第367話 クロース・エンカウンター(DAY9-18)
『――南戦線、救援部隊がガンシップの墜落地点に到達しました!』
『SARマグレブに生命反応なし――パイロットは
『東戦線、敵戦車の出現を確認。機甲第3分隊はなおも健在――応戦中!』
『野戦病院が応援を求めています! 既に収容人数の限界を超えているとの――』
『北戦線は各所で
『西戦線は依然敵影感知できず――奇襲攻撃に警戒し――』
今や士郎のデバイスに入ってくる情報は、人間の思考許容量を超えそうな勢いだ。
本来なら作戦指揮所に留まって、他の幕僚とともに戦況全体を俯瞰し、適宜適切な判断指示を即座に下していかなければならない。だが、士郎は出雲大社に居場所を移していた。やむにやまれぬ事情があったからだ。ヒヒイロカネのご神体を守るのは、士郎の責任なのだ。
「――苦戦しておるようじゃのう!?」
「ウズメさま……」
大社の本殿に胡坐をかく士郎の傍には、副官の久遠と、そして神さまの
「じゃが、さすがはそちの軍勢じゃ。ギリギリのところで踏ん張っておる。守備隊の連中だけなら、イチコロじゃったわい」
「……恐れ入ります……ですが、このままでは消耗戦に引きずり込まれます」
士郎が懸念しているのは、「敵の攻勢を何とか押し留めているだけ」という現状だ。たとえばこのあと援軍が到着するまで、今を凌げばいいというのであれば、このまま歯を食いしばって我慢していればいい。だが、今さら日本各地に点在する我が国防軍を出雲に集結させるわけにはいかない。彼らは彼らで、各地で激戦を繰り広げている筈だからだ。所詮30万あまりの兵力で、日本列島全域を一斉に制圧することなどできないのだ。だったらここ出雲は、士郎たちの部隊と、そして四ノ宮が必死に送り込んでくれた増援部隊だけで何とかするしかない。
そもそも日本という国は、日本人が思っているほど小さな国ではないのだ。
千島列島や沖縄諸島など、南北に長く伸びる諸島群を除いたとしても、北海道から九州南端までのいわゆる「本土」部分だけで、軽く西ヨーロッパ全体を跨ぐくらいの長さがある。面的な広がり、というか幅がないだけで、日本の国土はそれなりに大きい。
第二次大戦末期、かの悪名高き『ダウンフォール作戦』で連合軍が日本本土に攻め込もうとした時の総兵力は、陸上戦力だけで約110万だった。それを考えると、いかな国防軍が敵を圧倒する最先端の軍事力を有しているとはいえ、やはりこの兵力は多少心許ない。F-38が今のところ使えない、という事態も、ボディブローのように少しずつ効き始めている。
「……海軍や宇宙軍がいれば、こんな中国軍などあっという間に日本全土から追い出せるのだがな……」
久遠も少し心配顔だ。士郎の副官になるまで、彼女は単なる一兵士だったから、こうやって戦域全体を見通して、刻々と移り変わる戦況とにらめっこする経験など皆無だったのだ。
だが最近は、士郎の傍にいるだけで、こうして戦いの推移を見守る機会が増えてきていた。
「かかっ――蒼流の娘っこも言うようになったのう!」
ウズメはなぜか嬉しそうである。
「か、からかわないでください! 私だって真剣なのだ……」
「うむ、よい心掛けじゃ。巫女とは常に世の平安を願い、人々の安寧を導く存在じゃからな」
「わ、私はもう……巫女ではないから……」
久遠は少しだけ困惑した様子で言い淀む。
彼女が『
というか、今となってはオリジナルの久遠がどんな人物だったのか、もはや誰一人――本人も含め――知る余地もないのだ。
「何を言う!? 元のそなたに
「そ、そんなものなんですか?」
士郎が割って入る。
「
思いがけないウズメの一言は、士郎の興味を大いに引いた。待てよ――!?
よく考えたら、まだこちらの世界の
少なくとも、オメガになっていなかったらこんな風に生きていた、といった「別ルート」を見ることができるかもしれない――
「――ところで」
ウズメの言葉に、士郎はハッと我に返る。
「そのうちゅうぐん……とやらは何なのじゃ? 海軍はよう理解しておるが、そっちはよう分からん」
「あ……はい。地球の低軌道上に遊
「ほぅ――それは豪気じゃのう。要するにオロチのような存在を機械で造ったということか」
そう言われると否定はしないが、そもそも「神」に例えるなど面映ゆい。宇宙艦隊は単なる科学技術の結晶であって、人智の及ばぬ神聖性など元からない。
「まぁ……超高空から垂直攻撃する様は、それこそ神話の世界の『神の怒り』のようなイメージがなくもないですが……」
「――なくもないとな!? というか昔は、そういうのは神々の専売特許じゃったぞい?」
「え――!?」
「まぁ、人間どももようやくその水準に知性を高めた、ということなのかの!? 感慨深いものじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください! そうすると、神話の話は事実だったと!?」
「……おぬしは何を言っておるのじゃ。神話とはもともと神々の生きざまを記したものぞ!?」
なんてことだ――
確かに世界中の神話には「神の怒り」とか「天罰」と称して、さまざまな破滅の描写が存在する。
一番有名なのが古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』だ。これは、ヒンドゥー経の聖典として極めて重要な地位を占める書物であるが、それには『インドラの雷』という、天から降り注ぐ超絶的兵器のような描写がある。
それが単なる暗喩的表現ではなく、事実を描写したものだとすると――!?
「まぁ、今はそれを語っておる暇もなかろう――どれ、では少しだけ加勢してやるとするか。そちたちの言う、そのうちゅうかんたいのような」
「え?」
「世界が異なるせいで、本来の軍勢の力が発揮できぬのであろう? それくらいのハンデは取り戻してやらんと、そちたちの献身に申し訳が立たぬわ。それに……奴もそれくらいはせんと仁義にもとるというものじゃ。蒼流の娘っこの件もあるでな。ちょっくら起こしてくるから待っておれ」
そう言うと、ウズメは何の予告もなくふっ――とその姿を掻き消した。
「あ! ちょっ――」
「……行ってしまったのだ……」
取り残された二人は、呆然と何もない空間を見守るしかない。その時だった――
『東戦線から入電!
その報告に、士郎たちは一瞬にして顔を強張らせる。怪我をしているはずのくるみが、率先して前に出たということは――
***
くるみは、東の空から猛烈な勢いでこちらに接近してくる未確認飛翔体が、只者ではないことを最初から感じ取っていた。
何よりその発するオーラである。禍々しい――と言うのが一番しっくりくる。
それが単なる中国軍の航空機であれば、最初からそんな空気は発していないはずだから、高速接近中のその存在の相手をするのは、ここでは自分しかいないというのを一瞬にして理解したのだ。アレは、オメガが相手にすべき敵だ――
唯一の懸念は、腹部の銃創だった。あの衛生兵によると、子宮が破裂しているのだという。そのせいで腹腔内大出血を引き起こしているから、すぐにでも子宮摘出が必要だと言われたが……
でも、そんなことをすれば自分の唯一の望みである士郎さんとの関係を結べなくなってしまう――
そのために、応急処置だけでこうやって戦線に復帰しているのだ。痛覚遮断処置をしているから痛みこそなかったものの、自分の身体がどこまでもつか分からないのもまた事実だ。だが、彼女の中ではどのみちそれはあり得ない選択だった。
だから、あの飛翔体が現れた時に悟ったのだ。
アレをやっつけて、士郎さんの元に意気揚々と戻るか――
なぜならくるみは士郎と「この戦いが終わったら、私との時間を作ってもらう」という約束をしているからだ。アレをやっつければ、この戦いは終わる――くるみはそれを、直感的に理解していた。
だがいっぽうで、アレからは相当危険な気配を感じる。
下手をすると刺し違える可能性もあった。だが、逃げるという選択肢は最初から存在しない。私はそのためにここにいるのであり、オメガが逃げたら、後はないのだ。もちろん、自分が負けるなどと思いたくはなかったが、今の状態で全力を尽くせる保障がないのもまた、事実だった。
いずれにせよ自分の運命は、この一戦で決まる――
すると、それまで恐るべき速さでこちらに突き進んでいた飛翔体が、突如として空中に静止した。それはホバリングとかそういった機械的なものではなく、やはりというべきか――人間がまるで神のようにふわりと宙に浮いている――そんな雰囲気だった。
飛翔体の直下は、中国軍と我々日本側が激突している、まさに最前線だった。そこでは、相変わらず多くの兵士が入り乱れて戦い、銃砲火が飛び交っている。それら戦闘の様子は、くるみの位置からも容易に確認することができる、
国防軍兵士は基本的に黒ずくめの戦闘服。特殊繊維で作られた防爆スーツが「黒色」だからだ。いっぽう守備隊の面々は、いわゆる昔ながらの国防色というか、カーキ色に近い緑色だ。
その飛翔体が直上に滞空すると、それら黒とカーキの兵士たちが異変に気付き、一斉に上空に向けて銃弾を放ち始めた。
三八式歩兵銃を持つ守備隊兵士たちの弾幕は、弾幕とも呼べない散発的なものだったが、国防軍の兵士たちは猛然と射撃を開始した。あっという間に飛翔体の周りは黒煙に包まれる。
だが――
突如としてその黒煙の中から眩いばかりの光条が放たれた。
それはある種
その何かはあっという間に上空の飛翔体に吸い込まれていったではないか――!?
「あ……あれはいったい……」
くるみは、一瞬にして背筋が凍えるのを感じた。
あれは兵士たちの「魂」だ。いや――そういう言い方が多少でもオカルトチックだと言うならば、「生体エネルギー」と言い直してもよい。
それをなんと呼ぶべきかはさておき、あの飛翔体が吸い取っているのは、兵士たちの何らかの生命エネルギーであることに、もはや疑いの余地はなかった。現に、地上の兵士たちは既に大半が地面に倒れ込んでいる。「魂」を抜かれてもはや
いっぽう飛翔体は、次の瞬間一回り大きくなった。厳密に言えば、大きくなったのはあの飛翔体が纏うオーラのようなエネルギー放射だ。身体そのものが大きくなったわけではない。
まさか――
あれは、つい数日前久遠と、そして未来が高千穂峡で遭遇したという、敵
その様は、どう見ても人の魂を吸い取っているようにしか見えなかった。そしてその存在は、そうやって吸い取った魂を糧に、目の前で一回り大きくなったみせたのだ。
喰った――のか……!?
くるみは、ハッとしてバイザーの倍率を上げた。前線の兵士たちがどうなっているか、急に胸騒ぎを覚えたのだ。
すると案の定、何かを吸い取られた兵士たちは、まるでミイラのように痩せこけて、そして――
干乾びている――!?
遠目では単に倒れているだけにしか見えなかった兵士たちは、既に単なる物体と化していた。しかも、エジプトのミイラのようにその水分と精気が完全に失われているではないか――!?
これ以上、前線の兵士たちを矢面に立たせておくわけにはいかなかった。
くるみは、腹部を無意識に庇いながら、敵辟邪に向かって敢然と跳躍する――
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