第一章 異世界 6 『改めて、よろしく』
それは僅か数秒のことだった。
少女が二人、鍛練場の真ん中で向き合っている。
始まりの合図とともに金色が両手を前に。光るその掌から火炎が放射される。
それに即座に反応した水色が同様に構え、水流を発生。
わずかに勝った水流が炎をかき消し、金色の少女へ迫る。彼女は光る手そのままに風の波動を以て飛び上がるように空中へ回避。それから対象を地面から水色へ。
「―――!?」
が、そこにいるはずの水色の姿はなく、金色が対象を見失う。
その隙をついて、金色のさらに上に飛んでいた水色が、またしても水流を放ち、金色に直撃。
回避不能な激流に押しつぶされ地面に叩きつけられた金色はふらふらと起き上がる。
瞬間、目の前に降り立った水色が反応しきれていない金色の少女の頬に手を当てたことで、二人の少女の動きが止まる。
この僅かな時間で勝敗が決まった。
「魔法ってすげぇな・・・。俺も欲しい、まじで」
呆然としていたイツキがまず最初に放った言葉は、ただの驚きだった。
一度は目にした魔法だが、両者ともに魔法で対戦するのはまた違う。
自分の腕を伸ばし「魔法でないかなぁ」程度の気持ちで少し力む。が、当然、そんなことイツキには不可能だ。
「こう言っちゃなんだけど、パルム・・・も魔法使えるんだな」
「あの子も魔導士ですからね。それなりには使えないとです」
「いや、少しでも羨ましいよ。―――お、こっち見た、てあれ・・・」
水浸しになって重そうな衣服を絞る金色の少女、パルムを見ながらそう嘆息する。
パルムはその翠の瞳をこちらへ向けるとびくっと肩を跳ね上げてそそくさと水色の頭髪の少女、シルの陰に隠れる。
実はパルムとは朝から何度も目を合わせる機会があったのだが、ことごとく避けられてしまっている。
「俺はそんなに怖いかね・・・」
「―――」
「うーん、これは慣れてもらうのを待つしかないか・・・。で、シルは何やってんの?」
疑問に無言を返され、うなだれる。そんな二人を余所に、パルムの背中を触っているシルの行動が気になる。
彼女はパルムの背中に取り憑いたようにぴったりとくっつきながらその矮躯の背中に触れている。
「服を乾かしてるんですよ」
「服を? それも魔法で?」
質問に首肯し、片手をイツキの方へ向ける。
「おぉ、あったけぇ。これはいいわ」
彼女の手から感じられるぬくもりは、ストーブやエアコンによる人口の温かさとは違う。温風、熱風などの作用で温めるのではなく、その場の空間の温度そのものを高めている。
「いやでも、これ体に触れなくてもいいんじゃん」
「あ、いや、これは、その・・・」
「―――?」
イツキの言葉に核心を突かれたような表情をする。
イツキは何かを暴こうという意図を持たない発言のつもりだったので、彼女のその表情の意味もわからなかったが、シルの初めて見せる焦燥の表情にまた別の驚きが溢れ出てきた。
「ともあれ、すごかったよ。今の魔法対決? って言っていいのかな。すげぇ短かったけど」
「魔法同士の戦いとなると短期決戦が基本ですよ。時間をかければマナが底をつきますし。そもそも戦いはは短ければ短いほどいいんです。――――戦いなんて無い方が・・・」
「―――ぁ」
明るく振る舞い、魔法に憧れを見せるイツキだが、シルはそうではない。
説明し、それから声の調子を落として呟く。
その言葉に、何が込められているのか、イツキは聞いて気付く。
彼女らが住むこの世界は異世界なのだと。その世界ではイツキの知らない、体験したことのないことが無数にある。
『戦い』もそのうちの一つで―――
それに少しでも憧れの気持ちを持つことが亜人として迫害を受けてきた彼女らにとってどういう意味をもたらすのか。
「―――シル様」
「はい」
ぽつりと、沈んだ空気の中、パルムが呼びかける。
それにいつもの調子で返事をする。が、それでもまだ気付かない。
「背中・・・熱いです」
きれいな翠の瞳に涙を浮かばせる、小さなパルムの訴えに。
シルが無意識に上げ過ぎてしまった温度に逃げようとせず耐えていたのにはパルムなりの、あるいは子供らしさが出ていたのだろうか。
なんにせよ、その幼気な少女が頑張って耐えようとしている姿は、少し冷酷な見方かもしれないが、とてもほのぼのした景色だ。
そのおかげで、少女の様子に気付いていたイツキも、シルにそれを伝えようとしなかった。
「あぁ、それで距離置かれてんだな」
推測だがほぼ確実であろう結論を出す。
「すみません。少し気が・・・。火傷は・・・?」
「はい・・・」
イツキの目線からすると、この二人は少々静か過ぎる気がする。
シルはすでにスマートなキャラ認定されているため、あまり気にならないが、パルムも自分から積極的に発言しようというキャラではないようだ。
それにより、二人だけの会話となると感情が見えなくなり、第三者からは話の結果を読み取ることが難しい。
今の二人の会話は単語を使わない、ほとんどテレパシーだ。
二人だけのテレパシー会話を蚊帳の外で眺めているのも寂しいので
「ねぇ、魔法の種類とかって気になるんだけど」
「魔法の種類・・・ですか」
イツキの孤独にシルが反応し、「そうですね」と置き
「属性と言うのでしたら基本は火、水、風、土、の四つ。土台として光、または開放、闇、または封印の二つがあります。基本属性は名前の通りですが、土台はかなり特殊です。まず光。これは自分や意志の弱い生物、大気中のマナを活用する魔法です。これを使うことができて初めて属性を使えます。故に開放、とも言われます。次に闇です。これは基本的な性質は光と変わらない。ただ扱う規模が違います。光が扱えるマナは自分の意志だけで扱えるものであることに対し、闇はそれに加えて意志の強い生物が持つマナさえ扱えます。相手のマナの活用を封じることが多いので封印とも言われるんです。―――どうしました、変な顔になってますよ」
「もうちょいオブラートに包もうよ・・・」
イツキの文字通り、変な顔、に気付いたシルが話を止める。
イツキはその変な顔をほぐし、それから疑問を口にする。
「今言われた通りだと、魔法を魔法で使っているみたいなことになってるけど、その魔法の元はどうなってんの?」
「―――? つまり、魔法を使うために魔法を必要とすることが矛盾だと言うことですね。すみません、言葉足らずでした。私たち魔導士は唯一、光の魔法を自由に使える種族なんです」
「えと、だから、昨日言ってたマナに対する進化が魔導士はそれだったってこと?」
「はい、わかりやすく光の魔法は魔法を使うための能力とでも言っておきましょうか。その能力を持つのが魔導士と言うことです」
「じゃあ、なんで光の魔法って言う? 魔法使えるのが魔導士だけなら魔法として考える必要はないはずだ」
内心、自分の魔法ライフの可能性がゼロに近いことを思い置きながら、しかしわずかに残った可能性に賭けて質問を続ける。
「つまり、そう言うってことは、魔法を使う方法が魔導士以外の人にもにもあるってこと、だよな?」
「―――ええ、確かにあります・・・。パルム」
「―――?」
シルは静かに頷き、近くにいたパルムをこの場から離れさせる。
彼女にはこの話を聞かせまいとしているのか。
「この国で亜人と人間が戦争を始めたのは約四十年前。そのうち魔導士が亜人として戦争に参加したのは後期十年程度。そのきっかけとなったのが魔法を使うために必要なマナ操作を人間ができるようになった、と言うことです」
「え? それは人間が魔法を使えるようになったてこと?」
「実際には人間が自由に使えるというのではありません。あるものを使ってマナを操作するんです」
「あるもの?」
「―――魔石です」
手に光を発現させ、それを見せながら続ける。
「そもそも魔法を使うのには、この光の魔法を用いて自分の体の中や大気中のマナに干渉し、操作することが必要なんです。その工程を無意識的に行えるのが私たち魔導士で、強制的に行わせるのが魔石です。魔石は所有者のマナや大気のマナに勝手に干渉し魔法を発動させます」
「でもそんなことすれば暴発したりするんじゃ・・・」
「魔法と同じように魔石にも種類があって、それぞれの属性に見合った魔石が必要なんです。それに、魔石単体では勝手にマナに干渉することはないんです。属性を持つ魔石と光の魔法と同じような効果を持つ魔石、この二つが揃って初めてマナに干渉します。だから、余程うっかりしていないと暴発なんてそうそう起きません」
「なるほど・・・。魔石があればどんな魔法も使えるってことでいいのか?」
イツキは見えた可能性を広げようとする。
「どんな、ではないですね。先ほども言ったように、魔石には属性があるんです。一つの魔石は一つの属性しか持ちません。その属性のマナを周りから吸収するんです。例えば、手元に火の魔石と光の、魔石があるとします。その場合は周りにどれほどマナがあろうと火の魔法しか使えないんです。全部の魔法を十分に使いたいなら全種類の魔石をすべて集める必要があります。さらに言うと魔石の質によっても魔法は威力や形が変わります。純度が高ければ高いほど高威力。低ければその逆です」
「へ、へぇ・・・。つまり、普通の人間がめちゃくちゃ強い魔法をバンバン打つならそれなりの魔石が必要なのね・・・」
「しかも、魔石は使い続けると砕けます。特に攻撃に使えば消耗は日用の何倍も速いです」
「日用の魔法があんの!?」
やっと希望の見えた魔法の道が日常にあったことに驚愕する。
もちろんイツキ達の世界にはないので、魔法が使える可能性を喜ばしく思うが、少し残念でもあった。
「ちなみにここでは、部屋の明かりや浴場、あと料理するのにも火の魔石が使われてますよ」
「日用だな!」
追い打ちをかけられてつい盛り上がるが、シルはそれにも反応なし、だ。
「・・・でも、魔石って使ってると壊れるのか・・・。なんていうか、不便だな」
「いえ、むしろそちらの方が人間にとって使いやすい。だから、壊れても替えのきかない魔導士を迫害するようになった。―――人間は魔導士をいいように使って、捨てた」
「―――っ!」
シルがイツキの言葉に強く、早く反応し、その眼差しを尖らせる。
その鬼気に刹那、死を感じさせられたイツキは彼女との間に距離をとる。が、彼女の敵意が引くのを感じられない。十分な距離ではない。もう少し後ろへ―――
「―――それでいいんです」
「―――は?」
ふいに彼女から鬼気がなくなる。
イツキは緊張したまま彼女の口にした言葉を頭の中で重出させる。
―――何が、それで、いいのか?
「その反応で正しい、と言ったんです」
彼女は補足する。
「今の私の気配にイツキさんは恐怖を感じ、私を警戒した。それが本来人間が私たちに取るべき反応なんです」
「なんで急に、そんなこと・・・」
確かにイツキはシルの気配に反応し、咄嗟に距離をとった。
だが、それはシルが亜人だからではない。たとえ彼女が人間であったとしてもその気配には反応を見せてしまうだろう。
だから、彼女が言いたいことを理解できない。
「出過ぎた真似をしてすみません。でも今の警戒を怠らないようにしてください。イツキさん達の世界がどうだったかはわかりませんが、この世界はそういう世界なんです」
「ちょ、いきなり・・・そんな話じゃなかっただろ」
「いいえ、魔石の話はそんな話です。身勝手な人間が魔石を利用した。そんな話です」
彼女は最初に戦争の話を口にした。
そのことにイツキは言及しなかったが、シルの真意はここにあった。
魔石の話は彼女にとってイツキに警戒を与え、人間と亜人との関係を伝えるための工程だ。
魔導士が戦争に参加したのは十年前。シルはその時期を生きている。ならば当然、人間に怒りを持っていて、今それをイツキに伝えようとしているのではないか。
「―――人間が憎くて、嫌いか?」
「―――魔導士として、私は人間を嫌悪します」
「―――」
静かに、自らの感情を一言で告げる。
だが、その真意はそのままではない。
「それは飽くまで魔導士として、です。私が直接迫害を受けるようなことはなかったですし、魔石が使われるようになってから生活も楽になって、魔導士が迫害されたことで私はここの人達に出会えた。そのことは感謝してるんです。―――それに、独善的な判断をするのは人間だけではなく、心を持つもの全てです。逆の立場なら同じことをしていたでしょう」
淡々と、心情を述べる彼女は、ただ人間を嫌っているのではなかった。
「亜人を迫害している人間とは別に、そのことに反対してくれる人間もいます。イツキさんがそちら側だと知れてよかったです」
彼女が望むのは復讐などではない。
「イツキさんのような人間を嫌うことはしません。そんな人達と、人種による確執がない時間を過ごしたい。それだけです」
彼女にとってそれが
「イツキさんが最初の人です。私の夢に近づく最初の一歩です」
「―――」
シルは少し、ほんの少しだが、口元を綻ばせて柔らかい表情をイツキに見せた。
イツキはそれが嬉しくて、恥ずかしくて、思わずはにかんでしまう。
そしてそれを誤魔化すために口を開く。
「それってどこで判断したんだ?」
「私の気配に恐れおののいて慌てふためいて泣き叫んだときの愚者のようなイツキさんを見たときです」
「誹謗中傷が!? 俺そこまで哀れだった!?」
「そうでないときがいつ?」
「そのレベル!? 実質、まだ俺達、会って二日も経ってない関係!」
「わかりやすいんですよ」
「いやだ! どっかのバカ猫みたいじゃん!」
「ルボンさんに言い付けますよ?」
「ごめ・・・いや、あの猫なら別にいいや」
「それは、心外です」
イツキの騒がしい応答にすげなく答え続けるシル。
しかし、彼女からは愉悦の感情がわずかに、しかし確かに、感じられた。
「試すようなことをしたのは心から謝ります。ただ、イツキさん達が何年も綿密に計画を立て、実行しているのではないかと、一度警戒してしまうと頭から離れなくて。敵意を向けたときの反応で確実に判断できると考えたので、この手段をとりました。すみません」
「正直、急に話が飛んでってついて行けなかった感が否めねぇけど、別にいいよ。疑いが晴れて何よりだし。あと、俺自身も何年も綿密に計画立ててシル達騙して迫害とかする奴よりは、恐れおののいて慌てふためいて泣き叫ぶ愚者って判断された方が嬉しい・・・たぶん」
彼女の謝罪を受け入れる。冗談なしでシルがこの判断をしてくれたことがイツキは嬉しいのだ。
拠り所のないこの世界で信頼し、信頼される関係ができたように思えて。
「ヒナタにはこの話したのか?」
ふと気になったことをすぐに疑問としてシルに聞く。
「いえ、何も企んでないことを考えると申し訳なくて・・・」
「俺ならいいとでも思ったの!? さっきの感動返せ!」
「感情はものじゃないんですから、受け渡しできませんよ」
「真面目に答えられると恥ずかしいっ」
再びさっきと同じような会話になったがそれでもイツキの喜悦は衰えない。
「ヒナタさんにも話してないですが、他の人もこのことは知りません。一応フィリセ様には伝えておきますけど、イツキさんは誰にも言わないでいてください」
「疑われるから?」
「はい。そのたびに説明するのは面倒ですので」
「おぉー、手抜き宣言きたよ」
一度に全員に言ってはならないのか、などと無粋なことは聞かない。
諺解に手抜き宣言をするシルだが、それも彼女なりの考えがあってのこと。パルムをこの場から離れさせたのも同様だ。
短い時間ではあるが彼女のその言動を信じることができるのは、さっきのやり取りとこれまでの抜け目のない行動が、否、抜け目のなさそうな行動が、正しいことであるとわかっているからだ。
「にしても、魔法ライフに近づこうとしただけなのに話大きくなったなぁ。でもまぁ・・・」
イツキは呟くと一呼吸置き、シルと改めて向かい合い、
「俺にできることがあるなら何でも言ってくれ。シルの望む未来、俺も見てみたい」
と胸を張って言う。「できることないかもだけど」と内心思っていたが、あえてそれは口には出さなかった。
代わりにシルがそれを口にしたことでイツキは自分で言うよりも傷付いて、しばらく惨然たる姿を晒していたのだが。
「いてくれるだけでいいんですよ」
そう彼女が呟いた声はイツキの耳には届いていなかった。
「パルムふらふらしてるけど、あれ大丈夫じゃないよな」
イツキがそうシルに伝えたのは二人の会話が落ち着き、また少し魔法トークが進んだ後のこと。
先の話の際にその場から離れさせたパルムは鍛練場の端でずっと立ちっぱなしで待っていたのだ。
その彼女が体が揺れるのを必死に耐えようとしているのに気付いた。
「午前中はずっと遊んでましたからね。その疲れが出たんでしょう。・・・今日はここまでにしておきますか」
というよりは、ずっと立っていたという方が原因として響いている気がする。などと考えながらも、疲労に耐えてシルの言い付けを守っているその健気な姿に、またしてもほのぼのとした景色を見てしまったイツキはそれを言うことができなかった。
「なんかあの子に悪いことしてるみたいだな・・・」
と気付いていても直せないのがイツキである。
シルが口を開き、パルムがひたすら頷く。そんな二人の一方的な会話を眺めながら鍛練場を後にした。
その会話がいたって真面目な内容であることにも気付かずに。
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