第440話 あり得た未来
アメリカ海軍
それは、あのアメリカ海軍の最強特殊部隊として有名な『SEALs』に所属する舟艇部隊のことである。
SEALsといえば対テロ特殊部隊として、古くはパナマのノリエガ将軍追討作戦や、イラクのサダム・フセイン討伐、そして911首謀者とされるアルカーイダのウサマ・ビン・ラディン暗殺を実行したことでも知られている。だからともすれば陸戦専門部隊のような印象を与えがちだが、元々は第二次大戦中に水中破壊工作を行った海軍部隊が前身だ。つまり、本来は海上や河川などを戦場とすることが多い水上戦部隊なのである。
そんなSEALsが洋上で艦船に突入する時や、海岸沿いの浅瀬やジャングルの複雑な河川近辺で戦闘にエントリーする際、移動の足として用いているのがこの舟艇部隊だ。
と言っても、彼らは単なる“運び屋”ではないし、ただの船頭でもない。
もともと隊員の選抜はSEALs隊員同様に進められ、その体力レベルや戦闘技能はSEALs隊員と同等以上とされている。しかも、彼らは優れた操船技術やボート上からの射撃、そして水中での身体能力にも秀でていなければならない。SEALsが戦う最前線に一緒に赴くわけだから、彼らの戦術や作戦行動を十分に理解し、その作戦の一端を担うための能力が求められるのは当たり前なのだ。
そのうえSWCCは敵中奥深くまで浸透したSEALs隊員たちの唯一の味方ともなるから、負傷隊員の応急処置などの医療技術、ある程度までの工学的知識も持っているという万能ぶりだ。
さらに言えば、この舟艇自体空挺能力があり、現地へのアプローチは輸送機からの舟艇ごと空挺降下だったりする。
そしてこの重武装――
毎分6,000発を発射するこのガトリングガンは、最後の防衛ラインとして追い縋る敵兵を徹底的に粉砕するいわば守護神だ。
田浦たちの目の前に突如として現れたのは、まさに彼らだったのだ――
***
萌香は、目の前に忽然と現れたその
「ハウュドゥーインハァ?」
「ロケンショーッ!」
まぁ意訳すれば「調子はどうだ?」「サイコーだぜ!」みたいなニュアンスだ。もしも萌香がこのマッチョな兵士同士のスラングの意味を理解していたとしたら、冗談じゃないと言って真っ赤な顔で怒り出したかもしれない。田浦たちはあんな笑顔で米兵たちに手を振っているが、実は死にかけているのだ。一刻も早く手当てしてあげないと――!
だが、実際のところ萌香の心配は無用だった。SWCCはプロフェッショナルで、しかも日本国防軍からの要請を受けて、田浦たちのような上陸部隊残存兵の支援と非戦闘員の救出を託されて来たのだ。やるべきことは、誰よりも承知していた。
米兵たちは舟艇を手際よく川岸に付けると、トントンッ――と軽やかに飛び降りてあっという間に萌香たちをガードするように取り囲んだ。低い姿勢を保ち、全周を注意深く警戒しながら自分たちを守るその姿は、どことなく田浦たちに似ている。お陰で子供たちも落ち着いていた。田浦たち国防軍と同じく、自分たちを助けに来てくれたと本能的に察したのだろう。
もちろん、少し離れたところにいた田浦たちのところへも、数人の兵士たちがすぐに駆け寄っていって何やら介抱を始めたようだった。あっという間に彼らを携帯型担架に寝かせると、テキパキと舟艇の方へ運んでくる。
ものの数分もしないうちに、全員を収容してしまった。隊長らしき兵士が階級章を見て田浦に話しかける。
「――我々は米国海軍の義勇兵で、私はチームリーダーのエヴァンス上等兵曹だ。このたびは貴国の非公式要請を受け、君たちをサポートする」
「SWCCだろ!? ありがてぇ……カウフマンのオッサンはまだ生きてんのか?」
田浦は、誰かの名前を上げながら隊長に右手を差し出そうとして……指が二本ほど折れているのを初めて自覚し慌てて左手を差し出した。
「君はカウフマン上級曹長を知っているのか!?」
エヴァンス兵曹は、半分驚いたような顔で田浦を見つめ返す。
「あぁ……こう見えても奴とは肩を並べて戦った戦友なんだぜ!? もしかしたらこれってその時の貸しを返してくれたってことなのか?」
「アハハ! そうか! じゃあ君はあの……マイクはいつだって酔っぱらうとその時の話をするんだ! ということはまさか……」
「水陸機動団の田浦一曹だ」
「おい! みんな聞けよ! この人はあの、サージャントタウラだ!」
「え!?」「ウソだろ? マジか」「あのマイクのエンジェル事件の!?」
突然、米兵たちがそれまでの無表情から一転、白い歯を零してこちらをチラリと見る。萌香は何が何だか分からなくて困惑するしかないのだが、それでも田浦がどうやら米兵たちの間でも有名な存在なのだということだけは分かった。え――いったいこの人、何者なの!?
だが、今は最前線の戦場だ。もちろんSWCCたちもその辺は心得ていて、一気に場が和む中でも周囲への警戒は一切怠らない。
「――そうと判ればますます君たちを助けないわけにはいかない。俺たちはこのまま上陸して中国軍の背後で作戦行動に入るが、ボートは一旦アカギに返す。後は任せておいてくれ」
「あぁ、悪いな――助かるよ」
舟艇の機関員とガンナーを合わせて4名残し、エヴァンス以下8人の米兵たちが再度岸に降り立った。ブルン――と僅かな推進音を立てた舟艇は、そのままスーッと離岸していく。軽く手を挙げた米兵たちは、そのままクルリと踵を返して瓦礫だらけの街中に消えていった。
地獄から戻る者――地獄へ足を踏み入れていく者――
まるでここは三途の川みたいだな……と田浦はぼんやり思った。この後彼らは、今度は陸兵と化して――しかもとびきりの精鋭だ――この地獄の戦場を駆け巡るのだろうが、カウフマンのことを知っていたということは、少なくともこのチームには「チーム5」出身者がいるのだろう……
つまり――かつて極東エリアを管轄としていた連中だ。だったら日本語もできるだろうし、なにより東京の地理にも詳しいに違いない。それに、たとえ中国兵が数で押して来ても、彼らが押し負けるとは思えない。問題は、中国兵と交戦しているタイミングであの辟邪と遭遇することだ。絶対に、アレには撃ち返すんじゃないぞ……我々の発した警告は、ちゃんと伝わっているんだろうな――
萌香は、何やらうわ言のように喋っていた田浦がいつのまにか穏やかな寝息を立てていたのを見て、自分が米兵に掛けてもらっていた毛布を田浦にふわりと掛け直してやった。それを見たガンナーの米兵が、萌香に声を掛ける。
「――君のボーイフレンドかい?」
「えっ!?」
そんなつもりじゃ――
でも、萌香の顔が真っ赤になるのを見た米兵は、小さくウインクして口の縁を少し上げた。
「俺から言わせたら、彼は君のヒーローだぜ!? 君を守るために、いったい何発弾を喰らってると思う?」
それを聞いた萌香は、再びその瞳に涙を溢れさせる。
「――おっと、それについてはもう大丈夫だから安心してくれよ!? さっき俺たちがキッチリ処置しておいてやったから、少なくとも死にはしないだろう。けどねレディ、この男は元々俺たちと同じくらいクレイジーで最強の兵士なんだ。その彼がこれだけ被弾してるってことは、自分の命よりレディたちの安全を優先してくれたんだってこと。わかるかい!?」
「……はい……分かります……」
辛うじて小さく呟くと、萌香は田浦の頭を自分の膝に乗せ、慈しむようにその上から田浦を優しく抱き止めた。それを見た米兵は、満足したような顔つきで、自分の仕事に戻っていく。彼なりの、この勇敢な日本兵たちへのリスペクトだった――
***
小沢は、信じられないという表情で作戦室のモニターを凝視していた。
他の、帝国海軍の制服を着た参謀たちも同様だった。
「――米国と……友軍だと……!?」
それは、米英とガチの大戦争を繰り広げていた彼ら1945年の大日本帝国軍人にとって、想像を絶する話以外の何物でもない。
特に連合艦隊司令長官の小沢治三郎にとっては、米海軍は不倶戴天の仇敵である。何せ小沢は、1942年11月に第三艦隊の司令長官になって以来、負け続けだったのだ。
司令長官就任翌年の『ブーゲンビル島沖航空戦』では麾下の約半数のパイロットと200機近い航空機を失ったし、第一機動艦隊司令長官を兼務した1944年には『マリアナ沖海戦』で虎の子の空母7隻をはじめ艦載機等400機以上を喪失するという戦史上最大級の大敗北を喫している。
もちろんそれは、小沢が役立たずの凡将だったという意味ではない。もともと航空畑の第一人者であった彼は、開戦初期には『マレー沖海戦』で世界で初めて動く戦艦を航空機を使って撃沈するという快挙を成し遂げた優秀な将軍だ。
ただ、軍神はいつも小沢を見放したのだ。結果として彼は、恐らく帝国海軍でも一二を争う“米海軍との相性の悪さ”を持っていた。当然ながら失った将兵も多数に上り、彼の米国に対する敵愾心は火を噴くほどの勢いだったのである。
「――いったいどうやったら、我々は米国と和解し、あまつさえ同盟まで組むに至ったというのだ……」
日本が太平洋戦争に敗北したという歴史的事実は、“今いるこの世界線の歴史に限り”というエクスキューズを付けて既に国防軍から帝国軍側には伝えてある。だから、戦後の両国の関係や、その後の自衛隊と米軍の統合化、それから世界が新ブロック経済体制に突入し、我が国が東アジア全域と西太平洋の覇権を握ったというこの世界の歴史の流れについては彼らも理解していたはずなのだ。
だが、実際に目の当たりにするとやはり驚愕するしかないのであろう。小沢に限らず、並み居る帝国軍参謀たちがこれほど動揺している様は、今の日米両国の関係が、世界の常識、あるいは人類の常識で考えれば、本当はあり得ないくらい奇跡的なことなのではないだろうかとまで思わせてしまう。
そしてその想いは、将校たちに限らず、連合艦隊の末端の水兵に至るまで、共通の感情でもあった。駆逐艦冬月に乗り組む甲板員の山口大輔とて、その想いは同様だった。
「……あ、あれは……アイツら本当に……アメ公じゃん……」
浦賀水道出口付近に退避していた駆逐艦隊の横を、田浦たちを乗せた
大輔は、とにかくそれに違和感を覚えるのだ。アメ公は、殺しても殺したりないほど憎き敵ではないのか!? これまでいったいどれだけの無数の日本人が、あの鬼畜どもに殺されてきたと思っているんだ――
もちろんこの世界が、大輔たちがつい数日前まで戦っていた大東亜戦争の時代とは全く異なる未来であるということは承知している。だが、だからといってあれほどまでガチで戦争してきた国同士が、ここまで仲良くできるものなのだろうか……
すると、ある水兵が突然露天甲板に駆け上がってきた。見るとその手に歩兵銃を抱えている。東京急行をやることも多かった駆逐艦には、陸戦用の三八式が何挺か備え付けられている。それを持ち出してきたに違いなかった。
――!?
水兵は、田浦たちを乗せた米軍の舟艇を海上に目ざとく見つけると、いきなりドカドカと走って舷側に飛びつき、歩兵銃をガチャリと構えた。
「――お……おい……」
「うぉらァァッ! 兄貴の仇じゃあァァッ!!」
その直後、水兵の上官と思しき兵長が追い付いて背後からガバっと飛びつく。
「前田あぁッ! 堪えろッ!! 堪えるんじゃ!!」
「離せッ!! アメ公は、ワシの兄貴の仇なんじゃあッ!!」
「――やめろッ!」「ウガぁあぁぁッ!!」
大輔は、茫然と彼らを見つめるしかなかった。すると、更に同班の兵たちと思われる何人かが飛び込んできて、やはり前田水兵の上から飛びかかり、最終的には団子のようになって全員で抑えつける。
「――なにごとかァっ!?」
騒ぎを聞きつけたのか、血相変えた甲板長が
「――ぜんいーんッ! 整列ッ!!」
業を煮やした甲板長が号令をかけた。すると、まるで条件反射のようにその場にいた兵たちが全員飛び上がって整列する。皇軍兵士の骨の髄まで染み込んだ習性だ。
ようやく前田も鎮まる。その視線の先には、何事もなかったかのように水上を滑っていく米軍の舟艇があった。真っ赤な顔をして悔しそうにそれを睨みつける前田の肩に、甲板長がトンと手を置いた。
大輔には、前田の気持ちが痛いほど分かった。と同時に、彼を止めに入った他のみんなの気持ち、そして甲板長の気持ちも……
こんな
人間の感情が歴史に追いつくには、もう少しだけ時間がかかりそうだ――
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