第230話 シリウスの残像

 確かに「太陽」を赤く表現するのは日本人独特の感性だ。


 子供たちが描く可愛らしい絵画に出てくる太陽はみな赤いし、大人たちもそれがおかしいとは一切思わない。あなた自身も、太陽を描く時は何の気なしに赤色を使っていないだろうか。

 だが、世界の大半の絵画で描かれる太陽は、普通だ。

 そしてそれが、本当は普通なのだ――


 なぜなら、空を見上げて太陽を見た時、それは黄色だからだ。そして太陽光は実際にスペクトル分析をすると、人間の目には黄色く見えている。それが科学的な事実だ。


 ではなぜ日本人は太陽を赤く描くのだろうか。

 白地に赤の「日の丸」のイメージだから?

 その日の丸は、もともと太陽をモチーフにしたものだから――?


 だが、肝心のその太陽はそもそも「赤」ではなく「黄色」なのだ。それは46億年前からずっと変わらない。

 もし「日の丸」が本当に太陽をモチーフにしていたのだとしたら、その中心に描かれる丸は「黄色い丸」でなければおかしいはずだ。


 では、あの赤い丸はいったい何を見て描かれたのだろうか――!?


 咲田広美によると、それが実は「シリウス」なのだという。


「――連星であるシリウスAとシリウスBは、今でこそAが主星でBが副星となっていますが、昔は逆だったのです」

「あー! そういうことか!」


 広美の説明を全部聞く前に、叶が相槌を打つ。


「ど、どういうことなんですか?」


 くるみが困惑したように叶を見つめた。


「ゴホン……つまりこういうことだ。今わたしたちに見えているシリウスは何色か知ってるかい?」

「青白く見えます」


 星座好きの未来が即答する。


「――その通り。なぜならシリウスAの表面温度はおよそ9,700℃と言われており、これは太陽の表面温度約5,500℃よりも遥かに高い。温度が高過ぎると、恒星は青白く光って見えるんだ。それに対して伴星のシリウスBはさらに高温で、約25,000℃とされている。ここまで高温だと、その色は青白色を通り越して真っ白になる。つまり、白色矮星だね。これがどういう種類の星か知っているかい?」

「……えーと……何でしたっけ?」


 亜紀乃が困ったような顔をしてキョロキョロする。


「――白色矮星というのは、寿命を迎えた恒星の、最後の姿なんだ。星っていうのはね、寿命を迎える前に一度大きく膨張する」

「そそそその通りです。今のシリウスAは太陽の大きさの約2.5倍。そしてシリウスBはほぼ地球と同じくらいの大きさですが、昔はシリウスBの方がAよりも遥かに大きく、それはAの約5倍程度もあったと推定されています」

「つまり……シリウスBは今の姿になる前に、一度大膨張をしているんだ……すなわち『赤色巨星』だ」

「――赤い……恒星……」

「事実、西暦150年頃の古代ローマの天文学者トレミーは、シリウスを見て輝く恒星と表現している。彼だけではない。ローマ帝国の政治家、ルキウス・アンナエウス・セネカも、シリウスを“火星よりも赤い”と記している。つまり、古代の日本人が見ていたシリウスは『赤い星』だった可能性があるんだ」

「――だから、シリウスをモチーフにした日の丸は、赤い丸だと……!?」

「そうだね。もっと言うと、その赤く光っていたシリウスBの伴星、シリウスAは、高い表面温度のために白く輝いてBの周囲に後光のように差していたかもしれない。それはまるで“白地に赤丸”のように見えたかもしれないね」

「……まさに、日の丸のデザインそのものじゃないですか……」


 なんということだ――

 「日章旗」はまさにその名の通り、太陽をモチーフにした旗だと思っていた。我が日本国はかつて「太陽の帝国」とも呼ばれ、古代においては「日出ひいづるところの云々」などという表現がなされた文献まで存在する。だからてっきり日本という国は、太陽信仰の国家だと信じ切っていたのだ。古事記に伝えられる天照大御神も、太陽神として描かれていたわけだし……


 だが、ここまで科学的な証拠を突き付けられると、いよいよそのイメージを捨て去らなければいけないようだ。

 「日の丸」の本当の意味は、太陽ではなく「シリウス」を象徴したものであること。

 日本人が当たり前のように太陽を赤く描くのは、日本人にとっての太陽がまさに「シリウス」であったからであること――もちろん、この地球上を照らすのは太陽であるが、古代日本人はそれ以上に「この世をあまねく照らす天体」としてシリウスを位置付けていた、ということだ。


「――これで、大御神さまがシリウス神であることにご納得いただけましたか!?」


 広美が勝ち誇ったように士郎たちを見つめる。


「――やむを得ないよね……どんなに突飛な仮説であっても、証拠があればそれは真実と言わざるを得なくなる」


 叶が嬉しそうに答えた。この人は、今まで分からなかったことがスッキリ解決すると、本当に嬉しそうな顔をする。


 では、あらためて日本人が『神』と仰いだシリウス星系人について整理してみよう。


  ***


「――シリウスは、古代日本だけでなく、エジプトでも神として崇められていたと推測されています」


 広美が語り始めた。


「具体的には、エジプト神話に出てくる『オシリス』『イシス』、そして『ホルス』です。オシリスとイシスは夫婦。ホルスはその子供。

 まずはイシスについて確認しましょう。彼女は豊穣の女神とされ、まさにシリウスの化身とされています。イシスとシリウス――なんとなく語感が似ていると思いませんか?」

「もしかしてアナグラム……?」


 くるみが興味深そうに呟く。


「そう! その通りです。IsisはSiriusの“r”を抜いて文字を置き換え、最終的にそれが訛ったもの。外見は、大きな翼を持ち、頭の上に椅子を乗せています。実は『イシス』というのは『椅子』という意味なんです。日本語の『椅子』と発音がほぼ同じというのも非常に興味をそそられます」

「へぇ! なんで椅子を乗っけてるの?」

「はい――『椅子』というのは“玉座”すなわち権力の象徴とされています。つまり『権力そのもの』……これは、夫であるオシリスや息子ホルスを守護する者、という意味を持つとされます」

「肝っ玉母ちゃんだな!」


 久遠の例えはガックリくるが、華麗にスルーしよう……


「――ただ、イシスは実は処女懐胎でホルスを生みます――のちのキリスト教における聖母マリアのモチーフですね――しかも、夫オシリスはホルスが生まれるより以前に謀殺されるのですが、彼女はそれに対しいろいろと策謀を巡らし、冥界の神アヌビスなどの協力を得て見事オシリスを復活させるなど、生と死を司る強大な魔力を持つともされています」


 あれ? なんだか似たような話をどこかで聞いたことあるぞ――と思ったら、日本神話にもイザナギ・イザナミ夫婦による「黄泉よみがえり」の逸話があったことを思い出す。


「――続いてイシスの夫、Osirisオシリスです。これもシリウスと語感が似ていますね……そう、これもアナグラムです。Siriusの、今度は“u”を抜いて頭に“O”を冠しています。なぜ“O”なのかは推測の域を出ませんが、もしかするとシリウスを含む“冬の大三角”の上に見える“Orionオリオン座”に関係しているかもしれません」

「ほぇー、なんか偶然みたいな気もするけど……そうじゃないのかな……」


 ゆずりはが無邪気にツッコミを入れるが、広美もようやく彼女の無自覚な毒舌に慣れてきたらしい。


「いえ、偶然などではありません。まず、シリウスをモチーフに二つのアナグラムで二柱の神が存在することと、シリウスが二連星であることは、極めて大きな関連性があります」

「確かに……」

「さらに言えば、エジプトの“シリウス信仰”において最も重要なロジックは、それが復活と豊穣の象徴とされていたことです。

 日本では“冬の大三角”というくらいですから、シリウスというのは冬の星の代名詞なのですが、エジプトでは逆に夏の代名詞と言われています――というのも、エジプトではシリウスが地平線に姿を消しておよそ70日後、これがちょうど7月の終わり頃に当たるのですが、ナイル川が年に一度の氾濫を起こし、大地に恵をもたらします。ちょうどその頃に、シリウスが再び地平線から昇ってくるのです。

 このため、古代エジプト人はシリウスに「復活」「豊穣」のイメージを重ね合わせたとされています。ちなみに、シリウスの化身とされる女神イシスを祀った「イシス神殿」は、まさにそのシリウスの方角に向かって建てられているのですが、その神殿の中心部の祭壇に太陽の光が差すのは、ちょうどナイル川の氾濫が起きる時期です。

 シリウスと太陽が交差する時、生命は復活・再生し、大地に豊穣が訪れるのです」


 広美の説明に、一同は唸った。古代エジプト人の、天文に対する知識の豊富さには舌を巻くばかりだが、それだけ高度な天文知識があるなかで、そして数ある星々の中でなおかつシリウスを特別視・神聖視していたことの意味が、大きく重く一同に何かを伝えようとしているかのようだった。


「――ちなみに、イシス神殿と同じようにシリウスの方角を向いていた日本の神社ですが、エジプトとは逆にちょうど冬至の頃、すなわち太陽の力が最も弱まる時にドンピシャでシリウスと正対するように建てられています。これには深い理由があると私は思っていますが、それについてはまた別の機会に話したいと思います」

「えぇー! 気になるぅ!」


 オメガたちがざわつく。それはそうだ。これだけいろいろな深い意味があることの片鱗を見せられたら、日本の神社とシリウスの関係にも、何か想像を絶する意味があるのではないかと思ってしまうだろう。

 だが広美は、なるべく話が脱線しないように努力しているらしく、彼女たちの不平をスルリと躱す。


「――話を元に戻しましょう。そんなシリウス信仰を持っていた古代エジプト人たちですが、彼らはシリウスのことを“大きい方の太陽”と呼んでいたと言います。もちろんというのは、我々の太陽のことです。

 つまり、エジプト人たちも、シリウスをある種の太陽――しかも、我々の太陽よりも一段ランクの高いもの――と考えていたことは注目に値します。私たち日本人がシリウスこそ『太陽』と考えて、日の丸を描いたのと同じ発想です」

「なぜそこまでシリウスを崇拝したのだろう?」


 久遠が素朴な疑問を呈する。


「それです。私たちが受け止めなければいけないのは、まさにそこなのです!」


 広美が皆を見回した。


「――日本神話における天照大御神さま。そしてエジプト神話における女神イシス。実は、この二柱は『同一神』だと推察しています。世界に散らばるさまざまな神話は、多くの場合天空から神が地上に降り立つところから話が始まります。そしてどのような神話であっても、人間はそうした神々を絶対的な存在として畏怖し、崇め奉るというスタンスでその物語を綴ります。

 と同時に、世界中の数々の遺跡がそれらの神々とシリウスを深く関連付け、特別に神聖視していることを示しています――

 このことは、まさにそれら神々の故郷がシリウス星系であることを裏付ける証拠以外の何物でもないのです」


 たぶん山ほど言いたいことがありそうな叶が、抑制的に質問する。


「広美ちゃん、その遺跡の中に、神々の故郷がシリウスであるという、何か具体的な証拠はないのかい?」

「証拠ならありますよ――」


 受けて立つ広美も、自信満々だった。


「――ほぅ」

「仁徳天皇陵の地下の遺跡を覚えていますか?」

「忘れるわけがないさ」

「あそこの石室の壁に刻まれていた聖刻文字ヒエログリフの中に『△』という形のものがあります」

「あぁ……あったような気がする……」


 さすがの叶もすべての文字を記憶しているわけではないと思うが、あのヒエログリフはすべて画像に記録してある。あとで見ればすぐに確認できるだろう。


「その『△』、エジプトのヒエログリフにも同じものがあります。そして、それが意味するのはまさに『シリウス』なのです」

「へぇ!」

「ちなみに『△』は女神イシスのことでもあります。これは既に学界でも正式に認められた翻訳です」


 エジプトの聖刻文字は、ロゼッタ・ストーンの解読を皮切りに、現在すべての文字の意味が解明され、その文章は現代語に翻訳されているのだ。


「――さらに『▽』という文字も存在しますが、これはオシリスを表します」

「なるほど……」

「さて、『△』と『▽』が重ね合わされると、どのような図形になるでしょうか?」

「――――!!」

「そう、六芒星ヘキサグラム……これは、ユダヤの星でもあり、そして――」


「天照大御神を祀る伊勢神宮にも刻まれている模様だ――」


「ここまで説明すればお分かりでしょう。地球人は間違いなくシリウス星系人と接触し、その偉大な力を目の当たりにし、遥かな古代、彼らに忠誠を誓ったのです」

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