第348話 都市攻囲戦(DAY8-12)

 出雲市街地を攻撃する人民解放軍の主力部隊は、予想通り3方向から迫りつつあった。


 もうすぐ日付が変わる。気が付くと、冷たい雨がポツポツと降り始めていた。厳しい山陰の冬を告げる、憂鬱な雨だ。


『敵部隊、市街地への侵攻を開始しました。主戦線は南――規模はおよそ2個師団と推定』

『東と北からの侵攻敵兵力はそれぞれ1個師団規模です。今からこの3方向をそれぞれ南戦線、東戦線、北戦線と名付けます――』

『――南敵はシエラ、東敵はエコー、北敵はノベンバーと符牒合わせ』

『符牒合わせヨシ』

『その他はボギーと呼称――指揮官、よろしいか?』

「――あぁ、問題ない」


 士郎は、市役所跡地に構えた作戦指揮所に陣取っていた。先ほどからひっきりなしにオペレーターたちの報告が上がってくる。オメガ特殊作戦群をはじめとする国防軍は、少し前から完全に覚醒して全力展開中であった。


「――思ったより早く来ましたね」

「えぇ、ですが、想定内です」


 髙木が士郎に話しかける。今回彼は最前線ではなく、作戦指揮所で守備隊全体をハンドリングするよう、士郎から要請されていた。要するに、彼の補佐役だ。国防軍と現地守備隊が共同で防衛任務に就く以上、両者の連携は不可欠だからだ。


「――しかし、敵の接近を二時間以上前から捕捉するとは……未来みらいの軍隊とはとんでもない索敵能力をお持ちだ」

「えぇ、まぁ……無人機を空中哨戒させておけば、なんということはありません」


 髙木自身も、今回の役割を気に入っている。士郎たちの部隊運用を間近で見る絶好のチャンスだからだ。先ほどの話ではないが、結局自分たちの将来を創るのは自分たちでしかない。少しでも参考になるものを見聞きして、いつか自力で未来を切り拓くのだ――

 それに、今回はその国防軍が一緒に戦ってくれる。彼我の戦力差は如何ともしがたいが、彼らの圧倒的火力は、それでも十分信頼に値する。


『――未確認情報ですが、西側からも敵小規模部隊が侵入した形跡があります』

「どこからの情報だ!?」

『はッ――日御碕ひのみさき灯台監視哨からです』


 和也――!

 髙木は、長男の和也が敵と接触したことを確信する。大丈夫だろうか……怪我は!? まさか……!?

 むくむくと湧き上がる不安を押し殺し、隣の士郎の様子を窺う。


「……あそこは確か敵空爆部隊の第一発見者だったな。ならば今回も信用できるだろう――西側にも警戒線を張れ」

了解コピー――西敵はウィスキーと呼称します』

「ウィスキーは無人機で発見できなかった。特殊部隊の可能性が高い。十分警戒せよ」

『全軍に注意喚起します』


 息子の報告を信頼してくれた――

 現在確認されているだけで4個師団、8万人規模の敵部隊が街を攻囲しつつある。それに対してこちらは全部合わせても約1,500人。そんな中で、さらに一方向に兵力を割くというのは、作戦上相当な負担になるはずだ。だが、石動いするぎ中尉はそんな中で日御碕――息子からの報告を重要情報と見做したのだ。髙木は、それがなんだか嬉しかった。


『――指揮官COへ報告。赤城飛行隊、いつでもフライト可能』

『――COへ報告。第3機甲小隊も進発準備整う』

「赤城飛行隊はそのまま別命あるまで待機、3甲は2個分隊をシエラ、1個分隊をエコーに当てる。ただちに転進せよ――ただし、ステルス移動だ」

命令受領アファーマティヴ――ただちに小隊長へ伝達する』


 作戦指揮所は、時を追うごとに喧噪を増していた。

 凄い――髙木は、国防軍の指揮統率に舌を巻く。まるで将棋盤だな、と思った。敵味方それぞれの駒がどこにいて、どれくらいの強さなのか、ここにいる指揮官はそのすべてを掌握しているのだ。見えない敵を相手に、出たとこ勝負で防衛戦を繰り広げていた自分たちとは、最初から比べ物にならない。


「――どうしました? 髙木隊長!?」

「い、いえ……もう我々の出る幕はないんじゃないかと思って、少し気後れしています」

「そんなことありませんよ、現に――」


 言いかけたところで新たな報告が入る。


『――守備隊第1梯団よりCOへ報告。まもなく住民避難は完了する模様』

「ほら、皆さんのおかげで出雲市民は安全地帯に退避できました」

「……そ、そうですね……なによりです」


 今回家族のいる守備隊義勇兵たちに時限休暇を取らせた、もうひとつの理由――

 それは、帰宅してそのまま自分の家族を、指定された避難場所に連れて行くためだった。午後10時を回って各家の夕餉がほぼ終わった頃、義勇兵たちは続々と浜山公園傍の、とある一角に家族と連れ立って移動し始めていた。

 そこにあったのは、士郎たちの『現世うつしよ』では既に一般的であった、電磁防壁で覆われたドーム状の安全地帯だ。ここに逃げ込みさえすれば、大抵の敵の攻撃からは身を守れる。少なくとも初撃を防ぐことができれば、あとは烈火の如く反撃を繰り出せばいい。


「――街並みや家々が破壊されることについては、この際諦めてください。今回は総力戦になりそうだ」

「えぇ、分かってます。今回義勇兵たちは、避難拠点を死守します」

「頼みましたよ!? どんなに鉄壁の防備でも、必ず漏れはある……最終ラインのゴールキーパーは、あなたたちだ」


 それを聞いて、髙木はハッと気づいた。そうか――この人たちにとっての勝利条件は、敵の撃破ではないのだ。

 出雲大社を守るのも、社殿を守ることそのものが目的なのではなく、そのご神体とされる幻の希少金属「ヒヒイロカネ」を守り抜くためだ。彼らの戦略・戦術は、すべてそこに昇華される。だから、住民保護にまで手が回らない――そこは任せましたよ、というわけだ。


 やってやろうじゃないか――!

 その時だった。


『敵、長射程曲射砲弾多数の接近を確認!』

『方位ヒトマルフタ! 弾着20秒前!』

『弾着予測範囲はポイントFB77からHE126対角線内! 商店街付近です』

『――弾着10とぉ秒前! 8……7……6……5秒前――』

爆発反応鉄片ERI撒布!』

『――ERI撒布ッ!』

『――だんちゃーく、今ッ!』


 その瞬間、ズズゥゥ――――ンンン!!! という大きな重低音が、出雲市街地全体に響き渡った。同時に、巨大な爆炎が噴き上がる。恐らくそこから数ブロックしか離れていないここ作戦指揮所も、地震のような振動で部屋全体がビリビリと震え、天井から埃が降ってきた。だが――


『……通信回復。該当エリア担当分隊から報告。敵榴弾は空中で爆発。繰り返す――敵榴弾は空中で爆発。地上の損害は軽微。死傷者なし』

「了解した――引き続き警戒せよ」


 凄い――凄すぎる。

 敵榴弾砲の飽和攻撃を食い止めただと――!?


「い、今のは――」

「ERI――榴弾砲が直撃する寸前に、空中に誘爆用の鉄片を一斉に撒布するんです。そうすると弾着する前に敵砲弾の信管が作動して、地表に着弾する前に空中で爆発して終わりです」

「――それはしかし、砲弾の運動エネルギーはどうなるのです? 空中で誘爆したって、そのまま火の玉が地面に飛び込んでくるじゃ――」

「だからERIは撒布鉄片チャフなんです。一箇所が反応して爆発すると、周辺のチャフも一斉に大爆発を起こすようになっています。この爆圧によって、撒布範囲全体の大気がいわばエアバッグの役割を果たす。それによって砲弾を撥ね返します」


 これは、以前オメガ実験小隊が大陸において、敵の榴弾砲攻撃で大損害を蒙った戦訓によって開発された防御システムだ。電子戦に頼り過ぎてアナログな榴弾を防ぎきれなかった、苦い経験だ。ちなみにゆずりはが右腕を失ったのも、この時の大混乱がきっかけだった。


「――なら、敵の無差別砲撃には十分耐えられると!?」

「そのつもりです。都市攻囲戦は、戦史上今まで何度も起きている。我々はその戦訓をすべて承知しています」


 士郎の言う通り、人類はその歴史上、何度も繰り返し都市の攻囲戦を経験してきた。

 その中でも、もっとも有名なのは『バトル・オブ・スターリングラード』――ソ連とドイツおよびその同盟軍が繰り広げた、人類史上最も凄惨で、最も犠牲者の多かった「スターリングラード攻防戦」だろう。

 約7か月間に及んだこの戦いは、第二次大戦における独ソ戦の帰趨を決する極めて重要な節目となったと見做されており、ドイツはこの戦いに敗北することで一気に戦況が悪化していく。死傷者もすさまじく、独ソ双方の戦死傷者は合計200万人以上、また元々ここに暮らしていた60万人の市民のうち、戦闘後まで生き残っていたのは僅か9千人余り。市民の実に98パーセント以上が死亡するという大惨事となった。


 この戦いの始まりも、やはり空爆であった。ドイツ第4航空師団は、スターリングラード市街地に対し、延べ2,000機、爆弾総量1,000トンにも及ぶ苛烈な絨毯爆撃を開始。それに呼応した第6軍は11個師団という大兵力で、猛烈な砲撃とともに市街地への突入を開始したのだ。


「――まぁ、スターリングラードに比べれば、大したことありませんね」


 士郎は、かの有名な地獄の攻防戦をわざわざ引き合いに出した。髙木だってもともと陸士出身だ。その戦いのことは、よく知っている。


「――中尉はスターリングラードを意識しておいでか!?」

「えぇ、あの攻防戦には多くの教訓があります。第一に、ドイツは街を破壊し過ぎた。緒戦で瓦礫の山と化した市街地が無数の遮蔽物を作り、街を要塞にしてしまったんです。ソ連軍はそれを活用して、ドイツ軍を地獄の市街戦に引きずり込んだ。建物一つ、部屋一つを奪い合う、血で血を洗う白兵戦を強いたのです」

「ほぅ……」

「もうひとつは、電撃的なスピードを持ち、平地での戦闘に最も適した虎の子の機甲部隊を、この市街戦に投入したことです。もちろん、四方八方から銃撃される市街戦では、装甲があったほうが身を守りやすい。ですが、機甲部隊はその瓦礫の山のせいで完全に足を止められた。おまけに、建物の高いところから間断なく攻撃されたのです。戦車の装甲の一番弱いところを知っていますか?」

「……それは……後部、いや――上部だ」

「そうです。一番装甲の薄い上部を、常に高い位置から狙われた。足が止まった戦車に、火炎瓶が投げ込まれた。そうやって一輌一輌、潰されていったのです」


 この人は、実によく戦訓を研究している。髙木は素直に感心した。


「――で、では、今の榴弾砲攻撃を防いだ意図は? スターリングラードと同じように、街を瓦礫化すれば守りやすいのでは!?」

「日本の家屋は燃えるんです」

「――あ!」

「スターリングラードが瓦礫の山と化したのは、建物が石とレンガで造られていたからです。木造建築が主流の日本では、街は瓦礫化しない――焦土と化すのです」

「――そしたら一気に見晴らしがよくなってしまう……」

「そういうことです。ただし、その代わりと言ってはなんですが、出雲の市街地は実に入り組んでいて、道路も狭い。ある意味それは、違った意味での要塞――迷路です。西洋の都市のように、碁盤目状に造られていない分、攻めるのは骨が折れます」


 あぁ、この中尉は、まだ出雲に着いて数日しか経っていないのに、実に地の利を把握している。


「問題は、三つ目の教訓です。市街戦で混戦になったせいで、ドイツ軍はお得意の航空支援、砲兵隊支援が行えなくなった。敵味方が入り乱れてしまうと、もはや歩兵同士が肉弾戦を行うしかありません。そうなれば、数に勝る方が次第に優勢になる。いくらドイツ軍が最新の強力な武器を持っていても、関係なくなってしまったのです。人間は、どんなに旧式なライフルから発射されたものであろうと、銃弾一発で斃せてしまうし、棍棒で殴られたって命を落としてしまうのです」

「――それって……」

「えぇ、ここでいうドイツ軍とは、まさに我が国防軍のことです。我々は、敵が見たこともないような最新兵器の数々を持っていますが、白兵戦になればそんなことは意味をなさなくなる……」

「で、では――」

「ですから、我々には白兵戦CQB専門の兵士たちがいます」


 ――――!?

 白兵戦専門だと!? それはいったい――


 その時、オペレーターの一人から報告が入った。


『――デビルフィッシュより入電オンライン。クロノスが日御碕監視哨付近にて接敵した模様』

「状況は?」

『はッ――不規則遭遇戦のようです。監視哨の義勇兵が襲撃されたところにたまたま居合わせ、これを撃退。ただし敵後続部隊なおも多数上陸中とのことで、秘匿行動を解除し、クロノスの援護に入っていいかどうかの判断を求めています』

「兵が……襲撃された……!?」


 髙木が横から口を挟む。当然だ。襲撃されたのは、息子かもしれないのだ。


「こちらの被害は?」

『現在監視哨の偵察兵が2名戦死KIA、1名は受傷するも命に別条なしとのこと。それと――時限休暇中に訪れていた義勇兵が1名、これとは別に現場に居合わせているようです』

「――それは、もしかして黒岩兵長か!?」

『お待ちください……』


 久遠デビルフィッシュには、亜紀乃クロノスの監視任務に当たってもらっているところだ。その亜紀乃が日御碕にいるということは、当然同行しているのは黒岩だろう。敵の潜入工作員疑惑のある、監視対象――


『――確認取れました。黒岩兵長で間違いないようです』

「……ならば、デビルフィッシュの要請は却下ネガティヴだ。引き続き任務を継続せよ、と伝えろ」

命令受領アファーマティヴ――』


 髙木は、士郎に気付かれないよう、クッ――と唇を噛んだ。

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