第366話 クロノス(DAY9-17)
所詮、技術格差による優位性など、圧倒的な数の前では殆ど意味をなさなかった。
時系列で言うとおよそ100年以上先の未来からやってきた国防軍ではあるが、1960年代の科学技術水準で造られた武器しか持たない旧式の軍隊である中国軍に押しまくられているのだ。どんなに個々の兵装が優れていても、60倍以上の兵力差の前ではどうにもならない。
とてつもなく高性能で威力のある武器だって、弾薬の数には限りがあるし、戦っているのは所詮同じ人間同士だ。防爆スーツで少しくらい防御力が高いからと言っても、人間は不死身ではないのだ。
傷ついた4人の搭乗員に、僅か2人ばかりの精鋭特殊部隊員が加わったところで、数百人の押し寄せる中国兵を制圧するなど、できるはずもなかった。
「――すまない……巻き込んでしまって……」
ひっきりなしに銃声が響く中、搭乗員の一人が2人の
「何弱気なことを言ってるんです!? 我々は、別に自殺するつもりで降下したんじゃありませんよッ!」
忙しく短機関銃を乱れ撃ちしながら、パラジャンパーの一人が気落ちしている搭乗員を激励する。
ガガガガガッ――!!
ダダダダダダダッ――!!!
今や、6名の兵士はガンシップの残骸の陰に隠れて防戦一方だ。すぐ目と鼻の先に、中国兵たちが肉薄している。
「……でもッ……マグレブも墜ちてしまって――」
「今はそんなこと言っても始まりません! 救援の地上部隊が来るまでここで何とか持ちこたえるんですッ!」
搭乗員たちが絶望するのも無理はない。
撃墜され、絶体絶命のピンチに飛来した
だが、あっという間にその細い糸が目の前で断ち切られてしまったのだ。一瞬でも望みが生まれてしまったせいで、ショックは余計に計り知れないだろう。
だからこそ、思いがけず2人のパラジャンパーが降下してきたことに驚愕し、そして涙を流して喜んだのだ。自分たちは、見捨てられたわけじゃなかった――ただ、そのことが嬉しかったのだ。
しかも彼らは
事実、彼らが駆け付けてから、確かに敵兵たちの勢いは衰えた。百発百中の彼らの狙撃は、確実に敵の足を止めたのだ。
だが、やはり多勢に無勢というのは如何ともしがたい。搭乗員たちは、それが単なる「時間稼ぎ」にしか過ぎないということに、徐々に気付き始めていた。パラジャンパーの合流は、自分たちの生還を意味しているわけではないと――
「……でも弾薬が……」
最初迫りくる敵兵に対してやたらめったら乱射していた搭乗員たちは、すぐに弾薬が心許ないことに気付いて、無駄弾を撃たないように気を遣い始めていた。ただでさえ射撃の腕が下手な彼らが、撃ち惜しみするようになって、ますます敵兵に当たらなくなる。
パラジャンパーが合流してからは、貴重な弾薬をすべて彼らに回すようにしたが、そうやって掻き集めた弾薬も既に残り少ない。
「分かってます! どのみちもうここには弾薬は残ってません。あとはコレです」
そういうと、救難兵は胸のハーネスに装着していた何かをスッと下向きに引き抜いた。
「――ナイフ!?」
「そうです。敵がこの機体に押し入ってきたら、このナイフで抵抗するしかありません。あとはコレ――」
「……こ、拳……ですか……!?」
「えぇ、もう最後は殴りつけるしか……」
そう言って、戦闘のプロたちは自分の拳を握り締めた。もはや事態はそこまで切迫していた。あとはその辺の瓦礫を投げつけるくらいしか、抵抗する術がない。
うぉぉぉオオ――!!!
ガンシップの外から、一際大きな敵の喚声が聞こえてきた。いわゆる「
「――もうとにかく、頑張るしかない! みんな、最期まで誇り高く戦い抜こうじゃないか!?」
パラジャンパーの一人が、一人ひとりに何かこぶし大のものを手渡していった。
「――しゅ、手榴弾……」
「もう駄目だと思ったら、それを使ってください! ではッ!」
そう言うと彼は、突然ガンシップの外に躍り出ていった。「あ! ちょっ――」
ガガガガガガガッ――!!!
ダダダダダダダッ――!!!!
それは、彼なりの決意だったのだろう。物凄い銃撃音がしばらく鳴り響く。少しでも敵を引き付けて、そして最期は――
バァァァァ――ン!!!!
突然の大爆発音が響き渡り、一瞬だけ、敵の銃撃がピタリと止んだ。外に躍り出た先ほどの彼が、多数の敵兵を道連れに、自爆したのだった。
「おいッッッ!!!」
搭乗員の一人が絶叫し、遮蔽物の隙間から外を覗く。案の定、爆発音が響いた先には、十数名の敵兵が血まみれで薙ぎ倒されていた。そのせいか、怒涛の如く押し寄せてきた他の敵兵たちもたじろいでいる。彼は自らの命を盾にして、少しでも時間稼ぎをしてくれたのだ。
続いてもう一人のパラジャンパーが口を開く。
「――じゃあ俺も行きます! もう少しで必ず救援部隊が来るはずです。絶対に希望を捨てないでください。では、お元気で――」
「おいッ! 待ってくれッ!!」
搭乗員たちが叫ぶが、その特殊部隊員はニコリと笑うと、最初の彼と同じようにためらうことなく外に飛び出していった。
ガガガガガガガッ――!!!
ダダダダダダダッ――!!!!
先ほどと同じだった。だが、少し違うのは、そこに時折チィーン! キィーン! という金属の擦過音が入り交じっていることだ。もしかしてコンバットナイフでやり合っている――!?
だが、それもじきに収まった。
再び遮蔽物の隙間から、搭乗員たちは外の様子を窺う。
「――クソっ……」
先ほどのパラジャンパーが、跪いていた。そして、その上半身には多数の銃剣が突き立てられている。恐らく飛び出ていってすぐに弾薬が尽き、ナイフで切りかかったのだろう。それを敵兵たちは至近距離からまさに蜂の巣にしたうえで、トドメとばかりに銃剣を突き立てたのだ。
その様子から、恐らく彼は最期、手榴弾に点火する暇もなかったのだと思われた。あるいはもはや、身体が言うことをきかなかったか――彼はそのままの姿勢で、絶命していた。
結局、降下した二人の航空救難兵は、搭乗員たちを助けることができなかったのだろうか――!?
その答えは、このあとすぐに分かることになる。
「……クッそうッ!!!!」
残された搭乗員の一人が、たまたま足許に転がっていた信号弾発射機を外の敵兵に向けた。
もはや殺傷力はないが、それでも撃たずにはいられなかった。
ポシュゥゥゥゥ――――ン
ポシュゥゥゥゥ――――ン
それを見た中国兵たちの嘲笑が、ドッと沸き起こった。もはや撃つ弾もなくなって、信号弾を撃ってきやがった、という感じだ。
それがきっかけとなったかのように、敵兵たちはゆっくりとガンシップの残骸の方に近付いてくる。もはや撃たれることもないと分かったのか、完全に舐め切った態度だった。
だが、その時別の搭乗員が、先ほど渡された手榴弾をグッと握り締めた。ピンを抜く。
「――それ……自決用だぞ……」
「はぁ!? このまま馬鹿にされて嬲り殺しにされんのは……俺は嫌だ!」
「でも、それがないとひと思いに死ねなくなるぞ!?」
「構うもんかッ! とにかく俺は腹が立つんだよッ!!」
言うが早いか、彼は手榴弾をガンシップの外に放り投げた。
ダァァァァァン!!!
突如として上がる複数の悲鳴。手榴弾を放り込まれた一角の敵兵たちが、何人も薙ぎ倒される。だが、それが奴らの剥き出しの敵意に火をつけたのだろうか。
先ほど一旦弛緩した空気が、あらためて一変した。ウォォォォと地鳴りのような叫び声が湧き上がると同時に、無数の敵兵が血相変えて襲い掛かってくる。
クソッ!! もう駄目だ――
だが、次の瞬間――
先頭切って走り込んできた敵兵集団の前を、一瞬何かが通り過ぎた。直後――
ブシュゥゥゥゥゥ――
ラスベガスの噴水ショーのように、敵兵の頭部から何かが一斉に噴き上がった。
へ――!?
何が起こった――!?
数秒後、後続の中国兵たちに真っ赤な噴水が嫌というほど降りかかる。五つか六つの頭部が、まるでラグビーボールのように敵集団の中に転がって行ったのだ。敵兵たちは、パニックに陥った。
突然のことに、搭乗員たちも呆気に取られる。
「――お待たせしたのです!」
唐突に、ガンシップの中に可愛らしい声が響いた。
いつの間にかそこにいたのは小柄な少女――
その顔はどこまでも無表情で、だが恐ろしく整った顔立ちであった。明るい栗色の長髪と相まって、彼女はまるで
お……オメガだ――!
搭乗員たちがホンモノのオメガを見たのは、その時が初めてだった。だが同時に、彼らは心の底から思ったのだ。助かったと――
もともとオメガ特戦群は、
だがガンシップの搭乗員たちは、別の航空団からこの戦場に支援で入った者たちだ。普段オメガなんて連中と付き合ったことなどないから、ある種一般人が芸能人に出会ったようなものだ。
そして、この無敵の兵士がいる戦場で、我々は絶対に負けることはない――と聞いている。どんなに劣勢でも、あっという間に敵を蹴散らしてしまうのだと……
まさに今そのオメガが、自分たちを助けに来てくれた――!
それは、本当に間一髪のタイミングだった。
彼らの死が、報われた瞬間だった。
搭乗員たちは、あらためてマグレブのパイロットと、そして2人のパラジャンパーに感謝する。もう大丈夫だ。ありがとう――
「……少し、待っていてください」
そのオメガ少女は、搭乗員たちにそう告げると、ダンッ――と跳躍して再びその姿を掻き消した。一瞬のち、先ほどの噴水ショーで完全にパニックに陥った中国軍のド真ん中に現れる。
「……あの子……もしかしてクロノスって言うんじゃないか!?」
「クロノス?」
「あぁ、<時間の支配者>って別名のある子だ。とにかく彼女の反応速度は半端ないんだ。見てろ……」
その搭乗員の言う通り、亜紀乃はまるで残像のようだった。そこに現れたかと思うと、次の瞬間あちらに現れる。そして、彼女を視認した直後、周囲にいた敵兵たちは例外なく切り刻まれて、まるでサイコロステーキのようにただの肉塊に変わり果てるのだ。
その動きは、まさに
彼女の持つ武器は――あまりの速さで細かいところまで追いきれないが――どうやら長刀のようであった。先ほどから敵兵を切り刻んでいるのは、あの恐ろしく鋭い剣だった。
何せ、振り抜く速度が速すぎて、切った直後は切断されたことすら分からない。だが次の瞬間、敵兵が動くと同時にその首とか胴体がズルっと斜めに落ちるのだ。切られた本人すら、それでようやく自分が既に両断されていたことに気が付くという戦慄。
そして何より肝心なのは、彼女の場合、敵がどんなに大勢でも一向にその攻撃の勢いが落ちないことだ。先ほどから既に十数名の敵兵が切り刻まれているが、なおも彼女は加速して、より広範囲の敵に躍りかかっている。
ガンシップの全周をぐるりと取り囲んでいた多数の敵兵が、俄かに動揺し始めた。
亜紀乃は、片側の敵を殺ったかと思えば、一瞬のちには真反対サイドの敵を切り刻んでいる。その移動にかかる所要時間は、せいぜい1秒ほどだろうか。瞬きしているうちに目の前に現れるから、どの位置にいようが敵はとにかくここから逃げ出すしかなくなった。
あっという間にガンシップから敵が後退していく。無数の肉片と血だまりを周囲に残し、彼らは我先に逃げ出していた。
それでも亜紀乃は容赦しない。背中を向けて全力疾走で逃げていく敵兵たちに追いすがり、これを切り刻んだ。中には、走っている最中に両脚を太腿の部分で両断され、脚だけ残して上半身だけ数メートル前方に転げ落ちる者までいる始末だった。
もはやこうなると、敵はどんなに上官が督戦しようがガンシップの傍には近寄ろうとはしなくなった。そしてそれこそが、亜紀乃の狙いでもあった。
こうして、周囲には半径数百メートルの安全地帯があっという間に出来上がる。
それを確認した亜紀乃はその場で仁王立ちになり、ブンッ――と長刀を袈裟懸けに振り抜いた。
ヒヒイロカネで鍛えたその刃は見たところまったく刃
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