第一章 異世界 13 『何ができるわけよ?』
「大事な話なんだけど、これからの予定がわからんのだが」
最後になるはずだったフィリセの謝罪会見の後、イツキが素朴な疑問を口にする。
目的が決まったのならば予定もあって当然なのだが、
「予定?」
「説明しよう。予定とは、その先々の目標、目的に向かってどんなことをしていくか、どんな順番でやっていくかというのを綿密に考えたものである。これが決まっていないと行き当たりばったりで最初はうまくいっている気がしていても、最終的には目的から遠く離れて行ってしまうという憐れな結果になってしまうのだ。ちなみにソースは四年前のカヤ・イツキ君、その人ある」
「何言ってんのかわかんねぇし長ぇよ」
「バッサリだあ!」
自虐的な発言を交えて説明するがガイルが躊躇なく切り捨てる。
落胆するイツキを差し置き、
「確かに予定を教えないとですね」
とシル。
イツキはそもそもなぜ予定という単語の説明をしたのだろう、と勝手に頭を悩ました。
「とりあえず、私達は明日から三日後、王都へ向かい、そこで貴族、ルクス領領主様に会います」
「王都に?」
「ええ、王都です。まぁ、あちら側も不安があるようなのでそこは妥協して、です。確認が取れた後、ルクス領に向かいます。それからはしばらくルクス領で生活することになるので覚えておいてください」
「力貸すってのはそこにいるだけでいいのかよぉ?」
ガイルが歯を噛み鳴らしながら質問。シルはそれに首を横に振り、
「いえ、ちゃんと戦いにも参加しますよ。それがあちらとの約束ですから」
「つまりは俺達は助っ人というより主戦力ってことだな」
「端的に言えばそうです」
シルはそう言いながらパルムを引き寄せ、体で包む。
「その戦いには私も参加しますし、パルムも、勿論、カインも参加してもらうことになると思います。だから、これからの予定が重要になります」
「予定、ね」
パルムの頭を撫でまわし、頬をこねながら予定を説明。
イツキはその姿にいいなぁなんて考えてしまったり、しなかったり。
「で、その予定ってのは?」
「平たく言えば、戦闘訓練、です」
「俺も?」
「一応」
「戦うの? 弱いよ? 雑魚だよ?」
「だから訓練をするんです」
直接対戦したのはガイルだけ、しかもそれは一方的に痛めつけられただけの状況で、イツキの力なんて無に等しい。明日から三日間、どんな改造特訓をしたところでその差が埋まるとは考えられない。
「意味ないと思うけどなぁ・・・」
「パルムと特訓します」
「頑張ろう! よーし、やるぞー!」
両腕を伸ばし、俄然やる気を見せる。が、実際に強くなれるとは思っていない。
「んでよっ、オレも戦うってことはっ、力使っていいってことかよっ」
はしゃぐイツキを余所にカインが乗り出す。彼の発言には亜人としての力の解放の許可を求めるものだ。
カインと対峙したとき、イツキは彼の力を見ることなく終わってしまったので、まだ彼の力を知らない。
だが、
「できればそのままで戦ってほしいんで、訓練もそのままでお願いします」
「マジかよっ。つまんねっ」
今回もカインの力は見られそうになくなった。
カインも機嫌を悪くして口を尖らせる。
「私の目的を手伝ってもらうのはルクス家から国王が選抜されたときです。それまではその選抜の邪魔になりそうなことは避けなければなりません」
「じゃあ魔法は使わねぇのかよっ」
「どこの貴族も戦闘用の魔石を持ってるでしょうから、私達が魔法を使っても大して問題ないでしょう」
「卑怯だっ」
「そんなこと言われましても」
解放範囲の差に唸るカインだが、シルは考えを変えない。
イツキにはカインが力を開放してもしなくても、どっちでも変わらないような気がしている。だから、
「まぁいいじゃないの。俺なんか力もなければ知識もない。行く意味がほとんどないわけだし。それに比べたら戦えるお前はいい方だって」
「力も知識もないかはわからないがね」
「あんたもしつこいな。いい加減」
イツキのフォローに茶々を入れるフィリセ。それに呆れを感じさせるため息を零し、「まぁいい」と放置。
「それで具体的には何すんの?」
「それはこれから考えます。基本的には今までとあまり変わりないですけど」
「ちなみに俺ができることは限られてるからな」
「それも考慮しています」
「なら頑張ってみます、と」
などと敬礼して、それから頬を緩める。頑張れる自信はないが。
「とにかく、これからはお願いすることが増えてくると思うのでよろしくお願いしますね」
最後にシルがその場の皆に言う。それに対し全員が頷き、同意を示した。
イツキもできることはするつもりである。そのためには何ができるのか、考えなくてはならない。
「んじゃ、とりあえずこれで解散ってことで」
「だからっ、なんで兄ちゃんが仕切ってんだよっ」
「だから、それのどこが悪いんだっての」
「・・・別にどこも悪かぁねぇけどっ」
カインはどこかバツの悪そうな顔でイツキに食いかかるがイツキの反論に答えられない。
彼はイツキが自分とは別の生き物であることや、異世界から来たことと関係なしにイツキを敵視しているのではないか、とこのとき初めてイツキは気付いた。―――それが何かはわからないが。
「―――ガイル」
部屋を出て、イツキとカイン、パルムがその場から離れたとき、シルがガイルを呼び止める。三人には聞こえない距離で、聞こえない声で。
「勝手に決めてごめん。あと、勝手について行ったことも。でも、あとちょっとだから・・・」
放たれた声は普段のシルとは違う口調だったが、ガイルは驚くこともせずにシルの声を聞く。
「気にすんなっての。俺ぁお前の目標ってのが叶うまでまでとことん付き合ってやんよ」
「・・・ありがとう、ガイル」
「ああ」
ガイルはシルの謝罪の意味を否定した。むしろシルの行為に納得している様子。その理由はこの場にいるこの二人にしかわからないことだ。
「お前には時間がねぇだろぉが・・・」
ぽつりと、先にその場を離れたシルに向けて、ガイルがそう呟いたのはシルにも聞こえていなかった。
「俺にできること、ねぇ・・・なくね?」
自室に戻り、壊れた魔石灯を岩に嵌め込みながら、イツキは自分が成すべきことについて考えていた。
無力、無知のイツキは何ができるだろう。
戦闘訓練。きつい。
お勉強。三日間では厳しい。
元の世界の知識を利用して何か活躍できるだろうか。いや、一回死にかけた。却下。
簡単なもの。料理、はシルがいるから意味ないか。
荷物運び。これが一番できそうだ。
「いや、俺である意味ねぇ」
熟考の末、出てきたものが完璧な雑用係。できることならなんでも、とは思っていたがさすがにこれはどうか。
「よし、嵌まった。―――ん? あぁ、これなら!」
イツキは何かに気付き、部屋を飛び出した。
向かった先には、前々から気になっていた作業場のようなところ。夕食前にはいつもドワーフ親子がいる場所だ。そこには、
「これこれ。この魔石だ」
その作業場は金属の塊や、魔石、工具が大量に置いてある。置いてあるものと、作業場の形から連想されるものは、鍛冶である。
別にイツキが鍛冶屋になろうとかを考えているわけではなく、ここで作られているであろうあるものを求めに来たのだ。
それはシルと魔法トークをしていた時に聞いた話だ。
「―――魔石って壊れるって言ってたけどその確率とかってあんの?」
魔石によってイツキでも魔法が使える可能性が見えてきて、その魔石について質問を飛ばした。
「確率というよりは限度で壊れますね」
「限度?」
シルの答えにイツキはオウム返し。彼女は阿呆のような顔をしたイツキに対し、冷静に「はい」と続け、
「先ほども言った通り、魔石の性能は大きさ、純度で決まっています。強力な効果を期待するなら、大きくて純粋な魔石を使う。逆に生活程度の効果が欲しいなら小さいものや、純度の低いものを。生活で使われる魔石は壊れにくく、長く、正確に使えます。戦闘に使われる魔石はそれとは違い、壊れやすいんです。威力を高めれば高めるほど壊れやすくなっていくんです。杖にして使われることが多いんですが、魔石は周りのマナに反応するので、使用者や環境によって使用限度が大きく異なってくるんです」
「それで限度を超えると壊れるってわけね」
言葉を紡いだイツキにシルが首肯。
周りの環境に左右されるというのはいささか不便だ。などと考えていると、シルが「ですが」と対立する言葉を述べる。
「武器として扱われる魔石でも生活用と同じくらい長持ちするものもあるんです」
「というのは?」
そもそも生活用の魔石がどれくらい長持ちするのか知らないイツキは、少しだけ期待しながらその心を聞く。
「魔剣です」
「魔剣?」
シルの言葉にイツキは再びオウム返し。
「魔剣はその名の通り、魔石を剣として打ち直したもので、どんなに大きくても、純度が高くても壊れにくく作られているんです。他と違うところは、魔剣の魔石が反応するマナが使用者のマナだけ、という性質を持っているんです」
「それだとなんで壊れにくいの?」
「生活用の魔石は戦闘用と比べて壊れにくい。これには大きさや純度だけでなく、使用範囲にも理由があるんです。生活で使われる魔石の力の変域は、とても小さく、マナとの反応を無理に起こしたものではない。さらに、ほぼ安定した力で使われるため、魔石もその使用に慣れてくるんです」
「魔石が慣れる?」
まるで石が生きているかのような言い方にイツキは顔を訝しめる。
「服と同じです。同じ服を着ていれば、次第にその服が体に適した形に変化するように、魔石も使われていくうちに、その使われ方に合うようになるんです」
「つまり、同じ人が使ってたらその魔剣は安定したマナと反応して、それに慣れて、壊れにくくなるってこと?」
「そゆことです」
まとめてはみたが理解はできていない。それがイツキだ。だが、少なくとも魔剣なら長く使えるということはわかった。
「でも剣だから結局は接近だな・・・」
なんて呟いたりもしたのだが、使うことがあるとは思っていなかった。
思っていなかったことが、現実に起きそうになっている。
イツキは作業場、改め、鍛冶場を覗き込み、それらしいものを探す。接近戦は圧倒的に不利だが、魔法が使える魔剣ならイツキにも勝機はあるかもしれない。そう考えたのだ。
だが、
「見えねぇな・・・。勝手に中入ったら悪いしな」
と、今は仕方がなく断念。夕食後、ドワーフ親子に頼んでみることにした。
「てか、みんなどこよ?」
部屋から出てきてから、ほとんど誰も見かけていない。ネルとルボンだけちょろっと見かけたぐらいだ。
この時間から部屋に籠っているとは考えられない。と思って向かったのは無駄に広い鍛練場だ。そしてイツキの予想通りそこにはさっきの会話のメンバーに、ヒナタとハープが加わっていた。
「おい、人間! そんなにチンタラしてっと雑魚のまんま戦うことになんぞ!」
「んあ!? 雑魚って言うな! あと人間て呼び方もやめい!」
ガイルの罵倒に必死に反論。彼と比べたら雑魚であるのは違いないし、人間でもある。それでも反論するのはその場にヒナタがいるからである。
「じゃあ何て呼びゃあいいんだよ?」
「そこだけ真面目に考えるのな・・・普通にイツキって呼んでくれていい」
予想外の反応に突い勢いを失うイツキだが、気を取り直して自己紹介。
ガイルは何度かイツキの名前を復唱。そして最後に、
「よし、イッキ」
「何? 俺死ぬの?」
何度も確認しておいて、最終的に出て言葉が急性アルコール中毒でも引き起こしそうな名前だった。
「言いにくいんだよ」
とガイルは言い訳するが、そうでもない。他の誰もそんな感じではない。ガイルだけがその発音だ。急アルだ。
「もうちょい頑張れよ・・・」
と、さすがのイツキも応援してしまうほどだ。
「んなことより修行すんぞ!」
すでに切り替えたガイルに「誤魔化したな」と呟くが彼はそれを聞こうとはしなかった。
そんな彼にため息。いつか人の呼び方講座を開こうと考える。
そしてイツキも気持ちを切り替え、訓練に参加―――
「って、できるか!」
イツキが憤慨。当然である。
鍛練場を目一杯使って繰り広げられている訓練は、プチ戦争状態なのだ。
シルとパルムは魔法戦を、ガイルとカインが乱雑な拳の打ち合いを繰り広げている。それぞれイツキとは別次元の動きで、イツキがその間に入ろうものなら、一瞬で木っ端微塵にされるところを想像できるほど、巨大なエネルギーを感じられた。
「訓練、いるか? これ・・・」
広い鍛練場、大きさは五十メートルプールくらいで、それと同じように地面を掘りおこして作ってある。
イツキはその端、プールで言うところのプールサイド部分に腰掛け、ヒナタ、ハープとともに四人の訓練を眺めている。
「なんかね、ハープちゃんが言うには、シルちゃんはパルムちゃんの師匠さんで、ガイル君はカイン君の師匠さんなんだって」
とヒナタ。イツキの聞きたい答えとは違ったが、そこはあえて突っ込まない。そして、その見方が間違いでないことをイツキも気付く。
シルとガイルは本気で戦っていない。それに対してパルムとカインは全力を出している。気がする。
だが、前者の二人に関しては確信が持てる。シルはずっと同じ属性の魔法しか使っていないし、ガイルはイツキを殺そうとしたときのような鬼気を放っていない。
イツキの素人な目で見てもそれは明らかに感じられる。
対して後者の二人は、パルムは様々な属性の魔法を使っており、カインは一振り一振りに精一杯の力を込めているように感じる。ただ、カインについては亜人としての力の解放を禁じられているため全力とは言えないかもしれない。
「こりゃ完全に子供のための特訓だな・・・」
一方的な訓練はそれから昼食の時間まで続けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます