第3話. 勇者になり損ねた男
王国には伝説の聖剣が存在する。
幾重もの試練を備えた地下ダンジョンの最奥に、担い手のみが引き抜けるとされた剣があり、その者こそが魔王を討ち果たす勇者とされた。
事実、歴代の勇者も聖剣を手に魔王と戦い、勝利を収めてきたのだ。
そして今、新たな聖剣の担い手が誕生したのである。
名をルークと言い、才能も血筋も容姿もすべてを持ち合わせた青年である。まさに物語の主人公と言えるほどのスペックを備えた彼は、自分こそが物語の主人公であり、あらゆる補正が自分に味方していると信じていた。ゆえに七難八苦を乗り越えて聖剣を手にした際は、これから魔王を倒す旅が始まるのだと疑わなかった。
しかし。
「なん、だと……」
王城の離れにて、ルークは愕然とした。
久方ぶりに再会した婚約者の王女クレアに、聖剣を手に地下ダンジョンから生還した旨と、これから魔王を倒す旅に出ることを報告したのだが、婚約者の返答は想定したどれとも違ったのだ。
「すでに魔王は倒された、だと?」
「あら、ご存じなかったのですか?」
話を聞くに、地下ダンジョンに潜っている間に魔王は倒され、別の男が勇者と呼ばれるようになっていると言うではないか。
「そんな馬鹿な……。いったい何処の誰だ!」
「平民の出と聞き及んでおります。顔や名前は~……忘れてしまいましたわ」
クレアはさも瑣事だと言うようにクスッと笑った。
柔らかい物腰にのほほんとした雰囲気が加わり、可愛らしさは倍々。同時に温室育ち特有の問題意識の低さも健在のようだ。
しかしルークにとっては笑って済ませられる話ではない。
生まれながらの勝ち組である彼は、ずっと周囲の羨望と称賛を浴びてきた。そんな環境にあったために自意識過剰な性格となってしまい、自分の婚約者に見合うのは王族の姫君のみと思うように。聖剣を手に入れたのも、王女からの「是非とも勇者に成ってください」という無茶な要望に応えるためであった。
つまり勝ち続けてきたルークの人生に汚点が刻まれたのだ、平民の男によって。
ましてやこの敗北はただの敗北ではない。結婚という今後の人生に大きく関わってくる。
事実、ルークは王女クレアとの結婚を前提とした野望があった。
「くそっ……。これでは俺の人生設計が崩れてしまう」
「人生設計とは?」
「王族と結婚し、あわよくば王座なんかも狙っちゃたりとか、そして国を動かしてみたりとか、そんな俺の人生設計が崩れてしまうではないか」
「まあまあ、ルークったらそんなことを……。ショックのあまりに正気を失い、その王族の前で簒奪計画のすべてを零してしまう脇の甘さ、さすがはわたくしの見初めた男。じつに滑稽ですわ」
「ん、なにか言ったか?」
「そして耳が遠いのかと疑いたくなる様を見せつける二段構え、グッドですわ」
「グッド? よくわからんが、このままでは結婚は難しいんだろ?」
「ええ、そのとおりですわ」
クレアがルークに勇者に成るよう提案したのも、結婚について父である国王を説得するためだった。それだけに今のままでは結婚に賛成してもらえないかもしれないと。
「ですが、聖剣を手に入れたことは充分に凄いですわよ。事実、お父様も感心しておられましたわ」
「なに、本当か!」
「地下ダンジョンから戻ったばかりでご存じないでしょうけど、王都でもルークは有名人ですわよ」
「ふむ、なるほど。魔王は倒せなかったが、聖剣は手に入れたんだ。充分に凄いだろう。それこそ王都で称えられるほどに。勇者に後塵を拝したのは度し難いが、この際は目を瞑るのもやむなしか」
「ええ、とても有名ですわ。なまじ聖剣を手に入れたばかりに王都では『勇者になり損ねた男』と呼ばれておりますわ」
「理不尽!」
称賛されるならばいざ知らず、馬鹿にされる謂われはない。
「これもすべて平民勇者のせいだ!」
「その怨み方も理不尽ではなくて? とは言え、落ち込むよりは良いですわね。人は前向きに生きなければならない。世話係だった
その言葉にルークは感心した。
「ふむ、そうだな。今の言葉、俺の心に響いたぞ。是非、その爺に俺から礼を伝えたいんだが、会えるか?」
「この離れにはおりませんわ」
「ならば王城に?」
「いいえ。数ヶ月前から遠い田舎で暮らしておりますわ」
「隠居か」
「年甲斐もなく若いメイドの尻を触るなどのセクハラを働きましたので、解雇処分となりました」
「おい、爺!」
「良いケツでしたので後悔はありません。それが解雇処分を言い渡された時の爺の言葉でしたわ」
「おい、爺!」
「退職金をちらつかせて田舎娘とよろしくやれるぞヤッホーイとも言っておりました」
「おい、爺!」
確かに前向きだが、そこは自重しろ。まったく、感動を返してもらいたいものだ。
「ちなみに、解雇処分ですので退職金は出ません。ですので、去り際は悲壮感が漂っておりました」
「おい、爺……」
自業自得だが、年寄りということで同情をしてしまいそうになった。哀愁の漂う背中が容易に想像できてしまうのだ、自業自得だけど。
「しかし前向きであるべきという言葉は正しいと思いますの」
「まあ、確かに……」
爺がどのような人間であれ、言葉そのものを否定する必要はないだろう。
「ゆえに、私は前向きに行動すると決めたのです」
「それは結構なことだが、具体的にはどういうことをするつもりなんだ?」
「魔族との交流ですわ」
「……はあ?」
聞き間違えでなければ、この婚約者はとんでもないことを口にしなかったか?
しかしルークの困惑など何処吹く風とクレアは脳天気に話す。
「戦争は終わったのです。ならば、これからは人間と魔族が手と手を取り合う時代となるでしょう。私は率先して新たな時代を切り拓くつもりですわ」
「……正気か?」
これにはさすがのルークも唖然とするしかなかった。
戦争は人間の勝利で決着となった。だが、戦争が終わったからと言って仲良くしましょうとなるはずがない。結局のところは表面上の争いが収まっただけで、睨み合う関係は続いているのだ。
そんな微妙な情勢下に王族の人間が魔族と親交などとお花畑なことを言っているのだから頭も抱えたくなる。
しかしクレアの非常識さはルークの想像を遥かに超えていた。
「実のところ、すでに交流は始まっておりますのよ」
「え?」
そうしてクレアが見やった先――部屋の隅に女性が佇んでいた。ルークは息を飲む。相手が恐ろしいまでの美貌を備えていたこともあるが、それよりも人間離れした違和感がひとつ。頭部の左右に生えた二本の角。人間には無い特徴である。
つまりは魔族。
瞬間、ルークの手が腰に携えた聖剣へと伸びる。ダンジョン暮らしで染みついた警戒心が体を動かしたのだろう。
しかし。
パンッと手を叩く音に体が制止する。振り向くと、クレアが言った。
「先ほども申しましたが、戦争は終わったのです。ここで刃を交えてどうするのですか。彼女――アンジェラは人間と魔族の架け橋となり得る友好の徒なのですよ」
クレア曰く、つい先日――オーガが襲来した日、部屋に一人でいるところにアンジェラが突如として現れ、友好を結ぼうと持ち掛けられたそうだ。初めは面食らっていたものの、話を聞く内に心が動かされたらしい。
「そして私と彼女は友好を築くことにしましたの」
「ああ、そのとおりだ」
そうして会話に割って入ってきたのは、ずっと黙っていたアンジェラだった。彼女はいけしゃあしゃあと続ける。
「あたしは人間と友好的でありたいと願ってる。クレアはその第一歩に相応しい人間だ。魔族に対してあまり偏見がない。そこは王城の護られた世界で育ったからなんだろうが、そのお陰でこうして平和的に会話も出来る。良い友好相手だよ」
すらりと長い手脚に、さらりと長い髪。容姿こそ上品な彼女だが、いやに好戦的な笑みを浮かべ、まるで盗賊団の頭目でも張っていそうな危うい空気を纏っていた。
それだけに「友好」という言葉が胡散臭くて仕方ない。
ルークは色々とクレアを注意してやりたかったが、とりあえずは現状確認を優先することに。
果たして、王女と魔族が交流している事実を知っているのは誰なのか。先日に出会ったばかりということなので、まだ広くは知られていないだろうが、さて。
この疑問に答えたのはアンジェラだった。
「それは心配ないよ。いきなり多くの人間に魔族と交流していると明かしては混乱が生じてしまう。だから知っているのは、クレアとあんたくらいだ」
「……」
友好を築くなどと無茶苦茶な提案をしてきた割には冷静な判断が出来るようだ。が、だからと言って魔族を信用するわけではない。
「アンジェラと言ったな。貴様、なにを企んでいる?」
「さっきから言ってるだろ。人間と仲良くしたいんだよ」
「そんな戯れ言が通用すると本気で思っているのか?」
「なるほど、信用されてないな。いや、いいんじゃないか、その猜疑心と敵対心。そういう奴と友好を築けてこそだ」
そうして無防備に近付いてくるアンジェラに対し、ルークの体に緊張が走る。いつでも聖剣を抜けるように身構えた。が、目の前に立ち止まると、アンジェラは手をすっと差し出してきた。これはどういうことだろうか。困惑するルークにアンジェラは言う。
「あんたがあたしのことをどう思っているかは、今はどうでもいい。けど、あたしはあんたのことが気に入ったよ。だから握手しよう」
「……ふざけてるのか?」
「まさか。あたしは至って大真面目だよ。むしろこっちが聞きたいね、どうして握手が出来ないのか」
「そんなことは決まってるだろ」
「すこし前まで戦争をした敵同士だからか? だとしたら度量が狭いな。こっちは魔王様を討たれた側なんだぞ。それでも仲良くしようと手を差し出してるんだ。ならば、勝者としての振る舞いを見せてほしいものだね」
「むっ……」
アンジェラの言葉に嘘偽りがあるかどうかは不明だが、言葉自体には聞くべきところがある。確かに敗者から歩み寄っていると言うのに、ここでその手を払い除けるのはあまりにも狭量。警戒は必要だろうが、受け入れる懐の深さも必要だろう。
ルークはぐっと奥歯を噛み締め、握手を交わす。
これにアンジェラはにやりと笑うのだった。
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