第512話 ラストアタック

 それはいわば、オメガチーム最後の突撃だった。


 そう――最後であり、最期なのだ。

 一年前、中国大陸での小競り合いに端を発し、次第にエスカレートしていった戦争。比較的早い段階でチームの一人、神代未来みくが敵勢力『華龍ファロン』に拉致され、士郎たちオメガチームはその奪還作戦を断固として遂行した。

 その解決も束の間、突如として引き起こされた日本本土侵略とそれに続く必死の防衛戦闘。

 その際太古の昔に刻まれた謎の聖刻文字ヒエログリフの発動によって異世界と繋がり、目には見えないが確かにそこにある並行世界パラレルワールドの存在を知ると同時に、その異なる世界線においてもやはり激しく激突した両軍。

 そこで士郎たちは敵に大ダメージを与えることによって、元の世界の日本に侵略してきた中国軍の弱体化に成功、ようやく現実世界に帰還を果たした。

 そして今、侵略軍は最後の悪あがきをしている。悪あがきだが、日本は喉元に匕首あいくちを突き付けられている。それは言ってみれば、テロリストの自爆攻撃のようなものだった。


 ここで奴らにいいようにされてしまっては、テロリストたちの息の根を止めることが出来ないばかりか、日本は致命傷を負ってしまう。確かに、敵を追い詰めていることは確かだから、ここまで来て日本が敗北するとは考えにくいが、同時に勝利することもできないのだ。


 国家の中枢に大打撃を受けた日本は、恐らくもう自力で立ち直ることはできないだろう。なぜなら、制御不能の敵の生命体がこの美しい国土に無秩序に放たれてしまったら、もはや人々の平穏な暮らしは二度と取り戻せないからだ。

 いや、それどころか――今この瞬間にもそれら異形の化け物たちが地上に飛び出してきたら、国防軍だけで制御しきれないかもしれない。そうなったらお終いだ。戦線は崩壊し、事実上日本の治安は崩壊する。

 要するに、それは早いか遅いかだけの違いなのだ。だからなんとしてもこの脅威を排除殲滅し、完全に無力化しなければならない。


 そして――

 今この瞬間、その恐るべき脅威と真正面から対峙しているのは、唯一オメガたちだけなのだった。


 これが最後の突撃。今ここで、その異形の怪物どもを統御している李軍リージュンを斃すことでしか、奴らは止められない。恐らくあの最奥の小部屋の中に、何らかの制御システムが構築されているのだろう。奴を斃し、そのシステムを破壊する――


 そして、万が一それを成しえないのであれば、この場所そのものを大和の艦砲射撃によって完全破壊し、永遠に地中深く封印する――

 そう……この突撃はまさに、この戦争の雌雄を決する、最後の大勝負なのだ。


「――中尉ッ! 恐らくあの小屋の中に、何らかのキルスイッチがあるはずだッ!」


 叶が叫ぶ。


「キルスイッチ!? 何ですそれはッ?」

「化け物どもの行動を無条件で停止させる、何らかの安全装置だよ! 奴らはそれほど知性を持っているとは思えないッ……だとすれば、飼い主が手を噛まれないよう、緊急時に奴らを強制停止させる何らかの仕組みを作っているはずだッ!」


 確かに――!

 そういえば、バイクだって空中機動舟艇だって、一瞬にしてエンジンを停止させるキルスイッチがあったはずだ。制御し切れなくなった時に、暴走しないための安全装置。

 そういうものを造るのは人間心理だ。だとすればあの化け物どもにも――


『――無駄ですよッ! あなたたちは、絶対にここまで辿り着けないッ』


 李軍の声が、再び地下空間に反響した。

 奴はまだ、その姿さえ自分たちの前に見せていない。なんという傲慢――!

 自分はそうやって殻に閉じこもり、まるで召使のように怪物どもを周囲に侍らせて……万魔殿パンデモニウムあるじにでもなったつもりか――


 だが、確かにあそこまで辿り着くのは至難の業だった。距離にして、ほんの数十メートル先だというのに――!


 その手前には、多くの異形の化け物どもが蠢いていた。

 身体全体をスライム状の皮膚で覆った“スライム兵”。コイツは、どんな物理攻撃も撥ね返す。

 続いて、ワニのような頭部をしていて、まるで鎧のような体格の兵士。こいつは斬っても斬ってもすぐに傷口が塞がる反則技を持っている。見た目的にはまるで、ファンタジーの世界に出てくる“リザードマン”だ。

 さらに見回すと、コウモリのような翼を持った兵士もいた。確か東南アジアの方に、人間の大きさと殆ど変わらないオオコウモリがいたはずだが、コイツはそれにそっくりだ。


 他にも、そこにはまさに有象無象がひしめき合っていた。どれもが人間のようでいて、よく見ると人間ではない。

 李軍が、進化の止まった人間たちに無理やり他の動物の遺伝子を結合させ、新たなキメラを造ったのだ。そうしなければ、人間は滅びてしまう――次なる大絶滅を生き残れないとうそぶいて……


「――士郎くんッ! 私たち、先に突っ込むわッ!」


 未来みくが叫ぶと同時にバンッ――と跳躍した。

 そう……そのオメガとしての規格外の運動能力を全開にして――


 未来の跳躍をきっかけに、残る5人のオメガが一斉に飛びかかった。そうだ――彼女たちの跳躍力なら、僅か数十メートル先の小屋に辿り着くのはさして難しくない。たとえその手前に、無数の怪物どもが蠢いていたとしても。

 特に月見里やまなしかざりの跳躍力は破格だ。<翼を持つ者フリューゲル>の異名通り、彼女はまるで飛翔体のように立体機動を難なくこなす。

 その彼女が、あたかも弾丸のように空中を突破していった。小屋に取り付いた瞬間、今度はその途轍もない硬度を持つ拳で、建物の壁を粉々に粉砕してくれるだろう。だが――


 次の瞬間、文は何かに叩き落された。


 刹那――

 ダァァァァンと激しく地面に叩きつけられた音がして、文が視界から消えた。そこに多数の化け物どもが一斉に群がる。


「――かざりッ!?」

「きゃあァァァッ!?」


 文の悲鳴がこだました。


「クソッ! 今のはカメレオンみたいな奴だッ!」


 叶が叫ぶ。士郎も一瞬だけ残像のように見えたが、今何かカメレオンの舌みたいなものがニュウッと文に伸びていって、そのままビタッと蠅取り紙のように貼り付いて彼女を叩き落してしまったのだ。

 まさか、捕食されたのか――!?


「かざりちゃんッ!!」


 小屋の壁に一瞬だけ取り付いたゆずりはが、慌ててダンッと壁を蹴って文の落ちた場所に跳ね戻っていった。直後――


 ボワッと周囲が膨れ上がったかと思うと、ビュッ――と何かの血液のような、体液のような液体が周囲に飛び散る。楪が、化け物たち相手に人体破裂を仕掛けたのだ。

 そのお蔭か、一瞬だけ化け物たちの動きが鈍る。


 同様に踵を返していた未来がドガッ――とそこに飛び込んでいったかと思うと、ガバッと何かを抱えて飛び出した。文だった。

 再度、元いた場所まで戻ってくる。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

「だ、大丈夫か未来ッ! かざりッ!」

「――そんなことよりゆずちゃんをッ!」


 ハッとして見ると、先ほど捨て身で飛び込んでいった楪が、今度は文に代わって化け物どもに抑えつけられようとしていた。


「――いやぁッ!?」

「ゆずッ!!」


 次の瞬間――

 スパァン――ッ!!!!


 突然、手や脚が空中に跳ね上げられた。首も――

 化け物どもが、まさに切り刻まれて吹き飛ばされていく。


「キノッ!?」


 亜紀乃が、その神速の速さで化け物たちの塊に飛び込み、彼らを片っ端から両断していたのだ。その隙に、楪がなんとか身体を起こし、ほうほうのていでそこから跳躍する。続けて亜紀乃もバンッ――と飛び出してきた。

 だが、切り刻まれたはずの化け物どもは、そのあとシュワシュワとまた元に戻ろうとしているではないか――


「危ないッ!!」


 ズシャアッ!!!


 声と斬撃音が同時に聞こえたかと思うと、コウモリ人間みたいな翼を持った化け物が、まさに真っ二つになってその場にボトボトッと落ちた。

 見ると、久遠がその長刀で急降下してきたソイツを両断してくれたところだった。

 彼女の全身に、コウモリ男の返り血がべちょりと降りかかる。


「――た……助かった久遠……」

「あぁ――気にするな!」


 だが、悪夢は一向に終わる気配を見せない。今度は、先ほど切り刻まれた化け物たちのパーツが、とうとう寄り集まって再度人体形勢をし始めていたのだ。

 クソッ! これじゃあ終わらねぇ――


 その時だった。くるみがヴィィン――とその異能を発動させた。刹那――


 その人体形勢がおかしな挙動を見せ始める。


 それまで、元の身体に戻ろうとしていたその切り刻まれたパーツが、適当にすぐ隣のパーツと結合を始めたのだ。


「え――」


 士郎は思わず声を上げる。つまり――元に戻ろうとしていたリザードマンの五体が、適当につぎはぎで別の種類の化け物のパーツとくっつき始めたのだ。


「……これは……再生が滅茶苦茶に……」

「――おそらくくるみちゃんの異能が、再生成の遺伝子情報に何らかの阻害を与えているんだ。そのせいで、設計図通りに再生していないんだよ……」


 それは――果たして自分たちにとって有利なのか不利なのかさえ分からなかった。ただ、少なくとも今まで何の効果も上げていなかった対化け物戦において、何らかの異なる影響を初めて与えたことだけは確かだった。


 それでも、この戦いが途轍もない無限ループであることに変わりはない。結局オメガたちは、いわば化け物どもに阻まれるかたちで、再度元の位置に戻ってきてしまった。

 このたった数十メートルが飛び越えられないとは――


「――もう一度だ! もう一度、あの小屋にアタックをかけるぞッ!!」


 士郎が気力を奮い立たせた。その声に、少しだけ俯き気味だったオメガたちが、もう一度その顔を上げる。


「よしッ! もう一度だッ!」

「えぇ! 諦めちゃ駄目だね!」「行こうッ!」


 そうだ――ここで諦めたら、そこで負けなのだ。この命が続く限り、絶対に屈しない――


 士郎はキッ――と前方を見据えた。その視線の先には、李軍が立て籠もっていると思われる、中枢部。

 パンデモニウムの、魔王の玉座だ――


「行くぞッ!!」


 士郎が叫ぶと同時に、今度は先頭切って突っ込んでいった。第一撃は、オメガたちのあまりの速さに思わず出遅れたが、次はチームリーダーとして先陣を切る。その身体の60パーセント以上を機械化した士郎だって、オメガたちに負けずとも劣らない身体能力を持っているのだ。


 ダンッ――と地面を蹴って、空中に飛び出す。だが次の瞬間――


 グィンと何か強烈な力に引っ張られ、そのまま地面に叩きつけられてしまった。直後、何やら生臭い、重苦しいものが全身に覆いかぶさってくる。


「――士郎くんッ!!」


 未来の叫び声が微かに響いた。だが同時に、何かに包まれてあっという間に何も聞こえなくなる。士郎は必死で目を開けた。本能的に、口も大きく開ける。だが――


 息ができなかった。


 あぁ……そうか――

 あのスライムみたいな奴に捕まったんだ……身体を動かそうとするが、全身が鉛のように重い。ギョロリと周囲を眺めようとすると、目の前の視界は濁った半透明だった。その向こうに、恐らく未来と思われる姿がうっすら見える。上下左右の平衡感覚が、一瞬にして喪失した。


 息が……苦しい……


 士郎は無我夢中で喉に手をやり、必死で掻きむしろうとするが、それすらもまったく叶わなかった。心臓の鼓動が、割れ鐘のように頭中にガンガン響いた。急に視界が真っ暗になり、胸が焼け付くように熱くなる。窒息する――!


 あぁ……俺はさっきのSWCC兵みたいに、ここで窒息死するんだ……

 身体中が、激しく痙攣し始めた。もはや自分の意思ではどうにもならない。一瞬だけ、濁った視界の先に、未来が必死に何かをしている様子が映った。

 泣いているのか――


 すまん……しくじった……


 ……


 ビシャアッ――!!!!!!


「――ッがはぁッ――!!!!」


 刹那――

 新鮮な空気が一気に肺に雪崩れ込んだ。殆ど喪失しかけていた意識が急速に戻ってくる。


「――ゲホぉッ!! ゲホッ!! ゲホッ!!!」

「士郎くんッ!!」「士郎さんッ!?」

「士郎きゅんッ!!!」「士郎ッ!!?」「中尉ッ!!!」


 ハァッ!! ハァッ!! ハァッ……!!!


 士郎は、掻きむしるように肺に目一杯空気を吸い込んだ。何度も何度も吸い込んで、気が狂ったように深呼吸する。


 直後、何かが覆いかぶさってきた。先ほど覆いかぶさってきた気色悪い感覚とは、まったく別物だ。それは暖かくて、そしてとても心地いい感覚――


 未来が、必死に抱きついていた。その美しい碧い瞳に、大粒の涙を湛えている。


「――良かった! 士郎くんッ!!!」


 気がつくと、そこは化け物たちが蠢いていたエリアのど真ん中だった。ただし――

 自分たちの周囲数メートルの半径には、何もない。化け物たちが、後ずさっていたのだ。これはいったい……


「――ふぅッ! 良かった……間に合った……」


 え――この声は、田渕曹長……!?

 士郎は、酷く痛む頭痛を庇いながら、なんとか頭上を見回した。すると――


 そこには先ほどの声の主、田渕曹長と……そして――


「……ミー……シャ?」

「そうだよ士郎くんッ! ミーシャくんが、助けてくれたの!」


 ゲホッゲホッと咳き込みながら、士郎はようやく半身を起こす。するとそこには、半分異形化したミーシャがそのカニのような脚を広げて仁王立ちしていた。口元から、何かの泡のようなものをダラダラと垂らしている。


 その周囲には、途中で置いてきていたはずの田渕の分隊員たちが、銃を構えて何人も立っていた。

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