第257話 戦闘機動(DAY2-14)

 敵戦車隊は、今や猛然と前進を始めていた。十数輌のT-34が、一団となってこちらへ突っ込んでくる。大地に濛々と土埃が舞う。まだその轟音はここまで聞こえてこないが、モニター越しにその様子を見ているだけで、その暴力的なノイズが今にも聞こえてきそうだった。

 照準モニターを凝視していた詠晴ヨンチンが声を上げた。


「敵戦車は合計14輌! ――んん? 素人か!?」

「あー、素人だな」


 美玲メイリンが応える。

 確かにその動きは素人だった。なにせその進撃の様子は、戦闘隊形もへったくれもない。ただ闇雲に各車がこちらに向かって驀進してきているだけだったのである。


「チッ! あのビーム砲さえなかったら、こんな連中あっという間に蹴散らすんだがな!」

「しょうがねぇ――とにかく当たらなきゃいいんだ!」


 そう言うと、品妍ピンイェンはガン――とペダルを踏み込んだ。途端、8本の巨大な脚がガシャガシャガシャガシャと高速で動き始める。いよいよ戦闘機動の開始だ。

 ゴライアスは起伏の激しい戦場を、平均時速70キロくらいの高速度で前進を始めた。中央の装甲殻は、地表の凹凸を自律的に検知して可能な限り水平移動を維持している。


 多脚戦車の操縦は極めて複雑だ。基本的に8本の脚を動かすのは両脚のペダル操作である。右脚で踏み込めば前進――これは自動車のアクセルペダルと同じ。ただし、自動車と違うのは、足首から先がホールドされていて、手前に引っ張ることもできるところだ。ちなみに引っ張り上げると今度は後退する。つまり、そのちょうど中間に戻すと静止――すなわち「ブレーキ」だ。

 いっぽう左脚による操作は、今度は左右の脚動作速度の制御を受け持つ。当然左右の走行速度を変えればその分右にも左にも曲がることもできるし、その速度差によってゆっくりカーブしたり直角に右左折したりすることもできる。その操作概念は装軌車輛のそれと一緒だ。ちなみにこれは主に左足首の回転によって操作する。

 そこに加わるのが今度は両腕による操作だ。

 まず右腕は、中央装甲殻の空間座標を制御する。つまり、前方を低く下げてお尻を上げ、まるでアメフト選手のように前傾姿勢にすることもできるし、たとえば装甲殻の左舷側だけ高く上げて、斜めにキープすることも可能だ。

 そして左腕の操作。これについては、脚部各関節の伸縮を制御する。伸ばせば当然車体高は高くなるし、縮めればそれこそ地面スレスレにまで平べったく車高を下げることもできる。さらに両指先の部分には細かくシフトチェンジできるようさまざまな複合動作があらかじめセットアップされていて、操縦者はそれをまるで格闘ゲームの入力コマンドのように次々に入力していくことで、自由自在に車体を操作できるようになるのだ。

 これらの動作はすべてアビオニクスによって制御され、それぞれの挙動コマンドの最適解を最終的にAIが弾き出し、実際の動作として完結するのだ。この辺はむしろ戦闘機の操作性に近い。


 つまり、最終的にコンピュータ制御されるにしても、機関員の四肢による操作が極めて重要なのだ。使いこなすには相当の熟練を要する、まさに職人芸だ。

 そして今回、品妍は自らの操縦動作を寸分たがわずアビオニクスに伝達するため、自分自身の神経回路を直結するという禁じ手に及んでいた。なぜ禁じ手タブーかというと、神経回路を機械と直結すると、車体に受けた衝撃をそのまま操縦者自身の神経に伝達するからだ。つまり、例えば戦車の脚が1本吹き飛ばされると、操縦者自身の脚も切断されたような痛みを受けるということだ。

 裏を返せば、それくらいのリスクを承知で操作しないと、この敵のビーム兵器を回避できないと判断せざるを得なかったのだ。


「――前方! 複数車輛が砲塔を旋回!!」


 詠晴が鋭く警告する。

 と同時に、キラキラっと発砲炎が光った。瞬間――


 品妍は時速およそ70キロで高速走行していたゴライアスを僅か1秒もかけずに完全停止する。いわゆる「殺人ブレーキ」だ。同乗していた美玲と詠晴は、自分の眼球が一瞬前方に半分くらい飛び出た感覚を味わう。と同時に、身体中のすべての血液が一気に身体の前面に集まるのが分かった。顔面が瞬間的に膨張し、視野の周囲が赤く染まる。その制動圧はおよそ8G――レッドアウト寸前の強烈な機動だ。


 その直後、目の前を巨大な閃光弾のようなものが通り過ぎた。敵の放った荷電粒子の塊が、すんでのところで鼻先を掠めたのだった。

 だが、品妍はさらに自分たちが座乗している中央装甲殻のジャイロを一気に180度回転させる。するとこちらの方も、お尻の先をジュッ――と掠めて光の束が通り過ぎた。


「イェイ! どやぁッ!」

「完璧ッ! 品妍カコイイ!!」


 詠晴が叫ぶと、今度は品妍がお返しとばかりに挑発する。


「ほれッ! 詠晴ブッ放せ!」


 すると砲手である詠晴が、頭の上の火器管制FCカートリッジをガチャンと頭に嵌め込んだ。途端に内側の画像投影装置イルミネーターに敵戦車とそれに関わる各種射撃諸元、照準器レティクルが浮かび上がる。


「――コイツらホントに素人の動きだな! そんなんでウチらは倒せないっつの!」


 そう言うが早いか、詠晴はトリガーをコリッという感じで軽く引く。もちろんレティクルはあっという間にロックオンされていた。


 ビィィィィィィィィィィ―――ン!!!


 プラズマ放電のもの凄いエアノイズが車内に響き渡った。

 途端、電磁加速砲レールガンが解放され、青白い雷のような閃光が敵戦車にあっという間に到達した。


 ガンッ――――!!!!


 一瞬、ドラム缶をバットで思いっきり叩いたような激しい音がした。直後、レールガンに貫かれた敵戦車が巨大な火球となって爆発炎上する。


 ビィィィィィ―――ビィィィィィィィン――――!!!!


 ガンッ!! ガンガンッ――――!!!!


 立て続けに敵戦車が4輌破壊された。すべて、詠晴の早打ちだ。その間敵も何発か撃ち返してきたから、そのたびに品妍は恐るべき反射神経でゴライアスを自在に操る。詠晴は、その恐るべき挙動の中で、次々にレールガンを全弾命中させていく。品妍も大したものだが、詠晴もとんでもなく凄い。普通の人間なら射撃どころではなく、とっくに内蔵が口から飛び出ているところだ。しかもコンマ秒単位で射撃姿勢そのものが目まぐるしく変わっていく。とんでもない三次元認識力だ。


 あっという間に、敵戦車部隊は総崩れになった。

 だが、美玲が振り向くと、後続の僚車は知らないうちに擱座していた。激しい撃ち合いで、敵の荷電粒子砲を避けきれなかったのだろう。


「くぉらーッ! 貴様ら何やってんだァァッーー!!!」

『ひぃーッ! すいませーんッ!!』


 無線機から、擱座した車輛の搭乗員の声が聞こえてきた。まぁ、とりあえず生きてるんならいいか。


「――残り9輌!」


 詠晴が冷静に報告してきた。まだたった5輌しか破壊していない。彼女が仕留めなければ、我が軍の勝利はないのだ。詠晴の集中力が、ドンドン研ぎ澄まされていく。


「次ッ!――」


  ***


「凄い……」


 秀英シゥインは、美玲たちチューチュー号の凄まじい戦闘機動と正確無比な射撃に、完全に舌を巻いていた。


「いやいや、まったく……彼女たちには恐れ入りますな」


 楊子墨ヤンズーモー大佐も驚きの色を隠せない。

 見たこともない荷電粒子砲の登場に最初は一瞬肝を冷やしたが、この調子なら撃退も可能なのではないか。

 だが、叶は浮かない顔だった。


「いや……キルレシオは極めて低い……たまたま美玲ちゃんたちがいたからよかったものの、普通なら完全に全滅です……このあとだって、彼女たちがたった1輌で残り9輌を撃破できる保証はないのです」


 確かに彼の言うとおりだった。

 今のところ味方の損害は4輌に対し敵戦車の撃破数は5輌。もともと5輌対14輌だから、敵の損害はまだ4割未満なのに対し味方損耗率は既に8割だ。

 冷静に考えれば、今回はたまたま突出した能力を持った兵士がいたから結果的に持ちこたえているだけで、これが部隊同士の交戦となれば苦戦は免れないだろう。

 何より、平均的な戦車兵のレベルよりも相当高いはずの特戦群多脚戦車兵たちが、いとも簡単に4輌立て続けに撃破されてしまったという深刻な事実だ。あの美玲が率いる直轄部隊でさえこの有様だ。このあと第7師団の機甲部隊がまとめて降下してくるようだが、果たして彼らにこの敵が食い止められるだろうか――


「……事態は相当深刻……ということですか……」


 秀英は呟いた。20世紀半ば過ぎの、今から100年以上前の古色蒼然とした旧式軍隊だと思っていたら、敵軍はとんでもない秘密兵器を持っていたのだ。

 圧倒的な戦力差に立ち向かう我が軍の唯一のアドバンテージが、その高度なテクノロジーに裏打ちされたハイテク兵器の数々だと思っていたら、相手の方が技術力でも上だと――!?

 いったいどこに勝てる要素がある!?


『――叶少佐ぁ……』


 どこかで自分を呼ぶ声が聞こえ、叶がキョロキョロする。


「少佐、チェン少尉から入電です!」


 兵士が振り向いた。「おぉー」といいながら叶が駆け寄っていく。


「なんだい美玲ちゃん?」

『えっと、小官たちも結構頑張っているつもりなのですが、なかなか苦戦しております』

「……あぁ、そうだろうね……こっちでもモニターしてるよ」

『それでその……お願いがあるのですが……』

「なんだい?」

『そのですね……敵戦車なのですが、どうもレベルはそんなに高くないと思うのです』

「どういうことかな?」

『敵の戦術機動が滅茶苦茶――というか、新兵並み……というか、要するに、あのビーム砲さえ何とかなれば、どうとでもなりそうなというか――』

「なるほど! 分かったよ……少し考えるから、もうちょっとだけ踏ん張ってくれ!」

『アイサーっ!!』


 そう言うと、また一方的に通信が切れた。秀英たちと話している間に、彼女たちはさらに2輌の敵戦車を破壊していた。あと7輌――


 確かにこの戦闘において、敵戦車隊の機動が適当なんじゃないかというのは叶も薄々感づいていた。だが、彼自身は戦車戦闘なんてまったく専門外だから、あくまで素人目での印象に過ぎなかったのだ。しかし美玲が言うからにはやはりおかしいのだろう。


 戦車の機動とは何か――

 それは、複数輌の戦車が隊形を整えて効率的に敵を攻撃、あるいは防御するためのいくつかの戦闘隊形のことである。

 例えば部隊がまとまって移動しなければいけない場合、一列縦隊になって前後左右に砲塔を指向させ、そのまま前進していくのがもっともシンプルかつ効率的な隊形とされている。地雷などが埋まっている場合、先頭車両にはリスクがあるが、それ以降の後続車両はそうした不確定リスクを避けられるし、なにより統制が取れるからだ。

 戦車というのは、一般人が想像する以上に視界が悪い。というより、ほとんど外は見えないと言った方が正しい。だから、前の車輛についていく、という隊列は非常に楽なのだ。

 ただし、この隊形はあくまで敵との接触の危険があまりないと思われる時限定だ。


 これが仮に、いつ敵と遭遇するか分からない時は、一列ではなく、二列縦隊――しかもいわゆる「千鳥走行」ポジションを取るのが良いとされている。これであれば一列縦隊の長所を引き継ぎながら、なおかつ正面および側面の敵に対し咄嗟に火力を発揮することができる。


 では実際に敵部隊を認識し、これと一戦交えようとした場合はどのような隊形が理想とされるかというと、基本中の基本である「突撃隊形」というのは「Λ」のような形のいわゆる楔隊形である。これであれば、ある程度戦場の「面」的な広がりにも対処できるし、正面・側面とも良好な射界を確保することができる。

 ただし、この隊形を維持しながら実際に敵陣に突撃するには相当の熟練が必要だ。何度も言うが、戦車というのは非常に視界が悪いのだ。そのうえ主砲の発射など、戦闘行動を取りながらこの隊形を維持するというのは、各車とも同じレベルの操車技能が求められるうえに、それぞれの連携が欠かせない。

 つまり、戦車隊の技量というのは、その突撃隊形を見れば明確に分かってしまうものなのだ。


 そして今目の前に展開している敵戦車隊は、その技量が相当劣っている、というのが美玲の見立てなのである。


「――そうか! つまり……」


 叶がまた何か思いついたようだ。くるりと振り向き、ヤン老の方をじっと見る。


「大佐……大変ご苦労なのですが、ひとつ頼まれてくれませんか!?」

「何なりと」

「大佐の部下たちに、敵戦車に対する肉弾攻撃をお願いしたいのです」

「――――!?」


 叶の言葉に、楊老だけでなく、秀英も、そして部屋にいた他の兵士たちも驚きを隠せない。


「……先生……肉弾攻撃というのはつまり――」

「そう、戦車に肉薄し、攻撃を加える……」

「そ、それはもちろん……兵士の務めとしては……やぶさかではありませんが……」


 秀英が言い淀む。それはそうだ。戦車というのは、やはり陸戦の王者だ。たとえそれが旧式の戦車であっても、生身の兵士がそれに挑むというのは、「死んでこい」と言っているのと同じくらいリスクのある戦い方だ。

 だが、目の前で日本軍の多脚戦車が、甚大な被害を出しながらもガチンコで戦っているのだ。狼旅団としても、命懸けで立ち向かわなければならないのは分かっている。やむを得まい……


「あぁ、少将、そして大佐。違うのです。別に狼旅団の兵士たちに無駄死にしてこいと言っているのではありません。そりゃあ、ある程度は損害も出るでしょうが、これは十分勝算のある作戦なのですよ」


 どういうことだ――!?

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