それから答えた。


 「それは秘密」

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