第207話 スクールライフ
「……と、いうわけで、もしもこの時、樺太や
「はいはーい! せんせぇー」
「――はい、西野くん」
「日本は8月15日に降伏していたのに、現地部隊はなぜその後も戦ったんですか?」
「これはあくまで自衛戦闘だったんだ。それに、結構多くの日本人が誤解しているが、太平洋戦争の終結は8月15日じゃない。これはあくまで天皇陛下がポツダム宣言を受諾する、と意思表示をした日に過ぎない。日本が正式に降伏したのは1945年9月2日。この日、降伏文書に調印するまでは、あくまで停戦。だから、例えば占守島の守備隊については第5方面軍から指定された停戦日時は8月18日の16時だったりする。ただ同時に、こちらが降伏しようとしているのに敵が攻撃してきたら断固反撃せよ、という命令も受けていたんだ――だから彼らは必死で抵抗戦闘を行った……」
「なるほど……」
「いいか、みんな――軍隊というものは、国家国民を守る最後の砦なんだ。命令は絶対だが、理不尽な攻撃には断固として立ち向かわなければならない。我々が刀を折ったら、丸腰の国民はただ座して死を待つしかないんだ。我が身を振り返り、自分だったらどうするのか? しっかりと考えておかなきゃいけないぞ」
その時――
キーンコーンカーンコーン……
「よし、じゃあ今日はここまで。日直?」
「――はいっ! きりーつ、れーい! ありがとうございましたぁ!」
「はい、おつかれ」
ふぅー……
士郎は、ようやく一息をつく。
と思ったら、ここぞとばかりに教卓にみんながわらわら集まってきた。
「ねぇねぇ士郎きゅん! 今度はいつ来るの? 明日? あさって?」
「あの、先生――もう少し解説していただきたいところがあるのですけれど……」
「んー、今日の授業、私は感動したぞ! やはり武人というのはこうあらねばならないのだな!」
「私も最初はちょっと難しいのかと思っていましたが、先生の教え方が上手なので十分理解できたのです」
「あ、あの……し、士郎くん、えと……」
「あー! お前ら一斉にしゃべり過ぎ! 順番にしろ順番に!」
目の前に集まっているのは、JKである。女子高生、である。
いや、正確に描写すると、濃紺のセーラー服を着た、オメガ少女たち――である。
白い襟には濃紺の三本線、手首部分とスカートの裾のところには、逆に白線が入っている。これでスカーフは白というところがミソだ。
こうやって改めて彼女たちを見ると、どこからどう見てもただの女子高生だった。先生役の自分のことを「先生」と呼ばずに名前呼びするところまで、ご丁寧に現役女子高生並みだ。
そんな彼女たちを、教室の後ろの方で呆気に取られて見ているのは広瀬繭と、クリー、アイの双子の姉妹だ。この3人は、一応中学生ということになっているらしく、制服も紺のジャンバースカートに白ブラウス、紐リボンという出で立ちだ。
年齢的には14歳の亜紀乃も本来中学生組のはずなのだが、本人が駄々をこねて「飛び級」という設定で高校生組に混じっている。試しに筆記試験をしてみたら、確かに亜紀乃の成績は本来の高校生組の中央値より高く、まぁこれならばということで認めた次第であった。
解せないのは久遠である。確か彼女はもう
だが、何よりも不可解なのは、士郎が教師役を務めていることであった。
どうしてこうなった――!?
話は半月前にさかのぼる。
***
「――学校、ですか?」
「そうだ。あの子たち、実は学校に行っていないのだ」
「まぁ……そうでしょうねぇ」
四ノ宮の執務室。士郎は唐突に呼び出され、先ほどから彼女の突然の提案を聞いて困惑しているところだった。
オメガの少女たちが学校に行っていないことは、当然だが士郎もよく分かっている。つい最近まで、一緒に最前線で戦っていたのだ。その前もずっと――大陸で初めて助けられてからこの方、彼女たちが学校に通っているところなど、見たことがない。特務兵なのだから当たり前だ。
「だがな
「はぁ、まぁ……人並みには……」
「国民の義務を知っているか?」
「教育、勤労、納税、ですかね」
「その通りだ。彼女たちは、教育を受けておらん」
「何を今さら――」
確かに、日本国憲法ではその第26条に教育の義務を謳っている。だが、それはあくまでも「普通教育を受けさせる義務」を「保護者」が負う、と書いているだけであって、本人たちが受けなければならない、とは書いていない。教育の義務は「本人」ではなく、「保護者」の義務なのだ。そして軍は彼女たちの「雇い主」ではあっても保護者ではない。
「だが、我々は彼女の保護者なのだ」
「へっ!?」
そうなんですか!? という顔を四ノ宮に向けると、彼女は士郎の顔を見てニヤリと笑った。
「そりゃあそうだ、何せ我々は彼女たちを親元から引き離し、その衣食住から生殺与奪の権限まで、ありとあらゆる強制力を行使している」
「し、しかし――それは兵士としては当たり前なのでは……」
「貴様は馬鹿か?」
「ひっ!?」
「いいか、あの子たちは、本来兵士になる資格がない」
「そ、そうなのですか?」
「よく考えてみろ? 入隊可能なのは何歳からだ!?」
「じゅ、18歳……です……あ!」
「ようやく気付きおったか。あの中で、今この瞬間に兵士になれる年齢の奴は久遠とくるみしかおらん。楪は16歳、亜紀乃は14歳……まぁ、未来の場合は18歳という設定だが、あの子はそもそも何十年も世捨て人をやっていたから、正直なところ学校を出ているのかどうかすら分からん。久遠にしたって、16歳で研究所に送られているんだ。くるみだって……まぁあの子は能力のせいで異常に知能が高いが……高校に上がる前に研究所に入ったんだ。そういう意味では、年齢に達していたとしても、高卒の資格は誰も持っておらん」
「……た、たしか……兵卒の入隊資格は高卒以上、でしたね……」
「うむ、つまりだな……あの連中はいわば裏口入隊なのだ」
なるほど、中佐の懸念はよく分かった。しかし、それはやはり「今さら」というものではないのか!?あんた、それ最初から分かってて彼女たちを動員してんだろ――!? とは口が裂けても言えなかった。
「実はな……先日のハルビンでの大活躍を受けて、さる筋から問い合わせがきておるのだ」
「――さる筋、と申しますと……?」
「皇軍兵士ならば、それ以上は詮索するな」
「――は、はッ! 失礼しました!」
思わず、ピリッと背筋を伸ばす。
「ま、まぁ……結論から言うと『学生の身でよくぞ務めてくださいましたね』とお褒めの言葉を賜ってしまったのだ」
「そ、それはマズいですね……」
「あぁ、マズい。極めてマズい――」
四ノ宮は、勿体を付けるようにゴホンと咳払いした。
「――と、いうわけでだ。今からでもあの子たちを学校に通わせて、万が一本人たちが何か聞かれたとしても、キチンと『学生です』と答えられるようにしたいのだ」
「あの子ら、馬鹿正直ですからね」
「あぁ、閲兵式でお声掛かりなんかあった日には、下手をするとお叱りを頂戴してしまうかもしれん」
国防軍は2年に一回、千代田で閲兵式をやっている。受謁部隊は基本的にローテーションだが、毎回特に武勲のあった部隊は、それとは別に呼ばれる栄誉を受ける。この流れで行くと、オメガ特戦群が今度の閲兵式に呼ばれる可能性は極めて高いのであった。
***
と、いうわけで、横須賀司令部敷地内に元々あった陸軍の高等工科学校跡地の一棟を、急遽「学校」に戻したのだ。一応、学校教育法における「各種学校」ではなく、キチンとした「中等高等学校」の認可も受けたところだ。つまり、ここを卒業すれば彼女たちは高校卒業資格を得ることができるのだ。
ここに学校を作ったのにはもう一つメリットがあって、それは、隣接する「統合軍病院」で療養している他のオメガたちも、体調を見ながら学校に通える環境が出来たことだ。広瀬繭が中学生として教室にいたのもそういう経緯がある。
ついでに言うと、クリーとアイの双子の姉妹も、この際だから日本の教育を受けさせよう、ということで、ほぼ同学年の繭と一緒に中学生活を送ることになった。
この3人は「学校に通える」と聞いた途端、喜びを爆発させた。ずっと入院生活で学校に通えていなかった繭はもちろん、クリーとアイに至ってはそもそも自分の人生の中で「学校」に通えるなど、夢にも思っていなかったから、そのことに本当に感謝してくれたのである。
教師役は、部隊の特殊性に鑑み、一般の教員ではなく特戦群の将校が交替で務めることになった。何せ全員各軍の士官学校を出ているから、日本のトップエリートたちだ。教員資格も特例で文科省から難なく付与された。
だが――
だが、である。
士郎は、自分も教師をやるとは一言も聞いていなかったのだ。
「せんせーい! 次は私たちの番ですよーっ!」
繭が嬉しそうに教室の奥から手を振った。
何せ生徒は今のところ全員で8人しかいないのだ。高校生が5人、中学生が3人。だから、田舎の分校よろしく同じ教室で異なる学年の授業を行うスタイル。高校生組が授業している間は、中学生組は自習。先ほどまで高校日本史の授業をやっていたから、次は中学歴史の時間なのだ。今度は高校生組が自習タイムだ。
と、いうわけで、士郎は「歴史」を受け持っている。
だが、本当は士郎にまで「教師役」が来る予定ではなかったのである。
「あぁ、分かってるぞ! あと5分でチャイムが鳴るから、大人しく予習してろー」
「「「はーい!」」」
女子中学生たちが、嬉しそうに返事をした。
「あー、いいなー! 私も中学の授業受けよっかなぁ」
「ゆず、次の時間は小テストだからなー」
「えー!?」
テストと聞いて、高校生組が俄かにあたふたし始める。テストの点が悪いと宿題がどっさり出るという仕組みも、昨日思い知らせてやったところだ。
キーンコーンカーンコーン……
さて、次の授業の始まりだ。
***
「――にしても、叶少佐はいったいどこに行かれたのです!?」
「なんだ? 貴様は聞いていなかったのか」
「はぁ、伺っておりません」
なんのことはない。士郎が予定外に教師役をやる羽目になったのは、当初その役割を張り切って引き受けたはずの叶少佐が、3日前から突然姿をくらましたせいだ。お陰で「授業に穴を空けるわけにいかん」と無理やり四ノ宮に代役を押し付けられたというわけだ。
自分は教員免許を持っていない、と言いかけたら、既に取得済みと言われ、文部科学大臣――普通は地方自治体の長のはずだが――の名前の入った士郎の教員免許状まで見せられてしまった。
「――でも、そのお蔭で石動中尉の先生っぷり、拝見しましたけど、とっても教え方が上手で、私ビックリしましたよ」
新見が嬉しそうに話に割って入る。
学校棟の一角――
教師役の将校が詰める、いわば職員室みたいなところだ。新見は情報工学の博士号を持っている才媛で、この学校では主に理系の授業を担当することになっていた。
ほうじ茶を啜りながら、士郎が情けない声を出す。
「――とんでもないですよ……何の準備もしてなかったんですから」
「いえいえ、石動先生の『戦史から紐解く日本の歴史』……なかなか興味深い授業でしたよ? ねぇ中佐!?」
「おう――あれは私もじっくり聞いてみたいと思った。今度、将校を対象に隊の中でもやってみるか」
「いや、あれは私の士官学校の卒業論文に近いテーマでして……昔取った杵柄、って奴ですよ」
「昔、といっても昨年のことではないか」
「そうですよ、中尉。生徒たち、みんな若い男の先生が嬉しいんですよ……これからも頑張ってください!」
「――生徒、って……というか……」
士郎は真顔になる。
「叶少佐は、本当にどこに行かれたのです? 機密事項ですか?」
四ノ宮が少しだけ困ったような顔をする。この様子だと、新見はどうやら知っているようであった。四ノ宮の副官だから、知っていてもおかしくはないが……
「まぁ……機密、というわけではないのだが、あまり吹聴する話でもなくてな――」
士郎は、ジッと四ノ宮の目を見つめた。「はぁ……」と小さな溜息をついて、四ノ宮が降参する。
「――実は、バヤンカラに向かったのだ」
「バヤンカラ? あの、熱核反応が観測されたバヤンカラ山脈ですか!?」
「そうだ」
「なぜ? あそこには東トルキスタン進駐部隊の偵察隊が向かったと伺っていましたが……」
「その偵察隊が、どうやら異常なモノを発見したようでな……急遽叶に確認してもらうことになったのだ」
叶少佐がわざわざあんなところまで現場確認に向かわねばならないもの――
「それはまさか――オメガ絡み……ですか!?」
「詳しいことはよく分からん……だが、異常な事態が起きていることは確かなようだ。あの男はあっち系の専門家だからな。他に適任者はおらんだろう」
士郎は、俄かにアドレナリンが分泌されるのを感じる。
「では我々も――」
「だから」
四ノ宮が制する。
「だから貴様には教えたくなかったのだ。詳細が判明するまで、大人しくしていろ」
「しかし――!」
「駄目だ。まずはゆっくり心身を休めるんだ。それに、オメガたちに少しは年相応の生活を楽しませてやれ」
――――!
そうだった。自分のことばかり考えていた……
教室での、彼女たちの弾けるような笑顔を思い出す。
「わ、わかりました。すいません……」
「時が来たら……また貴様とオメガたちに目いっぱい働いてもらう」
新見が、ふっと微笑みをこぼした。
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