第4話. マジカルロジカル『ドロシーさん』

 ルークが王都に帰還するよりも少し前のこと。

 魔王が討伐されて戦争は終結したとは言え、元々自由意思で活動する魔族はたびたび王国領土に出没しており、それを退治するのが古来より王国騎士の務めだった。

 そして今回、とある廃城に吸血鬼が出没し、近隣の村々から人を攫っていくという報告が舞い込み、騎士団が派遣された。

 これで問題はじきに解決するだろう。

 被害に遭っていた村人達はほっと胸を撫で下ろしていた。

 しかし。

「撤退! 撤退!」

 廃城へと赴いた騎士団は、斬撃も刺突も通用しない相手を前に為す術なく撤退。吸血鬼が苦手とする太陽が昇っている時間帯ということもあって追撃を受けずに済み、なんとか近くの森まで逃げ果せたが、問題自体は解決していなかった。

「どうします?」

 一息ついたところで部下の一人が団長に尋ねた。

「どうしますって聞かれてもなあ……。正直、俺達では勝てんだろ、あれ。噂では聞いてたけど、身体を霧状に変えられるとかチートだよな。こっちの攻撃が効きやしない」

 団長は深々とため息をつく。

 さて、本当にどうしたものか。出来ればこのまま逃げ帰りたいが、騎士の誇り――もとい貴族としての外聞がそれを許さない。

「あーあ、こんなことなら騎士団なんかに入るんじゃなかったなあ~」

「それ、他の人の前で言わんでくださいよ。なかなかの問題発言なんだから」

「とか言って、お前もそう思ってるだろ?」

「ちょっとだけ」

「ほらな。そもそも、なんで俺は騎士団なんかに入っちまったんだろうな」

「まあ、時代の流れってやつですよ。王国が魔王に追い詰められたのも、言ってしまえば勇敢な騎士から戦死していって、残ったのが我々みたいなボンクラ貴族の次男坊だったって感じですから。戦場では臆病者ほど長生きするってことですね」

「お前、けっこう言うよな」

「でも事実じゃないですか。ほら、予言者もやることがなくて今は王国内の天気予報とかしてますし、時代が違えば請け負う役割も違ってくるってことですよ」

「今はボンクラが騎士団の役割を担う時代ってことか」

「世も末ですよね」

「おい」

「ちなみに、この一帯は夕暮れ時から曇りになるそうですよ」

「へえ~……」

 団長はどうでも良さ気にため息。今後について考えているのだろうと察した団員が言った。

「どうします? 王都に援軍でも要請しますか?」

「援軍、か……。まあ、俺も色々とぼやいてはいるけど、これでも責任感はあるんだぞ。あんな光景を見せられたら、このまま逃げ帰るわけにもいかんなって思うし」

 団長はいつにない真剣な表情で言った。

 廃城へと侵入した際、攫われた村人の死骸が山と積まれたのを見てしまったのだ。おそらくは食料にされてしまったのだろう。どれも血を吸い尽くされて干からびたような有り様だったのだ。

 あのような惨状を見て見ぬフリが出来るほど腐ってはいない。

「なんにせよ、やるなら明るい時間帯だな。吸血鬼は日光に弱いってのは定説だし」

「確かに太陽のお陰で、我々もここまで逃げてこられたわけですからね」

「……あ、そっか」

 そこで団長は閃く。

「日光に晒せばいいんだよ、剣が効かないなら」

「いや、そんなことわかってますよ。なにを『凄いこと思いついちゃった』みたいな顔をしてるんですか。問題は、どうやって廃城から引っ張り出すのか、でしょ」

「なんだよ、せっかく思いついたのに……。とは言え、確かにどうやって廃城から引っ張り出すかねえ~」

 揃って「う~ん」と物思いに唸ったところで奴は現れた。

「そんなにも待ち侘びられているのであれば、こうして出向いた甲斐もあったというものだな」

「ッ!」

 ハッとして振り向くと、そこには黒のマントで身を包んだくだんの吸血鬼が立っており、騎士団は瞬時に臨戦態勢に入った。が、皆の頭には疑問が浮かんでいた。

「何故、吸血鬼が外に……」

 夜ならばいざ知らず、どうして陽のある内から吸血鬼が外に出られているのか。

 そう思って空を見上げ、一同は納得。雲が空を覆っており、太陽を隠しているのだ。予言者の天気予報、ずばり的中。

 一方、吸血鬼は落ち着いた様子で話し始めた。

「ははは、そう身構えるな。こちらは平和的に話をしに来たのだ」

「話だと?」

「諸君の主に伝えてもらいたい。私にこの地を割譲せよ、と。そして月に一度、貢ぎ物をするならば私は敵対しない」

「貢ぎ物?」

「無論、人間だ」

「ッ!」

 団長の脳裏に廃城の惨状が蘇る。

「断る!」

「ははは、貴様に決定権はなかろう。それに、死に急ぐことは感心しない」

「黙れ。お前のような外道の言葉に傾ける耳はない」

「外道とは?」

「人をあのように殺しておいて、よくも聞けたな」

「これは異なことを言う。諸君も豚や牛を食らうだろう。それと同じだ。吸血鬼にとって人間は食料に過ぎない。言わば、さがだよ。むしろ、こうして交渉を持ち掛けている分、人間よりも慈悲に溢れた対応だと思うがね」

「くっ……」

 言葉に窮する団長に対し、吸血鬼は余裕の構え。この場において強者は自分だと理解しているからだ。

 しかし。

「夜道の露出狂みたいな格好のくせに、なかなかおもろいこと言うやんけ」

 声は騎士団の背後から。一同が振り返ると、杖を携えたローブ姿の女性が木陰から現れた。彼女の登場は今の騎士団にとって天の助けに等しく、一帯を包んでいた絶望的な空気が弛緩。それを感じ取った吸血鬼が問う。

「何者だ?」

 女性はその言葉を待っていたとドヤ顔で名乗った。

「勇者の代理で派遣された、魔女ドロシーや!」

 吸血鬼は手強い。その事前情報を得ていた団長は、王都を出る前に勇者へと支援要請を行ったのだが、上層部より「オーガの襲来があった今、勇者様は王都を護るためにも派遣するわけには行かない」と却下され、代わりに「ドロシー様に頼め」とお達しがあったので、勇者の旅仲間であったドロシーに要請していたのである。

 しかし魔女一人の登場で吸血鬼の余裕は崩れない。

「なるほど、貴様が……」

「?」

「いや、なんでもない。とにかく貴様はそこの騎士連中の仲間というわけだな。しかし、そうだとしても貴様らの命運に変わりはない。刃向かうならば容赦はせん。――が、その前に貴様に言っておくべきことがある」

 吸血鬼がドロシーを睨みつける。

「先ほどの発言を撤回してもらおうか」

「先ほどの?」

「貴様、私の格好をなんと表現した?」

「え~と……夜道に出没する露出狂みたいな格好?」

「ふざけるなよ、女! 私を変質者の類似みたいに語りおって!」

「なにを言うとんねん。夜な夜な村に出没しては人を攫っていくとか、変質者以上やんけ!」

「黙れ! 私のは格好いいだろうが、ファッショナブルだろうが!」

「ファッション雑誌でも読んで勉強せえや! 廃城に引き籠もっとるから世間の情報に疎くなるんやぞ!」

「ローブ姿のくせに……。貴様も似た者だろうが!」

「はあ? ローブはイケてるやろうが!」

「同じだ!」

「一緒にすんな、変質者が!」

「言わせておけば貴様……。許さん!」

 吸血鬼は吠えると同時に体を霧状にして姿を消した。いったい何処にと一同が辺りを見回したとき、ドロシーの背後で霧が瞬間的に集約し、吸血鬼の体が再現。鋭い爪を伸ばし、今にも襲い掛かろうとしていた。

 そのことに気付いた団長はしまったと悔やむ。

 魔法使いは呪文を唱えて魔法を発動させる。言い換えれば、魔法を発動させるまでは無力に近い。ゆえに魔法使いは単独で動かず、パーティーという形で仲間に盾役を担ってもらい、呪文を唱える時間を確保しているのだ。

 そして現在の場合、その盾役は騎士団が担わなければならなかった。

 なのに、吸血鬼のドロシーへの接近を許してしまったのだ。

 悔やんでも悔やみきれない致命的なミス――かと思われた。

 しかし吸血鬼の爪がドロシーを襲うよりも先に、ドロシーの拳が相手の顔面を捉えて吹き飛ばしていたのだ。

 吸血鬼の体は側の木の幹にぶつかり、それからずるずると背中を擦らせながら地面にへたり込んだ。

「……え?」

 この光景に驚いていたのは、ドロシーを除く全員だった。

 今、見間違えでなければ、魔女が敵を殴ったか?

「やっぱりそうか」

 驚く一同を余所に、ドロシーは淡々としていた。

「お前、霧状になってる時はなんも出来へんねやろ。せやから体を再現させて攻撃してきたわけや。けど、それは同時にこっちも触れるってことでもある。せやろ?」

「ぐっ……」

 吸血鬼は悔しげに歯噛みする。ドロシーの分析は正しかったのだ。

「ほれ、いつまでもへたり込んどらんで掛かって来いや」

「……掛かってこい、だと? 貴様、手を抜いて戦う気か。私を侮辱するのも大概にしろ!」

「べつに手を抜いてるつもりはないけど?」

「黙れ! 魔女のくせに魔法を使おうとしていないことがなによりの証拠であろうが!」

「いや確かに魔女やけど、魔法とか使ったことないし」

「え?」

 これには吸血鬼も騎士団も揃って眉を顰める。そして皆の疑問を団長が代表して尋ねた。

「あの、勇者様と一緒に魔王を倒す旅をなさっていたのでは?」

「はい。勇者あいつとはパーティを組んでました。けど、いつも私はあいつが戦ってる後ろで応援という名の観戦をしてただけなんで」

「では、戦闘経験は?」

「ゼロに近いんやないですかね」

「はあああああ!?」

 では、なぜに吸血鬼を殴れるほどに強いのか。

 するとドロシーは笑いながら答えた。

「確かに魔法とか使ったことないですけど、勇者あいつと同じパーティーというだけで経験値だけは勝手に入ってくるんですわ。するとびっくり、欠伸してるだけでレベルが上がっていくではあーりませんか。っで、気付けばレベルは最高値になってて身体能力だけでも吸血鬼くらいはれる強さを手に入れられたわけです」

「……んな、アホな」

 そんな『レベルを上げて物理で殴ればいい』みたいな理屈が実際にまかり通るなんて。

 気の抜けたドロシーと団長の会話を余所に、吸血鬼は現場からの脱出を企てていた。先の一撃もそうだが、おそらく純粋な戦闘でドロシーには勝てない。ならば、ここは退くしかないと考えたのだ。ゆえに霧状となるタイミングを計っていたのだが――。

 吸血鬼の気配から察したドロシーは、地を蹴って一瞬で相手に肉薄すると、その腹部に強烈な蹴りを叩き込み、痛みに悶える相手の首を掴んで持ち上げた。

「逃がすわけないやろ」

「ぐっ……」

「お前、さっきこう言うとったな、魔法を使わんのは手を抜いとるって。せやけど、やっぱり吸血鬼は心臓に杭を打ち込まれてこそやろ」

 そう言って杖の尖端を吸血鬼に向けるドロシー。

「や、やめろ……」

「なにを言うとんねん。吸血鬼が人間を襲うんは性なんやったら、人間が吸血鬼の心臓に杭を打ち込むのも性やと納得せえよ」

「それは……」

「ほな、さいなら」

「待っ――」

 相手の言葉を待つことなく、ドロシーは吸血鬼の心臓に容赦なく杖を打ち込んだ。その直後、敵は悶え苦しみ始め、最後は体が灰となって崩れた。

 こうして吸血鬼は絶命したのであった。


 戦闘後、団長はドロシーへと近付いて惜しみない称賛を送った。

「此度はドロシー様の助力で命拾い致しました」

「いえいえ、これくらいは大したことないですよ」

「あはは、謙遜せずともよろしいではないですか。英雄の名に違わぬお力でしたよ」

「そう言っていただけると手を貸した甲斐もあったと思えますね。ただ……」

 答えながらドロシーは難しい顔をしていた。いったい何を悩んでいるのか。疑問に思って尋ねると、ドロシーは冗談混じりに言った。

「いやー最近、オーガとか吸血鬼とか、やけに魔族が活発やなって。もしかしたら魔王でも復活するんちゃうかな~とか考えてみたり」

「あはは、それはまたずいぶんと突飛なことを仰る。しかし、そのようなことになれば勇者様にふたたびお願いするしかございませんな」

 そうして楽観的に話を終わらせた団長だったが、ドロシーは釈然としない心持ちだった。

 確証はない。だが、何かが起こるような予感。

 いったい何が……。

 うーむと頭を悩ませるドロシーだったが、ここで騎士団の会話が耳に入る。

「さて、仕事も終わったことだし、帰るか」

「王都にですか、団長?」

「そりゃそうだろ」

「けど、今からだと王都に着くのは深夜になりますよ」

「そうは言っても、ここに留まってもなあ~……」

「じつはですね、この近くに温泉街があるんですよ。そこで泊まっていきましょうよ」

「お前なあ……」

「ちなみに名物は露天風呂と牡丹鍋らしいですよ」

「行くぞ。牡丹鍋が俺を呼んでいる」

「さっすが団長! 話がわかる男!」

「まあな。――して、ドロシー様はどうなされますか?」

「え?」

「我々は近くの温泉街で牡丹鍋を嗜んで一泊するつもりですが」

「夕陽を眺めながら温泉……。けど、そんな悠長なことをしててもええんですか?」

「大丈夫ですよ。ちなみにすべて経費で落としますんで」

「行きましょう」

 いろいろ考えても答えは出なさそうだし、まあいいだろう。

 ドロシーは悩むのをやめ、騎士団と共に温泉街へと向かうのだった。

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