第392話 優しい嘘(DAY10-4)
避難所敷地内のバケモノ掃討戦が思ったよりも
だから田渕たち機動戦闘車の面々は、思いっきり
いっぽうで、圧倒的戦闘力を誇るオメガたちの獲物は、もっぱらステゴドンだった。彼女たちが敷地内で無力化した戦象は全部で8頭。最初士郎を含めた5人がそれぞれ1頭ずつ屠り、残りの3頭は亜紀乃と久遠が片を付けた。
エースは合計3頭を血祭りに挙げた亜紀乃だ。次いで2頭を倒した久遠。オメガチームの中で一番小柄な亜紀乃が、一番多く巨象を斃したことで、兵士たちの間には彼女に対して『
戦闘が一段落した今、10輌ある機動戦闘車の各車長と、オメガたちが体育館裏に集合していた。
戦闘車は避難所を囲うように配置し、警戒に当たっている。さすがの獣たちも、白
「――曹長、避難民の数はこれだけか!?」
「はい……」
「どう見ても1万人とは思えない……」
「その通りです。今確認できるのは、せいぜい4千人といったところです」
「では残りの6千人はどこにいった!?」
「……すぐに確認する必要があります」
その時、車長の一人が呟いた。
「……そもそも、この校舎内は現時点でほぼ収容人数の限界です……」
――!
そう言われてみればその通りだった。ここは、大都市部の小学校と違って比較的大きめに造られている。グラウンドも広く、敷地全体を使えば確かに1万人は何とか収容できるだろう。
だが、裏を返せばそれは、敷地一杯避難民を収容しないと1万人入りきらないということだ。ではなぜ先ほど救助に駆け付けた時、建物の外に殆ど人がいなかった!?
確かに多数の無残な遺体はあったが、大半が軍服を着ていた。ここを守備する義勇兵たちのものだ。
だったら、外にいたはずの他の避難民たちは、いったいどこに消えた――!?
『作戦指揮所より指揮官――』
インカムに無線が入る。
『――髙木さんですか!?』
『あぁ……
その途端、士郎の腕に巻いた携帯端末に動画が送られてくる。義勇兵の代表である髙木は、今この瞬間も、作戦指揮所で留守を預かっている。
士郎は、送付された動画をピッ――とホログラフィモードで顔の前に表示した。他の車長や、オメガたちにも見えるようにだ。
「――偵察ドローンの空撮映像のようです」
田渕が呟く。
一同は、その映像に釘付けになった。出雲市街地の全域を映し出したものだったからだ。各所で黒煙が立ち込め、無残な破壊痕や大きなクレーターが無数に確認できる。砲弾が地面で炸裂した痕跡だろう。
そのうち、とある一角にドローン映像がフォーカスし始めた。
次いで少しずつズームしていく。
「こ……これは――」
一同が、画面を食い入るように見つめた。
「……なんてこった……」
そこには最初、何かのゴミか瓦礫のようなものが散乱しているように見えた。だが、映像がズームされて被写体が大きくなるにつれ、それが間違いだったことにすぐに気付く。
そこに映っていたのは、無数の人型――いや、人間だったのだ。
ただし、大半は奇妙にその手足を捻じ曲げていた。あるいは折り重なるように、または、灌木のようなものに不自然に引っかかっているようなものすらある。
それどころか、腕や脚、あるいは頭、あるいは胴体が引きちぎられたような、損壊の酷いものも多数見受けられる。
それが何らかの不合理で理不尽な暴力によって引き起こされたということは、もはや間違いなさそうだった。実際、おそらくその元凶となった怪物たちも、辺り一帯にうようよしているのが見て取れる。
「――これってもしかして……」
映像を見ていた未来が、顔を歪めた。とても辛そうな表情だ。
『――中尉、見ていただけましたか!?』
髙木が、インカム越しに悔しそうな声を出した。
『……あぁ……これって……』
『そうです。すべて避難民――出雲の、一般市民ですよ……』
言下に否定したかったが、どうしても声が出せなかった。
本来避難所の建物外にいたはずの、多数の市民。この映像はどう見ても、ケダモノどもに喰い散らかされた痕だった。
「……自主的に……避難所の外に脱出したのでしょうか……!?」
田渕が、悔しさを滲ませる。そうか――だから本来、校庭やら何やら、避難所敷地のあちこちにいるはずだった避難民が、先ほどから見当たらなかったのか……
髙木が無線越しに言葉を継ぐ。
『……事後報告になりますが……昨日あたりから一部避難民の間で不穏な動き……といいますか、ちょっとした動揺が起こっていました……』
『どういうことです?』
『……悪気はなかったと思うのです……ただ、やはり市街地を包囲されてあれだけの攻撃を受けていましたので……一部守備隊員の扇動で、街を脱出すべきだという意見が持ち上がっていまして――』
『それで――よりにもよってこんな危険なタイミングで外に出たってことですか!?』
『……私も、彼らの脱出に気付いたのはついさっきです。胸騒ぎがして、避難所から北方向に向けてドローン映像を検索していたら――』
『この映像を見つけたと……外は怪物だらけだというのに!?』
『……うーん……彼らもまさか、このタイミングで怪物どもが押し寄せるとは考えてなかったと思うのです……』
確かに、航空制圧が始まるまでは、戦場に展開していたのは中国兵たちだけだった。獣たちが街に溢れ出したのは、F-38による空爆で、恐らく
『――しかし……避難民の皆さんは、電磁防壁による防御を信頼してくれていたのでは……!?』
『そんなに長く持たないだろう――という意見が持ち上がったのです。だったらまだ、中心部に中国兵が侵入してくる前に、山に逃げ込んだほうがいいと……』
『山って……北戦線だって、中国兵が押し寄せていると説明していたはずだ……』
『彼らは地元の人間です……森の中に入れば、いくらでも獣道や抜け道があることを知っている……だから仮に森の中で中国兵たちと遭遇しそうになっても、上手く迂回できると思ったのでしょう……』
なんて馬鹿なことを――
確かにあれほどの猛攻撃を受けて……おまけに市の東側一帯は、熱核爆発のような大爆発が起こって、見渡す限り焼け野原になった。このままでは陥落も時間の問題だと考える者が現れてもおかしくはない。だが、そのためにこそ地元民からなる義勇兵たちを、この避難所の担当にしたのだ。
我々のような新参者が言うより、もともとの顔見知り……下手したら自分の父や兄、息子が「大丈夫だ、今だけ辛抱しろ」と言えば、家族も心強いではないか!?
なのに、その義勇兵たち自らが率先して脱出を企てるとは――
『――じゃあ……今建物の中にいる人たちは……』
『国防軍を信じて残った人たちです。だからこそ、皆さんが救出に駆け付けてきてくれたことを、涙を流して喜んでいるんですよ……』
***
体育館は、今や立錐の余地もない。もともと床に直座りすれば、アリーナにおよそ1,800人ほど、2階席も合わせれば、2,500人ほどは収容できるのだが、それでも入りきらなくて、正面入り口や横の壁にある扉部分にも鈴なりで人が押しかけている。
みな、国防軍の説明を1ミリも聞き逃すまいと集まっているのだ。
しょうがないから、校内の放送設備を経由して、マイクの音声を避難所全体にも流すよう、兵士たちがちょっとした回線工事を施していた。これで各教室にいる人たちにも、一応リアルタイムで士郎の声は届くはずだ。
オメガたちが駆け付けてから、およそ1時間後のことだ。
「――皆さん……よく我慢して待っていてくれました。国防軍を代表してお礼を申し上げる」
体育館は、水を打ったように静まり返っていた。
ただし、よく見ると母親に肩を抱かれた子供たちや、不安そうに寄り添う老夫婦などの姿が見え、彼らは一様に目を赤く腫らしている。今の今まで、不安で圧し潰されそうになっていたのだ。
士郎は、そんな人々に対し、今から言う言葉がどれほど衝撃的なのかと暗鬱になりながら、全体を見回す。
「……先ほど偵察映像を確認しました……先だってこの避難所を脱出した人たちは、一人残らず亡くなられました……」
その途端、悲痛なざわめきが校舎全体を覆い尽くす。「――だから言ったんだ……」「あの子たちも?」「可哀そうに……」そんな言葉が、ひそひそとあちこちから聞こえてくる。
「――静粛に……!」
再び、今度はピーンと張り詰めた緊張の静寂が辺りを包み込む。
「――正直に申し上げる。当初我々は、皆さんを連れて北部の山岳地帯に退避させる予定でした。しかし状況が変わりました……」
ざわざわざわ――と再びざわめきのゲージが上がる。
「先に脱出して犠牲になった人たちの遺体が、北へ向かうルートのど真ん中に散乱しているせいで、獣たちが大量に集まっています。もはやこのルートは使えません……」
今度こそ、ざわめきがピークに達した。「ちきしょう! 勝手なことをした奴らのせいで――」「獣が群がっているって……死体を食ってるのか!?」「じゃあいったいどこに逃げればいいの!?」
避難民たちは、パニックを起こしかけていた。今までジッと我慢に我慢を重ねていたのだ。僅かな希望も断たれたとなると、これまでのフラストレーションが爆発しかねない。
言い方を間違えちゃいけない――士郎は緊張しながら次の言葉を吐き出した。
「――というわけで、しばらくここに立て籠もって、徹底抗戦します」
がやがやがや――ざわざわざわ――
避難所全体のノイズが割れんばかりとなった。それはそうだ。新たな脱出ルートでも提示してくれるのかと思ったら、籠城して徹底抗戦だなんて――しかも、今や電磁防壁は消失しているのだ。
だが、それでも人々は必死になって自制心を働かせてくれているようだった。こうなってしまっては、それぞれ一人ひとり言いたいこともあるだろう。だが、最後の一線が守られているのは、つい先ほど自分たちが怪物から助けてもらったからだ。
死を覚悟した絶望の瞬間、オメガを始めとする国防軍の兵士たちが駆け付け、目の前であの怪物どもを切り刻んで退治してくれたのだ。確かに彼らは、強い。
どこかから、質問が飛ぶ。
「――徹底抗戦って、いつまで!?」
がやがやがや――ざわざわざわ――
「――援軍が到着するまでです。具体的にいつ、というのは軍事機密なので教えられませんが、それまでの辛抱です」
その言葉を聞いた瞬間、アリーナ全体にほぅ――という安堵の吐息が漏れる。なんだ、ちゃんと援軍が来るんだ!? それなら安心だ――もう少しだけ、頑張ろうじゃないか!
やっぱり国防軍を信じて正解だ! 俺たちは――私たちは、大丈夫だ……
突如として、避難所全体がパァッと明るくなったようだった。
パチパチパチ――
パチパチパチパチ――
どこかで拍手が聞こえてきた。やがてそれは体育館全体を、そして避難所全体を覆う希望の響きとなって、戦場全体を広がっていった。
どこかで
***
「――ちょっと士郎くん、援軍って何!?」
集会が終わった後、血相を変えて
「あー……あれ、ね……」
「驚いたぞ士郎!? いつの間にそんな手配をしていたのだ」
「士郎さん、さすがです」
「中尉はやっぱり頼りになるのです」
「……お……おぅ……」
すぐ傍で、田渕が「ん?」という感じで小首を傾げる。
「――中尉、どこの部隊ですか? 今
その淡々とした事務連絡のような確認の仕方は、半ば事実を知っているかのような喋り方だ。さすがは曹長といったところか。
だが、そんな士郎の顔つきと田渕の口調に、真実を察してしまったのはやはり未来だ。
「……あっきれた……ねぇ、援軍って嘘だよね!?」
未来は、果たして怒っているのだろうか?
言葉の厳しさの割に、その表情はどこか柔らかい。
「……まぁ、嘘っていうか……可能性の提示?」
「えっ? どういうこと?」
「なに? 援軍は来ないのか!?」
未来を除くオメガたちが、ポカンとした顔で士郎を見つめる。田渕がひょいと肩を竦めた。
「……聞いての通りよ。士郎くんは、避難民の人たちを元気づけるつもりで、ちょっと話を盛ったみたい」
くすっと未来が笑う。え? え――? 他のオメガたちは、やはり未来の言葉と態度が一致していないことに戸惑ったままだ。
未来はと言えば――
そんな士郎の優しい嘘を、心から楽しんでいるようだった。事ここに至って、彼を責めたってしょうがない。避難民を絶望させるくらいなら、自分たちが頑張って戦えばいいことなのだ――
それに、またウズメさまが助けてくれるかもしれない。いや、むしろ彼は、それを期待しているのではないか――
いまいち神さまが手助けしてくれる基準というか、発動条件が分からないのだが、実際のところ「なきにしもあらず」なのだろう。
その場合、人々に「神さまが助けてくれる」とは言えないはずだ。それこそ寝言を言っていると思われ、人々の動揺の元となりかねない。
未来は何だか、そんな士郎の楽観主義的なところが決して嫌いではないのだ。
だが、いつまでも微笑んではいられないようだった。田渕が鋭く報告する。
「――中尉、第二波が来ます」
外周を警戒中の、機動戦闘車からの警告だった。
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