第351話 破壊工作(DAY9-2)
『――ごッ……
作戦指揮所のオペレーターが、突然悲鳴のような報告を上げた。その瞬間、辺りが騒然となる。
意表を突かれた形の士郎は、それでも辛うじて冷静を装い、続報を求めた。
「どこの隊だ!?」
『――南戦線、
第1分隊だと――!?
「被弾状況はッ?」
『……それが……シエラからの発砲確認できず』
「何だとッ!?」
『じ……自爆かと……』
『また1輌! 爆発炎上しましたッ!!』
『――今度は2分隊ですッ!!』
「どうなってるッ!?」
士郎は、次々と寄せられる被害状況に混乱を隠し切れなくなっていた。
『――被害車輛判明しましたッ! 131号と132号――いずれも分隊長車ですッ!!』
「分隊長車だとッ!? シエラからの発砲はないんだな?」
『はいッ! まだ交戦前ですッ!!』
第3機甲小隊――
台湾出身の天才戦車兵、
『チューチュー戦闘団』の異名を持つ陸軍最強の戦車部隊で、今はオメガ特戦群に所属する、れっきとした士郎直属の機甲小隊だ。
3輌で編制される1個分隊を最小単位として、計3個分隊と支援用の1輌からなる総計10輌の『八〇式自律型高機動多脚戦車<改>型』を保有する。この『改型』を操っていることこそが、彼女たちの小隊が「最強」と呼ばれる理由の一つだ。
無印型と改型の大きな違いは、その脚の本数だ。前者が6本脚であるのに対し、後者は8本脚。その分ロードクリアランス性能に優れ、射撃姿勢もより微細な調整が可能だ。当然運動性能も格段に高く、敵地上兵力との格闘機動にも優れる。
ではなぜ、彼女の小隊だけにこの『改型』が配備されているのかといえば、ありていに言えばそれは彼女たちにしか操作できないからだ。6本脚と8本脚の差は、想像以上に大きい。言うなればそれは、変態的な操縦技術が求められるものなのだ。
そもそも多脚戦車は、人間が直感的に操作できるような代物ではない。だって人間には、両手と両脚を合わせても4本しか
美玲が天才と呼ばれるのは、6本でも制御が難しい8本という脚を、まるで自分の手足のように自在に操るセンスを生まれながらに持っているからだ。そして彼女率いるチューチュー戦闘団の戦車兵たちは、一年365日みっちりこの天才の手ほどきを受けている。
だから彼らはこの変態的最強陸上兵器を操ることができるし、だからこそ彼らは陸軍最強部隊なのだ。特殊素材で出来た複合装甲とその独特の形状は、現在地球上に存在するほぼすべての弾体兵器を弾き返すし、装備する火器も徹甲弾ではなく
その八〇式改が、敵と交戦する前に爆発炎上しただと――!?
「なぜ分隊長車なのだ!?」
131号は美玲が騎乗する第1分隊の隊長車。そして132号は第2分隊の隊長車だ。はッ――!
「おいッ! 3分隊はッ!?」
『第3分隊は未だ東戦線に到着しておりません! 現在移動中かと』
「まだ異常はないんだな!?」
『はッ――どうします? 止めますか!?』
「そ、そうだな……至急止めて緊急点検を――」
「止めない方がいいんじゃないか?」
唐突に別の声が割り込んできた。
「――叶少佐……」
先ほどから作戦指揮所の隅で状況を見守っていた、オメガ研究班長にして天才科学者の叶だった。
「131号も132号も、敵の攻撃を受けていなかったんだろ?」
「えぇ」
「――前線に到着し、一旦止まって……それから動き始めた途端、爆発したんじゃないのかね?」
『……1分隊と2分隊は一緒に移動して、30分前には前線に到着していたようです』
別のオペレーターがすかさず補足する。
「ふむ……ではこれは、敵の破壊工作だとみた方がいい」
「破壊工作!?」
「あぁ、だって自爆したのはいずれも分隊長車だったんだろう? 隊の指揮系統を最も効率的に無力化できるし、一旦前線に着いてから、あらためて再起動した時に爆発したってのも、相当臭うよね……基地を出発する時じゃなく、前線で立ち往生させれば、修理も覚束ないし――混乱はより増幅する」
確かにその通りだった。では――
「――ということは、同じ細工を3分隊の隊長車にも仕掛けている可能性が高い。一旦機関を止めてしまうと、次動き出した途端にドカン――!」
「――3分隊はそのまま移動させろ! 絶対に動力を止めるなと伝えるんだッ!」
『
オペレーターが機器にかじりついた。
「――やっぱり、彼の仕業でしょうか?」
隣で見守っていた、守備隊の髙木隊長が不安そうに尋ねる。
「まだ断定はできませんが……可能性は排除しないほうがいいでしょう」
士郎は、クッと唇を噛んだ。美玲――
彼女の、口は悪いが屈託のない笑顔をふと思い浮かべる。そうだ! 安否確認――!!
「南戦線の前線指揮官は誰だ!?」
『田渕曹長です』
「ただちに爆発車輛の乗員の安否確認に向かわせろ!」
『はッ――えと、ですが……シエラが攻撃を開始したようです』
「なにッ!?」
呼応しているのか――!?
隊長車が行動不能になったタイミングで一斉に攻撃を仕掛けてきたということは、もはや疑いようがなさそうだった。それにしても――
「少佐、ひとつお伺いしたいのですが、車爆弾っていうのは、一旦動力を止めて再起動した時に爆発するようにセットすることなんて、出来るんでしょうか?」
「――できるだろうね。バッテリー感知型の爆発物なら」
「バッテリー感知型?」
「あぁ、通常車爆弾というのは、エンジンを掛けた時に通電することで起爆装置が作動する。今回の場合は、一旦通電が止まった時に安全装置が解除され、次に通電した時は安全装置が作動せずにそのまま爆発するよう二段階の仕掛けが施されていたのだろう。詳しく説明はしないがこの程度の細工、軍で爆発物製造に携わったことのある者なら比較的簡単に作ることができる。それに――」
叶が士郎をキッと見据えた。
「このやり方は、戦車の運用を良く知っている者、陸戦に精通した者しか思いつかない」
戦車の運用に精通……
あぁ、そうか――戦車というのは、基本的に待機している時は動力を切っているものだ。無駄にアイドリングしていると、なにより燃料を食うし、駆動音も半端ない。特に前線に近い位置で待機する場合は、来るべき戦闘に備え、必要以外は動力を切って待機しているのが普通なのだ。
『――南戦線の現場指揮官より入電! 131号の目視確認が出来たとのこと!』
突然、オペレーターから報告が入る。
田渕曹長、既に戦闘が始まっているのに、わざわざ安否確認に行ってくれたのか――
「話せ!」
『はッ――131号から距離50メートル程度での目視情報とのことですが……』
「構わんッ」
『……続けます! 131号は大破。中心装甲殻と脚部は完全に断裂。乗員区画は亀裂が入り、内部から激しく炎上している模様。乗員の生存は……不明です』
クソ……内部から激しく炎上ってことは、生存はほぼ絶望的ってことじゃないか!?
「――生命維持装置の反応はッ?」
『ありません……』
別のオペレーターが、本作戦に従事している国防軍全兵士の
「ありませんとはどういうことだッ!?」
『……当該兵員が着用していたバイタルモニターそのものの反応が消失している、ということです』
「と……言うことは……まだ死んだと決まったわけじゃないな!?」
『は……はい、ですが、132号車の3名は全員『死亡』と表示されています』
彼らの場合は、モニター自体は情報を送ってきていて、心拍、脳波、呼吸いずれもフラットラインを示している。この表示が示すのはただひとつ――生命反応が途絶、すなわち絶命している、ということだ。
だとすれば、彼らと同じ状況で爆発した131号車の乗員も、ほぼ同じようなダメージを受けたに違いない。信号をロストしているということは、彼女たちが着用していたバイタル端末は、爆発のせいで単純に燃えて融解したということなのではないだろうか……
なんということだ――
「――中心装甲殻と脚部が断裂して、内部から炎上しているということは、やはり
パワーパックとは、戦車の
故障しやすいがために、何か問題があればこのパックごと全体を入れ替える仕組みになっている。そうすれば、僅かな換装時間でただちに戦線復帰できるわけだ。ただし、換装しやすいということは、一番弱い部分ということでもある。
「――戦車というのは、一旦戦端が開かれると全力機動するからね。出力ゼロから最大戦速まで、一気にフルスロットルを何度となく行うし、トルクを上限いっぱいまで上げて駆動するために、ローギアで全開にしたりする。だからパワーパックは結構すぐに摩耗して、頻繁に交換対象となるパーツでもあるんだ。そのために、誰でもすぐ入れ替えができるよう、認証なしで外側から出し入れ可能だ」
「その盲点を突いて、破壊工作を仕掛けられた――ということですか?」
「まぁそういうことだろうね……アクセス認証が不要ということは、起動前点検で異常操作のワーニングメッセージも出ないということだ」
まさに知能犯だ。こんなことを思いつくのは、プロの工作員以外に考えられない。今の話だって、そもそも多脚戦車を見たこともない者は気が付くわけがない。絶対に整備員が作業している様子を隠れて観察していて、その弱点に気付いたに違いないのだ。
やはり事前に潜入して、様子を窺える時間があった奴の犯行だ。つまり――
「他にも破壊工作を仕掛けられていないかッ! 各班ただちに点検しろッ! 特に飛行隊ッ!!」
『――了解。赤城飛行隊整備班にただちに伝達します』
「点検完了するまでフライトはNGだッ!」
さすがの士郎も、堪忍袋の緒が切れていた。
士官学校時代からの、大切な後輩――
演習で谷に転落し、両脚骨折の重傷を負って一度は戦車乗りになる夢を諦めかけた彼女は、それでも必死にリハビリしてようやく念願の戦車兵になったのだ。
日本での身元引受人が元やくざだったせいで、すこぶる口は悪いが、士郎を慕っていつも子犬のようにまとわりついていた美玲。彼が大変な時はいつだって、地球を半周してでも駆け付けてくれた可愛い後輩――
こんな卑劣な工作で、戦う前に命を落とすなんて……
「――オメガたちを全員招集しろ……
『はッ! デビルフィッシュはたった今こちらの指揮所に到着しました。クロノスは現在浜山公園付近を東進中。こちらへ向かっていると思われます』
ほどなく、久遠が指揮所に戻ってきた。ぴっちりとした防爆スーツだけ着込んでいる。不可視化のためにそれまで全裸だったものを、取り急ぎスーツだけ着用したといったところなのだろう。
「――士郎!」
早足で出入口から突き進んでくる。目の前に立った彼女からは、硝煙と血の臭いが漂っていた。
「あぁ、ご苦労だったな」
「どうした!? 浮かない顔をして……」
「美玲がやられた……工作員の破壊活動のせいだ」
「なんだと!? あの戦車隊の隊長さんか……」
確か士郎とあの
同じ男性を好きになった誰かが亡くなるのは、なんだか普通よりも胸が痛むな……
「――それより、監視哨の少年兵はどうした?」
「あぁ、それなら救護所に放り込んできたぞ」
「――和也は……髙木二等兵の様子は……?」
守備隊長の髙木が思わず訊ねる。士郎はその時、初めて気が付いた。
「え……そうか、少年兵って、髙木隊長のご子息でしたか――!」
「え、えぇ……戦闘に私情を挟んではと思い、特に申しあげておりませんでしたが……」
髙木は、バツの悪そうな顔で士郎と久遠を交互に見つめる。
「そんな……仰っていただければもっと早く救出を――」
「いえ、いいのです。息子も私も、もとより覚悟は出来ておりますので……」
「ま、今のところ現実を思い知って落ち込んでおるようだから、一瞬でも父親として顔を見せられるのがよいかと思うぞ」
久遠が涼しい顔をして言い放った。基本的に彼女は、ナヨナヨした男があまり好きではないのだ。ただ、比べるのが
「――お、恐れ入ります。後で……結構です……」
髙木は、小さく肩をすぼめた。
そうこうしているうちに、どやどやと他のオメガも指揮所に入ってきた。
「――あれ? キノちゃんは?」
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