2:警察署

 「それで、なんで後藤ゆかりが、いきなり“自供“をし始めたのか、話してもらおうか?」


 数日後、大阪府警察本部の殺人課の一室で、松神陽樹(まつがみ ようじゅ)はオオノキにそう尋ねた。

 忙しそうに人が行き交うオフィスの中で、椅子に座った松神は頬杖をつき、目の前に立つオオノキをじろりと睨んだ。

 そんな松神の態度などどこ吹く風といったように、目と口をくり抜いた紙袋を被ったゾンビ、オオノキは話し始めた。

 

 「いやあ、あの日ってハロウィンじゃん?だから事情聴取の後で、ちょっとあの人を驚かしてみようと思ってさ。ゾンビの感染が起きたってドッキリを仕掛てみたら、どうも彼女、真に受けちゃったみたいで、自殺しようとしちゃったんだ。慌てて止めたらなんと今度の事件の被害者が飲んだのと同じ毒を隠し持っていた。だからもう一度取り調べをするって名目で時間稼ぎをして、裏で令状を取って家宅捜索をした。そしたら、薬の瓶と彼女の旦那さんだけが署名した離婚届が見つかった。……『犯行の動機と彼女が毒物を所持し自分の意思で取り出すことができること』を証明したから今度は逮捕令状を取った。……なにかおかしい事でも?」


 「大ありだこのバカ!違法捜査以外の何物でもないだろ。仮にそこがセーフでも精神的に追い詰めた時点で自白強要だと言われかねない。だいたい自分からゾンビウイルスに感染しに行ったらどうする」

 「物証と優秀な検事さんがいれば大丈夫でしょ。それと彼女は医療記録によればウイルスに免疫がある。ゾンビ化できない身体なんだ。だから、わざと感染してゾンビが同族を襲わない性質を利用する、なんてことはできないわけだ。あの場では自殺するか喰われるかしかなかったよ」


 「一か八かでゾンビの中を突破しようと扉を開けられていた場合のことも考えていたのか」

 「あー、それはない」

 「どうして」

 「彼女の性格から、かな。卑屈で自己肯定感の薄い、逃避するタイプだったから。挑戦をせずに楽な自殺に逃げると思った」

 「そんな当てずっぽうで」


 とはいえ目の前のゾンビが容疑者(松神や同じ班の人間は疑ってはいなかったが)から物的証拠を引きずり出したのも事実だ。

 どう言い含めようか、と考えていると、携帯電話が鳴った。現場に先に行かせていた、部下の刑事からだった。


 「お、次の事件?」

 「お前は――」

 

 付いてくるな。という言葉を松神は飲みこんだ。以前も同じようなやりとりをしたのに、オオノキが自分より早く現場に着いて、死体の臭いを嗅いでいたのを思い出したからだ。


 「……いいか、次あんなことするなら、せめて俺のいるときに、俺に話を通して、許可を取ってからにしろ。……出かけるぞ」

 「そんな怖い声出さなくても分かっているよ、ボス」

 「今度勝手をやったら俺も庇えないからな」

 「その時はまたヤクザの味見役にでも戻るよ」

 「まったく……」

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