第256話 人車一体(DAY2-13)
SFの世界では非常にメジャーな兵器で、とりわけ宇宙を舞台にした空想ストーリーの中では、眩いばかりの光線が飛び交い、対象を破壊するシーンを幾度となく見たことがあるだろう。
そんな光線兵器の代表格と言えば「レーザー兵器」あるいは「ビーム兵器」だ。一般的には「レーザー」も「ビーム」も同じような意味で使われるから、その違いはあまり意識したことがないかもしれないが、この両者は実はまったくの別物だ。
正確にかつ端的に定義するならば、「レーザー」とは「光の増幅現象あるいはその原理そのもの」のことを指し、「ビーム」とはその「光や電波が束になったもの」で「一定の方向に沿った流れ」のことを指す。
つまり、手術などでよく使われる「レーザーメス」とは、こうした原理を用いて光を集束させる装置そのもののことを指し、この場合でいう「レーザー光」とは、「レーザーメスの刃」部分という意味だ。
いっぽうで、自動車のヘッドライトのことは「ビーム」という。「ハイビーム」とかいう表現を聞いたことがあるだろう。車の前方照射装置から放たれた光そのもののことだからだ。そういう意味では「レーザー光」というのも、一種の「ビーム」であることには間違いない。
ともあれ「レーザー」とか「ビーム」というのは、そういう種類の光線がそれぞれ別にあるのではなくて、そもそもその言葉が指し示す意味が違うのだ。
したがって「レーザービーム」という言葉の使い方は完全に間違っている。言わんとしているニュアンスは分からなくはないが。
ぼんやりとこの二つの言葉の違いが分かったところで、今度はそれぞれの言葉に由来する兵器の特徴を整理しよう。
まず「レーザー兵器」だ。これは、説明した通り“ある方法によって何らかの指向性エネルギーを増幅し照射する”原理が用いられる兵器全般のことを指す。この兵器の特徴は、その破壊があくまで対象物をピンポイントで溶かしたり沸騰させたりすることを目的としていることだ。
つまり、対象が破壊されるまでずっと照射し続けていなければならない。虫眼鏡で太陽光を一点に集めて、紙を燃やすようなものだ。こう言えば直感的に分かるだろう。そう、この兵器は、光を一点に集束させ、いわば「焼き切る」ことによって対象を破壊に導く。
この兵器の優位性は限りなく高い。まず、使っている指向性エネルギーが基本的に「光」だから、レーザー兵器は狙った瞬間に対象に到達する。何せその到達速度は「光速」だからだ。つまり、絶対に逃げられないし外さない。そして理論上はその射程は無限大だ。何せ「光」だからだ。少なくともこの地球レベルの相手であれば、数十万キロ離れた距離の相手でさえ捉えることができるのだ。
そして、そのレーザー光の焦点温度は数万℃に達するから、ほとんどの金属はその高温に耐えることが出来ず、したがってどんなに分厚い装甲でも簡単に貫くことができる。
つづいて「ビーム兵器」だ。これは、そもそも物質を構成する「電子」や「陽子」を何らかの手法で束ねて一方向に打ち出すものだ。つまり、レーザーと違ってずっと照射し続ける必要がない。いわば弾丸の代わりに光の塊を撃ち出すようなイメージだといえばいいだろうか。
そして何より、ビーム兵器のこの「光弾」は、エネルギー塊をぶつけるものだから、レーザーのように一点集束型ではなく、その対象物の比較的広範囲にダメージを与えることを目的としている。「焼き切る」というよりぶつける、という意味では、銃弾や砲弾により近い。
ただ、ビーム兵器が銃弾代わりに使っている「原子」や「陽子」は、もちろん「光」そのものではなく、それぞれ自身の質量を持っているから、その速度はレーザーより格段に、というか劇的に低下する。すなわち、ビーム兵器は避けられる可能性があるのだ。
つまり、よくSF映画の世界で、光の塊が空間を飛び交うのは「ビーム兵器」、一条の光線がずっと当てられているのが「レーザー兵器」というわけだ。この違いを理解したうえでもう一度これらのSF作品を見てみると、大半が「ビーム兵器」であることに気付き、それはそれで人類の「兵器」というものに対する考え方が現れていて面白い。
ともあれ実際には、このような光線兵器の実用化は、「レーザー」であれ「ビーム」であれ、極めて困難だ。
その最大のネックはやはり「エネルギー減衰問題」である。
レーザー光が大気中を通過する際、一般的には1立方センチあたり1メガジュールという非常に大きなエネルギー密度が大気そのものを加熱し膨張させる。その結果として大気密度が小さくなり、レーザー光が屈折してしまうのだ。
この現象を「ブルーミング現象」と言うが、このせいでレーザーの集束が乱れ、焦点がズレるという致命的な問題が発生する。さらに大気中に霧(つまり水分子)や、煙・粉塵(つまり何らかの粒子)が加わると、ブルーミング現象はさらに顕著になる。
ビームについても同様だ。これらの兵器の事実上の「弾体」に用いられる電荷を帯びた「電子」や「陽子」、すなわち『荷電粒子』は、高速で物質内――この場合は「大気」だ――を進む際、原子を電離し、イオンと電子との対を作る。そしてその進行距離に反比例して急速にエネルギーを失っていくのだ。そのエネルギー減衰の変化を示す曲線のことを、現象の発見者の名にちなんで「ブラッグ曲線」と称するが、どのブラッグ曲線も、グラフがピークに達した途端、ストンとまるで崖から転落するかのようにエネルギーがある瞬間に消失するのだ。
つまり、DEWはおよそ大気のある場所では実用性が限りなく低い。手術で用いられるレーザーメスのように、極めて限定された小さな場所に使用する分には問題ないが、広い戦場でさまざまな悪条件が重なる環境下では、そもそも敵に届かないのだ。
そして、一つひとつのDEWはそれを実際に使用する際、恐るべき電力量を必要とする、という現実も兵器の実用化を妨げている。そんな大電力を発生させることなど土台不可能であるし、ましてや兵士一人ひとりが携行できるサイズにまでそんな装置をダウンサイジングできるわけがない。
だが――
「――なるほど! 奴らはその電力をまるで乾電池のようにカートリッジに詰めているわけですね!」
叶が嬉しそうに叫ぶ。
「で、でも先生、そんなことが実際できるのですか!?」
「それなんだよねぇ……100億ワットの電力を発生させる乾電池なんて普通は作れない……」
念のため言っておくと、
一般的に単三アルカリ乾電池は1.5ボルトくらいの電圧を持っているが、そこから取り出せる電流はせいぜい1アンペア程度。つまり、
もちろん大きな電流を引き出そうとすればするほど、実際はそれに反比例して電圧が一気に下がってしまうので、電池自体があっという間に消耗して空っぽになる。
だが、そういった実際の現象をすべて無視して理論値で計算すると、つまりは100億ワットの電力を単三乾電池で確保しようとすると、およそ67億本用意しなければならないということになる。
まぁこれは「乾電池」の例だ。もっと効率的な「蓄電池」とか、潜水艦で使用する「リチウムイオンバッテリー」などであれば、当然これよりも高効率ではあるのだが、いずれも発生させ得る電力量は到底及ばないし、もしそうしようとすれば、やはり戦車に積めるような大きさにはならない。
「――いずれにしても、敵がビーム兵器……荷電粒子砲を使ってきた以上、どうにかしなけりゃいけません」
「そうだね……」
***
「だぁーッ!! ちょっと! 早く反撃しろし!!」
敵からの突然の先制攻撃に虚を衝かれて、
「んなこと言ったって! 逃げるのに精いっぱいでとてもじゃないが撃ち返せないっつーの!」
「はぁ!? 撃たなきゃいつまでたってもやられっぱなしじゃないか!」
「美玲! オマエ見ただろ!? あの敵弾、ちょっと触れただけで装甲溶けちゃってんだぜ? 撥ねっ返すとかいう次元じゃねーんだから!」
もはや隊長をオマエ呼ばわりである。もっとも、
「そんなもん! ウチの責任じゃないし! でも撃ち返さないのは詠晴の責任じゃん!」
「わぁーった! わぁーったよ!! 撃ちゃいいんだろ撃ちゃ!?」
「あと品妍! ぜぇったい当たんなよ!」
「へッ! 今まで避けまくってたの見てただろがい!」
つまりは、先ほどからの敵の攻撃は、かすっただけでも装甲に致命的な損傷を与えているのだ。既に3輌が擱座していたが、最初の1輌はともかく、残りの2輌はそれなりに敵弾を避けようとしたのである。
通常の徹甲弾ならば、仮にその威力が自分たちの装甲を貫くレベルであっても、斜めに弾けばその勢いを逸らすことができる。多くの戦車がその砲塔や車体を斜めの装甲で覆っているのは、そうした効果をあらかじめ期待してのことだ。つまり、これによって弾が逸れること、すなわち「跳弾」を促すのだ。
だから、美玲率いるチューチュー戦闘団の各車輛も、敵の砲撃に合わせて咄嗟に車体の姿勢を逸らしたのだ。
だが、意に反して敵の砲撃は、ちょっとかすっただけでもゴライアスの分厚い装甲を削り取った。というか、触れた途端にまるでチョコレートが溶けるように装甲が溶けたのである。
その点、戦車の操縦能力にかけてはピカイチである品妍は、とりあえず敵の砲撃が始まってから一度も敵弾に触れていない。結果的にはそれが功を奏して、チューチュー号だけは未だに無傷で戦場に立っていたというわけだ。
『……ちゃん! 美玲ちゃん!』
「――うぉ!? この声はもしや! か、叶少佐でありますかッ!?」
『そだよー!』
砲手兼通信員の詠晴が確認すると、叶の相変わらず緊張感のない返事が聞こえてきた。「美玲、叶少佐!」と言いながら、車内ラウドにする。
『美玲ちゃん! やっぱり生き残ってたね』
「はははいッ! おかげさまで!」
『せっかく来てくれたと思ったら、災難だったねぇ』
「いえ! 戦場の常ですから」
美玲が急によそ行きの声になる。叶少佐は彼女が慕う
ちなみに彼女の口が悪いのは、台湾から日本に移り住んだ時の身元引受人がたまたま元やくざだったということに由来しているというのは既に話したことがあるはずだ。
『――ははっ! それを聞いて安心したよ。で、敵弾の威力は!?』
「とんでもないですよ――触れたら溶けます! 当たったら終わりです!」
『なるほど……ちなみにそれ、ビーム兵器だからね!?』
「あ? ビーム兵器ぃ!?」
おっと、つい素が出そうになる。
『――そう、つまり、超高温の光の塊みたいなものだから、装甲が溶けちゃうんだ』
「なんだ! そういうことですか!?」
『……ん? 美玲ちゃん、なんか含みのある言い方だねぇ』
「いえ、てっきり敵がもの凄い砲弾を使っているのかと思っていたので」
『あぁ、そうか。君のチューチュー号は、どこまで耐えられるんだっけ?』
「はい、205ミリまでは余裕で傷ひとつ付きません」
『……まぁならビックリしただろうね』
「いえ、敵がそう来るなら、こっちは当たらなければどうということはありません!」
『――そんなことが……』
「まぁ見ていてください! この子の実力、今から見せつけますんで!」
そう言うと美玲は一方的に通信を切った。実際、のんびりとおしゃべりしている余裕はなかったのだ。こうしている間にも、敵戦車はじわじわと間合いを詰めて来ている。一方的に撃たれっぱなしでは、自分たちを含めた残り2輌、いつやられてもおかしくはないのだ。
「よっしゃ! じゃあ品妍、ゴライアスのフルスペック、見せてもらおうじゃないか!?」
「アイアイ!」
その瞬間、品妍はまるでF1レーサーのように身体を座席シートに深く沈め、前方モニターをキッと睨んだ。と同時に、首筋にケーブルを直結する。その瞬間、彼女の全身がブルっと震えた。
ビィィィィィ――という静かな電子音が薄っすらと車内に響いたかと思うと、クワとその瞳を開ける。瞳孔が、完全に散大していた。彼女の神経回路を、
この瞬間、品妍はゴライアスの
その僅かな時間差が、自分たちの生死を分けるのだ――
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