第391話 ヴァルキリー・アタック(2)(DAY10-3)
神速の突撃で出雲大社から一気に避難所まで駆け付けた白
だが、士郎たちの目の前には、胸を
戦象が、避難所敷地内に何頭も入り込んでいたからだ。
上空には、例の怪鳥が何羽も舞っている。やはり奴らが、電磁障壁の喪失を獣たちに示唆したに違いない。
ここにいるのは、およそ1万人の民間人だ。
高松小学校という、市の中心部からやや南西寄りに位置するこの場所に、国防軍は簡易的なプラズマ防壁システムを急遽構築し、非戦闘員を収容・保護していたのだ。当然、義勇兵たちの家族も全員ここに避難している。
この装置は、
もちろん、異形の獣たちの侵入もだ。
そんな中、突然飛び込んできた“電源喪失”の至急報――
辺りをうろついていた
いずれにしても、このままでは敷地内に獣たちの侵入を許してしまう。そこから先がどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。そうならないように、必死で駆け付けたのだが……
やはり間に合わなかったのか――
『まだ生存者はたくさんいるはずだ! 取り敢えず、敷地内に入り込んだ奴らを撃退するッ!』
『――了解』
侵入を許したとはいえ、防壁を突破されてまだそんなに時間は経っていないはずだ。
防備のために義勇軍の第一梯団も配置されているのだ。彼らだって、必死に抗っているに違いない。
士郎の檄を受け、オメガたちが次々に跳躍する。
避難所手前には、崩れかけた民家や擱座した自家用車など、さまざまな障害物があった。だが、彼女たちはそれをものともせず、軽やかに飛び越えていく。一刻も早く、一直線に、最短コースだ。
いっぽう道路を走るしかない機動戦闘車はギャギャギャとハンドルを切り、道なりに猛然と小学校の正面入口に殺到していく。
最初に飛び込んでいったのは、誰よりも反応速度の速い久瀬亜紀乃だ。
彼女は突入の瞬間、隣で並走する士郎に目配せをする。先に行きますよ――という合図だ。察した士郎がこくりと頷くと、シュンッ――とその場から消え失せた。
いや――目にも止まらぬ速さで一歩先んじたのだ。その亜紀乃から無線が入る。
『士郎中尉、校庭が――』
何!? 校庭がどうしたのだ!?
だが、彼女からの連絡はそこで唐突にプッ――と途切れる。前方でパォォォ――という巨象の咆哮が響き渡った。接敵したか――
士郎は、ダンッ――と力一杯跳躍し、亜紀乃に追いつこうと試みる。これ以上加速すると、機械化脚足の接合部がバラバラに分解してしまうだろうというギリギリの出力で――
ゴォォォォという風切り音が鉄帽の風防越しに聞こえてくる。HMDSを通じて『ALT30』という電子表示が一瞬網膜に映り込んだ。高度30フィートという意味だ。
数秒後、足元に校庭が迫ってくるにつれ、彼の
士郎は、その赤い円の多さに絶句した。既に校庭は、獣たちに埋め尽くされていたのだ。
急いで戦術統制システムを4人のオメガと共有する。ここまで多いと、各自がバラバラに攻撃していたのでは効率が悪い。
『――悪いが統制システムを起動した。各自可能な範囲でAIの指示に従ってくれ!』
『アイサー』
次の瞬間には、4頭のステゴドンに4人のオメガが見事別々に飛びついていた。肝心の士郎にも、1頭が割り当てられている。その巨体を見て、一瞬ギュッと胃を握り潰されるような恐怖を感じたが、士郎は歯を食いしばって一歩踏み出した。少女たちに負けるわけにはいかない。
だが次の瞬間、士郎の全身は凍り付いた。いや、怖じ気づいた。
攻撃目標となったステゴドンの、その前脚の下には、既にぺちゃんこに押し潰された人間の無残な遺体が、散らばっていたからである。
しかもそれは、一人だけではない。何人も何人も、たった1頭のこの戦象に、踏み潰されていたのだ。いったいどれほどの殺戮が、ここで繰り広げられたのだろうか――
そして惨劇は、現在進行形で今も目の前で起きている。
「や……やめろッ! 止めてくれッ……!!」
一人の義勇兵が、尻餅をついて腰を抜かしていた。その視線の先には、1頭の巨大なステゴドン。巨獣は、彼にまったく容赦することなく、その鋭く大きな牙を振りかざす。刹那、そのまま足許から掬い上げるように、猛然と兵士に向けて牙を刺し込んだ。
ゴウッ――と風切り音が響き渡る。
彼はその瞬間、横っ飛びに飛び退いて、すんでのところで一撃を躱した。だが数瞬後、あっさりと腰の辺りが接触する。もともと猛烈な勢いで振り回されたその牙は、たったそれだけで兵士を数メートル先へ吹き飛ばした。
「がはッ――」
地面に叩きつけられたせいで、彼の頭部からはボタボタと大量に血が滴った。だが、もっとヤバいのはそこではない。戦象の鼻が、またしても大きく膨らみ始めたのだ。
次の瞬間、まるで消防隊がホースで水をかけるように、戦象の鼻が兵士にニュッと向けられた。
ドピュゥッ――!!
士郎は、無我夢中で兵士に飛び掛かる。地面にへたり込んだ彼を、なんとかこの場からどかすためだ。ドンッ――とタックルをかまし、そのまま彼を上半身で抱き留めて、ゴロゴロッと反対側へ引きずり倒す。しこたま腰を地面に叩きつけてしまった。だが――
「ギャアぁぁッ!!」
巨象の鼻から噴き出したその白濁液は、ビシャリと兵士の左脚に降りかかった。と同時に、白い蒸気がバッと吹き上がる。肉の焼ける臭いと、生臭い鉄の臭気。彼の膝から下が、無残にも溶解していく。
「うぁぁあ! うぉぁああ!」
「しっかりしろッ! 脚一本だッ!!」
士郎はすかさず救急嚢からメディキットを取り出す。義勇兵は防爆スーツを着ていないから、昔ながらのやり方で応急処置をするしかない。
ただ、目の前に聳え立つステゴドンは、パォォォ! と更にいきり立っていた。丸太のような前脚をドシンドシンと踏み締め、容赦なく第二弾を放つ勢いだ。
「その中に止血帯が入ってる! 自分で出来るかっ!?」
だが兵士には、士郎の声などもはや聞こえていない。ずっと絶叫して地面を転げまわっている。
「――クッ……!」
士郎は一瞬だけ逡巡すると、傍らに落ちていた長刀を拾い上げた。そのまま左手で柄を持ち、巨象を牽制するように、その切先を向ける。
そして片膝を立てたまま、それとは反対側の右手でメディキットをまさぐった。少しの間ガサガサとしたところで、小さなカートリッジのようなものを探し当てる。今度はそれを、兵士の溶けた左脚の膝上に、次々と突き立てていった。
「モルヒネだ! 痛みはすぐに治まる」
言うが早いか、士郎は地面でのたうち回る兵士には目もくれず、すくっと立ち上がってあらためて戦象に向き直った。今は負傷兵より、コイツを何とかする方が先だ。彼にかまけていると、自分もあっという間に蹂躙されてしまう。もはや、ビビっている暇はなかった。
「ゥおあぁァァァァッ――!!!」
裂帛の気合とともに、士郎は戦象の足許に走り込む。そのまま長刀を横薙ぎにして、思いっきり振り抜いた。グンッ――!!!
確かに手応えを感じる。その瞬間、目の前の巨体がドゥッ――とつんのめった。地面が揺れ、土埃が濛々と舞う。
パオォぉぉァァァ――!!!
ステゴドンの左前脚首が、綺麗に水平に切り裂かれていた。士郎の斬撃は、恐らく骨にまで達しているだろう。だが、オメガたちみたいに、スパンと切断するまでには至っていない。それでも十分その行き足は止まったらしく、戦象は横倒しのまま大きくもがく。傷口から、ドクドクと大量の鮮血が噴き零れた。
パォォォぉッ!!!
再び獣の絶叫が響いた。ハァッ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……
荒い息を整えながら、士郎が後ろを振り向くと、先ほどの兵士が戦象とまったく同じ姿勢で倒れ込んでいた。こっちは早く何とかしてやらねばならない。
急いで駆け付け、兵士の傍らにしゃがみ込む。モルヒネが効いたのか、彼はすっかり大人しくなっていた。あるいは、ショック状態で口がきけないのか――!?
ふと見ると、案の定止血帯は止められていなかった。幸い、酸で焼かれているからそれほど出血が多いわけではない。だが、地面には既に30センチ四方ほどの血だまりが出来ている。
士郎は彼の膝上に、幅5センチほどの止血バンドを巻き、ネジをギュッと締めてやった。ついでに抗生物質のカートリッジも2本突き立てる。首にはバイタルメーターを巻き、何かあればエピネフリンを自動で打ち込めるようにしたところで、彼を放置した。
「――スマン、そのうち誰か助けに来てくれるはずだから、それまでは自分で自分の身を守ってくれ」
このあと、田渕率いる機動戦闘車隊が駆け付けるはずだ。もちろん、車輛がドンピシャでここを通るとは限らないし、田渕たちだって不測の事態に見舞われるかもしれない。
だから、士郎が彼に言った言葉は半分気休めだ。運が良ければ助かるし、そうでなければそれまでだ。
「――名前は?」
「……き……清野……」
「では清野兵長、死ぬなよ――」
士郎は、もう一度戦象のところに駆け戻った。ゼイゼイと荒い息を吐いているのは、左前脚を士郎に切りつけられて大量出血しているからだ。横たわった獣の、頭の傍まで近づくと、長刀を上に大きく振りかぶった。
ザクッ――
真っ直ぐ喉元に突き立てる。ゴロゴロと奇妙な音を上げて、喉の裂け目から空気と大量の血が漏れ出した。恐らく、数分もせずに絶命するだろう。
次の敵はどれだ――!?
士郎は返り血を浴びた壮絶な風貌で、再び戦場をぐるりと見回す。
***
その頃、
戦術AIの指示通り、戦象を1頭仕留めた後、校舎の一角に多数の
血に飢えた奴らの視線の先には、ガラス一枚隔てて、多数の民間人――
その多くは、女性と子供、そして老人だった。みな一様にその顔を恐怖に酷く歪ませ、怯えて抱き合っていた。恐らく誰もが号泣している。
未来は、両手に握った長刀をあらためて構え直した。彼女は二刀流なのだ。基本、文字通り『癒し系』の異能しか持っていない彼女の攻撃手段は、フィジカルで敵を圧倒することしかない。これほどびっしりと奴らが貼り付いているのなら、徹底的に排除するまでだ。
1頭の
ようやく気付いたのだ。ガラス窓をガリガリカシカシと擦るより、体当たりしてブチ破ればいいのだということに――
その獣は、まるで犬たちがそうするように、その場で何度かクルクルと円状にうろつくと、ヒタッと立ち止まった。次の瞬間――
ダンッ――と踊り上がって、そのままガラス窓に体当たりする。バリィィン!!!
「きゃあァァァッ――!!!」
室内からは、人々の悲鳴が響き渡った。
ガラス窓が、あっけなくひび割れたその隙間から、彼女たちの嗚咽がようやく聞こえてくる。
だが、1頭の試みは、すぐに他の個体へと伝染していった。
ガウガウと低い唸り声を上げながら、複数の
窓ガラスは、もはや崩壊寸前だった。
もう駄目だ――!!
中の子供たちが、号泣しながらその目を必死で瞑った、その瞬間だった。
ピシィッ――
ピシピシィッ――!!
かまいたちのように空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、パァッ――と濃いピンク色の靄が広がる。そう――それは、首を刎ねられた
同時にドチャドチャドチャッ――と地面に転がったのは、切り刻まれた獣たちの肉片だった。
突然の出来事に、避難民たちは呆気に取られる。だが、その視線の先には、銀色の美しく長い髪をなびかせた、少女の姿があった。彼女の瞳は青白く淡く光り、怪物たちの返り血をたっぷり浴びていることもあって、どこか妖しげで、そしてゾッとするほど冷徹な空気を醸し出していた。だが――
子供たち、そして母親たちは、そんな未来に対し一斉に大歓声を上げる。
どんなに恐ろしげな外見だったとしても、彼女こそ、自分たちの絶体絶命のピンチに駆け付けてくれた、紛れもない
同じような光景が、敷地内のあちこちで繰り広げられていた。
4人のオメガたちは、それからしばらくの間、あちこちで異形の獣たちを切り刻んだ。
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