第520話 退避命令
機甲第三小隊、小隊長である
全身を
“――ワレ中国軍中枢位置ヲ掌握セリ……大和艦砲ニヨル殲滅ヲ要請ス――”
なんだこれは――!?
美玲はその電文の内容が衝撃的過ぎて、ショックを隠し切れないでいた。
「……美玲、どうした?」
機関員の
「……いま……変な無線が……中尉が……」
言いながら、見る間に美玲の瞳に涙が溜まっていく。全身滅多刺しにされても弱音ひとつ吐かなかった美玲が、中尉のことになるとこの始末だ。
「その無線の内容……間違いないのか!?」
「……まぁた勝手に秘匿通信解読したのかよ?」
「だって……」
その通信は、士郎たち突入隊から東京湾近縁に浮かぶ旗艦赤城の作戦室に向けて送られた秘匿通信だ。それを品妍の魔改造無線機で傍受してしまったというわけだ。
なぜそんなモノがあるかと言えば、戦車というのは情報が命だからだ。いち早く戦況を把握し、先手先手で戦場を駆けまわらなければならない――というのが品妍の見解だが……客観的に見ればこれは軍機違反行為である。
軍隊には常に“Need to Know”の原則――すなわち“知るべき者だけがそれを知るべし”という鉄のルールがある。
もちろんこれは情報統制の大原則で、知る必要のない余計な部外者が不要な情報を知ってしまうことによって、敵に対して重要情報が洩れる危険性が格段に増大するリスクを可能な限り潰そうという考えに基づくものだ。
だから時として現場の指揮官ですら、作戦の全貌を知らないことは数多い。与えられた役割だけをこなすことが求められ、それが作戦全体においてどの部分を担っているかを知らされないまま戦うというのはよくあることなのだ。
だが、美玲たちはどうにもこの“盲目感”が苦手だった。それは、自分たちが戦う意味を常に知りたかったせいかもしれない。
それで、機械いじりが大好きでいつもヘンテコグッズを発明する品妍が、面白半分で秘匿通信解読無線機を密かに発明し、チューチュー号限定で勝手に装備していたのだ。
「――中尉は……敵と刺し違えるつもりだ……間違いない……」
目に涙をいっぱい溜めた美玲が、悲痛な表情で二人を見下ろした。
「美玲……」
品妍も詠晴も、本当は今すぐにでも美玲のところに這い寄ってギュッと抱き締めてやりたかったのだが、シートに杭打ちされた今の状態ではそれすらも叶わない。
だから、できることと言えばこれしかなかった。
「――よし……美玲……中尉のとこ、行くか……?」
「あぁ、どういう状況かまったく分からないが……取り敢えず手の空いた者は突入隊の支援に向かえという命令も出ている……転進しても問題ないはずだ……」
「……二人とも……」
美玲には分かっていた。それが、何を意味するのかということを――
自分たちは今や殆ど瀕死の状態だ。本当なら、今すぐにでも手当てをしてもらわなければならないのだ。防爆スーツのお陰で辛うじて今は生命維持されているが、今がギリギリの状態であることは三人とも分かっていた。
だから、もしここで転進したら、恐らく自分たちの命は助からない。
「……いや……駄目だ。そんなことしたら――」
「美玲? オマエ、中尉のこと、好きなんだろ……だったら助けに行かなきゃ……」
「あぁ、レールガンなら、あと2発だけ……撃てるからな……」
品妍と詠晴が諭すように語り掛ける。まったく、普段は思いっきり口が悪い癖に、なんでこんな時だけこんなに優しいんだ……!?
その時、外の狼旅団から平文の無線が入ってくる。
『――
ハッとしたように、美玲は慌てて応答する。
「……こちら陳少尉……」
『よかった! 無事ですね? 今、突入隊と司令部との遣り取りを傍受しました! どうもヤバい状況です』
「……艦砲……射撃の……話ですか?」
『――え? ご存知でしたか!? そうです――今オープン回線でエヴァンス隊と司令部が会話しているのを聞いてしまいまして――』
オープン回線!?
秘匿回線ではなく……? こっちは無線機を暗号解読モードにしたままだったから、平文を傍受できなかったのか――
「……な、なんて……」
『東京駅直下、地下60メートル地点の敵中枢に向けて、大和の艦砲射撃を要請すると――』
「そこがッ! そこが中尉たちのいるところなのかッ!?」
美玲は気色ばんだ。中尉ッ……早まらないでッ――
『――そのようです。今から我々もそこに向かおうと思います。張将軍が、何としても
「我々も行くッ!」
『良かった……! では我々と一緒に……お待ちください!』
その無線は、話の途中で急に言い淀んだ。――!? 何だ……?
『……今、上空の飛行隊から発光信号が入りました! 読み取りますので少々お待ちを――』
上空の飛行隊というのは、先ほど敵の野砲を吹き飛ばしてくれた、あのガンシップ仕様のレシプロ機隊のことか。おかげでこちらは敵砲兵陣地を無事無力化できたところだ。上空からなら、東京湾の動きは手に取るように目視できるのだろう。既に陽は暮れているが、もしかしたら観測機が東京湾外縁部にも飛んでいるのかもしれない。
『……陳少尉ッ! 沖合の大和が艦砲射撃の準備を整えたようです。主砲が動いているそうです!』
「えッ!?」
司令部は、石動中尉の要請に応じて、早々に射撃するつもりなのか――!?
なんでッ――!? 四ノ宮中佐には、躊躇いがないのッ!?
『……続いて発光信号! ――えっと……あぁ、状況が分かりました! 大和の観測機が、こちらに向かってくるようです。月光隊が直掩していると――』
戦車兵の美玲にはいまいちピンと来ていなかったが、要するにこういうことだ。
通常、戦艦による砲撃というのは、艦上からの測距によって砲撃対象の距離、方位等を定め、射撃する。だがそれは、距離にして7、8キロ……せいぜい10キロ以内の敵に対してだ。
通常、人間が砂浜に立つと、見通せる水平線はせいぜい4キロ先までだという。太平洋戦争当時の戦艦の鐘楼が高いのは、少しでも水平線の先を見通すためなのだが、それでもこの距離が限界なのだ。
地球は丸いから、それ以上の距離にある敵は、艦上からは直接狙えない。
もちろん今回は、敵座標数値が既にエヴァンス隊から送られているので、それを頼りに射撃すればいいと思われるかもしれないが、砲撃というのはそう簡単なものではない。
海に浮かぶ大和は少しずつ潮に流されてその位置を常に変えているし――戦闘行動中の大和は
現在東京湾のすぐ外側に遊
大和に搭載されている観測機は、三菱F1M2零式水上観測機――通称『
「……あぁ……あれか……」
美玲がボソッと呟く。多脚戦車のレーダーに、沖合から近づく飛行物体の小さな
着々と、艦砲射撃の準備が整いつつあった。それはつまり、石動中尉に残された時間が、刻々と少なくなっているということと同義だ。
「――美玲! 今のうちに少しでも近づこう!」
品妍の声にハッと我に返った美玲は、複雑な目で二人を見下ろした。二人の表情には、一点の曇りもない。
さぁ、行こう……それがオマエの望みなんだろ……? 最期の最期まで、付き合ってやるぜ……
美玲の中に、二人の心の声がこだました。
美玲がコクリと頷くと、品妍がグイと戦車の姿勢を変える。狼旅団から再度無線が入ってきたのはその時だ。
『――狼旅団からチューチュー号』
「……なんだ!? ウチらは先に行くぜ!」
『お待ちください! たった今、大和観測機より発光信号――陸戦隊ハ直チニ退避セヨ……とのことです!』
そんな――今さら……
『――繰り返します! 陸戦隊ハ直チニ退避セヨ――大和の艦砲射撃が、すぐにでも始まるようです!』
その時、異変に気付いたのは砲手の詠晴だ。
「――美玲ッ! なんか知らんけど、重力場の異常な変動を検知ッ! 正体不明の高エネルギー反応もッ!」
詠晴は砲手だから、彼女のスコープにはさまざまな諸元が常時表示されている。特にレールガンは地球の磁場に大きく影響されるから、地磁気や重力場の諸元はデフォルト表示されているのだ。彼女がいち早く気付いたのはそれが理由だ。
「――まッ……マズい!」
詠晴が叫び声を上げたのと、遠雷のような大音響が空一杯に鳴り響いたのはほぼ同時だった。
ドドドンッ――!!
ドドドンッ――!!!
ドドドンッ――!!!!
それは腸を締め付けるような、途轍もなく重く、低い音だった。
『――大和、艦砲の発砲炎を確認ッ!!』
狼旅団の通信兵が、絶叫した――
***
石動士郎が、途轍もないエネルギーの奔流を噴き上げたのはその時だ。
凄まじい青の閃光が、士郎の両眼から迸る。それは、李軍に対する怒りの発露だったのか――
それとも、仲間を想い、自分の責務を果たすことに命を賭けた、彼の決意の表れだったのか――
いずれにしても、それは今まで見たこともないような、膨大なエネルギーの放出だった。周囲は、そのあまりにも凄まじい光に殆ど何も見えなくなる。
「――士郎くんッ!?」
「士郎さん!」「士郎ッ!!」「中尉――!」
オメガたちが口々に叫ぶ。だが、その声が彼に届いているかどうかすら、もはや分からなかった。
慌てたのは
「――いったい何のつもりですッ! これはいったい――!?」
だが、最初こそ怯んだ李軍が、殆ど間を置かずにこれを迎え討つ態勢に入ったのは、敵ながらあっぱれというしかないのだろう。
その機械は、李軍の意思に反応し、更なる重力場干渉領域を一気に爆発させた。
士郎の噴出する何かのエネルギー場と、李軍の重力干渉場が、空間で激突する。
ビィィィィィィン――――!!!!
それは虹色の波のように、次々にぶつかっては
その場にいた誰もが、そのことに気付いた。
「――少佐ッ! これって……!」
「……あぁッ……これは中尉の意思の力だよ! 彼は今、李軍といわば“意地の張り合い”をしているんだ――」
「意地の張り合い!?」
「あぁ! 意思の力で、あの男の邪悪な増幅能力を封じ込めようとしているんだ。量子は、人間の意思の力で操作できるんだ」
「それがあの、青い瞳なんですかッ!?」
士郎の眼は今や、オメガたちとまったく同じく、青白光に煌めいている。
「……あぁ! 恥ずかしながら、今ようやく気付いたよ! 君たちオメガの瞳が青く光るのは、量子に反応しているからなんだ。チェレンコフ光でもなんでもない……それは、意思の力だったんだ。ウズメさまが言ってた意味が、ようやく今分かったよ……ご神体が青く光るのと同じ理屈だ」
だから……!
だから私たちは、異能を発揮する際その瞳が青く光るのか――
それはつまり――ヒヒイロカネの長刀が、何かしらエネルギーを放出する際感応して虹色に滲むのと同じ原理で……ホンモノのご神体が神威を発動する際、常にそれが青く輝くのと同じことなのだ……
つまり――神さまの奇蹟とはすなわち、量子操作のことであり、それはすなわち遥か古代の異星人が残したテクノロジーそのものなのだ。
それが今、石動士郎の中で覚醒している――!
叶は、誰言うとなく口を開いた。
「あぁ……なんてことだ……神は石動中尉に、この星の守護者たる使命をお与えになったのだ……」
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