第一章 異世界 7 『意味の失踪』



「―――すまないな、突然呼び出したりなんかして」




 昨日よりも味の良い夕食を食べ済ませた頃、イツキはエルフの女性に声をかけられていた。


「今夜じっくり話がしてみたい。食事の後に私の部屋へ来てくれないか」


 イツキは特に用事がない。ならば断る理由はない。むしろ彼女はこの集落では上位の立場を持つ人物だ。話しておく方がイツキにとっても利益がある。

 そんな形で簡単な口約束が交わされたのだ。

 そして―――


「どうかしたのか?」


「いや、どこに部屋があるかわかんなくて、めっちゃ回ったから・・・」


 疲労困憊のイツキに、胡坐をかいて座って待っていたエルフが問う。

 イツキはいざ部屋に行こうとした時に、場所を聞きぞびれたことを思い出す。

 誰かの聞こうと考えたが、女性陣は入浴場へ。夕食前まで門番をしていたランドは早くも就寝。代わりにガームは門番へ。ガイルは昼から留守にしているらしい。カインは口をきいてはくれないし、ドワーフ親子は何やら作業を始める。頼りのクロトさえ食事の片付けでいそいそとしている。

 こうなっては仕方がないと、自分で探し始めたが、フィリセの部屋は皆とは違う場所に作られていて、それに気付くまで、十分程度走り回っていたのだった。


「それはすまなかった。私としたことが場所すら教えないとは」


 エルフはそう謝るが、薄く笑っているところを見ると、確信犯としか思えなかった。


「―――それで、話ってのは?」


「―――ふむ」


 イツキは切り替え、彼女と同じように胡坐をかいて座り話を聞き出さんとする。

 彼女は片眼を閉じ、紫紺の瞳を一つ、射貫くように向け、


「私の名前は、フィリセ―――フォルシアと言う。ひとまず、よろしくと言っておこう」


 エルフ、フィリセと名乗った女性は軽く会釈し、それから話を続ける。


「子供達とはうまくやっているだろうか」


 先ずは身近なことから。

 フィリセは土製の杯に酒らしきものを酌み、クイッと、一口でそれを飲み干す。


「カインには嫌われてるようだし、パルムにはビビられてる。仲良く、て感じじゃないかもだけどハープとは悪い感じじゃない・・・かな」


「パルムに関しては私の責任でもある。詫びを言おう」


「フィリセさんの責任?」


 空になった杯を再び満たし、それを目前の台へ乗せ、やはり微笑しながら、軽く頭を下げた。


「君達がここへ来た時、あの子はシルが帰ってきてるものかと思ったらしい。シルの部屋で寝かせておいた君を見て驚かせてしまった。なんせシルがガイルを追って出てから一週間後だったから待ちわびていたのだろう。その時まで私は君達のことを誰にも言ってなかったからな。驚いたのはあの子だけじゃなく、他の子達もだったが、パルムはああいう性格だからな・・・。ふふっ、いや、すまない」

 

 そう言って笑いながら謝るが、イツキにはやはり確信犯に思えて仕方がない。


「パルムはわかったけど、カインが俺を嫌う理由がわからん」


 イツキは今日だけで何度舌打ちをされたことか。

 カインは一人男児に関わらず、パルム、ハープとは仲良く遊んでいる姿を見せている。ヒナタとも仲良くやっているみたいだが、どうしてかイツキには突っかかってくる。


「ほう、理由がわかっていないのか。なら私から伝えるのは野暮と言うものだ。残念だがそれは君が解決すべき問題だな」


 これには意外そうな表情を見せたフィリセだが、すぐに平常を戻す。それから再び片目を閉じ、


「他の子達はどうだ? 少し騒がしいだろうが楽しませてくれるだろう」


「他の子達?」


 フィリセの言葉に眉を寄せる。

 子供達の話は済ませたばかりだというのに、などと考えていると、


「あぁ、子供達と言うのはここにいる皆のことだ。私からすれば、ほとんどが赤子のようなものだからな」


「そういえばフィリセさんはエルフだって言ってたな」


 イツキの疑問を見抜いたかのようにフィリセの補足が入る。

 エルフは長命と言われる。だが、実際は長命ではなく、寿命という概念がない、所謂、不老不死である。故に他の種からは妖精のように崇められることもある。


「私はかれこれ三百年は生きている。ここに来たのも二百年ほど前だ。―――私の耳が気になるか」


 気になって見つめていたわけではないがエルフの身体的特徴をそれしか知らないイツキはついそこに目を遣ってしまう。


「いや、何でもない。他の子達・・・ね。ルボンとかネルとは仲良くやってけそうかな。あとクロトも」


「ふむ、彼女らは明るく、人当りも悪くない。クロトは面倒見の良い子だ。思う存分頼ってやってくれ」


「ランドとガームはよくわからん。なんかあんま関心がないような気がするな・・・。ガイルとはまだ一言も話していない。ドワーフの親子さん方も」


 牛フェイスの双子はさておき、会話すら交わしていない三人の心中は測れない。

 ガイルは昼食の際、ルボンに対する怒りを露わにしていたが、それ以来、どこかへ出かけてしまっていて、見ていない。

 ドワーフのエイドとホルンに関しては朝昼ともに見ておらず、夕食時でしか姿を現していない。


「エイドとホルンは今日は君の部屋を作っていたのだ。女児の中で寝るのは気兼ねして休息も十分にならないだろうからな」


 配慮だと。フィリセはそう言って二人の行動を説明する。イツキはそれに嘆息で納得の意を示す。

 なるほど確かにそれはありがたい。

 女子の部屋で寝るということは、男の子的には興奮を避けれない状況かもしれないがイツキには―――


「あれ、そういや俺・・・あれ?」


 イツキは女子免疫がゼロである。クラスの女子と話すときも目を遊ばせ、受け答えもまともでないことが多々ある。

 だが、そのはずだったが、気付けばここでは普通に話せている。いや、普通以上に。

 慣れ、と言うものとは明らかに違う。時間をかけたわけでもなく、いつの間にかそうなっていた。

 何故、そうなっているのかはわからない。


「どうした? シル達と寝たいのか?」


「違くて。てか、卑猥な話に繋がるからやめよう」


 頭に疑問を浮かべていたイツキをフィリセが揶揄する。

 彼女は話が違う方向へ弾んでいくのを慌てて止めるイツキに、杯を口に当てながら微笑を向け、


「いや、まだ包帯を巻いているものでな、少し心配していたのだが・・・調子はいいようだな」


「心配を冗談で誤魔化すのもやめようぜ?」


 若干、まともに話を聞いてもらえてない気がしてきたイツキは注意を兼ねて抑制の言葉を選んだが、フィリセはこれにも「いや、すまない」と薄く笑いながら答える。


「そういや、俺の火傷、治療してくれたのはフィリセさんだってな。ありがとう・・・だけじゃ足りないと思うけど」


「君は目の前に死にそうな者がいても見殺しにするのか?」


「―――は?」


「気にするなと言っているんだ。助けたのは善意からなどではない。当然のことをしたまでだ。それに―――」


 フィリセは淡々と言い放ち、間を置いて続ける。


「あの子が君を生かしたんだ。私が見殺しにしてはあの子に恨まれてしまう」


「あの子ってシルのことか?」


 フィリセは無言で頷き、


「あの子が、シルが君を凍らせていなければ、君は確実に死んでいただろう。―――たとえ君の特質があったとしても、だ」


「な、んで?」


 フィリセの口にした言葉に耳を疑い、思わず言葉を詰まらせながら疑問を口にする。が


「君を最初に治療したのは私だ。君の異変にいち早く気付いてもおかしくはないだろう?」


「あ、そうか」


「それにだ。君達のことは全てシルから聞いている。異世界からの来訪者であるともな」


「ほんとに全部話してるのな・・・。なら俺呼ぶ必要あった?」


 ならばと、この懇談の意義を問う。今までの話は前口上に過ぎない。

 シルからイツキ達のことを聞いているのであれば、本題はそれ以外、つまり、フィリセ自身がイツキに話があるのだ。


「前置きは必要ない、か。では話そう」


「―――」


 フィリセはイツキの思考を読み取ったかのように告げ、


「ここの子達は皆、訳があってここにいる。一部を除いて、その問題は簡単に解決できるものとは言えない」


 静かに、開いた目を細め、話し始める。


「詳細は教えられないが、その問題の多くを一つにまとめている願いを持つ子もいる。それが―――」


「シルの願い、か」


 彼女はゆっくりと頷き、瞑目する。

 表情は見えないが、何か強い感情を感じることができた。


「あの子の願いを君も聞いているだろう。亜人と人間との確執のない時代の訪れ、と言う願いを」


 今度はイツキが首肯する。

 シルの願い、その最初の一歩として、イツキは彼女にできるだけ協力しようと約束した。


「あの子の願いが叶えば間違いなく、皆の問題は解決に大きく近づく。そしてそれは―――」


 フィリセはその強い炯眼をイツキに向ける。

 イツキはその眼が何を意味するのか、自然、読み取ることができた。


「俺は、どうしたらいい?」


「あの子の力になるといっても大雑把でわからんだろうが、簡潔に言うと、あの子がこれからとる行動にはできるだけ同行しろ、だな。あの子の願いは亜人と人間との共存。君の存在だけで他の人間にもそれが可能だと証明できる」


「同行しろ、ねぇ」


 眉間を指でこね、唸る。


「俺達にもやらなきゃいけないことがある、てぇ言って伝わるよな?」


「この世界からの脱出、か。君達が本当に異世界からの人間だとするならばそれを優先することに異議はないのだが、正直、まだ君達が異世界の人間だと信じることができていない。そしておそらくそれを証明することは君にはできないだろう」


「他のみんなが知らないことを知っていてもか?」


「それが作り話であると言われたときはどうする? それが真実だと説明できるか?」


 確かに、誰も知らないことを告げたところでそれが真実であるとは証明できない。

 逆に誰もが知っていることをイツキ達が知らなくても、白を切っている可能性もあると考えられる。

 それを懸念していたのはシルも同じだったが、シルは鬼気に反応するイツキの姿を見て信用することを選んだ。

 その判断が簡単に行われたものとは考えられない。少なくとも冷静に物事を捉えるシルがあの出来事のみでそれを判断したとは考えられない。


 ならば何故、彼女はイツキ達を信用したのか。何故―――


「仮の話だが、君達がある人間による集団、あるいは私達に敵対する集団からの刺客だとしたら、ここの情報を持ったまま自由に動かれては困る。当然の話だ。だからこそ、目の届くところにいてもらわなければならないのだ。君達がどんな立場であるかわからない以上はな」


「確かにそれは納得できるな・・・。で、同行しろって言うのは見張りも兼ねてなんだろうけど、それで裏切る可能性ってのは考えたのか?」


 フィリセの考えに納得し、改めてシルの願いの手伝いにイツキを選んだことの真意を問う。


「自分の立場を危うくするような発言は控えた方がいい。今の君の言葉は敵である可能性を見出しかねない」


「―――」


 そう言ってイツキの失言を指摘し、それから「まぁ、いい」と切り替え、答える。


「外で君が裏切る可能性と言うのは十分にあり得る。だからこそ、君だけをシルに同行させると言ったのだ」


「・・・?」


 イツキは含みのある発言をしたフィリセに首を傾げる。


「同行するのは君だけだ。ヒナタ君はここに残ってもらう。もし君が何か疑わしいことをしたならば彼女の道はそこで止まる、と言うことだ」


 道が止まる。すなわち死だ。イツキの行動如何でヒナタの生死が動かされるのは気が重い。


「・・・なるほどな。拒否権もないんだろうな」


「ないとも」


「ですよねー」


 証明する方法なんて浮かばないし、拒否して打ち首、など御免である。ならフィリセの考えに乗るしかない。

 イツキは再び眉間をこね、唸り始める。


「一つ、じゃない。二つ、うん。今は二つ、確認したいことがあるんだけど・・・」


「言ってみろ」


「それを、ヒナタが残る理由をみんなは知っているのか?」


「・・・。君が案じていることは、ヒナタ君が皆に監視されている状況になってしまうことだろうが、それは心配しなくてもいい。私以外は誰も理由を知らない。少なくとも君が何かを起こすまでは皆は彼女の味方と言っても良い」


 イツキの不安はフィリセの言葉通りで、説いた通りならば軽減される。

 そして、そうであるならヒナタをここに残すことへの気掛かりとなるのは


「じゃあ、もう一つの確認だけど、俺が何もしない限り、ヒナタの安全は保障する」


 この質問にはイツキなりの考えを持っている。


「これはフィリセさん達から何もしないってことを保障して欲しいんじゃなくて、全ての脅威の排除を保障して欲しいってことだ」


「それはどういう意味だ?」


 フィリセはイツキの真意を見据えるように目を向ける。


「俺が白であり続けるならフィリセさんはヒナタを守ってくれるって思ってもいいのかって意味だ。ヒナタにかかる火の粉を掃ってくれるのかってことだ」


 たとえイツキ達がフィリセ達に敵意を持っていないとしても、フィリセ達が敵意を向けることがないとは言い切れない。その不安を取り除きたいのだが・・・。


「ふむ・・・」


 イツキの言葉に黙り込む。彼に向けた眼光を伏せ、俯いて深く考えた末に頷き、答える。


「―――誓おう。君が白である可能性がある限り、彼女は守るべき対象として見ると」


「なら、フィリセさんの考えに―――」


「ただし」


 顔を上げ、イツキの意向を汲み取ったフィリセが続くイツキの言葉を遮る。


「君は違う」


「・・・?」


「この話は私と君の間だけで行われている。だから私は、私だけは君が白であると考えるより、黒である可能性を常に心に留めておく。君が黒であると判明した時は、ヒナタ君も黒だと判断する。それまでは彼女は白だ。―――これは君に与えられた試練だと思ってくれていい」


「試練・・・?」


 発せられた単語を繰り返す。


「信用は自分で勝ち取るものだろう?」


「それができたらどんなにいいことか・・・」


 さっき話したばかりだ。イツキ達が異世界出身の一般人だなんて証明する手段はない。

 イツキは、意地の悪い顔で微笑むフィリセに、繰り返し突きつけられる現実に、呆れと面倒臭さの吐息を零す。

 白であることの証明は不可能に近いと思われるが、黒でないと認識させ続けることは可能だ。


「まぁ、どうせ拒否権もないし、不安要素はいくつか取り除けたから良しとしますか・・・」


「君がどちら側であるのか、しっかりと見極めさせてもらう」


 いつまでも企み顔のフィリセに再び嘆息しながら、話のまとめを始める。

 イツキはこれからシルの行動に付き添わなければならない。フィリセにとって、これはシルの願いを叶えるためであり、それと同時にイツキの監視を実行するためである。

 イツキがフィリセ達に敵対する者だと判断されれば無事ではいられない。監視されている間になんとか疑いを晴らしたいものだ。無期限だが難易度が高い。

 期間中はヒナタの無事を約束している。これによってイツキが間違いを起こさない限り、ヒナタは何の心配もなしに生活を送れる。それだけが今の段階で安心できることなのだが、逆に心配でもある。


「願わくば君達が味方であらんことを」


 杯を傾け、最後にそう告げてまた薄く笑う。

 これがどうもイツキには気に食わないのだが、一方的にこちらが不利なのは明解なので喧嘩腰になる気持ちを精一杯、一生懸命、一心不乱に抑えた。


 一段落付き、女性陣の入浴が終わった頃、イツキもちょうどフィリセの部屋を後にするところだった。

 ちなみに、フィリセの部屋は他の部屋とは異なり、入り口までの道が細長く、入り組んでいる。なので、反対側からやってくる存在にはなかなか気付けない。

 細長く、暗い道を壁伝いに歩いていると、目の前に何かが立っているのに気付き、飛び退く。

 突然現れたかのような存在に驚くイツキとは裏腹に、その何かはこちらの存在には気付いていたようで、


「イツキさん、お風呂、入れますよ」


 と声をかけてくる。

 聞き覚えのある声に気付いたイツキはじっと目を凝らし、何か、誰かを確認。


「なんだ、シルか」


「なんだとはなんですか」


 イツキの反応に不満そうな声を返す。

 目の前の存在は二人の間に光を出し、顔を照らす。

 白髪の少女、シルの顔がはっきりと見えたところでイツキは改めて安心した表情を見せる。


「フィリセさんと話?」


「ええ」


「・・・また?」


「・・・? ええ」


 何かすれ違いの感じられる間があったがイツキは特にそれに取り合わず、「ふぅん」と間の抜けた返事をしただけだった。

 ただもう一つの違和感に気付いたのもそのすぐ後で、


「どうかしましたか? 変な顔になってますよ」


「だからオブラートに!」


 昼と同じように指摘され、嘆く。それから気付いた違和感を・・・


「あれ・・・? なんだっけ?」


 説明しようとした違和感が何であったのか、思い出せない。


「大して重要じゃないんじゃないですか」


「そうか・・・な?」


 決して小さくない違和感だった気がするが、一向に思い出せないので、深く考えない。と、思いつつも違和感を放っていたシルをすれ違った後もしばらく見つめていた。



「―――イツキ少年」


 道を抜け、広場に出たところで、しわがれた声に止められる。

 振り向けば、そこにいたのは小柄な男性二人だった。一人は深い皺と、長い髭が印象的な男性で、一人は片腕のない男性。イツキの前に現れたのはドワーフの親子、エイドとホルンである。

 二人は小柄ながら幅広い体に勇ましい筋肉を持っている。

 その筋肉は今の今までイツキのために使われていた。


「お前さんの部屋が一応形にゃなっとる。今日からそこで休眠をとるといい」


 そう言ったのは息子のホルンで、逞しい隻腕を震わせ、イツキの部屋があるらしい方向を指す。

 話したことはなかったが、彼のやってやったぜ感が溢れる笑顔に、安心感と、何故か親近感を感じた。


「えと、ありがとう。なんか迷惑かけてばっかな気がして申し訳ないけど」


「気にすることはない。イツキ少年は新しい家族のようなもの。歓迎して当然なのだ」


 フィリセと話した直後で、少しばかり用心深くなっていたせいか、こうして歓迎されることがかなり嬉しい。

 イツキはもう一度深々とお辞儀をし、案内された部屋へ向かってみる。


「―――何かがあることは予想してなかったけど、何もないとも予想してなかったわ」


 イツキは部屋に入るなり、そう言い放つ。

 イツキの部屋となった場所は広場に面する岩壁の中で最も端にあり、高さは二階のところである。下の段には誰もいないのだが、あえてイツキの部屋を二階にしたのは恐らくフィリセの意向だろう。

 さて、部屋の中だが、イツキの言った通り、何もない。シルの部屋のように壁が本棚になっているようなこともなければ、机的な機能を持つものもない。

 唯一、これと言えるものは岩が削られてできた寝台がある程度。しかも、それも掛布団や掛布団がなく、むき出しの完全な岩状態。

 簡素な部屋に簡素な寝台。言ってみれば監獄のような部屋だった。


「着るもんとかの替えはクロトの古いのがあるからあとでもらいに行っときな」


 そう言って新イツキ部屋を後にしたホルンを見送り、改めて中を確認をしようとするが、さっきまであった明かりはホルンが持っていたもので、現在、部屋の中は暗い。

 シルの部屋の明かりは入り口付近についていたことを思い出してその付近を探っていると、何やら金属のようなものに指先が触れる。

 その触れたものが明かりの元であると信じてガチャガチャ動かしてみるが、何も起きない。


 そうしてクロトの部屋の場所やその明かりの点け方など、情報取集は風呂場ですることに決めたのだが・・・


「なんか想像と違う展開に・・・」


 男性陣の入浴の時間になって、浴場へ来たのはいいものの、よくよく考えればその場でのイツキの場違い感はとんでもないものだった。

 なんといっても風呂と言うのは誰だって全裸になるものだ。全裸になればそれ相応のモノが見えてしまう。まだ子供のカインは置いておくとして、この場にいないガイル、ガームを除く、その他のソレはイツキのモノとはレベルが違った。

 まさに異世界の男の大きさと言うものを突き付けられた気分だ。


「ほんとに自分の色々なモノの小ささを感じられる一日になったものだこと・・・」


 立派な男性陣の騒がしい会話を聞きながら、風呂の隅でぽつんと湯に浸かっているだけの時間をしばらく過ごした後、本来の目的を思い出すのであった。


「ん? 明かりの点け方? どこでも一緒じゃないのか」


 一番親切そうなクロトに部屋の明かりの点け方を聞いた後、自分の不注意に気付く。

 この世界でイツキ達が異世界の人間であることを知っているのは、シルとフィリセとヒナタだけで、他の面々は知らない。

 知らないからイツキがこのセ化の常識を知らないことも知らない。だからクロトのイツキにとって見当違いな返事も、当然の返事として放たれたのである。

 それに遅れて気付いたため、言い訳も苦し紛れのものになってしまい、


「まともな教育を受けてなくて・・・」


 なんて嘘をついてしまう。少なくともこの世界より、現代日本での教育環境は圧倒的にいいものなのだが。

 それを真に受けてしまうクロトもクロトだ。


「それは・・・そうか。辛かっただろうな」


 こんな感じで真剣にとられると嘘をついたイツキは申し訳がなくて死にたくなる。

 それでもなんだかんだで明かりの点け方とクロトの部屋の位置を教えてもらうことができたので、自害なんてしないで、いつか嘘をついたお詫びをしようと心に決めた。


「―――で、教えてもらったのに結局部屋までついて来る俺でした、と」


「な、何を、言ってるんだ・・・?」


 クロトの部屋に入るなり、独り言をかますイツキに本気で心配そうな顔をするクロト。

 冗談を冗談だと思えないあたり、逆にイツキがクロトを心配してしまう。


「じゃあ、これな。あとこれとこれと・・・。あ、布団、毛布も必要だよな。えっと・・・これだこれ」


 次々とイツキの腕に重ねられていく衣服と寝具はどれもイツキの基準より少し大きい。

 クロトはこれがイツキと同じくらいの頃の大きさであると言うが、それでも余分な面積が広い。さすが鬼族、と心の中で称賛する。


「ついでに明かりの点け方も見ておけ」


 クロトはそう言って入り口付近で説明を開始。

 シルの言っていた通り、部屋の明かりは火の魔石が使われているらしく、それに光の魔石を近づけることで発光するのだ。

 イツキが手探りで見つけた金属はそれぞれの魔石を設置する金具で、レバー状のスイッチだった。

 そのスイッチは距離によって三段階に分かれていて、大、小、消。まさにスイッチである。


「何か困ったことがあったらいつでも来てくれてかまわないからな」


 笑顔でイツキを見送り、部屋の中に姿を消したクロトはすぐに明かりを消し、就寝した模様。

 明日も朝早くから畑仕事に向かうのだろう。イツキはそう考えながら自分の部屋へ戻っていった。

 部屋に入り、クロトにもらった衣服を裸の寝台の横に丁寧に畳み置き、ベッドメイクを済ませると、昨夜寝てないせいか、眠気が襲ってくる。

 整った布団の上に飛び乗り、寝転ぶと次第にまどろみの中へ溶け込んでいき、静かに異世界一日目を終えるのだった。



 ――――翌日、遅くに目が覚めるとシルとヒナタはいなくなっていた。

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