第501話 コクーン
ダンッ――――!!!!
亜紀乃は、そのドロドロの液体が天井から滝のように降り注いだ時、途轍もない速度で跳躍してその場を逃れた。<
次の瞬間、天井が崩れ落ちたと同時に敵兵の首がゴロンと床に転がった。頭上の気配に気づいた亜紀乃が、天井板ごと長刀で一閃したのだ。ダクトに潜んで溶解液を降らせていた敵兵は、薄い天井板ごと三つにブツ切りにされ、両断された胴体がドサドサと床に落ちてくる。
遺骸は見る間に溶液まみれになって、床の上でぐずぐずに溶け始めた。立ち昇る白煙は生臭い臭気を放ち、それが
時を同じくして、通路奥にストロボ光のような閃光が迸った。
直後、ヴゥゥゥゥンッ!! という巨大な羽虫のような音が地下通路全体に反響する。と同時に、猛烈な弾幕の嵐がオメガたちの周囲に吹き荒れた。中国軍の重機関銃掃射だった。
その鉄の暴風は、通路の床にうずたかく積もっていた瓦礫の山をいとも簡単に吹き飛ばし、それどころか周囲の壁や天井、床なども、恐ろしいほどの威力で削り取っていく。粉砕された壁材、床材の破片が台風のように周囲に吹き荒れる。
だが、肝心の射線上では、オレンジ色の跳弾光が派手に飛び散っていた。
間髪入れず、
次の瞬間、銃座に
同時に、別の兵士たちにも異変が起こる。一部の敵兵たちが、突如として自分のライフルを自らの頭に押し当て、そのまま引き金を引いたのだ。ブォロロロッ――!
一瞬にして頭部が粉砕される。錯乱した敵兵たちは、周囲の兵士にも無差別に発砲を始めた。こっちはくるみの異能だった。
それでも討ち漏らした敵兵が、僅かに残る。そういう者たちは、最後に待ち構えていた久遠と
戦う意思のない敵兵に対しては、その武器を取り上げ、武装解除するだけに留める。あるいは、助かる見込みのない重傷者に、最後の止めを刺す。それが二人の役割だった。
気が付くと、オメガチームは通路の突き当たりに到達していた。機関銃座は既に無力化され、辺りには唐突に静寂が訪れる。沈黙した太い銃身はあっさりへし折られてスクラップと化していたが、激しかった戦闘を物語るように、未だにその先端は真っ赤に焼き付いていた。焼けたオイルと硝煙の残り香が、鼻腔をツンと刺激する。
銃座を取り囲むように積まれていた土嚢は、床に虚しく散らばっていた。ふと見ると、土嚢が崩れたその奥の壁に、扉のようなものが見え隠れしていた。
「――この奥が、敵司令部中枢と思われます」
マンキューソが3Dモニターを見ながら一同に告げる。
本来なら世界最強クラスの
エヴァンス以下、8名の米兵たちは、今やオメガチームの護衛兵のような位置付けだった。
「
エヴァンスが申し出る。これは、いわゆる
士郎がこくりと同意を示すと、エヴァンスたちはただちに壁に張り付く。兵士のひとりが、背嚢から何やら円筒状のものを複数個取り出した。それをカチカチと縦に繋げていくと、あっという間に長さ1メートル、直径30センチほどの大槌が出来上がった。
へぇ……士郎はひとり感心する。
SWCCたちは、セオリー通りに扉の左右に分かれて立った。ただし、一人は扉の枠に沿って何か粘土状のものを貼り付けていく。爆破担当の兵士だった。
「――オーケイ、準備完了だ」
オメガたちは、念のため壁から10メートルほど後退する。
「3、2、1――クリック!」
ドガァ――ンッ!!!!
思ったより控えめな爆煙が、長方形の扉の枠に沿って噴き出した。先ほど爆破担当の兵士が仕込んでいたのは、指向性爆薬だったか――
間髪入れず、兵士が一人、先ほどの大槌を思いっきり壁に叩きつける。すると、枠に沿ってきれいに長方形のかたちにくり抜かれた扉部分が、ドゥと向こう側に倒れ込んた。刹那――エドモンドが何かをポイッとその中に投擲する。
カッ――!!
目も眩むような閃光と、耳をつんざく爆音。
キィィィ――ン……
一瞬聴覚を失った士郎たちは、必死で彼らの動きを追う。幸い、
無音の光景の中で、次々に飛び込むSWCCたち。爆破孔の中で、ストロボフラッシュのような閃光と暗闇だけが、レイブパーティのように不規則に明滅する。
……ヵヵヵヵカカカカッ!! ダダダダダッ――!!!!
ガガガガガッ! ガガガガガガガガガガッ!!!!
実際、それはものの10秒も経っていなかったのだろう。ふっと聴覚が戻ってくると、辺りは激しい銃撃音で溢れかえっていた。うぉッ!? と思った途端、今度は唐突に幕が降りたかのように静寂が広がっていく。
「――クリア!」
「クリア!」
「――こっちもクリア!!」
呆気に取られていると、エヴァンスがひょっこりと爆破孔から顔を出し、手招きする。
「――ルテナン! もう大丈夫だ」
驚いた――
これが
士郎は誘われるまま、扉の中に入っていった。もちろんオメガたちも一緒だ。
すると壁の向こうには、何人もの敵兵が折り重なるように斃れていた。大半は、眉間と胸部を撃ち抜かれている。いわゆるダブルタップという奴だった。これほどの混戦で、エヴァンスたちの仕事には相変わらず一部の隙も見当たらない。
「――やっぱり、壁の向こうで待ち構えていました。多分この先がもう、敵中枢です」
「この奥が?」
「えぇ、見てください」
エヴァンスがおもむろに奥の方を指し示す。その視線の先には、ビニール状の透明カーテンがあって、そのさらに奥の方にボゥッ――と何やら明かりが見えた。
そこそこ広い空間だった。そう――その空間は一見して、テニスコート二面分くらいの大きさはあるだろうか。奥まですべて吹き抜けになっているようだが、最奥部分だけは擦りガラスのような壁でさらに仕切られていた。大部屋の中に小部屋があるイメージだ。明かりは、そこから漏れているのだ。
なるほど、あそこが……確かに国防軍の中央指揮所も似たような造りだ。広いオペレーションフロアの中心に、ガラスで仕切られた指揮官棟がある。機能が一緒だと、構造や配置も似通ってくるのだろうか。いずれにせよ、あそこが中国軍の総本陣であることは、もはや疑いようがなかった。
ようやくここまで来たか――
「――もう中の連中も、我々の侵入に気付いているはずです。下手したら、我々があの部屋に突入すると同時に、自爆するかもしれません」
「それはないよ」
割り込んできたのは叶だった。
「――
「……中国人に、そういうメンタリティはない。特に、特権階級にはね」
そういうものなのか……確かに、国家体制も社会制度も、それから歩んできた歴史も違う異民族の思考を、自分たちと同じように考えるのは危険だった。我々は、中国人のことをあまりにも知らなさすぎる――
「そんなことより、気になるのはこっちだ」
そう言って叶が鋭い視線を向けたのは、その手前に広がる、透明カーテンの中だった。中央指揮所で言うところの、オペレーションフロア。
だが、目の前のこの空間は、とてもではないが“オペレーション”をしているようには見えなかった。何より無人で、そして殆ど真っ暗だ。ここはいったい……
その時だった。
「――
SWCCの兵士が一人、ガチャリと銃を構えた。その声に脊髄反射するように、他の兵士たちも一斉に振り向いて銃を構える。
その銃口の先にいたのは、子供――!? いや……
そもそも人間――!?
誰だ!? いったいどこから入ってきた――!?
「ひァァ……へァァ……」
その物体――いや、少なくとも生物は、奇妙な鳴き声とも、溜息ともつかぬ声を発しながら、ヨタヨタとこちらに近付いてくる。そして何より――
ズルゥ……ペタァ……
その足音は何だか、両生類のそれのようだった。妙に湿り気を帯びていて、それがますますその生物の薄気味悪さを増幅する。
「――止まれッ! 最後の警告だ!」
エヴァンスたちは、カチャリと銃床を肩口に付けた。次の瞬間――
ダララララッ――!
ダララララララッ――!!
SWCCたちが、容赦なく発砲する。その気味の悪い生物はあっという間に粉砕され――なかった。
――――ッ!?
ポワポワポワポワッ――
銃弾を……弾いた――!?
その生物の身体はドロリとした半固体状で、無数の銃弾を悉く受け止めると、まるでゼリーのような滑らかな弾力でそのすべてを弾き飛ばしてしまったのだ。
ただし、同じように銃弾を弾き返す
「……どう……なってる……」
呆然とするエヴァンスたちは、再度一斉射を浴びせる。ガガガガガガガッ――
結果は同じだった。
次の瞬間、今度はそのスライムがSWCCたちに逆襲する。
「あァァ……うァァ……」
あッ――!!
その時、士郎は直感した。このバケモノは、恐らく中国兵だ。しかも将校――
なぜならそのグニョグニョでズルズルの胴体の一部に、階級章のようなものが癒合していたからだ。しかもそれは、将校しか着用することができない、金属で出来たピンズ様の階級章だ。今まで散々見てきた中国軍の兵卒たちは、全員フェルト製の粗末な階級章だった。
まさか――
だが、思案している余裕はなかった。事態は切迫していた。
その謎の生物は、SWCC兵士のひとりに抱きついたかと思うと、そのまま彼をズブズブと自分の胴体に取り込んでいったのである。
「――う……うあァァッ!?」
「おッ――おいッ!! 待て! 止めろッ!!」
エヴァンスたちが慌てて仲間を引っ張り出そうとするが、兵士の顔面はとっくにスライムの胴体の中に引き込まれていた。それはつまり、息ができないということだ。半透明のその胴体の中で、彼が苦痛に満ちた表情でもがいている様子が、手に取るように透けて見える。
士郎はハッと気づいて、慌てて長刀をスラリと抜いた。次の瞬間――
「ドァァ――ッ!!」
裂帛の気合を込めて、スライムの胴体に切りかかる。だが、ヒヒイロカネの刀身は、そのぶよぶよとした胴体に一瞬めり込んだかと思うと、ボワンとあっけなく弾き返されてしまった。
刃が……通らないだと――!?
ほどなく兵士は、腕や脚までも含めて完全に全身を飲み込まれてしまった。兵士は中で必死に暴れるが、そのうちビクビクッと痙攣して、それっきり動かなくなる。その顔貌は真っ赤に膨れ上がり、大きく開いた口腔は悶え苦しむように歪んでいた。窒息死――
「おィ! なんだテメエッ!! 何なんだよッ!?」
エヴァンスが烈火の如く怒り狂う。それはそうだ。ここまで来て、大事な戦友が訳の分からない怪物に呑み込まれて、訳も分からないまま死んだなんて――
憎んでも憎み切れないその声が聞こえたのは、その時だ。
『――やぁ諸君……初めて
この声は――!!!!
「――
もちろん、その思いは士郎だって同じだ。いや――士郎だけではない。オメガチーム全員にとっても、特戦群兵士たちにとっても、そして、すべての日本人たちにとっても――
この男こそが、すべての諸悪の根源であり、そして誅滅すべき相手なのだ。
「――李軍ッ! どこだッ!? 隠れてないで、姿を現せッ!!」
士郎は必死で周囲を見回す。だが、その悪魔のような姿はどこにも見当たらない。
『おおっと――そんなに焦らないでください。そんなことより、私は皆さんをお待ちしていたのです。まずは私からの心からのおもてなしを、ぜひお受け取りください――』
その瞬間、パァ――ンと眩い照明が点けられた。
一瞬、ハレーションが起きたかのように目の前が真っ白になる。
クソッ――何だ!?
次の瞬間、士郎は目の前の光景に我が目を疑う。
そこには、見渡す限りの床面にびっしりと、大きな卵のような――いや、
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