第272話 反撃の狼煙(DAY3-1)
しかも、それを媒介したのはシリウス人だという。彼らは、ホモ・サピエンスに絶滅させられることで、ネアンデルタール人の優れたDNAが失われることを懼れたのだ……
それはつまり――
我々人類は、そもそも生き残るべきではなかったのではないか――
叶の話を聞いていた士郎は、単細胞かもしれないが、やはりそう思ってしまうのだ。現生人類は極めて好戦的で、他者の存在を決して認めない偏狭な生き物だ。
もしも今、地球を支配する人類が我々ではなく、ネアンデルタール人の末裔だったとしたら……!?
もしかしたら地球はもっと平和で、もっと豊かだったのかもしれない――
その時だった。
ポロン――と叶が携帯していた無線機が鳴る。
『――少佐、市街地の制圧がほぼ完了しました』
「――おぉ! ありがとうございます。結局何個集めましたか?」
『……お待ちください…………よんじゅう……47個です』
「わかりました……なるべく慎重に……一応砲弾ですから……そうですね、できればトラックより装甲車に積むのがいいでしょう」
叶の遣り取りを聞いていた士郎が訊ねる。
「いったい何の話です? 何が47個見つかったんですか? 敵の弾薬?」
「あ、いえ……弾薬代わりに使われていた、民間人の少女たちですよ」
「「えっ!?」」
未来と士郎が、同時に驚く。そりゃそうだ。弾薬代わりの少女って、いったいどこからどうやったらそんな恐ろしい単語が出てくるのだ!?
叶はかいつまんで二人に説明する。市街地の戦場では、こちらが想像していた以上の非人道的な事態が起きていたということを――
いっぽうで狼旅団は、戦線が膠着しつつあった状況の中、なんとか均衡を破って敵部隊を打ち破ったらしい。
叶には想像がついた。あの少女たちの痛ましい姿を見せつけられて、誰もが奮起したのだ。一刻も早くあの生き地獄から彼女たちを救い出すべく、張少将配下の兵たちが、死に物狂いで戦ったのだ。
北海道の第7師団が次々に降下してきたのも功を奏したようだ。
ここに日本軍は、敵異世界軍の奇襲侵略後初めて、局地的で小さな――しかし完全なる勝利を手にすることとなる。
***
『――では、敵軍の新たな流入は認められないのだな!?』
『はい、少なくとも
『――よろしい。ではそちらの意見具申に基づいた新たな作戦計画書をバースト通信で送る』
横須賀の地下司令部にいるオメガ特戦群の四ノ宮群長と、現場の戦術指揮官、新見
士郎たちはその間に、部隊の立て直しを図る。
結論から言うと、高千穂峡に降下した士郎の第一戦闘団約1千名は、想定以上に手酷い損害を蒙っていた。何より痛かったのは、いわゆる「4時班」がほとんど壊滅してしまったことだ。
各班200名ずつ、5つの部隊に分かれて高千穂峡のU字型峡谷に分散降下した第一戦闘団は、士郎たちのように、降下した際一切敵の反撃を受けずそのまま隠密裡に川中に潜入できた部隊と、4時班のように敵と全面的に交戦した部隊に分けられた。
士郎たち同様、敵との接触がなかったのは他に10時班。U字型の、一番左上部分に降下したチームだ。8時班は峡谷の船着き場付近だったこともあり、散発的な敵の反撃を受けたがこれを辛うじて制圧。
いっぽうで壊滅した4時班と同様、2時班も手酷い迎撃を受けていた。4時班の救援に、隣接する2時班が行けなかった理由がそれだ。幸い彼らはなんとか態勢を立て直し、互角かそれ以上に敵に一矢報いることが出来たようだから、事なきを得たのだけれど……
結果的に、第一戦闘団は約400名近い兵員を失うこととなった。もっともKIAはそのうちおよそ半数。残りはすべて戦傷者として後送だ。
いっぽうで、高千穂町の市街地に展開した張たち狼旅団の損害は、それほどでもないようだった。と言っても、やはりこちらも数百名の戦死傷者が出ていることには間違いない。彼らの多くは、秀英のように元は外国軍の兵士だったり、もともと日本以外の出身だったりと、要するに「外人部隊」だ。
だが、だからこそ彼らは一般の日本人兵士以上に極めて高い
「外人部隊」というと有名なフランスの“ラ・レジオン・エトランゼ”を想起してしまうが、狼旅団の彼らは別にカネで雇われているわけではない。みなそれぞれの事情を抱え、生まれた祖国を旅立って――兵のうち何割かは「祖国を捨てて」――日本国防軍に入隊した者たちだ。
秀英たちのようにやむを得ない事情で政治亡命を果たした者も多いが、それと同じくらい多いのが「言えない過去」を負ってやってきた者たちだ。彼らは大なり小なり心に傷を負っている。中には、実際のところテロリストだった者もいるし、非合法集団に所属していた者もいる。本来なら二度と陽の当たる場所を歩けないような連中だ。そんな連中がなぜ日本にいるかというと、大抵は密入国だ。
だが、日本国はそうしたアウトローたちの中で「再起」を誓った者、それを保障する後見人がいる者だけを選別して軍に勧誘していた。
なにより彼らは一般人より遥かに戦闘状況に適したメンタリティを最初から持っているし、当然過去に培った技量も並み以上だ。そして何より、彼らの多くは組織や国家に裏切られた過去を持つ。
そんな彼らに日本式の徹底的な忠誠と庇護を与えることによって、忠実な戦闘マシーンを作り上げようとしたのだ。彼らに「日本人」という、世界でも羨ましがられることの多い特権的な「国籍」を与え、兵士としてキチンと処遇し、名誉も与えた。
多くの流れ者たちは、自分自身に対するそうした扱いに感謝し、一度諦めかけていた自分の人生をここでもう一度やり直そうと決意する。結果、彼らは誰よりも日本国に忠誠を誓い、自分を拾ってくれた新しい主人に喜んで命を差し出すのだ。
長年の戦争により多くの戦死者を出して常に兵員が不足していた日本国は、こうして外国人を再教育することで、優秀な兵士を補充しようとしていた。
綺麗事では国を守れないのだ。
別の見方をすれば、こうまでしないと立ち行かなくなるほど、日本という国家は戦争に疲弊していたのである。だが、このコンセプトはあくまで背広組が考えた計算づくの冷徹な国家意思だ。
実際のところ、現場の兵士たちから見れば、彼らがどんな理由で集められ、日本兵に仕立て上げられたにせよ、仲間であることには変わりなかったし、何より同じ釜の飯を食う戦友だった。
日本人たちが、諸国の軍隊に比べて人種差別意識をほとんど持っていなかったのも、彼ら外人兵が定着した理由のひとつだ。
良くも悪くも日本人は、とにかく「カタコトでも日本語をしゃべる外人に弱い」。どんな肌の色をしていようが、どんな国の出身だろうが、相手が日本語をしゃべった途端、一気に受け入れてしまうのだ。その点、他の先進諸国の兵士たちとは一線を画している。
アメリカ兵は、相手が英語を喋れるのがそもそも当たり前という考え方であり、そのこと自体に特段の感銘も受けないし驚きもない。むしろ、英語が喋れないことは差別の始まりとなる。
フランス兵は、仮に英語を解する者だったとしても、相手が完璧なフランス語を喋らないと途端に犬畜生程度の蔑みの目を向ける。彼らは平然と、フランス語こそが人類が発明した中で最高の言語だと信じている。
他の欧州諸国の兵士たちもまぁ、似たり寄ったりだ。イタリア人も、イギリス人も、オランダ人も、〇〇人も、××人も――(ちなみにこれは誤記ではない)。要するに、大抵の先進国兵士たちは、その国家の中産階級レベルの一般的な考え方や感じ方を代表していると言っていい。
そういう意味では、やはり日本兵たちは多くの日本人と同様、彼ら“外国出身兵”たちを快く、そして温かく仲間として迎え入れたのだ。
そのことがまた、彼らの日本国に対する忠誠心に良い影響を与えたことは間違いない。多くの「理不尽」や「蔑み」にまみれていた彼らは、「日本人」となって初めて「対等」に扱われ、そして自分に敬意を払ってくれる組織に迎え入れられたのだ。
戦車に体当たりして、肉弾攻撃を繰り広げた兵士たちの大半は、そんな連中だ。
自分と言う存在を認めてくれた、大切な仲間たちのいる日本。その
そんな心境で戦う兵士たちは、強い。
日本兵は、死を恐れない――
それは、生粋の日本人だけの特性ではなかった。旭日旗に忠誠を誓った、多くの外国出身兵たちもまた、この国でサムライに生まれ変わったのだ。
士郎は、次々と後送されるそんな外国出身兵たちが、担架の上でわざわざ敬礼しながら自分の前を通り過ぎていく様を、黙って答礼で見送っていた。
「――中尉、狼旅団の負傷兵はこの便で多分最終です」
「ご苦労」
報告する田渕の向こう側で、『飛竜』が今にも離陸するところだった。
地上を制圧したことで、ようやく航空機の発着が可能になったのだ。日本軍は例によって、日本人だろうが外国人だろうが一切区別することなく、同じ日本兵として負傷した彼らを全力で後送しようとしていた。
飛竜の横腹に小さく開いた覗き窓から、頭に包帯を巻かれた兵士たちが何人も何人も名残惜しそうに地上を見下ろしている。彼らのうちの何割かは、治療を終えた後じきに戦列に復帰し、再び戦いの先頭に立つのであろう。
士郎はそんな彼らに思わず手を振っていた。すると、飛竜の彼らもまた、必死で手を振り返した。被害は大きいが、大丈夫――士気は未だ旺盛だ。
「――それで……狼旅団の方の人選は……」
「はい、ほぼ整いました。まもなく出発できそうです」
士郎の問いかけに応えるのは張秀英だ。叶の進言に従い、このあと高千穂町の奪還地域を防御する最低限の要員を残し、福岡に転進するのだ。この先、阿蘇山から向こうの熊本方面には、まだまだ多数の敵部隊がひしめいている。
もっとも、士郎はそんなに心配していなかった。なにせ第7師団の戦車大隊が多数展開しているのだ。敵荷電粒子砲を封殺する戦術を編み出した今、多脚戦車10輌ほどと一定数の歩兵さえいれば、仮に熊本方面の敵がここに戻ってきたとしても、この奪還地域を数日間確保するくらいはなんとかなるだろう。
「ではやはり、現時点では熊本は放棄するということでよろしいですかな?」
「はい、あれだけ壊滅していたら、おそらく生存者も少ないでしょう。捕らえられた市民の安否が心配ですが、今は生体電池に組み込まれた少女たちを何とか助け出す方を優先します」
「――とりあえず我々の動きを悟られないよう、熊本方面には大規模な空爆を要請しています。司令部がこの方針を許可すれば、いよいよ作戦の始まりです」
ちょうどその時、傍らの通信兵が背負う通信モジュールに、複雑な電子音が飛び込んできた。
「中尉! 司令部から、バースト通信です」
「きたか――!」
「作戦計画書を解凍中……できました、各将校の戦術チップに転送中――」
言っている傍から、士郎のイルミネーターに次々とデータが表示され始めた。スケジュール、基本行動要領、戦術目標、そして戦略目標。さらに、現在の最新の戦況図が示されている。
すると、画面の中に突如としてポップアップメッセージが表示される。
<AIによる作戦成功確率計算結果を表示しますか?>
士郎は黙って<N>を眼球で選択し、メッセージボックスをキャンセルする。
まったく――いつもながらこの表示は余計なお世話である。成功確率が低ければ暗澹たる気分になるし、高ければ慢心しかねない。それに、予測値を見たところで、それがその通りに行くわけないじゃないか。
AIの計算は、今ある条件をすべて入力してありとあらゆることをシミュレーションした結果、導き出された数字だ。だが、戦場ではその変数は常に変わるし、ましてや前提条件すら大きく変わるものだ。
つまり、この作戦成功確率の表示は、単なる悪いジョークと化す。日本人のシステム構築の律義さが悪い方に出た典型だなと士郎は思った。
「将校は全員目を通したか――?」
士郎は隊内無線で呼び掛ける。すると「確認した」というメッセージがいつものように飛び込んでくる。それが100パーセントに達したところで、再び口を開いた。
「よろしい、では最後に本作戦名を伝える。現時刻を以て、この作戦を『イ号作戦』と称する――さぁ諸君。反撃を始めよう――」
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