第一章 異世界 15 『何もできないわけよ!』


 ルボンに迫られ、それでもいつも通り過ごすことで、大したことは起きなかった。

 だが、それはルボンに少なからず何かのダメージを与えてしまったということだ。

 そう思うとやはり罪悪感が重すぎる。


「いつかちゃんと言わないとだな」


 過ぎたことを深く考えては駄目だと、自分に言い聞かせ、これからのことに集中する。


 夕食後、予定通り、ドワーフ親子に接触し、翌日、魔剣を見せてくれることになった。その会話が行われたのは、全裸が集う浴場で。


「やっぱレベルが違うわ・・・」


 イツキは目の前を揺れ行くビッグサイズのモノを見ながら呟いた。

 今回はガイルがいて、イツキのモノと比べると若干イツキの方が立派だ。


「ガイル、お前がいてくれてよかったよ」


「あ? 何言ってんだ?」


 ガイルのモノを眺めながら何故かカッコいいシチュエーションを作ろうとしたイツキをガイルが一蹴。だが、イツキは怯まずに満足そうな顔で笑っている。横を通り過ぎるカインも不気味なものを見る目で見つめるが、イツキはそれも気にとめない。


「でも、本体がな・・・」


 というのも、そのモノに安心はしても、二人とイツキの間には圧倒的な差がある。

 それは、筋肉だ。イツキも元運動部なりに筋力はある。だが、ガイルとカインはイツキのそれとは比べ物にならない。強靭な肉体で無駄な脂肪はなく、触れば鋼鉄のようだ。


「どんだけ鍛えたらそうなんだよ」


「体ぶん回してりゃこうなんよっ」


「なるか!」


 カインのアドバイスは参考にならない。そもそも彼らは亜人だ。そう言った違いというのは簡単には埋められないものだ。


「その点は諦めますか」


 ぼちゃん、と湯に勢いよく浸かり、大きく息を吐く。

 その息には昨日と今日の出来事を振り返る意味がある。

 昨日はガイルとカインに殺されかけ、ギリギリでパルムに助けられた。

 九歳の少女に助けられたことは情けないことかもしれないが、それがなければ今こうしてガイルやカインと一緒に裸の付き合いをすることはなかっただろう。

 そして今日、朝からシルの平手を見る。静かな彼女とは思えないほどの勢いだったため、言葉が出なかった。しかも、その彼女は何事もなかったかのように話を続けるのだ。イツキは空気に圧殺されそうな気分だった。

 それから朝食を食べて、色々回り、鍛練場で別次元の修行風景を見学。

 そして昼、大事件があった。ルボンが―――


「俺が言うのもなんだけど、あいつちょっとちょろすぎない? ・・・やべぇ、急に恥ずかしくなった」


 回想を始めたイツキは顔を赤くして鮮明に思い出されるルボンの艶かしい視線を振り切り、違う記憶を絞り出そうとする。

 ドワーフ親子に魔剣の使用を許可され、明日、実際に使ってみる。もしもうまく使えたら、イツキはガイルたちと一緒に、


「戦えねぇじゃん!」


 使えたところで力の差は歴然。仕方ないのでせめて護身だけでも。

 ガイルとカインは素手なのだろうか。訓練中も武器を一度も使ってない。というより準備されていなかった。それも彼らの肉体を見れば納得なのだが。


「俺も欲しいな、筋肉・・・。こんなんじゃ」


 ―――こんなんじゃルボンに


「なんで!?」


 頭の中に再び現れる猫。

 イツキは思考回路が正しいのを確認するため、バシバシと自分の頬を叩き、痛みを実感。思考回路は正常だ。だが、猫は消えない。


「呪いか!?」


 まるで生霊に取り憑かれていると錯覚するほどに、記憶の中から現れる。

 次にイツキは自分の姿に異常がないことを、顔を水面に移して確認。いつにも増して嬉々溢れる表情だ。


「呪いだ!」


 ルボンの何かに当てられ、呪われた。なんて実際にそう思っているわけではなく、単なる言い訳だ。理由はもっと別にあるはず。それに気付けないだけなのだ。


「うるっせぇよ!」


「わ、悪い・・・」


 熱り立ち、叫ぶイツキを怒鳴りつけたのは、その容姿からは想像もできないほどゆったりと湯船に浸かっていたガイルだ。イツキはその迫力に気圧される。

 ガイルは疲れからか、普段からか、風呂に入っているときは静かにしたい系男子らしい。


「そういやなんで風呂って二日に一回なんだ?」


 色々あって気にしてなかったが、今ふと気になった。


「そりゃ、節約だろ」


「ま、そうだよな」


 それが妥当だ。だが、それでいいのかとは疑問に思う。というのも、男は気にしないかもしれないが、女性はいろいろ気になることがあるだろうと思うからだ。それに男でも汗を掻いたままでいると気持ち悪くて仕方がない。


「すっきりしたい奴は勝手に水でも浴びっから大丈夫だろぉしな」


「あぁ、なるほど」


 そう言えば昨日、カインは水浴びしていた。イツキは思い出し、頷く。それならそういう生活に慣れていないヒナタでも我慢できるかもしれない。

 と心配なのはそのくらいだからイツキも困りはしない。


「それよりイツキ」


「おっ、名前言えたじゃん」


「ほっとけ!」


 切り替え、何かを聞こうと名前を呼んだガイルを、イツキが手を叩いて囃し立てると、彼はお湯を軽く叩き、飛沫をイツキにかける。

 顔にお湯をかけられたイツキは手で拭い、笑いながら謝った。


「それで、何?」


「お前は気になんねぇのかよ」


「何が?」


 ガイルが声の調子を落として聞く。


「俺がどんな亜人なのかってよ」


 その声を聞き、イツキは黙る。


 ―――そういや知らねぇな。ガイルって何者?


 頭に浮かんだのはこれだけだ。確かに気にはなるが、正直なんだっていいと思っている。

 それに、


「気にならないっていうと嘘になるけど。別に知らなくてもいいような気がしてる。・・・違うな」


 自分で言って自分で否定する。イツキが言いたいのは、


「うん、知りたいけど、言わないのは理由があったりするんだろ? 言いたくないことなら無理には聞かねぇよ」


 フィリセの部屋で話したときも、種別不明の亜人と言われていた。シルも知らない様子だったということは、恐らく誰も知らない。それには言わない理由があるからだ。

 それならイツキも聞かない。


「言いたくなったら言えばいいさ」


 そう言ってサムズアップに最高の笑顔を見せつける。

 それを見たガイルは始め、きょとんとしていたが、すぐに「へっ」と笑顔になる。

 イツキもガイルのその反応を見て、二人の間にちょっとした絆ができたような気がした。だから、ガイルに握った拳を突き付ける。

 ガイルも―――


「お前たまに気持ち悪ぃな」


「男の友情! 薄すぎだろ!」


「何言ってんだ」


「期待した俺が馬鹿だった!」


 イツキの期待を盛大に裏切ったガイルに突き刺すような視線を送りながらブクブクと湯船に沈んでいく。

 よくあることだ。筋肉ムキムキな奴は大抵空気読めないやつだったりするもの。

 その点で言えばイツキの方がまだ上、


「とも言えない」


 イツキも空気が読めない節が多々あった。特に中学生のときは―――。


「やべぇ、のぼせたかも・・・」


 浴場から出てきて外の涼しい空気を浴びて体のだるさを感じる。少々長風呂しすぎたみたいだ。

 体が火照って顔も熱い。


「ついに明日、魔剣を使える」


 手で顔を扇ぎながら、確認した予定の一端を取り上げ、希望の呟きを放つ。

 ドワーフ親子に確認が取れた今、イツキにも何かしらの役割が与えられた気分だ。

 ウキウキスキップで部屋に戻り、ベッドメイキング。自分でも驚くほど楽しみで、遠足前の小学生のようにはしゃいでしまう。

 それは勿論、イツキの世界にはない奇跡の道具だから。魔法が使えるこの世界では普通のことかもしれないが、イツキのいた世界では、あり得ない。擬似はできても実用可能の状態にはない。そういうものだからだ。男子なら誰だって憧れる。


「寝れないときは筋トレだ」


 勢いよく寝台に飛び込むが、楽しみがイツキを寝かせてくれない。

 そこで考えたのは原始的だが科学的な方法、筋トレだ。動物は肉体的疲労を感じると脳が休眠をとろうとする。だから筋トレだ。風呂上がりだが。

 イツキは、部活の雨の日メニューを思い出し、一通りやってみる。

 これでも一応元運動部だ。そのトレーニングの質はかなりいい自信がある。短時間でも十分に疲れることができるはずだ。

 はずだ。

 はずだ―――。

 はずだ――――――。

 はず―――――――――――――


「―――なのに、なんで?」


 おかしい。疲れない。何度も繰り返す。それでも。やり方は間違っていない。

 気が付けば五週はやっている。普通ならトップアスリートでもかなりきついメニューと回数だ。

 何事だ。


「もしかして・・・あの変な体質のせいか?」


 思い当たるのは火傷をしたとき、ガイルにボコボコにされたとき、イツキの身体を回復させた、マナによる特異体質だ。

 その体質が体の疲労を体が受けたダメージとして治した。その可能性は十分にある。というよりそれしか考えられない。


「気持ち悪ぃ」


 改めて実感したこの力に悪態をつく。火傷やガイルの件は死を感じていたため意識していなかったが、ただの疲労でこの力を見ると不気味だ。


「イツキ君はゾンビになった。とか笑えねぇぞ、まじで・・・」


 よく考えればイツキのこの体質は急速に力を増している。

 火傷のときは、一週間。ガイルのときは気絶していたためはっきりと覚えていないがそれでも数時間だ。そしてこの筋トレの疲労は感じることもない。


「でもこれ、ある意味最強なんじゃ・・・?」


 イツキがそう考えたのはこのトレーニングがあってのこと。疲労を感じないのであれば、永遠にトレーニングすることが可能で、つまり、ガイルやカイン並みに鍛えることも可能なのではと思ったのだ。


「これから三日間ずっと鍛えてればあいつらみたいに・・・いや、さすがに無理があるか」


 あの強靭さは簡単なトレーニングで得られるものではない。素人目に見てもそれぐらいわかる。

 それに、ずっと鍛え続けることに意味はない。体を作るのは食事、運動、睡眠だ。無駄に鍛えても意味はないだろう。


「まぁ、鍛えれば強くなるんだろうし、急ぐこたぁない」


 と言い聞かせ、自分で納得。

 魔剣もあることだし、接近戦に強くなったと思えばいい。十分戦力になれる。なれなくても最悪死なない。


「けどもし睡魔にも勝てるようなら困るな」


 などと考えているうちに、うとうとしてきた。その感覚に安心感を覚え、ゆっくりと眠りの中に落ちていった。







「―――魔剣・・・」


 朝日が部屋に入ってきたころ、目覚めとともにぽつり、呟いた。

 朝だ。ゆっくりと毛布を捲り、体を起こす。大きな欠伸をして寝台から足を下ろし、立ち上がると同時に伸びをする。冷たい空気が目に気持ちいい。

 ぼさぼさの寝癖を整えながら広場へ―――


「っ!? びっくりしたぁ」


 広場へ向かおうと、自室の部屋を出ようとすると、入り口のすぐそばに金色の髪を持つ少女が立っていた。パルムだ。

 パルムは驚くイツキの反応に驚いて部屋の外に足早に駆けていく。

 イツキは咄嗟にパルムの腕を掴み、


「ごめん驚かせたな。悪かった」


 と謝罪。驚いたのはイツキの方だが、パルムが可愛いので下に出る。


「何か用だった?」


「おじ、い・・・呼んで、る」


 パルムはもごもごと言葉を放ち、説明を始める。


「おじい・・・。あぁ、エイドさん達か。が呼んでるってことは魔剣だな!」


「うん・・・」


 状況を理解したイツキがパルムの肩を掴み、軽く揺さぶりながら質問。パルムはそれに頷く。


「よっし! ついにきた!」


 喜びにガッツポーズをとり、その勢いのまま下に駆け出て行った。

 その後ろをちょこちょことパルムも走って。


「おはよう、イツキ少年」


 駆け下りたイツキを迎えたのはムキムキの子男二人、一人は髭を伸ばしたエイド。一人は隻腕のホルン。

 二人ははしゃぐイツキを笑顔で迎える。


「ああ、おはよう!」


「元気だな」


「魔剣が使えるって考えると嬉しくてな」


「ふ、そうか」


 ホルンは笑顔のイツキに笑みを零し、手招きをして連れて行く。その場所は昨日イツキも一度訪れた、鍛冶場だ。

 そこには昨日とは違い、大小様々五光十色の剣が並べてあった。

 イツキはそれを見るなり、開いた口が塞がらない。

 バルト家で見た普通の剣とは違い、見るからに特殊な力を持っている。気がした。


「これが魔剣・・・!」


 目を輝かせ、吸い込まれるように魔剣に見入る。


「どれが使いやすいかは人それぞれだから後で一通り使ってみるといいさ」


「やべぇ、かっけぇ!」


 イツキは完全に少年の心が出てしまっている。

 だが、そんなイツキの横で同じように興奮するパルムがいた。

 彼女も実物を見るのは初めてなのか、目がキラキラしている。


「朝飯食ったら鍛練場に来てくれ。いろいろと教えてやる」


 そう提案するホルンにうんうんと頷き、イツキは朝食の準備へ急ぐ。早く魔剣を使ってみたいのだ。


「お、ネルおはよう!」


「うん、おはよぉ・・・」


「あれ、なんか眠そうだな」


 明るいイツキの挨拶とは対照的にほわほわとした挨拶を返したネルは、どうやら眠いらしい。いつものしゃきっとした雰囲気はない。それは、


「昨日ねぇ、ルボンが部屋に来てねぇ、布団に潜り込んできてぇ、抱き着いてきてぇ、寝れなかったのぉ」


「お、おう・・・」


 彼女は途切れ途切れに説明するが、イツキは色々と想像してしまい、どう反応すべきかわからない。

 だってルボンがそんな行動を起こした理由は恐らく、


「ずっと『イツキ君、イツキ君』って言ってたのよぉ」


「やっぱ、俺か・・・」


 イツキは頬をかいて苦笑い。ルボンにもネルにも悪いことをした気がする。


「で、そのルボンは?」


「んー、寝てるぅ」


「そりゃよかった」


 正直、今ルボンに合わせる顔がない。きちんとけじめを付けなければならないのはわかっているのだが、どう付ければいいのかがわからないから。


「とりあえず今朝は休んでおいていいぞ。てか、申し訳ないから休んで」


「うぅん、でも部屋はルボンが寝てるからぁ・・・」


「じゃあ俺の部屋でいいから」


 そう言ってふらふらするネルを押しながらイツキの部屋へ。寝台に寝かせ、


「朝飯できたら持ってくるから、おとなしくしとけ」


「はぁい」


 頬を緩ませて笑顔で手を振る彼女。まるで酔っているかのよう。

 本当に申し訳ない。

 広場に戻って準備しなければ。


「お、パルム。どした?」


 階段の下ではまたしてもパルムが待つ。

 彼女はイツキに声をかけられたが今回は驚かない。イツキの手を引き、食材の置いてある場所まで。


「手伝ってくれんの?」


「うん・・・」


「パルム、お前ってやつは・・・ほんっと可愛いな! このこのっ」


 顔を赤らめ、小さく頷くパルムの頭をウリウリしながらべた褒め。実際はイツキのためではなく、パルムも早く魔剣を使うところが見たいだけなのだが、イツキはこうでもしないと落ち着けないのでそこは割愛。

 朝食の準備をさっさと済ませ、イツキは自分の部屋にネルの食事を、パルムはネルの部屋にルボンの食事を起こさないように運んだ。

 フィリセ、ランド、ガーム、エイド、ホルンのところへも食事を運び終え、二人が合流したところで、シルとヒナタも部屋から出てきた。彼女らは顔を洗うと、それぞれ別々にカインとハープを連れてくる。その後ろからはガイルも。

 全員が席に着いたところで、ようやくいつもより二人少ない朝食が始まった。

 その間ガイルとカインが何やら騒いで、シルに沈められたのは、また別のお話だ。


 食事後、片付けはシルとヒナタがやってくれることに。その際、シルにネルとルボンについて聞かれ、イツキはわかりづらい説明で伝えてみたが、シルはきっと何があったのか悟っていただろう。


「おし、パルム。行くか」


「行、く」


 小さく頷くパルムの手を取り、イツキは鍛練場へ向かう。食事中、ドワーフ親子が向かっているのを見た。きっと先にいるだろう。そこでついに魔剣を。でも――――――



 ―――どうしてこうなった? これじゃあ・・・マジで俺は―――


 手にもって棒を強く握りながら、イツキは強い疑問を頭に残していた。ボロボロになった衣服を押さえようとすることもなく、瞬間で治った傷も気にせず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


 時を遡ること僅か五分。

 イツキとパルムは鍛練場に着き、まず目に入った魔剣に見入る。輝く刀身に感じる神秘。輝かしい一つの希望だ。


「おっ、来たな、イツキ君! こっちだこっち」


 鍛練場の中心。そこに立つエイドとホルン。そして彼らのすぐ横には計八本の剣が地面に刺さっている。


「これが俺が厳選した最高品だ。使いやすく強力。お前さんの分もここから選んでくれ」


「おおー!! じゃあね、じゃあね・・・」


「ちなみにこれが火の魔剣で、これが水、で、これが・・・」


 こうしてしばらく魔剣の説明を受ける。そこに設置されているのは火、水、土、風の通常サイズの魔剣と短剣だ。

 ホルン曰く、魔剣は持つだけでは効果を発しない。使いこなすにはマナの動きを感じ、効果を発動させている想像をする必要があるらしい。

 想像は得意だが、マナの動きを感じると言うのはイツキには難しい。その感覚を知らないから。

 それにしても想像だけでとは便利だな、などと軽く考えているイツキだ。


「―――あら、魔剣ですか」


 昨日と同じく訓練に来たシルが魔剣に目を輝かせ、今にも手に取ろうとしていたイツキに気付く。

 イツキはその手をいったん引いて、


「ああ、そうなんだよこれを使えば俺も―――」


「パルムもここにいたんですか。ちょうどよかったです。少し魔法の応用をしましょう」


「あれ!? 無視!?」


「あぁ、イツキさんも」


「いなかったの!? シルの視界に俺はいなかったの!?」


「冗談です」


「冗談っぽく頼むね!」


 やはりシルのイツキ弄りは碌なものではない。イツキも予測できないそれに大ダメージを受ける。このダメージはイツキの奇妙な力では治ってくれないらしい。


「それで魔剣を使うんですか?」


「あ、ああ、これを使えば俺も・・・ってさっきも言おうとしたんだけど。とにかく、これなら俺も戦えるかなって」


「ないよりはいいと思いますけど、すみませんが私には魔剣は扱えないので」


「ん? ああ、なるほど」


 それでパルムも魔剣に興味津々だったわけだ。まあ、魔導士が魔剣を使うことに意味はないからそれにも納得だ。


「パルムも見たいんですか?」


「はい、見たいです」


「即答な上、俺のときよりすらすら話すな・・・」


 らしくない、という感想と、若干の嫉妬で愚痴を零す。

 と、そういう流れでイツキはついに魔剣を使う。


「まずは・・・一番かっけぇ火かな」


 そう言って、エイド、ホルン、シル、パルムに囲まれ、見つめられる中、ほのかに熱を放つ刀身に手を伸ばし―――


「―――っ!? あっづっっ!?」


 柄を握った瞬間、感じた熱が空気を焦がす。爆炎が刀身から吹き出した。


「ちょっと!? 俺こんなん想像してないよ!?」


「イツキ少年!!! それを放せ! 暴発している!」


「んな!? 暴発!?」


 異変に気付いたエイドが血相を変えてイツキに怒鳴る。それもこの状況を見れば納得なのだが。

 焦って手放した魔剣が空中で爆散。一本の刃が無数の煌めきとなり辺り一帯に散りばめられる。その一欠けら一欠けらがそれぞれが火炎と化す。

 その中心に立っていたイツキはもろ、爆発に巻き込まれる。


「まずい! イツキ君!」


「っづあぁ!? あ、ああ? ああああ?」


 火傷。あのときの感覚が蘇る。が、すぐにその熱さは薄くなり、消えゆく。その奇妙な感覚に理由をわかっていながらも驚く。

 イツキが燃え尽きた炎の中から姿を現したとき、その周りでは水の魔剣を構えたドワーフ親子と手を光らせてイツキの方へ向けるパルムがいた。

 その様子にイツキは焦るが、それ以上にその三人が驚いていた。


「え? 何? どうした? ―――って、まぁそうか」


「な、何が起こってるんだ?」


「信じられん・・・」


 シルだけが、何一つ驚いた様子を見せずにいた。なぜなら、彼女はイツキの力を知っているからだ。初回をちゃんと見ていないため、この回復速度にも驚かない。

 ただ、他の三人は驚愕だ。


「えぇと・・・これは、だな・・・」


「すごいな! お前さん!」


「へっ?」


 説明できず、怪しまれるのでは、と不安が過ぎった瞬間、ホルンの口から放たれた感嘆の声に、イツキは情けない声を漏らす。


「いや、面白い力だ」


「あ、そう?」


「大丈夫ですよ」


 何故か褒められ混乱するイツキに、シルが安泰を伝える。


「ここにいる人は全員、何かしら他とは違うんです。イツキさんのような力はなくとも、それを不気味に思ったりすることはありません・・・。と思います」


「自信持ってほしい・・・。けど、そうか」


 同じ境遇にある者は仲間である。そう言われた気がした。奇妙な力があったとしても排除はしない。それが彼らの考え方だ。


「・・・でもな」


「ん?」


 ホルンが納得するイツキの肩を叩き、声の調子を落として言う。

 その声はイツキの力を褒め称える声とは明らかに違う。


「魔剣打つの大変なんだぞぉぉぉ!!!」


「うわあぁあ!?」


 力強くイツキの肩を握り、何かを懇願するような顔でイツキにしがみついてきた。ホルンの瞳には大量の涙が浮かんでおり、ことの重大さを物語っている。


「金も時間も馬鹿にならない! 高級な魔石を丸二日かけて打ち抜いた魔剣なんだ! それを・・・それを一瞬で壊すなんてぇ!」


「お、おお、わ、悪かった・・・マジですいません」


 大の大人が涙を滝のように流して泣く。その横ではエイドも呆れ顔。だが、その顔は泣きわめくホルンではなく、簡単に魔剣を壊したイツキに向けられたものだ。

 さすがのイツキも申し訳なく思い、謝罪するが、


「魔石を魔剣に加工できるのはドワーフのみ。それにそのための魔石は短剣でも最低金貨二十枚は必要なんです」


 こちらの世界の金銭感覚はわからないが、泣きつく彼の様子から、とてもイツキが返せそうにない金額であることはわかる。

 それに時間的にも特性的にもイツキが手伝えるようなものではない。

 イツキにできることはないわけだ。


「まあイツキ少年。気にしなくてもよい。どうせ使う者などほとんどいないのだ。一本や二本なくなったって困りはしないよ」


「それより何故こうなったのかを調べる必要がありますね」


 さっさと流す二人について行けないイツキだが、泣きじゃくるホルンにもついて行けない。

 そんなイツキを余所に、エイドは散った魔剣の一欠けらを拾い、じっくり眺める。


「これは・・・マナとの過剰な反応によるものか?」


 そう意見を述べることができるのは、彼のドワーフとしての能力があってのことだろう。

 シルも同じようにするが、マナが関わっていることしかわかっていない様子だ。イツキにはそれすらわからないが。


「私の見立てだと、イツキさんに起きたマナへの異常干渉が魔剣に移ったのだと思います」


 シルは、エイドの意見とシルが推測したイツキの力の発現の原因を組み合わせ、今回の原因を推測する。

 イツキがこの世界へ来て、大量のマナによって突然変異を起こしたことが今回のこの件に関係があるのだと。

 と言われても、それをどうにかする方法はないわけで、つまりは―――


「あれ? それって俺もう魔剣無理? ・・・なん?」


「ですね」


「だな」


「もうちょいフォローをお願いしたい!」


 絶望宣言に絶叫。魔剣が使えないとなるといよいよイツキの役割がなくなる。


「なんとか、ならんのですか・・・!」


「と言われましても・・・」


「他のやつを使ってみてはどうだ?」


「いや、あぶねぇって・・・」


 と言いつつ完全に希望が失われたわけではないので、安全そうな水の魔剣を握る。が案の定、


「こうなるよね!」


 柄を握れば刀身から滝のような水流が溢れ出す。たちまち鍛練場がプールになった。そして魔剣も粉々に。


「どうせなので全部使ってみましょう」


「マジか! 心が痛いんだけど!」


 ノリ的な感じで言うシルに心痛を告げたのは、皆が上がったプールで一人涙を流すホルンがいるからだ。

 彼にとってこの魔剣は相当に大切なものだということがわかる。だからこそ、これ以上彼の魔剣を無為に壊したくはないのだが、


「大丈夫です。私が責任を取りますから」


「そういう問題じゃないけど」


 シルは時折、人の気持ちを考えない。のだろうか、あるいはこれがホルンという人物との正しい関わり方なのだろうか。


「実際に使ってるとこみたい。何が正解かわかんね」


「じゃあパルム、やってみ―――」


「はい」


「早いな」


 即答のパルムにシルが風の短剣を手渡し。それを手に取ったシルもパルムも魔剣を暴発させない。そこからイツキとは違う。


「どうすれば・・・いいですか?」


「そのまま俺に聞いて欲しいなぁ」


 最初イツキに向かって魔剣の使い方を確認しようとしたパルムだが、すぐにシルに向き直り続きを喋る。


「魔法と一緒ですよ」


「てかパルムは魔剣使えんの?」


 シルは扱えないらしいが、それならパルムも同じでは? そういった疑問をシル、パルムどちらかを問わず聞く。

 それにはシルが頷き、


「私が魔剣を使えないのは単純に私の方が魔剣より力があるので使おうとしたら壊れてしまうってことですね」


「自慢サンキュー。で、つまり子供のパルムなら大丈夫だと?」


「そう思います」


 そう言ってシルも火の短剣を手に取り、振るう。すると短剣はただ砕け散り、柄だけが残った。その際、かけらが燃えたりすることはなく、やはりイツキはもっと違う理由で暴発したのだと改めてわかる。


「ぅあ!」


 イツキとシルの会話を聞かず、魔剣に夢中になっていたパルムが突然大きな声を上げる。

 何事かと見てみれば幼気な少女の前には一本の風の柱ができていた。その柱から飛ばされる風が水を割り、プールと化した鍛練場の地面を見せる。風の魔剣が刃を輝かせた。


「これが魔剣の力・・・!」


 なるほど、確かにパルムがカインに放った風の魔法より強そうだ。何よりそのパルムが一番驚いているのが証拠だ。

 パルムは何度か魔剣を振り、風の形を変えたり、速度を変えたりしながらその効果を堪能し、興奮している様子だ。可愛らしい。


「パルムは魔法の中でも風が最も苦手なのでそれを持っておくといいでしょう」


「お、俺は・・・?」


「ご自由に」


「扱いの差が!」


 シルの無関心に自棄になり、その場に置いてあった土の魔剣を握る。


「あっ」


 当然、魔剣が破壊されるのを失念していたわけで、それはつまり、


「今度は地震か!」


「駄目でしたね」


 地震ではあるが大きいものではなく、単にイツキの周りの地面が揺れただけ。シルもパルムもエイドも落ち着いている。

 イツキが例のように柄を手放して水の中へ放り込むと、魔剣は砕けて沈んだ底でそれぞれしばらく震動波を放った。


「おし、もういい! 次だ!」


 半焼びしょびしょふらふらでボロボロのイツキが次に握った柄は風の魔剣。が、これがとんでもない惨劇を繰り広げるのだ。


「あ―――いっづぁ!? 何!? いで!」


 イツキに握られた魔剣は、他とは異なり、瞬間で爆散した。その予想外の速さで飛んできた破片に頬の肉を裂かれ、激痛が走る。がそれも束の間。その痛みを確認する間もなく、無数の風の刃がイツキを襲い、新たな痛みに包まれた。

 幾度となく切り刻まれたイツキの体はその都度激痛に見舞われたが、やはりこれも回復する。傷痕は残さず、切れた衣服から血が滴るだけだった。

 イツキを除く、三人はシルの魔法で防がれ、未だプールに浮かぶ一人は心はともかく、体は何とか無事だ。だが、それはイツキの意識の外。イツキの頭の中では誰にもぶつけることのできない怒りが沸いているのだった


「んんぬぅ・・・ぅあぁっ!!!」


 どうしてこうなったのだろう。全属性の魔剣を試したが結局使えるものはない。使えるどころか、イツキはすべて破壊する。

 そもそもガイル達ほど強くもないし、シル達のように魔法も使えない。さらに魔剣ブレイカーとなってしまった。

 誰と何を比べても勝るものがない。つまりイツキは、


「何もできないわけよ!」


 イツキに戦力外通告が受け渡された瞬間だった。


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