第266話 幽冥界(DAY2-23)
ヒトは本来、他者とは共存できない排他主義的な本能を持っている。そのこと自体は「良い」とか「悪い」という次元で語るべきものではなく、単なる「真実」であって、それ以上でもなければそれ以下でもない。
またこのことは、ヒトという存在をシニカルに評した観念的な話ではない。Alu配列という、ヒトのDNAの中に存在する科学的な痕跡を元に示された、論理的帰結だ。
だが、このことによってようやく我々は、人類史の中で戦争が絶えないことの本当の理由を知ることが出来た。「他者の存在を認めない」という本能を持つヒト種が同族同士で争って、他のコミュニティの者を殺そうとするのは、鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように、そして肉食獣が草食獣を襲うように、極めて自然なことなのである。
考えてみれば、これほど好戦的な種族が地球の覇権を握ったのは、当然と言えば当然のことだったのかもしれない。
人間以外の動物は、少なくとも緊急事態以外では同族を襲うことなどあり得ない。たとえ生殖のためにメスを争った場合でも、相手が死ぬまで傷つけたりもしない。
命乞いをする相手であろうが、容赦なく殺してしまうのは「人間」という種族だけなのだ。
もしかしたら、かつてこの地球上に存在していた25種の人類種の中で、一番好戦的で一番狂暴だったのが
ネアンデルタール人が4万年前に絶滅してしまったのは、そんな好戦的な現生人類に攻め滅ぼされたからなのか。
どうであれ、人類はその恐るべき闘争本能によってこの地球上における生態系の頂点に君臨し、絶対的強者の地位を確立した。確立したのだが――
実のところ人類は、今まで何度も絶滅の危機を繰り返していた。
繁栄し、種族として絶頂を迎えるたびに、突如として絶滅寸前にまでその個体数を減らし、そして再び繁栄するという永遠のサイクル。
それは「滅びと再生」という救いの物語なのか。それとも未来永劫苦しみを繰り返す「無間地獄」の世界なのか――
何度も言うが、これは決して空想の世界ではない。科学的知見に基づいた、真実なのだ――
だとすると、今の我々の文明は、人類史上いったい何度目の文明なのだろうか。
「――神話というのはね、基本的には史実を元にした物語なんだ」
叶は言う。
「普通に考えて、何らかの条件によって自爆システムが起動するようなプログラムを、生物が自らの遺伝子の中に進んで植え付けるとは思えない」
「――例の、必然性の話ですか?」
「そうだよ。どんな生物だって、その生命が脅かされたら何とかして生き残ろうとする。それが生存本能と呼ばれるものだ。なのに、自らの生存を否定するプロトコルを自然淘汰の中で作るわけないし、ましてや数万年もの長きに亘ってそれを保持するとは考えにくい。だとすると――」
叶は、あらためて未来と士郎を見つめる。
「誰かに意図的に組み込まれたと考えるのが一番自然だと思うね」
「――その“誰か”というのがいわゆる『神』――なのですか……?」
「……まぁ、そういうことだ」
ここでいう『神』とは、いわゆるキリスト教的『神』とは違う。キリスト教信者が思い浮かべる『神』は、何か超自然的な存在で、人々が強く信仰するとごくたまに“光に包まれて”ぼんやりと登場してみせたりするのだが、じゃあその存在は具体的に何なのかというと、これがどうもよく分からない。
だが、いま叶が言及した『神』というのは、世界中の神話に実際に描かれている、実に人間的で具体的な神々のことである。その神話が“実話”だとすると、そこに登場するのは『神』という名で呼ばれた、別の何か具体的な存在のことだ。
実際、士郎からしたら、キリスト教信者がイメージするような、そんなスピリチュアルな存在がこの世に実在するとは、到底思えなかった。
士郎だけではない。ここにいる、ほとんどすべての日本軍兵士は『神』なんて信じていないだろう。同じように、キリスト教が説く『天使』や『悪魔』などの超存在もまったく信じていない。日本人は、基本的に無神論者なのだ。
「――で、叶少佐が仰るその……『神話実話ベース説』なんですが……」
「あぁ、そうなんだ。世界中の神話に出てくる神々が基本的にすべて『天空に存在している』あるいは『天から降りてきた』のは何故だと思うかね?」
「それはやっぱり……その『神』とされた存在が、実際に天空にいたから……?」
「だろうね。そして、多くの神話はその神々があれこれ
「つまり……天空にいたその存在は、極めて俗っぽくて……人間的だった――」
世界には、実に様々な神話がある。ひとつひとつ挙げるのはこの際割愛するが、世界のあちこちに残る神話のプロットは、しかしなぜか大抵似通っているのだ。
「一般的に我々人間が考える『神』のイメージは、極めて道徳的で、人類より遥かに高位の存在だ。そんな『神』が、実際の神話の中では兄弟げんかしたり仲違いしたりして、挙句の果てに天地を焼き尽くすような大喧嘩をしでかしたりする……あるいは不貞を働いたり、時々地上に降りて来ては人間の娘と関係を持ったり……」
「まぁ……道徳的にはさして敬意を払うような存在には見えませんね」
「――だろ? でも、このことが却って“神々の実在”を我々に感じさせてくれるんだ。物語の中で『神』とされた存在は、実際のところ今の我々とそう変わらないメンタリティを持っていて、泥臭く生きていたんじゃないかとね」
「……じゃあ、世界の神話が仮に実話だとすると、やっぱり……」
「――天空にいて、地上に降りてきた『神々』のうちの何割かは、たとえばその当時地球に来訪していたシリウス星系人だったかもしれない」
「――確かに……世界各地の古代遺跡には、宇宙人を想起する壁画があちこちに描かれています」
「ということは、間違いなくそれらの存在と、当時の人類は接触があった、ということだ」
「つまり――私たちのDNAに自己破壊プログラムを刻んだのは……」
未来が、確信したかのように叶を見据える。叶もまた彼女をじっと見て、それから大きく頷いた。
「間違いない――シリウス星系人だよ」
日本神話の主神・
ということは、日本神話はまさにシリウス星系人たちの来訪と、その後の出来事を克明に綴った記録書なのだ。
「――それを裏付ける、もうひとつの傍証が実は日本神話にはあるんだ」
叶が意味ありげに二人にウインクをしてみせた。
「傍証ですか……? それはいったい――」
「実はね、日本神話には『異世界』のことが書かれているんだ」
異世界――!?
それはもしかして、あの異世界中国軍がやってきたと推定される、
「――日本神話の世界観を知っているかね?」
「……世界観……?」
「そう、日本神話で描かれる世界の構造、成り立ち……あるいは神々が活躍する舞台、と言いかえてもいいかもしれない」
「世界の……構造……? 舞台……?」
士郎も未来も、いまひとつピンとこない。歴史マニアの士郎は辛うじて古事記などの記述をおぼろげながら承知しているが、未来に至ってはさっぱりだ。
「――す、すみません……簡単でいいので、ざっくり説明していただけませんか……」
未来が白旗を挙げる。すると、叶はあらためて二人に向き直った。
「いいだろう。これは、日本神話特有の世界観だ。他の国の神話には、こんなことは一切描かれていない。今となってはこの描写があるからこそ、日本神話は事実に基づいていたんじゃないかと私は思うんだ……」
そんな重要な記述があるというのか――
「まず、日本神話の舞台は大きく分けて二つある」
「
士郎がさっそく本領発揮するが、少し認識と違うようだ。
「――それって、
「あ! そ……そうです!」
叶は、なぜだかドヤ顔になった。
「
「ど、どういうことです!?」
「今言った三つの世界は、すべて
「顕現界……?」
「――顕現界……
「確か、イザナミノミコトが洞窟みたいなところに入っていくんですよね」
「そうだ。そしてこの現世の支配者こそが、天照大御神なんだ。だが、日本神話には実は並行してもうひとつの世界がある」
「もうひとつの……世界……?」
「うむ。それこそが
「
「そのとおり。この幽世は、我々人間の目には見えない世界だ。見えない世界だけど、間違いなくそこに存在するとされている。そして、唯一神々だけは、この幽世に行ったり来たりできる。ちなみにここの支配者は
「まさか――」
「そう、そのまさかだよ。日本神話で描写されるこの幽世こそが、今我々がその存在をようやく認識した五次元世界――すなわち
なんということだ――
今まさに我々が直面している状況と酷似しているではないか。それを、数千年も前に日本人はキチンと書き記していたというのか――!?
「だからね、古事記や日本書紀に記されている神々の世界は、まさにシリウス人たちが認識していた世界そのものなんだ。おまけに、おそらくシリウス人が当時から使いこなしていた
確かにその通りだった。
というか、数千年前の当時、古代日本人に何か特別なコミットメントができるとしたら、それは日本神話上の神々――すなわちシリウス星系人以外にあり得ない。
だが――
ここで士郎ははたと気が付く。『進化のボトルネック』は、おそらく全地球規模で起きている現象だ。しかも、それはたかだか数千年前の話ではなく、数万年、数十万年前から何度も起きていたはずだ。ということは、シリウス人たちが地球に来て、原始人類に何らかの細工を施したのは、もっと随分前のことなのではないだろうか。
だったらなぜ? 日本神話は数千年前からしか始まっていないのだ!?
しかも、この幽世の描写は日本神話にしかないという。
「――いや、だからね……我々の文明はそもそも、地球上初めての人類文明ではないのだよ」
叶がまるで教師のような顔になった。
「あ……そう……ですね。今の人類文明より遥か以前の世界の記憶は……既に失われている……」
「――しかも、他の国では既に古代の王朝は途絶えているんだ。もしかしたら、最初は他の神話にも
「……つまり……人類は古代の記憶を失った……」
「ま、そう考えるのが妥当だね。実際、世界最古の文明遺跡とされるシュメール遺跡が、たかだか5千年前のもの、というのもおかしな話なんだから……」
失われた超古代文明――
そのすべてを肯定するつもりはないが、いくつかはシュメール遺跡よりも古いに違いない。だって、数十万年の時間をサル同然に過ごしていた人類が、5千年前になって突如として文明開化し、現代人に近い高度な物質文明を築き上げたと考える方が不自然ではないか。
「――ただ、ここで重要なのは、我々がいつから遺伝子改変されたのかということではない」
「と、いうと……?」
「非常に高度なテクノロジーを持っていたシリウス星系人にとって、人類の遺伝子をいじることなんて造作もないことだったと思う――今我々が動物の遺伝子改変を自由自在に行えるようにね。そんなことよりも遥かに重要なのは、なぜ彼らは我々人類にその改変を施したか、ということなんだ」
「――そう言われてみれば……」
「結局彼ら――神々は、我々人類に何らかの変更を施して、何かを変えたかったんだ。そして、その変更が上手くいかなかったと判断された時、自動的にリセットされるように、ジャンクDNA内の何らかのプログラムが発動すると見て間違いない。だったら、彼らが望んだ変更とは何だったのか――ということが分かれば、自ずと絶滅回避の方法も見つかると思わないかね!?」
まさに叶の言うとおりだった。
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