第一章 異世界 12 『誰が悪い?』


 静かに、落ち着いた声が放たれた瞬間、その空間が固まった気がした。

 その場にいた誰もが視線を送った場所には、白髪の少女、シルが立っていたのだ。


「し、シル!?」


 固まった空間で最初に口を開いたのは混乱していたガイルだ。

 彼は今、彼なりに精一杯考えているのだろう。一生懸命な表情が見て取れる。

 そして、考えて、ようやく口にした一言。


「なんでここに?」


「なんでって外出から帰ってきたことを報告に来たんですよ」


「あの女は?」


「先に部屋に行ってもらってます」


「敵じゃねぇのか?」


「―――? 何を言ってるんですか?」


「ああ? 意味わからねぇ」


「おおいっ」


 一通り質問しておいてそれか、とイツキは落胆。


「ところで、帰ってきてみれば、これは何です? 帰り道は穴だらけ。気を失ったカインがいましたし、ガームさんも混乱した様子でした。そしてフィリセ様の部屋で、イツキさんとパルムを敵に回したガイルが殺気を放っている。これは何です?」


「全部説明すっと長いけど説得力のために辛抱して聞いてくれ」


 シルの疑問に答えるのはイツキだ。

 イツキは今日の朝、否、昼からの話をこと細やかに説明する。

 シルは驚いた反応や、変わった反応は一切見せなかったが、最後に頷いて


「なるほど。よくわかりました。つまり、何かあったんですね」


「まとめるのめんどいよね! ごめん!」


「ただ、今日のことは避けなければいけないと思いますけどね」


「―――? どゆこと?」


 シルの奇妙な一言にフィリセ以外の三人が首を傾げる。


「ガイルは出かける前に私にどこに行くか、いつ帰るのか、伝えに来ましたよね」


「あ、ああ」


「その時に私も外出する旨をきちんと伝えました」


「お、覚えてねぇ」


「そこがいけないんです」


 シルは言葉でガイルを押さえつける。「そして」とつけ加え、


「イツキさんも朝、出かける前にヒナタさんが伝えに来たはずです」


「え? だって、俺爆睡してたから・・・」


「睡眠欲に負けて大事な情報を疎かにしたイツキさんにも非はあります」


「なんか厳しくねぇ!?」


 さすがに手厳しいと抗議するイツキを余所にシルはパルムの肩に触れ、


「今回はかわ・・・パルムのおかげで何とか収まりましたが、これからはそういう失敗を繰り返さないでください」


「俺が睡眠欲に負けたとかは置いとくとして、確かにパルムにめちゃくちゃ助けられたな。・・・かわって何?」


「・・・間違えました」


 そう言いながらシルの手はパルムの頬をこねくり回している。イツキの信じた通り、この二人の関係はこういうものだった。


「え? で、さぁ。これからどうすんのよ」


 二人を眺めながら、他の人たちの人間関係も知っていきたいと思ったとき、ふとそんな疑問が浮かんだ。


「言っておくが私はまだ君を疑い続けるよ」


「俺ぁ・・・シルがいいってんなら今のとこは見逃してやらぁ」


「イツ、キは、み、味方」


 それぞれがバラバラに意見を述べる。ガイルが素直に引いたのは驚いたが、これで少しは身の危険を減らせる気がした。

 そしてパルムが可愛い。


「じゃなくて。・・・えっと、シルは?」


「すべては明日、もう一度ここで話しましょう」


「うぅん、それでいいのかわかんないけど、いっか」


 あれだけのことがあったのにかなり軽い感じで納得したイツキ。それには確かな自信と勇気があるからで、味方がいるからだ。



「最後に言わせてくれ」


 解散ということになって、全員が退室していき、最後にイツキが出て行こうとした時に振り返ってフィリセにこう告げる。


「俺を試すのはかまわねぇけど、ヒナタを使うようなことはするな。今回はそんなことをしたフィリセさんが悪い。次そんなことが起こったらフィリセさんは俺の敵だ」


 人差指を突き付け、忠告する。

 虚を突かれた表情を見せるフィリセを見て、部屋を後にしたイツキは小さくガッツポーズをとった。

 逆にそんな表情を見せてしまったフィリセは、イツキが部屋をから出ていくと思わず笑いが噴き出てしまう。


「本当に、面白い子だな」



 部屋に戻る前に、シルに呼び止められる。

 連れて行かれたのはシルの部屋で、そこにいたのはぐっすりと眠っているヒナタだった。

 彼女はいい夢でも見ているかのような表情で深い眠りについている。その姿を見て、改めて安心することができた気がする。






 本日の目覚めは最高である。多少筋肉痛があったりするが、元運動部としてそれがとても気持ちいいものだと感じることができる。

 昨日のように寒いことはなく、寝過ごすこともなく、きちんと朝日におはようを言える。そんな朝を迎えた。


「あ、おはよ、イツキ。今日は早起きね」


「ああ、俺は学習のできる男だからな」


 広場へ出ると犬耳の少女の朝の挨拶が聞こえた。

 イツキはその挨拶にくだらない冗談でおどけて返事をしてみせる。

 ネル。優しい少女だ。やるべきことをきちんとやる。人に迷惑を掛けない。弟がいるからか、面倒見も良く、しっかりとしている。


「おーい、シル達帰ってきてるにゃ! よかったにゃ!」


「あんたは働きたくないだけでしょ? 帰ってきたのはいいけど」


「ち、違うにゃ。みゃーはみんなで楽しく、し、したいだけだにゃ」


「動揺しすぎだろ」


 騒がしく、シルの部屋がある方向から手を振りながら走ってくる猫は、ネルに本心を見抜かれ、言い訳がグダグダだ。

 ルボン。うるさくて、間抜けで、めんどくさがりで、馬鹿な少女。だが、彼女はいつも明るく元気な姿でいる。昨日様子が変だったのは何故なのか、それはこれから知っていく。


「で、シル達は?」


「まだ寝てるにゃ。疲れてるだろーから朝はみゃー達でやるにゃ」


「め、珍しいわね・・・。まぁ、あんたが言うならそうしましょ」


 今回は本当に他人のことを考えての発言だったらしい。

 いつの間にかイツキも朝の食事当番に数えられているが、気にしない。むしろ進んでやりたいぐらいだ。


「じゃ、始めますか!」


 パチンと高い音を掌で鳴らし、そう声をかける。

 朝のお勤め開始である。


 朝食は変わらず、パンに野菜やソーセージを挟むだけだから、昼夜に比べて楽だ。しかも、三人で共同作業。


「楽すぎて、暇だな」


「にゃに言ってるにゃ! 朝は気持ちが大切にゃんだにゃ! わかったら早くその―――にゃぁん!」


「っ!? なんだよ!? びっくりさせんな!」


「ご、ごめんにゃ・・・」


「あ、ああ」


 喋りながら振り向いたルボンが急に奇声を上げる。

 やはり、様子がおかしい。奇妙な声を上げるのもそうだが、素直に謝るところもだ。


「なぁ、どうかしたのか? 昨日から様子がおかしいぞ?」


「大丈夫、大丈夫にゃ。にゃんでもにゃい」


 全然何でもなくなさそうだが、どうしたものか。

 そんなことを考えていると、ネルがイツキの肩をツンツンとつつく。


「子供達起こしてくるから後は、二人で、やっといて。洗った野菜、おっきい皿に入れるだけだから。ね」


 そう言い捨てて立ち去る。

 イツキはネルの態度を訝しんだが、その理由には気が付けないままだ。


「じゃあ、残りやって―――」


「あ、後はみゃーがやっとくから、いい、い、イツキ君は休んでても、いいにゃ」


「めっちゃ吃ってるし、急に親切になったな・・・。でも一緒にやるぞ。その方が早いだろ」


「にゃ・・・」


 洗った野菜を掌サイズに千切り、皿に乗せていく。焼きあがったソーセージもその横に並べ、あのふわふわパンを籠から取り出し、テーブルに並べる。朝食の準備、完了だ。


「後は、ここで食べない人の分を持ってかないとだな」


「じゃあみゃーはガームとランドとエイド様とホルンのとこ行くから、フィリセ様のとこ任せるにゃ」


「おい待て。もうちょい均等に仕事量を分けようぜ。いくら何でもお前が大変だろ」


「あうぅ・・・。だってフィリセ様苦手で・・・」


「いや、それでもおかしいって。フィリセさんとこは俺が行ってやるから、せめてガームのとこにも行かせろ。門だろ?」


「・・・助かるにゃ」


 イツキは食事を二人分運ぶ。まず、ガームのところへ向かい、軽く挨拶と雑談を交わして、ついでに昨日の騒ぎを適当に誤魔化した。そして、次にフィリセのところへ。

 細道を抜けて部屋の前まで来た時、中から乾いた破裂音が聞こえた。


「おや、おはようイツキ君」


「おはようございます」


 何事かと、慌てて中に入ると緑のエルフと水色の少女がイツキを迎えた。


「おはよう、じゃねぇよ。何だったんだ今の音?」


「挨拶もなしに質問とはいい度胸をしているな」


「いや、心配してんのに、何!? ―――て、フィリセさん、その顔・・・」


 イツキが気付きたのはエルフ、フィリセの横面にできた何かの痕だ。その形はまるで人の手の形をしていて―――


「少し転んだだけだ」


「嘘つけ! 明らかに張り手食らった痕だろ、それ!」


「何か用か?」


「聞けよ! ―――まぁ、別にいいけど」


 状況的にこれをやったのはこの場にいるシルで間違いない。何故そんなことになったのかは知らないが、フィリセが一向に話そうとしないので、聞かれたくないことなのだろう。

 イツキは持ってきた食事を台の上に置き、


「これ、フィリセさんの。・・・あと、あんたはもうちっとみんなのこと考えてやれよっていう俺なりの、ほぼ無価値なアドバイスも置いてく」


 この言葉は、この状態に至ったフィリセへのザマミロ発言であり、彼女を苦手だと思っている人物がいることをそれとなく伝える発言である。


「あどばいす、とは何かわからないが。無価値な君の、言葉はしっかりと―――」


 再び乾いた破裂音が、それもさっきより大きなものが、部屋に響く。

 その瞬間を見たイツキは驚きを隠せない。

 シルの手が、言葉を紡ぐフィリセの横面を首が飛ぶような勢いで引っ叩くのを、この目で確かに捉えた。その威力にフィリセの頬がさらに膨れ上がる。


「いい加減、反省してください、フィリセ様。私も怒りますよ」


 シルはそう言って振り切った腕を降ろし、眼前に座っているフィリセをじっと見つめる。イツキは「もう怒ってるじゃん」よか言おうとしたが、それもさせない立ち姿だ。

 その姿勢に負けたのか、フィリセは足を組み替えて正座し、地面に手を突いて頭を下げ、


「すまなかった。私が悪かった」


 そのまま謝罪を述べた。

 その謝罪がさっきの言葉だけでないことはイツキにもすぐにわかった。


「これからは勝手にあのような真似をすることはしないでください」


「わかった。約束する」


 ちゃんとした内容は一切話されていなかったが、そこには深い反省がしっかりと感じられた。が、何故そうなっているのかはイツキにはわからず、しかも雰囲気が質問することを許してくれない。


「―――イツキさん、朝食をとったら、ここに集まりますよ」


「あ、うん・・・」


 振り返ったシルが何事もなかったかのようにそう告げる。

 呆然とするイツキは、はっきりしない声で返事の音を漏らしたのである。


 フィリセの部屋から出てきたときには、子供達と、ヒナタが、その場に集まってきていた。


「あ、イツキ君おはよう」


「おう、おはよ」


 ヒナタの最初の言葉はやはり「おはよう」だ。これだけは昔から変わらない。

 イツキもこれに返事し、ヒナタの横の席に座る。

 昨日のことを、ヒナタはどれだけ知っているのだろうか。それをイツキから話すことはしないが、ただ一つ、


「なんかごめん」


「―――? 何が?」


「いや、昨日の朝出かけること伝えに来ただろ? そん時寝ぼけてたか寝てたか知らないけど、完全に聞いてなかったからさ。それで朝いなくてめっちゃ焦って、しかも、なんか色々疑ってしまったから・・・」


 もしかしたらヒナタがイツキに何かを隠しているのかもしれないと疑ってしまった。それをわかってもらえないかもしれないが、謝っておきたい。


「何かよくわからないけど、反省してるなら許してあげます。・・・て、おかしい?」


 「ふふ」と頬を緩めて微笑むヒナタ。彼女は腰に手を宛てがい、胸を張ってそんなことを言う。自分らしくない言い方で不安な顔になったが、それこそがヒナタらしい。


「で、どこ行ってたん?」


「シルちゃんが教えてくれると思うんだけど・・・お偉いさんのところ」


「なんでそんなとこに?」


「・・・? なんで?」


「わからずに行ったのか」


「行って帰ってきただけ・・・だよ」


 ヒナタは自分でも何をしに出かけたのかわかっていない様子。そんな様子にイツキもつい微笑んでしまう。


「おいこらっ、兄ちゃんっ! オレはまだ納得してねぇかんなっ」


 青髪に犬耳を生やした少年が、イツキに突っかかる。昨日の夜、パルムの風に飛ばされ、気を失っていたカインだ。

 カインはまだイツキを敵視している。

 話の内容を知らないヒナタは何があったのか気になったようだが、イツキはちょっとした賭けだと誤魔化した。


「その辺の話も全部後で。とりあえず飯食おうぜ」


「なっ!?」


 カインに取り合わず、目の前のパンを手に取り、準備を進める。カインは唸りながらイツキを睨んでいたが、しばらくしてしぶしぶ自分の席に着いた。

 食事中、イツキは全員の動きを見ていた。だが、それは疑いからではなく、皆のことを知りたいから。

 パルムはいつものように小さな口で静かに食事を進める。そんなパルムに一生懸命に話しかけるハープ。イツキを睨み続けるカイン。口論するネルとルボン。ヒナタはおしゃべりに夢中で食事が進まないハープにつきっきりだ。遅れて出てきたガイルも昨日のことだろうか、シルと話している。

 こうやってぼーっと眺めてるのも悪くない、などと現を抜かすイツキであった。


 食事の片付けはヒナタとネル、ルボンに任せて、イツキ、シル、ガイル、パルム、カインの五人はフィリセの部屋に集まっていた。


「―――それで、話って?」


 それぞれが駄弁っていたところを、イツキが手を上げ、注目を受けながら話を切り出す。


「兄ちゃんが仕切んのかよっ」


「悪いかよ」


「いや、そろそろ始めてくれないと困るから始めようじゃないか」


 シルと話していたフィリセが、イツキの意見に賛同。それに若干不満げなのがガイル、カイン、それと何故かシルだ。だが、三人とも反論はせず、納得の様子。


「ではまず、私から」


 そう最初に言ったのはシルで、彼女は皆の賛成の有無を問わずに話し始める。と言うのも、彼女以外これと言った内容の話はできないからであり、彼女はそれを理解した上だからだ。


「最初に私とヒナタさんが訪ねた場所について。私達は昨日、ある貴族の方の邸へ向かいました。その方は今年、成人を迎え、ある参加資格を得ました」


「・・・あ? それってよぉ」


「はい。次期国王選抜戦です」


 ガイルの気付いたような問いにシルが答える。

 その場にいたシル、ガイル、フィリセはその言葉を知っているようだが、


「何それ?」


 イツキは知らない。カインもカインなりに考えてるようだが、「わかんねっ」だ。パルムに至っては反応がないのでどうなのか読み取れない。


「何も知らないイツキさんのためだけに一から説明しますね」


「俺だけじゃないって!」


 シルの言葉に反論し、同意を求めるように周りを見回す。が、誰もイツキの期待には応えてくれない。

 見捨てられた子犬のようなイツキに、シルは「もういいですか」と言う。まるで「茶番はもういいですか」に聞こえる口調だった。

 彼女が真面目な雰囲気を出したためイツキも口を噤む。


「まず私達がいる国、カンテント。この国では国王を選抜により決めます。その選抜の参加権は成人した上流貴族の領主及び家族、またはそれらの人物により推薦された者にあります。そして今年成人を迎えたその方は参加権を得た、と言うことです」


「それでなんでその人んとこに?」


「本題はそこです。イツキさんには話しましたよね。私の目的は人間との共存。私はその目的のためにこの国王選抜戦を利用しようと考えています」


「っておい。そりゃ人間と手を組むってことかよ?」


「はい。そうですが?」


 シルの言葉にガイルが反応。シルは当然のような返事をするが、ガイルは不満げだ。


「人間なんか信じられっかよぉ。仮に始めは協力する形でも裏切られたら余計に面倒なことになんだろぉが」


 彼の言葉にカインも同意の様子だが、シルはそれも予想していたかのようにすぐさま答える。


「その方は他の貴族とは違います。亜人を差別するどころか歓迎する態度でした。十分信用に値します。それに・・・もしもですが、その方が裏切ると言った行為に出てもこちらに分があるのは変わりませんし、あちらとしても損をするだけなので、裏切る可能性は考えなくてもよいほど低いです」


「敵に回すのが損ってことは単に戦ってもこっちが強ぇから?」


 シルの考えに黙考した後、納得した様子のガイルだが、次に質問を飛ばしたのはイツキだ。

 彼はシルとパルムの魔法、ガイルの圧倒的な暴力を、見て、体感して、その強さを知っている。

 だが、その強さだけが理由で、シルがこんな判断をするはずがないと考えた結果の質問だ。


「一番の理由はそれですが、この交渉にあちらからの要求があるのも一つです」


「要求?」


 再びガイルが顔を険しくして問う。人間を憎んでいるからの表情だ。


「はい。実は近頃、人間たちの間である噂が立っているんです。たった一人で巨大な軍隊を壊滅させたり、森に潜む魔獣たちを根絶やしにしたりする亜人、それも種類の判別が見た目ではできない亜人がいると。・・・知ってますよねガイル」


 シルはその噂を細々と説明し、最後に同意をガイルに求める。

 その視線に「あ」と間の抜けた声を漏らすガイル。何か心当たりがあるような反応だ。


「そこまでの大きな力を持っていて、種類の判別ができない亜人はあなただけですよ」


「ちょ待って。何の話?」


 二人の間にイツキが割って入る。急に始まった会話について行けない。それはイツキだけでなく、カイン、パルムもだ、と思う。

 シルは吐息を零して仕方なさそうに説明を始める。


「ガイルは最近、よくここを抜け出すんです。勝手に。それで何をしているのかというのが問題で、何のためか、貴族の傭兵団を襲ってるんです。そのせいで強い亜人がいると噂になり、人間と同じ姿だからと言って軍に入れようと試みる貴族が増えてきてるんですよ。それを逆手にとり、貴族邸に潜入して中から崩そうとしているわけですね。バルト家にいたのもそれが理由です」


「し、シル・・・。いつから気付いてたんだよ」


「二回目くらいから何か怪しいと思ってつけてましたから」


「いや、ちょっと待て。待て! うん、待て。・・・つまり?」


 イツキは思考する。

 ヒナタとガイルを救うためにバルト家へ向かう途中の話だ。

 シルとの会話の中でちょこちょこ気になる表現があったのを思い出す。それは「体」という単語。

 シルはガイルが捕まった理由の推測を「体」という単語を用いて説明していた。それが何故か今わかった。


「そんなことしょっちゅうやってるってことは俺無駄に火傷しただけじゃね? 焼け損じゃん」


「そんなことはありませんよ」


 わざと捕まっていたガイルを助けるのに粉塵爆発で自爆した。まさに焼け損というところだ。がそれをシルが否定する。


「イツキさんが救いたかったのはヒナタさんですし、それに、ガイルがあの場にいなければ私はイツキさんと一緒にそこへ向かうことはありませんでした。ガイルがいたからこそ救えた人もいるんですよ」


「確かにそう考えるとガイルに感謝・・・できねぇな! 俺こいつに殺されかけたからな!」


 納得、せずにその後の展開を思い出し、憤慨する。

 内心、シルの考えには大いに賛成で、ガイルに感謝もしているが、あそこまでボコボコにされて感謝を素直に言えるほどイツキのメンタルは強くない。


「あー、ごめん話の腰折った。折りすぎた。続き、どぞ」


「はい。ガイルが悪目立ちしたおかげでその存在は恐れられるものとなり、力として誰もが欲するものとなりました。私が交渉に向かった貴族の方は戦力は乏しく、資金も上流貴族の中では下位に入ります。そこでガイルを戦力として迎え入れたいとのことなのです」


「なんでヒナタを連れてったのかは聞いてもいいか?」


 一応確認である。いなくなって焦った分、余計に理由をしりたい。

 焦ったのはイツキのせいでもあるが。


「もしものためです」


「もしも・・・?」


「私とヒナタさんが一緒にいれば人間と亜人の共存を実際に見てもらえるからです」


「俺じゃダメだったん?」


「フィリセ様がヒナタさんを連れて行けとおっしゃったので・・・。その結果昨日のようなことが起きたんですが」


 フィリセをきっと睨むシル。その様子にイツキは朝食前の平手を思い出す。

 フィリセがイツキを連れて行かせなかったのは試練を実行するためだ。それを知ってからか、シルはフィリセに平手を繰り出したのだ。


「いや、それはもういい。・・・で、それでその交渉は成立したわけか?」


「ええ、とりあえずは、ですが。私達がガイルの力を貸す代わりに、国王となった暁には亜人との共存を約束する。これはそれが成されてようやく成立する交渉ですから」


「そんでよっ、なんでオレもここに呼ばれてんだっ?」


 シルの説明が終わると、まさに疑問符を浮かべた質問が飛ばされる。カインだ。


「この会話にオレが呼ばれる理由ってっ、あんのかよっ?」


「それは次の話です」


「まだ話すんのかよっ」


「お前はここにいたいの? いたくないの? ツンデレ?」


「あ? なんだよっ、それっ?」


「いや、わからんならいいわ」


 カインの態度をからかってみたが、予想とは違う反応。そういう現代っぽい単語がこの世界では知られていないのを失念していた。


「パルムとカインにここに来てもらったのはお願い、もとい、命令があるからです」


「下から上に行ったな」


「ここにいるのはイツキさんとヒナタさんの秘密を知ってしまったからですよ」


「それは兄ちゃん達がっ、えっとなんだっけっ? イセカイ? ってとこから来たってことかよっ?」


「ええ、まあそうですね」


 秘密と言えば秘密かもしれないが、信じてもらえなければ、知られることよりも秘密である価値はない。

 イツキがそんなことを頭の中で考えてしまうのは何度もフィリセに疑いの言葉をかけられたからだ。


「その秘密を他の方に知られるのはあまりよくありません。ですからあなた達二人にも私に同行してもらおうと思っているんです」


 シルの言葉に驚いたのはカインだけで、パルムはただただ頷くのみ。


「ってことはっ、オレも外に出れるってことかっ!」


「喜ぶことじゃありませんけど・・・そういうことです」


 嬉嬉としてはしゃぐカインに、シルはため息とともにそう答える。


「ってぇことはここにいる五人でそのお偉いさんとこに行って手伝うってことでいいのかよぉ?」


「え!? ちょっと待って! それ俺の命が危ねぇじゃん!?」


 確かに状況的には納得がいく。だが、ガイルとカインに命が狙われたイツキには常に危機状態になるわけだ。


「そこは私の方からお願いさせてもらう」


「あ? でもっ、あんたも兄ちゃんを疑ってんだろぉがっ」


 イツキが必死の説得に移ろうとしたとき、これまで沈黙を貫いてきたフィリセが、ようやく口を開いた。


「私がイツキ君を疑っていることは認めよう。だが、それでお前達がイツキ君を疑うことはないだろう? 少なくともシルはイツキ君のことを信じているんだ。疑っている私が言うのもおかしなことだが、お前達にもイツキ君を信じてあげて欲しい」


 なんの心変わりか、いや、疑うことはやめてはいないと言っていたか、だが、これはどういう風の吹き回しだろう。フィリセがイツキの味方をするとは、よほどのことが、さてはシルの平手が原因かそれとも―――


「おい、ババぁ、てめぇ、正気かよ?」


 イツキの思考を停止させたのは声を怒りの色に染めたガイルだ。


「そもそもてめぇがこいつを疑えってっから俺はこいつを疑ってたんだよ。それを今度は信じろだぁ? ふざけんな。てめぇに言われる筋合いはねぇんだよ。信じるときゃぁ自分で決めらぁ。ボケぇ」


 棘の鋭い言葉でフィリセを罵倒した彼は、そのままイツキの方を向き、


「今のところはてめぇの味方でいてやる。だが、何か怪しい真似しやがったらぶち殺す。覚えとけ」


「ああ、すげぇ覚えとく。気を付ける」


 最後に口元を緩めたガイルを見て、イツキも同様の動作をして見せる。

 そんな二人を見て、


「あーあっ、よっくわかんねぇけどっ、ガイルがそうすんならっ、オレもそうするわっ」


 とカインも賛成の意見を述べる。


「イ、ツキ、の敵、殺す」


「パルムが一番怖い! 嬉しいけど怖い!」


 パルムの死刑宣告付きの味方宣言は、その幼い顔立ちからは想像ができなかった。が、可愛いので許す。


「怖ぇのに変わりねぇけど、了解。シルのためでもあるしな」


 恐怖はなくならないが安心感がぐっと上がる。そんな感覚を得て、これからの動きを決定。

 シルのため。そう言ったが、当然それだけではない。イツキにはもっと大きな願いがあるからで、それを叶えたいからだ。


「最後に一つ言わせてくれ」


 皆が意見を一致させ、確認をとる目配せをそれぞれがしていると、また、フィリセが言葉を発する。


「昨晩の件、ガイルやカインを使い、パルムまで巻き込むようなことをしてしまったこと、本当に申し訳なく思っている。すまなかった」


 朝と同じように、両手を地面に突き、深く頭を下げる。

 その姿はあの時のイツキのアドバイスの結果を含めたように感じた。


「頭下げんの初めて見たぜっ」


「俺は二回目だ」


「俺ぁ何回も見てらぁ。初めてんときはそりゃまぁシルがぶちギレててよ。さすがの俺も焦ったぜ」


「ちょっとガイル。その話は・・・」


 フィリセの謝罪に誰も真面目に取り合わない。ガイルは昔話を始め、シルが少し困った顔で止めようとする。イツキもその話にはちょっと興味があるので耳を傾け、カインも、パルムもガイルの方を見て、続きを期待する目を送っていた。

 それはフィリセを既に許しているからか、まさか、本当に無視なのか。

 そんな彼らに不適にも笑みが零れてしまうフィリセであった。



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