第311話 神さまの常識(DAY6-8)

「ウズメさまっ! ぜひとも、お話の続きを――」

「士郎くんは駄目ですっ! 軍人の本分に専念してください!」

「えぇ……」


 意識を取り戻した士郎は、ウズメの語ったさまざまな話を一同から伝え聞いて、後悔しきりなのである。歴史好きの彼にとって、直に神さまの話が聞けるチャンスなんて、何物にも代えがたい経験……というか、普通なら願ってもあり得ない出来事なのだ。ぜひ、話の続きを――!! 聞きたいことは山ほどあるのだ――!!

 だが――


「この神さまは、ちょっとえっちいのです。士郎くんだってたった今まで、気絶していたではありませんか!」


 未来みくが、いつになく手厳しいのだ。未来だけではない。久遠も、くるみも、そしてゆずりはも、なぜだか士郎の周りをガッチガチに取り囲んで、ウズメに近付けないようにガードしている。


「かかかっ――娘っこども、よほどわらわにこやつを寝取られたことが悔しいとみえる。いやつらめ」


 「いやつって?」「けなげってことなのです」――かざりが、亜紀乃にウズメの言葉の意味を聞いている。この神さまの言葉遣いは、ちょっとだけ難しいのだ。


「え? 寝取られた!? 俺、ウズメさまに何かされたのか?」

「――士郎さんは覚えてないのですか?」

「お、おぅ……なんかいきなり意識が飛んで――あ……!」

「……むぅ……その様子だと、思い出したようだな士郎……」


 久遠が、少し怒ったような、困ったような顔で士郎を見つめ返す。そんなオメガたちに、ウズメが語りかける。


「おぬしたち、こやつとはそれなりにシておるようではないか!? 何をためらっておるのだ?」

「え?」

「え? ――ではない。わらわは神であるぞ。そんなもの、言わずとも分かるわい」

「……へぇ!? そうなんだ石動いするぎくん?」


 叶が割り込んでくる。かつてオメガたちと「体液交換しろ」と言い出した張本人である。そう言えばあの四ノ宮公認の命令は、未来が見つかって奪還されたことで、有耶無耶になったままだ。


「いっ……いえ……というか……よく……分からんのです……」


 士郎がしどろもどろになる。久遠とくるみが、真っ赤になった。滅茶苦茶心当たりがある、と言っているようなものだ。それを見た未来と楪が目を丸く見開いて、今にも噴火しそうな勢いだ。


「――ははーん、であるか……」


 相変わらずミノムシ状態の淫神が、したり顔で頷いた。


「なっ、何が……なんですかっ!?」


 くるみが慌てて反問する。もはや相手が神さまという敬意リスペクトは、これっぽっちもなさそうだ。


「いやいや、娘っこども、それぞれ趣は異なるが、皆こやつとの相性はよさそうではないか!? 特におぬしとおぬし」


 そう言ってウズメは、久遠とくるみを順に見やる。


「えっ!? はっ!?」

「まずおぬし……神職の血が入っておるのう――ということは、わらわの眷属に連なるということじゃな。さぞ、こやつとの身体の相性も良かったであろう?」


 久遠は顔を真っ赤にする。


「――え? ウソ……!?」


 楪と未来の顔が、サーッと青ざめる。


「い、いやッ! 違うのだ! それはどうやらというらしく――」

「こちらの桃髪も同じじゃな――こやつとまぐわったお陰で、相当身体の気の巡りが良くなったようじゃ」

「え、えぇっ!? それも妄想現実だと……少佐が……」


 今度はくるみを容赦なく責め立てる。それを聞いた未来と楪が、さらに目を剥いて気絶しそうになっている。

 神さまが不思議そうな表情になった。


「……さっきからその妄想なにがしとは何のことじゃ!?」

「――いやですから、士郎さんとのその……っくす……は……頭の中の妄想が……現実みたいに……」

「なんだその妙ちきりんな話は――おぬしら、現世うつしよだけでは飽き足らず、幽世かくりよにまで足を踏み入れてまぐわったではないか!? わらわは知っておるぞ」

「えぇっ!? そうなんですか!?」


 今度は叶が驚く番だ。なんせ妄想現実の可能性を提示したのは、まさにこの叶だからだ。あの時はてっきり、妄想の世界で起きた出来事が、人体に影響を及ぼしたと推測したのだが……違うのか――!?

 そういえば――

 久遠の身体の中からは、確かに士郎のDNAが検出されていた。『妄想現実』が原因だとすると、それは当然あり得ない現象なのだが、もし仮にウズメのいうように、彼らが関係を持ち、再び現世に戻ってきていたのだとすれば――辻褄が合う……


「うむ。おぬしたちのうち何人かは、ここ幽世に来るのは初めてではないぞ。なんせわらわにかかったら全部お見通しだからな。かかっ――そういう意味ではおぬしも、そしておぬしも、こやつと既にではないか!? 何をそんなに拗ねておるのだ?」


 そう言ってウズメは、あまりのショックに気絶しそうになっていた未来と楪にも視線を向けた。


「え……は……!?」


 急に自分に話を振られた二人が、困惑してお互いの顔を見合わせる。久遠やくるみと違って、身に覚えがまったくないのだから無理もない。


「「わ、私たちと……士郎くん(きゅん)が……!?」」

「そうじゃ――覚えておらんのか!?」

「……お、覚えてないですよそんな……え……!?」


 二人の顔色が、瞬時に変わる。いや、しかし――彼と契りを結んだ記憶など……本当にないのだ――


「――ふむ……まぁよい。二人の場合は、のことじゃからの……人の子が、そこまで分かるわけなかろうて……」

「え!? 前世――!?」

「――まぁ良い。いずれにせよ――」


 な、流された――!? え? 何? !?


「――いずれにせよ、おぬしらはみな、こやつのことを慕っておるのであろう!? であれば、皆で娶ってもらえばよいではないか。何を臆することがあろう」

「え? 皆でって……」

「皆は皆じゃ。いわゆる『一夫多妻制』という奴じゃの。まぁ、誰を正室にするのかは、こやつに決める権利があるがの。どれ、残る二人はどうやらまだピンと来ておらんようじゃが、望めば後年、側室に迎えればよいじゃろう。さすればちょうど6人おるでの、月曜から土曜まで順番にしとねを共にして、日曜くらいは休ませてやれ。ちょうどよい塩梅じゃ」


 しぃーーーん――


 あまりの提案に、オメガたちが言葉を失う。だが――


「それ! いいかもっ!! 私それ、アリだと思う!」


 楪がさっさと沈黙を破った。


「ちょ……ゆずちゃんっ!?」


 未来が、慌ててたしなめる。だが――


「……う、うむ……考えてみれば……悪くないかもしれん……みんな……平等……」


 久遠が、真剣な眼差しで考え込む。


「そ……み、皆さんがいいとおっしゃるなら……」


 くるみも賛成派に回りそうな気配だ。未来が、情けない声を上げた。


「ちょっとぉ――!!?」


  ***


 士郎も、いつの間にかきつく目隠しをされていた。

 男性二人が目隠しをされたことで、ウズメはようやくミノムシ体勢から解放される。背嚢から引っ張り出されたこの神さまは本当に、むせかえるような色気だった。オメガたちも、同じ女性なのにちょっとドギマギしている。

 いつの間にかアンビュの中は、臨時の前線指揮所のようになっていた。


「――えと、ではもう一度整理しますが、ウズメさまは中国兵たちの我が国侵攻を憂いて、幽世にお目見えになったと……」


 神棚よろしく、皆が取り囲む診察台の上にちょこんと座っているのがウズメさまだ。


「うむ。オオクニヌシも正直難儀しておってな……何せ唐国の邪神まで乗り込んで来ておる」

「――邪神……ですか……?」

「そうじゃ……辟邪へきじゃ、と言ったかの」

「辟邪だって――!!?」

「なんじゃ、おぬしらは知っておったのか……じゃが、こやつらは本物の神ではないぞ。半神半人の、まがい物じゃ」

「……まがい物……」

「まがい物といっても侮れんぞ? ホレ、わらわがおぬしらの鉄馬の前に転がっていたのも、直前にその辟邪神と少しやり合っての……不覚にも少しだけのだ」

「え? そうだったんですか!?」

「うむ――あれは何というんじゃろうなぁ……魂を喰らうというか……再び相まみえる時には、少し気を張らねばならんようじゃ」


 ウズメはしみじみとした顔つきで、当時のことを思い浮かべているようであった。


「――やはりか……私もソイツに……もう少しで意識を持っていかれるところだったのだ」


 久遠が同意する。とすると、ウズメが遭遇したという辟邪は、久遠と未来が高千穂峡の天岩戸で対決した、あの辟邪に間違いなさそうだった。あそこで行方を見失った後、やはりこちらの幽世に来ていたのか――

 その情報は、戦術的には相当重要情報と言えるものだった。


「――しかし……ウズメさまともあろうお方がお気を失われるほどとは……」


 広美が深刻な顔で呟くと、ウズメがかかと笑った。


「なに、わらわはおのこの精気さえあればすぐに元に戻るでの! 次はこやつを横に従えておけば、何の問題もなかろうて」


 そう言うとウズメは、目隠しをしたままの士郎の肩にポンと手を置く。


「ふぇ?」


 途端に、士郎の頬が赤らんでいくのが、目隠し越しに分かる。まったく、ちょっと手が触れただけでこの有様だ――


「ちょ、ちょっと!?」


 士郎の様子に、オメガたちが一斉に気を揉む。


「――それって、気を失いそうになるたびに、士郎さんとまぐわ……いえ、回復を図るってことですかっ!?」


 くるみが悲鳴のような声を上げた。


「なんじゃ? 気になるのかの?」

「あ、当たり前ですっそんなハレンチなっ!」

「――まぁまぁ待て待て……おぬしらはなんでそうキリキリ金切り声を上げるのじゃ!? 精気は生気ぞ? あの邪神が吸い取ろうとしておるのはまさしく生気じゃ。ならばその生気を補充することに、何のためらいがあろう」

「で、でもっ! それじゃあ士郎くんがカラカラになっちゃう……」


 未来が切実に訴える。先ほど口づけだけで気絶したのだ。こんな淫乱神さまに毎度毎度彼の精気を本気で吸い取られたら、冗談抜きで干からびてしまうに違いない。


「むぅ……分かった分かった。そちたちの心配は、ひときわ強くわらわの心に刻んでおくとしよう。じゃがの――」


 ウズメは一同を見回した。


「――こやつの精気は、常々そちたちで満たしておくがよい。さすればちょっとやそっとでは泉は枯れんはずじゃ」

「……えっと……それはどういう――」

「じゃから……ありていに言えば、平素より存分にまぐわっておけということじゃ。そちたちのそれは、宝の持ち腐れなのか? あ!?」


 そういうとウズメは、オメガたちの股間に細い腕を次々と突っ込んでは、わしわしと順に揉みしだいていく。


「ひゃあっ――!?」

「あっ! ちょっ……!?」


 広美が、見かねて口を挟んだ。


「――う、ウズメさま……ほどほどになされませ……この者たちはまだ、生娘ということになっておりますゆえ……」

「む? 公式とは何ぞや!?」

「――大人の事情でござります」

「…………まぁ良いわ……では、どうしたものかのう……?」


 先ほどから視界を妨げられ、声しか聞こえていない士郎が、恐らくウズメがいると思われる方向に向き直った。


「――あ、あのぉ……一言申し上げてもよろしいでしょうか……?」

「うむ、苦しゅうない」

「根本的な質問をひとつ……こちらの――幽世の日本人たちは、ウズメさまのような神さまがいらっしゃることを、認識していなかったのでしょうか……?」


 ――――!?


 そう言われてみればそうだ。士郎たちが今、割とぞんざいに扱っている目の前のこの淫神は、あの敵辟邪と十分互角に渡り合うほどの神力を持つ存在なのだ。中国軍に祖国を占領された時点で多数の日本人が立ち上がり、反抗の狼煙を上げれば、今士郎たちの目の前に顕現したように、必ずや幽世の日本人たちの前にも現れて領導してくれたのではなかろうか!?


「――あー……、それはちと、難しいかもしれんの……」

「ど、どうしてです!? だって俺たちは、こうやってウズメさまと――」

「見えんのだ……」

「え、だって――」

「こちらの世のともがらには、わらわの姿は見えぬのだ」

「で、でも……俺たちには見えますよ?」

「――それはそうじゃ……おぬしたちは、常世を跨いで来たからの……そういう者には、わらわの姿がキチンと見える……」

「……えっと……トコヨ?」

「そう、常世とこよじゃ。現世うつしよ幽世かくりよを含む、この世の根本となる大いなる世界――神の世界じゃ」


 すると突然、叶がその言葉に反応した。


「――それはもしや……!? 超弦理論の――M理論の……世界……!?」

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