第一章 異世界 2 『治安の悪さが・・・』


 繁華街に下りた二人は町の様子に違和感を覚える。


「賑わってはいるけど・・・なんだか暗いね」


 ヒナタが呟く。

 確かに先ほどの噴水スペースと比べるとかなり暗い。

 活気が無いわけではない。光が入ってこないわけでもない。それでもどこか薄気味悪い雰囲気が漂っているのだ。繁華街とは思えないほどに。

 町の人間は行商人と店主以外の人間が旅人風の格好をしており、マントを身に着け頭に布を被っている人が多くいる。

 会話はしているが相手に顔を隠しているように見えた。


「ちょっとやばいかもだな。ここにいるだけで頭が痛くなりそうだ。さっさと話せそうな人探して情報得ないと。・・・すげぇ視線感じるな。まぁこんな格好してたら目立つだろうけど」


 この危なげな雰囲気の中で顔を晒したまま、しかもこちらは生服姿の黒髪と茶髪の二人だ。

 もちろん周りの人間にはこんな格好をしている者はいない。目立つことこのうえない。視線を感じるのは必至だ。―――必至だった。

 イツキ達に向けられていたはずの視線が、一瞬で違う方向、一人の人物へ向けられる。

 少し遅れてイツキもそれに気付いた。視線の先の人物は町の人間と同じような格好をしている。

 だが、


「な、んだ? これは・・・寒気? ヒナタ、は・・・気付いてないか。・・・ここはちょっとまずい」


 ヒナタは町の様子を気にするあまり、この大きな違和感に気付いてはいなかった。

 そのおかげで無駄な不安を持たせずに済む。

 だが、イツキがきょとんとした彼女の手を引き、その場を去ろうとしたとき、


「あんたら、こっちおいで」


 ふいにいかにもおばさんっぽい声が発せられる。

 その声がイツキ達に向けられたものだとはすぐにわかった。

 イツキ達を呼んだのは妙に顔が濃い中年女性だ。格好からしてこの町の商人らしい。

 手招きする女性に従い、彼女がいる人目に付かない路地裏に回る。


「すみません、何かあったんですか?」


 異変に気付かなかったヒナタが問う。

 すると女性は大きくため息をつき、


「あんた気付かなかったのかい? あそこにいたのはここらじゃ有名な『死神』って呼ばれてる殺し屋よ。出生も本名も不明で殺しの標的は貴族や商人、それに騎士。とにかく、誰に雇われてるのか知んないけどあれに目をつけられた人間はみんな殺されるって話なのよ。あんたら変な格好で目立つからあれじゃなくても目をつけて騙す奴もいるから、気をつけなさいよ」


「確かにあの人はとんでもない気を発してたな。もしかしてあれが殺気ってやつか。あのままいたらマジでやばかったかもな」


 イツキは殺気と思える寒気を思い出し、大きく身震いした。

 そしてあることに気付く。


「そいやここって日本じゃないよな。日本語話してるってことはどっかの日本村? けど・・・」


「あ、そうそう。でも、日本村だったらもっとキレイで明るい感じになるはずだよね」


 日本でないことははっきりしている。しかし、この中年女性は日本語を話す。それでも周囲に日本との関係は見当たらない。 

 ここは、


「あんたらさっきから何をぶつぶつ言ってんだい」


 ほったらかしにされてご機嫌斜めな中年女性がそのイライラを音にする。


「あーすんません、ここってどこですか?」


「自分の居場所がわかってないのかい? 情けないねぇ。ここはアルティン地方のカンテントって言う王国の王都よ」


 苛立ちを嘲笑に変えてジト目で説明する女性に逆に怒りを覚える。―――いつもなら。


「アルティン? カンテント? 聞いたことないな。てかここって王都なのか・・・」


 初耳の単語に怒りよりも疑問が先立つ。

 聞いたことのない地名もそうだが、明らかに怪しい雰囲気の町で、とても王都とは言い難いことにも。

 イツキは苦笑いしながら小声で呟いた。


「ここは昔から景気悪くてね。王様のやり方がちょっと強引で町の雰囲気悪くなって。一時期はかなり改善されたんだけど・・・それよりあんたらはどこから来たんだい?」


「私たちは日本から来たんですけど、この辺に空港ってありますか?」


 嘲笑に反応が無いのを悔やんだ顔で仕方なく説明を続ける女性が、イツキ達の所在を問うた。

 言葉は通じ、話せる人間が目の前にいる。この機会を活かさんとし、それに答え、質問した。

 だが、


「日本? 空港? あんたらこそ何言ってんのさ。聞いたことない単語ポンポン出して」


 中年女性もイツキ達と同様に、聞いたことのない言葉に困惑の表情を見せる。


「・・・? そうですか、他の人にも聞いてみます。ありがとうございます」


 どうやらこの女性は日本を知らないらしい。

 世界の国は多く日本を知らない人も少なくないだろう。空港がない国もあるだろう。

 イツキ達はそう解釈し、他をあたろうとその場を後にしようとするが、


「ちょっと待ちなさいよ」


 女性の呼び止める声。

 振り向くと、さっきまで親切にしてくれてたはずの中年女性がむっとした表情で右手を前に出し、立っていた。


「なんすか?」


「何、じゃないわよ。情報料払いなさいよ」


 右手が急かすようにヒラヒラ動く。

 イツキは謎の請求に嘆息しながら


「たったあれだけで金払うのかよ」


「当たり前でしょ。教えてあげたんだから。それに今の景気じゃこのくらいしないと生活も碌にできないんだから」


 女性がすん、と鼻から強く息を吐き出して当然のように言い放つ。


「でも財布持ってないしな」


「私も持ってないよぉ」


 言われた通りにできるのなら、とポケットに手を入れ探す仕草をしてみる二人。

 ここに来る前は学校にいて、財布やケータイなどの持ち物はほとんど教室の鞄の中に入れてある。ポケットにはハンカチとボールペンしか入っていなかった。


「あんたら払えないっての?」


 女性の顔色がさらに変わる。


「ほんとはこんなことしたくないんだけどね・・・これも生きる為なのよ」


「・・・?」


 じっと睨みつけてくる女性にイツキは嫌な雰囲気を感じた。

 「はぁ」とため息をつく彼女の後ろから三人の大男が現れ、二人を包囲する。

 三人は全員大柄で、イツキが抵抗しようとも出来そうもないほど筋肉質だ。なんて考えている場合ではない。

 男達はじわじわと間合いを詰め寄せてくる。


「おい、こいつらを荷台へ運べ。女は貴重だ。傷つけるなよ」


「───っ! 何をすんだ! やめろ! おい! ―――その子をはな、うっ!?」


 男の一人が言い、残りの二人がイツキとヒナタを押さえつけ、拘束する。首根っこを掴まれ、腹部を殴られたイツキは悶絶し、ヒナタは気絶した。


「ふんっ、このボウズ結構いい体してやがる。これなら高く売れるぜぇ」


「この嬢ちゃんもいい顔してるぜぇ。バルト家にでも売るかぁ。今日はついてんなぁ。儲かる、儲かる」


「よし、女は前の荷台、ガキは後ろに。早くしろ」


 指揮官らしき男の言葉に従い、残りの二人の男がイツキとヒナタを別々の荷台へ投げ込む。

 鞭の叩く音と動物の鳴き声らしいものが聞こえ、荷台が全速力で路地裏を抜けるのを感じた。


「くそっ、意味わかんねぇ・・・」


 走る荷台に揺られながらイツキは気を失った――――――



 荷台の窓から月光が差し込む。気が付けば日は完全に沈み、月が昇っていた。

 イツキの周りにはイツキと同じように拘束された人が多数いる。投げ込まれたときはいなかった。あの後さらに捕まえたんだろう。


「カギは・・・閉まってるか、当然だな」


 この荷台は木造のものであり、天井もついている。後方の扉にはカギがかかっており、イツキ、その他も皆、手をロープで縛られているため、猛スピードで走る荷台の中で自由に動くことができない。脱出は不可能だ。

 荷台から出られないことがイツキにプレッシャーをかける。

 それだけでなく、ヒナタの安否も確認できていない。何が起きているのかも理解ができず、不安は募る。


「どうする? この人数からして相手はかなり手馴れているようだからやり方に失敗は少ないだろ? 助けが来ても助かる可能性はほぼないか・・・」


 荷台の中の人数は少なくとも十を超える。

 イツキ達の時と同じなら、犯人は三人。しかも一人は何もしていない。彼らは拉致のプロだ。

 誰かが助けに来ても彼らに勝てるとは思えない。


「―――ん?」


 月の光が一瞬消えた。瞬間、荷台の前方から強い衝撃が伝わり、荷台がひっくり返る。

 それから二回の衝撃音と複数の男の声が聞こえた。


「・・・! ガイル!」


 誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえた。若い女性の声だ。

 すぐに黒のマントを纏った少女が荷台へ入ってくる。

 誰かを捜しているようだ。捕らわれた人の手枷をはずし、それぞれの顔を確認しながら歩く。

 最後にイツキの手枷をはずした。

 この人ならヒナタも助けてくれるかもしれない。


「あの、すまない、助けたい人がいるんだが手伝ってくれないか?」


「すみません。今はそんな時間は無いんです。私も人を捜しているんです。手伝えないのに申し訳ないとは思いますが、聞かせてください。他に荷台はありましたか?」


 少女が小さい声で答える。


 ―――ヒナタが乗せられたやつなら。あれは確か・・・


「見た。バルト家だとか言うところに向かうって聞いた」


 男達が言っていたことを思い出す。


「バルト家ですか。わかりました。奴隷はすべて開放しますので安心して───」


「ちょっと待って。俺も連れてってくれ」


「―――」


 再び少女に迫る。

 イツキは向かわなければいけない。

 イツキは知っている。ヒナタが優しい女の子であることを。

 もし目覚めたときに同じように捕らわれている人を見れば落ち着いてはいられないだろう。怖くて仕方ないだろう。

 だから、


「俺も連れてってくれ。俺の知り合いもそこへ連れて行かれたんだ」


「ですが・・・」


「あの子は、俺が行ってやらないと。できることはないかもしれないけど、その場にいてあげたいんだ。頼む」

 

 力が無いことは承知だ。それでも知っている人に助けられた方が安心するはずだ。


「頼む」


 目を見つめ。少女の心に訴えるように、もう一度。


「・・・わかりました。でも、私が逃げろと言ったときは必ず逃げると約束してください。無駄な犠牲を出すことはしたくないの、お願いします」


「わかった。ありがとう」


 イツキの念押しに少女は了承する。

 今はヒナタを助ける、それだけを考えていた。多少の無理をしてでも助けたい。


「すぐに出発します。バルト領は近くにあります。ですが警備が固い場合は簡単には突破できません。移動中に作戦を立てましょう」


「あぁ、よろしく頼む。―――!」


 少女が手を差し出す。

 なんの変哲もない仕草だが、イツキにはこの手を差し出す仕草には嫌な思い出がある。イツキ達を拉致させた張本人、顔の濃い中年女性だ。

 もし、目的が同じなら、それには応えられない。

 だが、


「ごめんけど金は───」


「シル」


「はい?」


 短い単語に戸惑いが隠せないイツキ。

 その戸惑いを払拭するかの如く、少女は被っていたフードを脱ぎ、顔をイツキに見せる。

 白髪のショートボブ、透き通った柳緑色の瞳に月光が映る。まだ若干幼さが残る顔立ちだが、冷静さを体現した顔がそれを感じさせない。


「シル・ガーネット。私の名前です」


 少女の名前らしい。

 この地へ来て初めて自己紹介されたことに驚きに近い感情が沸く。

 そして思い出す。

 この少女は言っていた。ほかの奴隷も助けると。

 信頼できるかもしれない。そう感じて頼んだのだ。むしろ信頼していない自分が恥ずかしいくらいだ。

 だから───


「カヤ・イツキだ。イツキって呼んでくれ。えっと・・・よろしく、シル」


「よろしくお願いします、イツキさん」


 少女、シル・ガーネットと笑顔で握手をした。

 頼れる相棒の誕生になれば幸いだが。


 バルト家への移動手段は先ほど荷台を引いていた動物を用いることに決めた。その動物は―――


「な、なんじゃこりゃ」


 イツキは目の前にいる巨大な鳥に愕然とする。

 荷台を引いていた鳥と思われる。のだが、明らかに巨大すぎる。


「これはビルドという鳥類の一種です。鳥類の中でもビルドは一番多く存在している種類で、翼はありますが飛べません」


「鳥なの!? この怪物! でかすぎだろ・・・ビルドって名前わかる気がする」


 ビルドの全長二メートル、高さはイツキの身長と同じくらい、百七十センチ近くある。馬並みの高さで乗るのに精いっぱいだ。

 だが、


「これどうやって乗るんだよ、ってあれぇぇ?」


 ビルドの背中に手を当ててどうにか乗ろうとするイツキの横で、ふわっと飛んで乗って見せるシル。


「何してるんですか? 早く乗ってください。置いていきますよ」


 彼女は苦戦するイツキに急かすような目線を送ってくる。


「いや、ジャンプって無理だろ。てか常人離れだな。日本じゃないどころか現実じゃねぇよ、これはもう」


 そもそも色々なことが凡人のイツキにとって、シルの体操選手以上の超跳躍はもはや感心するレベル。


「そして乗れても進み方わからねぇよ?」


「仕方ないですね。荷台か御者台に乗ってください。もう一度ビルドと荷台を繋げます。できれば個別で行動できるようにしたいんですが、あなたがビルドに乗れないですから。緊急時は走って逃げることにしましょう。走るのは嫌いなんですけど」


「ぐぬぬ、申し訳ない・・・」


 自分の無知を痛感しながら後ろへ回り、御者台へ乗り込む。

 再び繋げられた荷台の中にはもう誰もいなかったが、イツキはその中に入ることをしない。

 鞭の音と動物、ビルドの鳴き声とともに荷台が走り出す。

 最初に乗った時とは違い、今回は安心できる。なぜなら、今回はシルという少女がいるからだ。

 ただ相手の名前を知っていることがここまで心強いことなのか、とイツキは初めて知った。



「―――なぁ、シル。さっき呼んでた、えと、ガイルだっけ? どんな奴なんだ?」


 出発からしばらく経った頃、イツキはシルが捜す人物がどんな人物なのかを知りたくなった。


「ガイルは・・・私にとって何より守りたい大切な人です。昔からずっと一緒にいていつも私を助けてくれました。だから今回は私がガイルを手伝う番なんです」


 シルは視線を少し上にして、より一層意志を固めたように答える。

 イツキはその表情には気付くことなく、「手伝う」の単語に少し引っかかったが、言い間違いだと思うことにした。


「イツキさんはヒナタさんでしたね。その方とはどういった関係で?」


「んー、ちっちゃい頃からの友達みたいなもんかな。日本からここに来るまで一緒だったんだ」


 幼馴染とは少し違うが、十年近く一緒のクラスなら、そう言っても過言ではないだろう。


「ちなみに外見は長めの茶髪に茶色い目で、ってどうかした?」


 イツキの言葉を止めたのは、シルの疑問そうな表情だった。


「日本、ですか・・・。聞いたことがない地名ですね」


「やっぱシルも知らないのか。アメリカ並みに有名な国のはずなんだけどな」


 日本の知名度の低さに対し、驚きより先に疑問が浮かぶ。

 ここまで知られてないとすると日本という国が存在しないような気さえする。

 逆に聞いたことのない王国や奴隷商売を行っている国をイツキは知らない。世界が違うとも感じた。


 ―――まぁそんなことはないわな。


「そろそろバルト領に入ります。心の準備してください」


「なぁ、気になってたんだが、バルト領って何なんだ?」


「それも知らないなんて無知もいいとこですね」


「ちょいちょい傷つけてくるな、この子は・・・」

 

 さらっと辛辣な言葉を返すシル。

 イツキはそんな彼女の無意識の棘に傷つき、自信をなくす。

 シルは言葉遣いこそ相手を敬ってはいるようだが、言葉に心がこもっていないため、からかいの言葉を使えば、相手は見下され、呆れられているように感じてしまうのだ。


「バルト領はその名の通り、バルト家が納めている領地です。バルト家はこのカンテント王国の中でも有力な家で上流貴族に属しています。領民にはいい顔を見せている一方で、奴隷商売に手を染めています。さらに強力な傭兵団を持ち、噂では王国の一個大隊に匹敵するとのことです」


「ガイルってのはそんなとこの奴隷として捕まったのか?」


「いえ、きっと傭兵団への入団を強要されている体だと思います」


「入団?」


 またしてもシルの言葉遣いに違和感を覚えた。が、それよりそのガイルという人物が捕まった理由に注意を向けてしまう。

 ただでさえ巨大な軍隊に入団を要求される人物とはいったいどれほど強いのだろうか。


「ガイルは強いですよ。それこそ一個大隊も数時間で全滅させるくらいです。ですが、長時間戦っているとまともに動けなくなってしまいます。きっと今回もその隙をつかれて捕まっている体だと思います」


「また体か・・・。でも一人で軍隊解体ってバケモンだな。どんな戦車だよ・・・。で、どうやって助けるつもりなんだ?」


 捕まった他の奴隷も救出するにはガイルの手を借りるのが一番賢い。しかし、ガイルが捕らわれている場所は警備が強くなっていることだろう。

 場所の特定、警備の対処、救出方法、それぞれを考えなければいけない。


「敵兵と開放は私がやります。イツキさんは一人を捕らえて場所を聞き出してください。私はあまり顔を見られるわけにはいきませんから、よろしくお願いします」


「ちょっと待て、敵兵って、俺が武装した人間を取り抑えることができるなら簡単には捕まってないと思うんだが・・・」


 ただの高校生にそんな力はない。実際、捕まったときは抵抗も意味をなさなかった。


「あなたの格好からしてどこかの騎士じゃないかと思ったんですけど、よく考えたらそうですね。騎士でありながらビルドにも乗れないなんておかしいですね。では、私が拘束しますので聞き出すということでいいですか?いや、そうしましょう」


 イツキの格好を眺めながら言う。

 イツキの格好は学生服、パーカーのフードの部分がその襟から覗いている。騎士というのは制服姿をしているからなのだろう。

 そもそも論として騎士と言うのが実感に沸かないが。


「お、おう、まぁできるならそれでいいけど。それよりどうやって拘束するつもり?」


「・・・」


 この質問に対し、シルは静かにこちらを見つめながら小さく息を吐いた。嘆息とも違うその吐息は、不思議とイツキの心を落ち着かせる。

 そして、


「いずれ知られますし、先に教えておきます」

 

 少し間を置き続ける。


「―――私は魔導士なんです」


「・・・はい? まどーしってまほー使うやつ?」


 突飛なことを言い出すシルに、そんなものは存在しまい、と、少し馬鹿にしたように答えた。

 だが、それも次の行為でかき消される。

 シルは右手を上げ、人差指を立てた。すると彼女の指の先に小さな光が発現し、次第に大きくなっていく。


 「―――は? え? え? はぁ!?」


 

 理解が追い付かない。

 手品の域を超えた現象がイツキを混乱の底なし沼に引きずり込む。

 魔法だ。この場でイツキの知らない魔法の存在が証明された。

 ここへ来て奴隷、貴族、領地、騎士、とイツキの知っている常識とは離れていることが多い。さらにそこに魔導士が追加された。


「警戒するのはわかりますよ。亜人と人間は戦争中ですからね。亜人側である魔導士は人間であるイツキさんの敵です。それで私が―――」


「いやいや、ちょっと待って」


 そんなことではない。

 戦争中だとか、敵味方だとか、そんなことはどうでもいい。

 また聞いたことのない単語が現れたが先に出たことが処理しきれていないため驚きが出ない。

 魔導士? 亜人? どこかの民族の末裔なら聞いたことはないがまだ理解できる。

 だがもし、本当にそんなものがいるのだとしたら歴史に残らないはずがない。

 信じようにも信じられない。

 一つ確認しなければならないことができた。


「変なこと聞くようだけど、今は二千十七年・・・だよね?」


 見るからに古い町並み。聞いたことのない戦争、種族。SFに出てくる状況に奇妙な感覚が沸いてくる。

 できればそうだと言ってほしい。

 しかし、その質問への答えは―――


「―――いいえ? 人の暦としては千五百二年、龍の暦としては二百七年ですけど?」


「―――」


 聞いたことのない暦に、また驚く。今日だけで何度驚いたことか。

 ここへ来たときもおかしかった。

 文化祭前日、ヒナタに呼び出され、話していた時、突然噴水から吐き出されたのだ。歴史に存在しない過去か未来か定かではない時代に。

 これはイツキが信じていない奇跡、運命に類するまさに異世界召喚と言っても過言ではない。


 今更だが――――――――――――。




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