第511話 スーサイドハレーション

『中佐ッ! エヴァンス隊から入電ッ!!』

「なんだとッ!?」


 東京湾沖合に遊弋する空母『赤城』艦内中枢に設けられた旗艦用指揮作戦室FIC

 オペレーターの一報に、室内が大きくざわめく。


「何と言ってきているッ!?」


 幕僚の一人が、堪らず声を上げた。

 マット・エヴァンス率いる米国人義勇兵の一隊、米海軍特殊戦舟艇部隊SBTの面々は、先刻の“サクラ”打電以降、中国軍司令部に突入するといって消息を絶った第一戦闘団に帯同していたはずなのだ。

 敵中枢への侵攻はどうなっているのか――それは、誰もが一刻も早く訊きたい情報なのだ。


『はッ――それが……』


 オペレーターが言い淀む。

 と、いうことは……あまり芳しくない報告なのだな……誰もが少しだけ腹に力を込めた。


『……大和による、艦砲射撃を要請してきています』

「は――!?」


 それを聞いた誰もが、一瞬凍り付いた。四ノ宮が訊き返す。


「……どういうことだ!?」

『こ、言葉通りです。ワレ中国軍中枢位置ヲ掌握セリ……大和艦砲ニヨル殲滅ヲ要請ス……』


 それは、つまり……


「――確か、最後の連絡があったのは東京駅の正面口ではなかったか!? ということは、敵司令部は東京駅地下ということであろう? 東京駅もろとも破壊しろということか?」

「――それは構わんとしても、肝心の石動いするぎチームはどうなっているのだ!? オメガたちはッ!? 第一戦闘団の他の分隊はッ!?」

「――そういえば、叶少佐も一緒だったはずですッ!」


 幕僚たちが口々にまくしたてた。


『――あっ! 続けて照準座標が送られてきました! これは……そうです! 東京駅直下! 地下およそ60メートルッ!!』


 要は、石動たちは無事、敵司令部中枢に辿り着いたということなのだろう。だが、これを艦砲射撃で跡形もなく破壊しろとはどういうことだ――!?

 まさか……石動たちは、オメガたちは……自分たちもろとも攻撃しろと言っているのか――

 四ノ宮は、血相を変えた。冗談じゃない――!


「おいッ! エヴァンス隊とダイレクト通信を開けッ!」

『で……ですが、そんなことをしたら敵に通信が筒抜けになりますッ』

「構わんッ! 詳しい状況を聞かねばならんッ!」


 通常、戦闘中の部隊間連絡には高度に暗号化された秘匿回線が用いられる。

 だが、そのアルゴリズムは複雑で、そのためにあらかじめ定型文を作成しておき、それぞれに割り当てられたコードを組み合わせることで必要最低限の文章を組み立てるのだ。

 もちろんそのコードはワンタイムパスワードで10秒ごとにランダムに切り替えられる。さらに言えば、そのランダムパスワードは、あらかじめアクセス権限のある者しかリアルタイムで照合できない。


 要するに、現状で相手方と複雑な遣り取りをするのは不可能なのだ。今回の要請文を見る限り、事態は切迫している。詳しい状況や背景のニュアンスを正確に聞き出すには、直接会話するしかない。

 逡巡するオペレーターを、四ノ宮が憤怒の形相で睨みつけた。


『わ……分かりました。回線を開きます……その代わり、他の友軍部隊にも、全部傍受されますよ?』

「よいッ! 味方に聞かれて不都合なものは、何もないッ!」


 オペレーターは、四ノ宮の迫力に気おされながら、コンソールをちょいちょいと操作した。


『――繋がりました! どうぞ』

『……えっ? こ……こちらSWCCチーム……』


 突然秘匿通信が解除され、無理やり平無線に切り替わったことで、むしろ現場の方が困惑していた。四ノ宮は構わず話しかける。


『エヴァンスッ! どうなってるッ!?』

『あ――! はいッ!! 現在石動中尉は、敵中枢でその……化け物と交戦中ですッ! それで、一刻も早くここを艦砲射撃で殲滅せよ、との命令を預かって、自分たちだけ先に脱出してきましたッ』


 そうか――そういうことか。石動の考えそうなことだ……

 しかし、化け物と交戦中だというのに、一刻も早く撃ってくれとは――?

 まさか……!?


『――それで……石動は……オメガたちは……その化け物は――』


 いつも竹を割ったように明快なしゃべり方をする四ノ宮が、しどろもどろになっていた。だが、エヴァンスは彼女の言いたいことを察したのだろう。


『――中佐、地下にいる化け物たちは、規格外の悪魔ですッ! オメガたちでも食い止めるのが精いっぱいで……あれを地上に解き放ったら……日本が滅亡します! だから中尉は、ここを大和の艦砲射撃で跡形もなく破壊して封印しろと――』


 それを聞いた他の幕僚、参謀たちが、一斉にどよめいた。それではまるで人身御供ではないか!? 自らを犠牲にして大義に殉じるなど――

 だが、それを聞いた帝国海軍の参謀たちは、なぜだか頬を紅潮させていた。


「――おぉ……石動中尉……何という献身、何という忠誠か……」

「まさに軍人の鑑だ……」

「中尉の激烈な愛国心に、我々帝国海軍も全力で応えようではないかッ! ただちに大和に連絡しろッ!!」

「お……お待ちくださいッ――」


 四ノ宮が慌てて制する。


「なんだ? どうしたのだ中佐!? 貴様もよい部下を持って、果報者ではないか――」

「違うのです! しばしッ! しばしお待ちをッ!!」


 そんなこと、容認できるわけないではないか!

 そんな人柱のようなこと――


 すると、黙って推移を見守っていた坂本幕僚長が口を開いた。


「……小沢さん、そういえば、月光隊はどうなっておりますかな?」


 その言葉に、四ノ宮はハッとなった。そういえばそうだった――

 あぁ……坂本さん、ありがとう! 助け舟を出してくれて……


「みな、しばしお待ちを! 現在地上では、敵増援部隊との戦闘が続いております。これを撃滅できれば、石動隊の支援に回ることも可能かと――」

「そんなこといって、そっちはいつ決着がつくのだ!? グズグズしていると、せっかく石動中尉が必死で押しとどめているその化け物を、むざむざ地上に逃すことになりかねんッ!」

「――そうだ! 中尉は、今や遅しと艦砲射撃を待っておるに違いない。その身を削って、必死に持ち堪えてくれているのだ! どこまで彼一人に重荷を背負わせるつもりなのだ!?」

「武士の情けだぞ中佐ッ! 早く楽にしてやれ」


 ――ッ!

 四ノ宮は、唇を噛み締める。


 そう言われたら、全くその通りなのだ――

 石動は、敵と刺し違える覚悟で艦砲射撃の要請をしてきたのだろう。でなければ、米国人義勇兵たちをわざわざ先に脱出させたりはしない。

 おそらく僅かな間だけ、必死で堪えているのだ。もしかしたらその1分1秒が、地獄のように困難な遅滞戦闘なのかもしれない。ならばいっそのこと、ひとおもいに――

 いや! だが……っ


「――10分間……」

「え……?」


 唐突に口を開いたのは、連合艦隊司令長官の小沢だ。


「――大和が艦砲射撃できるようになるまで、準備に約10分間かかります。それまでに――」

「いえ! 長官!! 我が水兵たちは、5分もあれば――」

「いいや! どんなに頑張っても10分はかかる。そうだろ?」


 小沢の発言に、5分でやってみせると割り込んだ帝国海軍参謀のひとりが、あ……と何かに気付いたような顔で周囲を見回した。


「――そ、そういえば……先般の東京湾突入作戦で、主砲の……そう、電気系統に一部不具合が起きておりました。装填はすべて、手動になります」


 別の帝国海軍参謀が明後日の方向を向きながら口走る。それを見た先ほどの参謀が、ふぅっと大きく息を吐いた。


「で……では、やむを得ません。なるべく早く発砲準備ができるよう、急がせます……」

「うむ――よろしく頼む」


 小沢はそういうと、四ノ宮に小さくウインクしてみせた。

 提督――


 四ノ宮は、海軍軍人らしいスマートな采配を見せてくれた坂本と小沢の二人に、心から感謝する。

 この言い方であれば、帝国海軍参謀たちの顔も潰さず、同時に何か別の手がないかを探る時間稼ぎもできるだろう……

 その間に、何とか――何とか石動たちを……オメガたちを脱出させる手だてを考えるんだ――

 お前たちだけに、そんな十字架を背負わせるわけにはいかないぞ……


 その時、オペレーターの声がまたもやFICに響き渡った。


『――航空隊より入電! ワレ陸戦隊ニ合流セリ――』


  ***


 ヂャン秀英シゥインは、その謎の航空戦力が上空に差し掛かった瞬間、死を覚悟した。

 既に薄暮時でその全貌は見て取れないが、それはどう見ても十数機の機影だった。双発のレシプロ機……だとすると、爆撃機隊か――!? 

 それが堂々編隊を組んで、真っ直ぐ自分たちの方に直進してくるのだ。低空侵入を図っているところを見ると、それはどう考えても爆撃照準コースだった。


「全員ッ! 伏せろぉッ!!」


 秀英は、力の限り叫んだ。上空からの爆音で、周囲は既に酷いノイズに包まれている。どこまで声が届いたかは分からないが、敵砲兵陣地をやっとの思いで占拠した秀英たち狼旅団にとって、もはや対空戦闘など不可能だった。この際、ひとりでもいいから生き延びて欲しい――


 ある通信兵がビックリしたようにこちらに走りこんできたのはその時だ。


 秀英は、こんな時に何やっているッ! と思わず怒鳴りそうになりながら、その兵士をかばおうと駆け出していた。

 次の瞬間、頭上を爆撃編隊が通り過ぎる。え――!?


 通り過ぎた――?

 数秒後、その先で大量の爆竹が暴発したかのような、派手な破壊音が響き渡った。


 バリバリバリバリッ!!

 ドガガガガガッ――!!!!

 ババババババババッ!!!!!


 え――それ敵陣地……自軍の位置を間違えて、同士討ちしやがったか!!


 もうこんなに暗いんだ。間違えるのも無理はない。秀英は、ざまぁ――と思いかけて……同時に驚いて思わず目を見張った。

 僅かな夕陽に少しだけ反射したその機体には、確かに日章旗の国籍マークが堂々とペイントされていたからだ。


「お――おぉッ!!!」

「やったァ!! さっすがだぜ航空隊ッ!!」


 秀英がそのことに気付く前に、一足早く兵たちが躍り上がっていた。航空隊!? そうか! あれは――


 双発のプロペラ機。巨大な主翼に、複座式のコクピット。その後席には、特徴的な斜め機銃――

 それは間違いなく中島飛行機製J1N夜間戦闘機――『月光11型』!

 帝国海軍機――つまり、友軍機だ。


 しかもあの機体は、先ほど単騎駆け付けてくれたものと少しだけ形状が異なる。後席から斜めに突き出した機銃が、なんと胴体下部からも突き出していたのだ。


「――うっひょお! スゲェ!! あのレシプロ機、下向きの斜め機銃がついてやがる!」

「あぁ! ありゃあ間違いなくガンシップ仕様だッ!!」


 兵たちが騒いでいた。

 先ほど敵陣で炸裂したあのド派手な爆竹騒ぎは、要するにあの『月光』から地上に向けて降り注いだ、猛烈な機銃掃射だったのだ。

 その戦術は、まさしくガンシップだ――


 すると、編隊は大きくバンクして再び秀英たちの陣取るエリアに戻ってくる。


 ガァアアアッ――

 ガガァ――ッ


 次々とフライバイする彼らは、これほどの薄暗がりの中で翼端灯ひとつ点けていない。そうか――夜間戦闘機の操縦士たちは、その並外れた夜間視力と圧倒的な操縦技術によって、殆ど何も見えない暗闇でも自在に飛び回れるのだ。

 これが、――!


 だが、もちろん敵増援部隊は一回程度の機銃掃射では沈黙させられない。またパラパラと銃弾がこちらに撃ち込まれ始めた。秀英は、ハッと気づいて周囲を見回す。近くに老兵の姿があった。


「――大佐! うちの旅団で、帝国海軍機と連絡が取れる者はおらんか!?」


 すると、他でもないヤン子墨ズーモー本人が、ニヤリと笑ってみせる。そういえば……この御仁は以前から、日本帝国軍についてやたら勉強していたな……


「ワシにお任せください。日本語モールスもお手の物ですぞ」

「そうか、では――」


 それからただちに、楊は上空の編隊に向けて、何やらカチカチと発光信号を送り始めた。何度か上空を旋回してそれを読み取っていたと思われるのは、恐らく編隊長機だろう。

 やがて『月光』から、カチカチカチと発光信号が返礼されてきた。


「――うまく伝わったと思います」


 楊が秀英に報告する。


「よしッ! それでは全員――この野砲陣地から、いったん離れよ!」

「え――?」「せっかく占領したのに――」

「ほらッ! 軍団長の指示だ! いいから急げッ!!」


 ほどなく――

 『月光』編隊が、次々に無傷のままの敵野砲に接近してくる。次の瞬間――


 ガガガガガガガッ――!!!

 

 途轍もない衝撃とともに、銃撃の嵐が野砲陣地に降り注いだ。と同時に――


 ドッ――バァァンッ!!!

 ダダァ――ンッ!!!! ガァァァ――ン!!!!


 派手な火花を四方八方に撒き散らしながら、野砲が次々に爆散していく。『月光』に積まれている機銃は、5.56とか7.62ミリ程度の豆鉄砲ではない。それは30ミリ機関砲。あの超空の要塞B-29すらハエのように叩き落とす、途轍もない破壊力を持った大口径砲なのだ。

 それが何度も上空を通過しては、しつこいくらいに野砲を潰していく。やがて、これらが再び敵に鹵獲され、再使用される心配はまったくなくなった。

 そこにあるのは、元大砲だった、何かのスクラップだ。


 見事に期待に応えた月光隊が、派手にバンクをかましながら次々と上空を通過していった。狼旅団の兵士たちは拳を高く突き上げ、それを見送る。


 その時、一人の通信兵が秀英に近づいてきた。先ほど何かを報告しようと、血相変えて走ってきた兵士だ。


「――軍団長! さっき、司令部と突入隊の一部が通信している内容を傍受しました!」

「え? 傍受した!?」

「はい――それによると、石動中尉は自分がいるところに向けて、大和による艦砲射撃を行うよう、要請しているようです」


 なんだとッ――!?

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