第一章 異世界 3 『知の力?』


 今更ながらイツキはこの世界が自分たちの世界とは異なる世界、『異世界』であることに気付いた。

 それがどういうことであるかは考えなければならないが、イツキには何よりもやるべきことがある。

 異世界に対する見解はすべてその後だ。と言うより、今のイツキにっは処理しきれない。


「・・・どうやらあなたは、少なくとも、この時代の人ではないようですね。あなたについて気になることもありますが、今はガイル、ヒナタさん、その他の捕らわれた人達を助けることが先決です」


 シルもイツキの存在に興味を持ちながらも追いつけない彼に本来の目的を思い出させる。


「それでは作戦をまとめますね。さっき言ったように私が敵兵を一人、拘束します。そこでイツキさんが情報を聞き出します。そのときに武器となりそうなものがあれば奪ってきてください。その先のことも考えてのことです。聞き出してほしい情報はガイルの居場所、奴隷拘置所ですね。命に関わる話です。多少強引でも大丈夫ですよ」


「そんなことしたら法律とかにかかるんじゃ?」


 異世界であろうが市民が兵士を拷問というのはご法度だ。そんなことをしようものなら重刑は免れないだろう。

 たとえそれが命に別条がないとしても。

 だが、


「その点は心配不要ですよ」


「なにゆえ?」


「私はもともと国に反していますから」


 シルは今まで魔導士として戦争の敵である身であり、これからも同じであることを国の敵という言葉でさりげなく言葉に乗せる。

 彼女は「それに・・・」と言って続ける。


「イツキさん、貴族に逆らってるんですからあなたも共犯ですよ」


 確かに捕らわれの身は逃げたら逆賊扱いされる。逃走を手伝うのも同じことだ。


「そういえばさ、俺と一緒に捕まってた人達ってどうなってんの?」


「操縦していた男性は気絶させ、間接をいくつかはずしたので後は目覚めた彼らの判断に任せますよ」


「またさらっと怖いことを言う」


 魔法とは恐ろしいものだ。魔導士が国に恐れられているのも理解できる。


「続き話しますね。情報が手に入らなかった場合は他の兵を捕まえて繰り返してほしいんですけど、それでもダメだった場合はですね・・・中に入り込んで隠れながらガイルを捜すことに専念しましょう。かなり危ないですがガイルが見つかればなんとかなります」


「・・・信用してるんだな」


「まぁ幼いころからの付き合いですからね」


 魔導士の幼馴染、戦車並みの戦力、ガイルという人物の姿が少しずつ見えてくる。

 イツキは頭の中で想像した。

 名前からはわからないが恐らく性別は男。いや、そうであって欲しい。

 そして大貴族の傭兵団が欲するほどの戦力を持つことから大男だと考えられる。

 魔導士シルと幼いころからの付き合いということから魔法が使えてもおかしくはない。

 その上おとなしいシルと良好な関係が続いているのだから、優しい青年だろう。

 しかし長時間戦うと動けなくなるとはどういうことだろう、と考える。

 なんであろうと、


「早く助けるべきなのは変わらない・・・か。けど・・・」


 イツキにはこれから戦うであろう相手について少し不安があった。

 それは―――


「なぁ、相手の兵隊さんは魔法使ってきたりしないよね?」


 勿論、イツキは魔法なんて使えない。武器を持っていてもちゃんと扱える自信なんてない。

 敵兵が魔法なんて使ったら、イツキには対抗する手段がない。とはいえ、魔法を使われなくても抵抗できるとは言えないが。

 だがそんなイツキの心配は不要に終わる。


「そんなことはありませんよ。現在人前に姿を現している魔導士はいませんから。それに人間が魔導士を匿うことなんてないと思いますし」


「なんで?」


「・・・今でも狩りが行われているからです」


「狩りって魔女狩りみたいな?」


 魔女狩りといえば十二世紀から十八世紀ころまで続いた魔女、妖術師を訴追、裁判、刑罰または法的でない私刑などの一連の迫害のことである。

 この世界でもそんなことが起きているのだとしたらイツキもかなり危うい立場に立ったことになる。ただ明らかになったことは、


「とにかくシルがあまり人前に顔を出せないことはわかったよ。俺が頑張って情報を聞き出してみるよ」


 バルト家の屋敷の場所は森の中、とても領主の屋敷とは言い難い場所にある。門前に護衛が二人。

 屋敷を囲む塀は高く、上ることはできそうにない。よって侵入するには門を通るほかない。

 屋敷の部屋に明かりはほとんど灯ってないため、侵入してからなら見つかる可能性は小さい。

 だから、


「作戦通り、あの二人をまず拘束します。そしたらイツキさんは情報収集です。聞いたら戻って教えてください。傭兵団は夜には招集されないので活動できませんから夜明けまでに終わらせましょう」


 そう言いながらシルは再び光を出し、掌を向けた木から縄を生成する。


「魔法って物も作れんのかよ・・・」


「簡単なものなら何でも作れますよ。それより集中してください。始めますよ」


 シルがいるからか、成功の自信はある。

 自分の役目を果たせばいい。

 難しいことはない。

 楽な仕事だが自分らしい。

 そう思い、イツキは覚悟を決める。


 ―――余裕だ。


「よし!」


「作戦開始です」


 シルが複数の縄を二人の護衛に飛ばし、口、手、足を拘束する。

 最後に一人だけ会話ができるように口の拘束を軽く緩める。


「今です」


 シルが小声で合図すると同時にイツキは走り出し、護衛の持っていた槍を取り上げてそのまま一人に突きつける。

 走り出したとき、地面を蹴る脚がふらふらと力無いのを感じた。


「でかい、声を出すな、よ・・・。だ、せば殺す」


 ―――あれ?


 声を出そうとすると喉で詰まる。

 声を出せても震えてはっきりと発音できない。

 敵を目の前にして急に緊張が押し寄せる。

 手が震える。

 体が硬い。


 ―――おかしいな。覚悟は決めていたはずだ。


「ここ、に捕らわれた人は、どこにいる? ガ、ガイルという人物は、どこだ?」


 強く言おうとするがやはり声が震えてうまく言えない。どうにか自分を強く見せようとして、


「殺したくはないんだ。頼む」


 殺す気はないが殺そうと思えば殺せる。

 そう感じさせるように言う。が、倒れこんでいる護衛はイツキの感情に気づいているように嘲笑し、口を開ける。

 奴隷商売に手を染めるような貴族に使えているとはいえ、イツキよりもまともな肝を持っていた。


「貴様のような素人に助けられるはずもなかろう。私を殺して侵入したところで貴様もすぐに捕まる。領主様は不逞な輩がお嫌いだ。死刑は免れんぞ。逃げた方が得策だぞ。・・・逃がさんがな!」


 護衛は険しい表情で叫んだ。

 途端に鐘が鳴り、多数の足音が聞こえてくる。

 相手側の助けが向かっているのだろう。

 このままでは何の情報も聞き出せず、捕まってしまう。

 誰一人助けることなく殺される。


 ───マジかよ、俺。


「イツキさん! いったん下がってください! 私が迎撃します!」


「―――! ぅあ!?」


 走ってきたシルが両手に蓄えた光の塊を前方へ向ける。瞬間、光が炎に変わり、門の前に現れた護衛に放射され、吹き飛ばす。

 シルは、彼女の言葉に反応できずに爆風で飛ばされたイツキを抱え、森の荷台へ戻った。


「作戦変えましょう。こうなっては聞き出すことは無理です。直接乗り込んで見つけ出すしかなさそうですね。顔を見られるのは避けたいですが、この際仕方───」


「ちょっと待ってくれ・・・」


 シルの言葉を遮り、イツキが呟く。


 ―――無理だ。ついていけない。


 ヒナタを助けなければならないのだが、いざ敵の前に立つと恐怖が吹き出てくるのだ。


「俺、ちょっときついかも・・・」


 情報の聞き方も下手で与えられた簡単な役割も果たせない。決めた覚悟がすぐに崩れる。

 今はただの足手まといになるだけだ。

 そう感じたイツキは俯きながら言う。

 責められても仕方がない。

 でも今は―――


「なら鳥車のところに戻っておいてください」


「───え?」


 思いがけないシルの言葉に顔を上げる。


「自分の命を優先するのは普通ですよ。それに危ないときには逃げるよう言ったのは私ですから」


「あ、案外すっと認めてくれるのな・・・」


 そう言って自分の弱さに何かを言うこともなく撤退を認めてくれるシルに感謝の言葉を言う。


「では私はもう一度行きますね。・・・この時間、人が少ないのは調理場くらいですかね。そこからなら」


 シルはそう言い残してその場を離れた。

 立ち去る彼女の背中は妙に落ち着いていて、とても誰かを助けようとしている、そんな感じではない。だと言って、何かほかのことを考えているとも感じさせない。

 ただイツキにはそれこそが彼女の強さなのではないかと思えた。

 その冷静さをイツキは持たない。今でこそ落ち着いた雰囲気を漂わせているイツキだが、かつてのイツキはこうではなかった。


 イツキはかなりの目立ちたがり屋だった。

 学校やクラスのイベントごとでは実行委員に立候補し、リーダーとして皆の前に立とうとする。そんな人物だった。

 しかし、イツキの良さとも思えるこれが彼自身を苦しめた。

 先頭に立つ者にはそれなりの実力があり、責任をとれる力を持っている必要がある。

 イツキにはそれが見られなかった。前に立つ努力もした。それでも足りないことがある。

 失敗を重ねるにつれ、周囲の人間からは蔑視の目を向けられるようになった。

 徐々に人前に立つことが少なくなっていったイツキは、いつの間にか『目立たず、楽に』を心がけるようになった。


 それさえしておけば自分に非はない。

 誰かがやってくれるだろう。

 失敗しても責任は考えなくてもいいのだ、と。


 そして今回も、いや、今回は―――


「違うだろ・・・俺がやんないとダメだろ」


 この世界に来てから碌なことが起きてない。

 服は濡れる。

 とてつもない気配に脅かされる。

 ちょっとしたことでも情報料を請求される。

 払えずに奴隷商品として拉致される。

 これだけのことが数時間のうちに起きたのだ。まだ自分たちが置かれた状況も理解できていないのに。

 だが、ただ一つだけはっきりしていることがあった。

 ここがどんな世界であれ、これからどうなろうとも、ヒナタだけは自分の力で安心させたい。それができなくても隣にいたい。


「だから止まってらんねぇんだよ。・・・何か、何かないか、考えろ。俺にできること―――」


 腕を組み、顎に手を当て、考える。考えるが、色々なことがありすぎて考えが進まない。

 まずしないといけないことは、ヒナタの救出。

 最悪自分が犠牲になってでも優先すべきだが、できれば無傷の救出を目指したい。

 現在手に持っているのは、先ほど敵兵から取り上げた槍のみ。素手の相手なら決定的なミスをしない限りこちらに分がある。

 しかし、槍を持っていたのが門番だけであるはずがない。現に迎撃してきた敵は何かしらの武器を持っていた。

 武器vs武器の戦いとなれば当然、素人であるイツキは不利だ。

 ならば遠距離攻撃可能なものさえあれば、それこそシルの魔法のような―――


「―――っうお!?」


 巨大な爆発音でイツキの思考が途絶えた。

 どうやらシルが起こしたものらしい。まさに今、魔法が使用されたのだ。


「ほんといいよな、魔法って・・・炎出したり爆発したり、俺もあんなのがあれば―――あ」


 再びイツキの思考が途絶えた。今度のそれは爆発音などではなく、たったさっき放ったイツキの言葉によって。

 考えればヒントは近くにあった。それも自分の頭の中に。

 イツキは『目立たず、楽に』を目指すようになってから様々なものに目を使っていた。

 その中で特に見ることが多かったのは、雑学であった。

 普段の生活では役に立たないことばかりだが、雑学のそんな部分がイツキに興味を持たせた。

 その雑学からなら知恵を絞り出せる。そう感じた。


「確か調理場って言ってたよな・・・」


 単語と自分の知り得る雑学を重ね合わせ、一つの考えが浮かぶ。


「―――粉塵爆発」


 浮かんだ答えに我ながら身震いする。

 可燃性の粉塵を燃やすことで起きるその爆発は粉塵が多ければ多いほど大きくなり、爆弾同然の力を発揮する。

 その威力は大きいもので建物を破壊するほど恐ろしいものだ。だが、それも今回は都合がいい。

 無力なイツキは知の力で戦うのだ。その一手として、粉塵爆発を。

 貴族邸の調理場ならば、大量の小麦粉、砂糖が保存されているはずだ。発火装置もあるだろうが、それよりは門前にあった松明が最適と考えた。

 粉塵爆発の条件である粉塵の量に対する酸素量を満たさなければ燃焼の連鎖は起きない。大きな爆発にするなら粉塵同士の間隔も確保しておきたい。

 それならば使い方がわかるとも知れない器具より、燃えたままの松明を落とし粉塵を巻き上がらせた方が効率的だ。そう考える。

 ただ不安なのは、そのまま落としてうまく爆発を起こせるだろうか、ということ。

 問題は酸素の量だ。

 一度では巻き上がらせた粉塵、少量しか燃焼しないだろう。ならば巻き上げる粉塵の量を増やせばいい。

 そこでイツキが考えたのが、粉塵を鉄板の上に置くことだ。

 そうすることで鉄板の上に落ちた松明はより多くの粉塵を巻き上がらせることができるだろう。

 そうとなると鉄板の準備が必要だが、それを考える時間は少なく済んだ。

 イツキが目を付けたのは迎撃のために出てきては、シルの魔法の対象となり焼き殺された敵兵が持っていた剣だった。

 数人分の剣を使えば鉄板より空洞があり、全方位から酸素が入る形となる塊のため、よりいい。

 最後に決めなければならないのは、爆破場所だ。

 準備する時間が必要なので人がいるところは難しい。だからと言って誰も通らないところだと敵兵数人の引き付けぐらいにしかならない。

 どうせやるなら有効打にしたい。

 一番効果的なのは、やはりシルが捕らわれたヒナタたちを連れて出てくるであろう場所に仕掛け、全員が連れ出された後に爆発させることだろう。

 彼女はきっとイツキが今いる場所に戻ってくる。ならばこの場所への最短ルートを考えればいい。


 これでやるべきことは定まった。


「・・・よし、いっちょやってみますか」


 イツキは覚悟を決め、自分の足を叩き、立ち上がる。腕を回し、落ち着いた頭の中で手順を繰り返す。

 槍を持ち、もしもの時、自分がそれを扱えるかを確認。

 緊張がほぐれた今でも少し重たく感じた。だが振れないほどの重さではない。

 これなら万が一の場合でも、相手によっては優勢になれるかもしれない。そうならないことを祈りながら、イツキは歩き始めた。

 シルが進んでいった道を追って調理場へ向かう。

 辿り着いた調理場の中は薄暗く、ただ一つの光が灯されているだけだった。

 イツキは静かに足を踏み入れ、さっと、しかし丁寧にその場が無人であることを確認し、材料の確保に移る。

 粉塵爆発は条件の割に必要な材料は比較的身近なもので、調理場にある小麦粉などで十分だ。それを探しているのだが、ここでイツキは一つの壁にぶつかった。


「文字が読めねぇ・・・」


 いくつかの粉物が入った紙袋が並んであるのを見つけたはいいが、それに書いてある文字が読めないため、見た目では判断ができない。

 ならば、


「多少のリスクはあるけど、それもしゃーない。ここは『どれどれ? ドキドキ味見タイム』だ」


 そう言ってイツキは袋の中の粉を端から舐め、味を確かめようとした。だが、またしても小さな問題が発生する。


「小麦粉の味なんかわかんねぇ・・・」


 確かに小麦粉の味を聞かれて頭の中に思い浮かべることができるかと聞かれると頷き難い。ましてイツキに関しては料理などというものをしたことがなかった。

 そんなわけで粉塵爆発定番の小麦粉を諦め、


「砂糖でいいや、砂糖で」


 イツキでも味がわかり、小麦粉と同じく可燃性の粉塵である砂糖を探すことにした。

 イツキは意識していなかったが実は、砂糖は小麦粉よりも燃えやすく、わずかだが成功率が高いのだ。

 何故、最初から砂糖を探さなかったのかは、落ち着いた後のイツキがよく知っていることだろう。

 甘い味に確信を持ち、砂糖だと認識。無事に砂糖の袋を見つけ、来た道を帰る。

 部活動の成果からか、おおよそ十五キロ近くある袋を抱えることはまったく苦ではなかった。

 粉塵を手に入れ、次は鉄板代わりの剣と引火役の松明が揃っている門前に向かう。

 そこに倒れている焼死体から漂う悪臭がイツキの鼻を打つ。

 イツキは鼻をつまみながら、なるべく死体を見ずに落ちている剣を拾い集め、門の真ん中で柄を外側にして円状に重ねる。

 指を舐め、無風であることを確認し、重ねた剣の上に砂糖を振りかけた。というのも、粉塵爆発の際、風で粉塵が飛ばされすぎて連鎖が起こらないことがあるからだ。


「火はこれを使うか・・・」


 イツキは手に持った槍を見つめ、呟いた。

 これでかがり火の中の薪を刺し、引火の道具として利用しようと考えた。が、このときはまだこの粉塵爆発のやり方に大きなミスがあることに気付けてはいなかった。


 そしてその頃―――


「オラオラオラぁ!! そんなもんじゃ俺たぁ釣り合わねぇぞ、コラぁ!」


 そう言って護衛をなぎ倒し、罵倒するのは半裸の少年だ。

 藍色の左右非対称で乱雑な髪を持つ彼は、隠れていない鸚緑色の左目をギラギラと鋭く光らせている。

 小柄ながらもはっきりと筋の見える筋肉を持ち、大人の護衛達を次から次へと寄ってたかる虫を払うように叩き伏せる。

 その横を落ち着いた表情のまま歩いて、


「もう少し静かにやってください。騒ぎを大きくする必要はないんですから」


 行動を抑えるように忠告するのは、先ほどイツキと別れ、一人、捕らわれた人を助けに向かったシルだ。柳緑色の彼女の目にはいつも落ち着きがある。


「別にいいだろ? すぐにこっから出るんだし、領主のナントカってのもここしばらく留守にしてっから―――よっとぉ」


 少年はそう答え、斬りかかる護衛を回し蹴りで弾き飛ばす。

 彼の戦いは武器を使わない。さらけ出した肌に傷一つ負わず、素手で、素足で攻撃する。その攻撃は荒々しくも確実に相手の体を捉え、大人をも軽々と吹き飛ばし、行動不能に陥らせる。

 戦いというよりも一方的な暴力といった方が適切であるほどだ。


「そうは言っても後ろの方たちが・・・」


 そんな少年の行動にため息をつくシルの後ろには捕らわれていたのであろう少女たちがついていた。

 その中にはヒナタの姿も見られた。彼女の表情には状況を理解できていない困惑感とイツキが来ていることへの安堵感が混在していた。というのも、現在に至るまでにシルと接触し、ことの説明を受けているからだった。が、目の前で繰り広げられる別次元の暴力に対し困惑が隠せていないのだ。

 置かれた状況が理解できていないのはヒナタだけではなかった。

 一人の少年による暴力で次々と飛ばされていく護衛達はその桁違いの力になすすべがなく、戦意喪失し、ついには逃げ出す者さえいる。

 シルの忠告と護衛の力無い抵抗を無視してなおも続く暴力は、次第に出口への道を作り上げていった。


「やるならできるだけ全滅させてほしいんですが・・・彼らが逃げた方向は出口ですよ。イツキさんがいるのも―――」


「―――っ!!」


 きっとそちら側だ。と、言葉を続けるのを、そのイツキの声が断ち切った。


 シルと別れ、自分の力でできることを探し、それを実行すべく行動してそこに至っていた。

 イツキの予定では邸から逃げ出したシルたちを援護するために門前にて、粉塵爆破を起こすはずだった。

 しかし―――


「───っなんでそっちが逃げてくるんだよ!」



 槍の先に燃える薪を取り付け、すぐにでもそれを粉塵と剣でできた塊へ叩きつける準備ができていた頃だった。

 大きな爆発音からしばらくして、叫び声が聞こえてくる。その声はすべて男性の声だということにイツキはすぐに気付いた。

 だが、それがどういった経緯で発せられているのかはわかっていない。

 その声が近づいてくるのを感じ取り、じっと門の奥を見つめ準備していたところに出てきたのは、シルたちではなく、中で少年と戦闘し、その圧倒的な強さに逃げ出してきた護衛達だった。

 焦りがイツキを襲った。だが、その焦りは緊張をほぐし、心に余裕を与え、その余裕が焦りをかき消した。

 イツキはとっさに思考する。

 そもそも何故、彼らはここから出てきたのか。それはシルの魔法やガイルという人物の活躍のおかげだろう。

 つまり、シルは無事に救出を終え、こちらへ向かってきているということだ。

 そして、彼らにとって問題となるのは、逃げ出すためのルート上にいる邪魔者の存在だ。その邪魔者をどう排除するかなどは考えるまでもない。

 これが意味することは―――


「・・・俺が危ない!」


 イツキは身の安全を守るため、爆発の実行を決意し、振り上げた槍を爆破のもとへ叩きつけた。


「───ぁ? っっつい!?」


 槍の先端についていた薪は円状に並べられた剣の中心に叩きつけられ、見事に剣の上の粉塵を巻き上がらせた。

 だが、ここに一つの誤算があった。

 剣を円状に重ね並べたことで、巻き上がる粉塵は全方位、つまり、巨大な球状に広がってしまうことだ。

 巻き上がった粉塵は、次から次へと引火していき、瞬間的に火の玉へと化した。

 そしてもう一つの誤算は、イツキが引火用に使った槍だった。

 槍の長さは大人の人間よりもある。しかし、その長さでさえ、槍を持つイツキ自身が球状の粉塵の中へすっぽり入ってしまったのだ。

 当然のようにイツキの衣類に着火し、その炎はイツキを地獄のような熱さへ引きずり込んだ。


 ───熱い。


 その熱さに気付いて、手で炎を払おうとする。


 ───熱い、熱い。


 皮膚がジカジカと熱さに蝕まれていく。


 ───熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。


 地面に倒れこみ、その炎を消そうとする。


 ───熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。


 乾いた地面はその熱さを中和することはなかった。


 ───熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつ───────────い。


 異常な熱さにもがき苦しんだイツキの思考が停止した。身体の動きも停止した。


「いったいどうしたよ? こいつは」


 藍色の少年が問うた。


「さぁ、どうやったのかは知りませんが、見ての通りですよ」


 白色の少女が答えた。

 全身が燃え上がるような熱さに蝕まれた、いや、実際に燃え上がったイツキは現在、完全に停止している。

 この白色の少女、シルが水の魔法によって消火し、火傷の炎症を抑えるためにイツキを丸ごと周りの水を氷結させたのだ。


「イツキさんを運んであげてください」


「あいよ」


 シルが指示し、少年が従う。少年は細い腕ながらも氷塊と化したイツキを軽々と持ち上げ、次の指示を待つ。

 一緒に出てきたヒナタを含める少女達もこれからどうすべきなのか、考えることができず、同じようにシルの指示を待っていた。


「・・・仕方ないですね。皆さんも私についてきてください」


 ビルドに繋がれた荷台。そこに少女達、十数人が乗ると、恐らく彼女たちがここへ来る時よりも窮屈になる。

 そんなことは承知の上だが、治療のためとはいえ、イツキだけを連れて帰るわけにもいかなかったのだ。


 走り出す荷台の上では、凍り付いたイツキと、それを心配するヒナタの姿が見られた。


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