第543話 インファーナル
それは、偶然を装った策略に違いなかった。
この期に及んで――この男はいったい何をッ!?
そこから迸る光が、未来にいったいどんなダメージを与えたというのだ!?
士郎は怒り狂って
「――貴様ッ! いったい何のつもりだッ!? 未来に何をしたッ!!!」
「ふふっ……ふははははッ!!!」
「何がおかしいッ!? 貴様ッ!! 殺してやるッ! 殺してやるッ!!!」
「――待て中尉ッ!」
叶が慌てて士郎に組み付き、そのまま羽交い絞めにして必死に李軍から引き離そうとする。だが、士郎は完全に我を失っていた。間髪入れず周囲の兵たちが士郎に一斉に飛びかかり、叶に加勢する。
ようやく引き剥がされた士郎は、そのまま数歩押し戻され、辛うじて李軍から引き離された。その間、他のオメガたちは、あまりにも突然起こった出来事に反応できずにいたのだが、士郎が兵士たちに制圧されて地面にねじ伏せられた頃に、ようやくハッと我に返って一歩遅れた反応を見せる。
「――ど……どういうこと……!?」
「李軍貴様ッ――未来ちゃんに何をしたッ!!」
もちろん、
「――っ!」
李軍の唇端から、僅かに血が滴り落ちる。李軍は悔しそうに秀英を睨み返した。
「――何をした……?」
「……ペッ……さぁ……さっきも言ったと思いますが、これは偶然の出来事です。わざとじゃありません」
秀英は、その眉間に険しい皺を寄せた。
「――では言葉を変えよう。偶然、何が起こった!?」
すると李軍はようやく満足したのか、急に饒舌になった。
「――ふぅ……これはあくまで偶然ですが、神代未来がこの装置に近付いたことで、恐らく彼女の異能と私の異能が共鳴現象を起こしたのだと思います」
「共鳴現象だって!?」
傍にいた叶が、思わず声を上げた。
「あぁ! 叶先生ならお判りになるでしょう!? この機械は、もともと
ハウリング!? 共鳴現象!?
それで……その結果、どうなるのだ――!?
士郎は、目の前でうずくまっている未来をキッと見つめる。李軍はしきりに偶然だと言っているが、これがそんな偶然のはずがない。
そもそも奴が「自力で動けない」と言った時点で、疑ってかかるべきだったのだ。あれは、我々を油断させ、自分の傍にオメガたちを近寄らせるための口実だったに違いない。
それに、この装置が能力者に何らかの影響を及ぼす可能性が分かっていたのなら、事前に我々に注意喚起したはずだ。悪意がなければ――だ。
つまり――コイツは確信犯だ。
士郎は、自分がそうとは知らず、その誘導にまんまと引っかかってしまったことに内心歯ぎしりする。自分はいったい、何度この男に騙されれば気が済むのだ――!?
すると秀英が、さらに李軍にパシィンと張り手をかました。
「――貴様、さっき笑ったな……」
そうだ――そういえばコイツはさっき、俺が怒り狂って掴みかかった時、笑ったのだ!
「あ? あぁ……すみません……いや、まさかこんなことが起きるなんて、と思ったらつい――」
「してやったり……というところか!?」
その瞬間、李軍の顔から薄ら笑いが消えた。一瞬にして、それまでの媚びたような態度が掻き消える。
「あーあ……しょうがないじゃありませんか!? こうなってしまったものは、もうどうしようもないでしょう!?」
「なんだと――」
士郎がたまりかねて、再度李軍に食ってかかろうとしたのと、李軍がニヤリと下卑た笑みを浮かべたのは、ほぼ同時だった。
「もう……私と神代未来は、一体になってしまったんですから――!」
――――!?
今……何て言った……!?
李軍と未来が一体になったとは……どういうことだ――!?
その言葉の持ついまいましい破壊力に、士郎の全身が総毛立った。それは、周りでその遣り取りを聞いていた、他のオメガや叶たちも同様だった。
いっぽうそんな一同を尻目に、李軍は先ほどまでとは打って変わって、別人のような気配を迸らせる。
いや――これは……ここにきて、一発逆転ホームランを打ったかのような、妙に上ずった高揚感だ。勝ち誇っているのか――!?
「――おいッ!?」
士郎はたまらず怒鳴り上げた。だが、李軍はどこ吹く風だ。それどころか――
「はぁぁぁ――! 分かる! 分かるぞッ!! 神代未来が、私の中に入ってくる――!!」
李軍が言葉を震わせながら、気持ち悪い喘ぎ声を上げる。
その瞬間、士郎は思わず吐き気を催した。あまりにも、胸糞悪かったからだ。未来が李軍の中に入ってくるとは……いったいどういう意味だ!?
まさか……未来は今、奴と同期しているのか――!? そんなッ……
その瞬間の士郎の感情は、恐らく彼女を寝取られた男のような気持ちだったに違いない。今の士郎のココロの大半を占めるのは、李軍に対する嫉妬心だ。
そんな士郎に、李軍は容赦なく追い打ちをかける。
「――やはり、同じ能力を持つ者同士の相性は、抜群のようです。あぁ……なんてことだ――神はここにきて、ようやく私の願いを聞き入れてくださった! 同じ不老不死の能力を持つ者同士、伴侶になることができるなんて――」
伴侶……だと――!?
「おいッ!! 貴様いい加減にしろよ!? 何をふざけたことを言って――」
「そうよッ! 伴侶って何よ!! バッカじゃない!?」
「ふざけてませんし、馬鹿でもありませんよ」
オメガたちが血相変えて食って掛かるのを、李軍はいとも簡単にいなす。
「――先ほど神代未来は、私に言った……死なない生命は、種としての新陳代謝をしない……死なないから産む必要もなくなるし、産まないから、やがて生殖機能すら失う――とね」
言うな……
「ですが、死なない者同士が結ばれたら……!? ええそうです! 次の世代の誕生です!」
言うなと言ってるだろう――
「私は彼女と、新しい人類のアダムとイヴになる……あははははッ! どうぞ皆さん! 皆さんは、今の
「うおぁァァァァッ!!!!」
士郎は、凄まじい勢いで長刀をかざすと、一気に跳躍し、李軍に躍りかかった。
「おっと……」
刹那――
ザクッ――!! と李軍の肩口に長刀が食い込む。だが――
その直後、手前にうずくまって気を失っている様子の未来の肩口から、鮮血が迸った――!!
ビシュッ――……
「なにッ――!?」
「あぁー……言わんこっちゃない――って、言ってませんでしたっけ!?」
李軍は、人を小馬鹿にしたような態度で、おどけたように士郎を見つめ返した。
「み……未来ッ!?」
士郎は、慌てて未来に駆け寄る。やはりその肩口には、先ほど士郎が李軍に対して切り付けた刀傷が、クッキリとついていた。鮮血は、そこから溢れ出ているのだ。
「未来ッ! しっかりしろ!! どうしたんだ……なんで未来に――」
「あははぁ……いや、やっぱり私さっき言いましたよね!? 神代未来が私の中に入ってきたって……」
李軍は、わざと困ったような顔をしてみせる。
「――そしたら、何だって言うんだ!?」
「あれれぇ!? アナタ神代未来と同期した経験がおありなのに、分からないのですかぁ!? あぁ――そうか! 今の私と彼女のように、強く結びついたことがないから分かりませんでしたか……これは失礼」
「だから――だから何なんだッ!?」
「今や私と彼女は一心同体……私を傷つければ、彼女が傷つくことになる。逆に、彼女が傷つけば、私も傷つきますけどね。あ……そうそう、その場合、彼女はちょっとばかり不利になるでしょうねぇ。なにせ私には『人体再生』の異能がありますが、彼女はそれを持っていませんから――」
まさか――ウソ……だろ……
「そういえば昔……私の元にも双子の辟邪がいましてねぇ……彼女たちも、一方が傷ついたら、もう一方も傷を負ったものです。そうそう――あの子たちも、精神感応力は飛びぬけていましたねぇ……」
それは――クリーとアイの双子姉妹のことか。まさか……今の未来と李軍の間にも、それと同レベルの絆が結ばれているとでもいうのか!?
『――どうした!? 何かあったのかッ!? おいッ! 応答しろッ!! おいッ……』
誰かの無線機から、けたたましい音声が漏れ聞こえていた。これは……四ノ宮……中佐……
すると、その声で我に返ったのか、叶が無線機に噛り付いた。
「東子ちゃんッ!?」
『――元尚か? 今何が起きてる? 李軍は無事に逮捕できたのかッ!?』
彼女がこんなに慌てているということは、この辺り一帯にまた何か異常数値が観測されたのだろうか……もしかして……いや……
叶は、この遣り取りを李軍に訊かれることを恐れ、言葉を濁した。
「――いや……東子ちゃん、実はちょっとマズいことになった……」
『……端的に話せ』
四ノ宮は、叶の雰囲気を察したのか、俄かに抑制的な声になった。
***
「――もうすぐ目標座標です。警戒してください」
「イエス、マム――」
薄暗い地下街を、きびきびと走り抜ける一団があった。
その一切無駄のない動きと的確なフォーメーションは、彼らがプロフェッショナルであることを物語っている。ただし……
その彼らに付き従ってきた三つの黒い影は、少しだけぎこちない動きを見せた。どうやらこの三人だけは、素人のようだ。その陰に、この集団の指揮官と思しき人物が声を掛ける。
「――本当に、無理していませんか?」
「大丈夫……覚悟は決めて来た」「私も……お姉ちゃんと一緒なら平気……」
「本当なら、こんなところに子供を連れてきたくなかったんだが……」
別の影が話に割り込んできた。だが、彼の口ぶりはあくまで控え目だ。自分の立場をよくわきまえた、分別のある態度だった。
「子供かどうかなんて、関係ないわ……愛することに、歳は関係ないもの」
三つの影の、最後の一人が口を開く。
「しッ――この壁の向こうに、李軍がいます。私の部下が配置につくまで、気取られないようにしてください」
「了解しました、森崎大尉」
その瞬間、部隊の指揮官、戦闘ドロイドの森崎の眼球が小刻みに震え出した。時折眼球の奥の方から、チカッチカッとアクセスランプのようなものが点滅しているのが透けて見える。すると、数十体のドロイド兵が、音もなく暗闇の中へ配置についていった。
その森崎の動作が一段落したのを見計らって、先ほど「子供は連れてきたくなかった」と呟いた影が、囁くように声を上げる。
「――大尉、ひとつ意見具申してよろしいでしょうか」
「……許可します、マット・エヴァンス軍曹」
「はい、あの……今回の我々SWCCチームの任務は、叶少佐をここから離脱させることなのですが、もし少佐が最後まで残ると言ったら、その意見を優先してもよろしいでしょうか?」
すると森崎は、少しだけ思案して、それからすぐに答える。彼女の頭脳を構成する量子多層人工知能が、一瞬にして数千通りの可能性を検証したのだろう。
「――我々ドロイドチームの作戦行動に支障が出ない限り、問題ありません。ただし、少佐がそれを望んだ場合のみの話です。もしもただちに離脱すると少佐が判断された場合、あなた方がここに残ることは許可できません」
「了解しました。それで十分です」
エヴァンスが振り返ると、彼のチームの面々は満足そうに頷いた。
「では、そろそろ作戦を開始します。皆さん、準備を――」
なぜここに、森崎率いるドロイド部隊と、エヴァンス率いるSWCCチームが合同で突入してきたかについては、少々説明が必要だ。何せ、彼らに同行しているのは、クリーとアイの双子姉妹と、それから
後者の三人については、完全に非戦闘員である上に、双子姉妹に至ってはまだ年端もいかぬ少女たちだ。だが、だからこそドロイドたちが、ここまで護衛して連れてきたというわけだ。
話は数十分前に遡る。士郎率いるオメガチームが、ついに敵将李軍を投降させたという情報が戦場を駆け巡った頃、突如として東京駅跡地のクレーターに降り立ったのは、クリーとアイの双子姉妹だった。
この二人が、自力で戦場にやって来られたのは当然だ。何せクリーは、重力干渉の異能を持っている。つまり、その力さえあれば、大抵の場所にはあっという間に飛んでいくことができるのだ。
そして、彼女たちがここにやってきた理由も極めてシンプルだった。姉妹が慕っていた特戦群兵士、香坂正義の身の危険を察知したからだ。それが彼女たちと香坂の間に繋がったパス――つまり精神感応によるものかどうかは定かではないが、とにかく二人は、自分たちの命の恩人であり、大切な存在である彼の危機をなんとかしたくて、必死で彼の傍まで駆け付けてきたわけだ。
そんな二人を上空から見つけたのは、戦術指揮官の新見だ。そしてその情報が、ただちに四ノ宮に送られた時、彼女と話していたのが叶だったというわけだ。
つまり、このパズルのピースが急遽組み立てられたのは、四ノ宮の頭の中だ――
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