第198話 グラウンド・ゼロ

 決死の覚悟で走り込んできた田渕は、ボロボロに分解されて地面に転がっていたドロイドの首を引っ掴み、その芯の部分に銃剣を突き刺したかと思うとその場に高々と突き上げた。

 それはまるで、戦国時代に野伏のぶせりが落ち延びた武将の御印みしるしを挙げた時のようで、見ていて決して気持ちのいいものではない。


「すまんなッ! 少しだけ、辛抱してくれッ!」

「ダダダダ――ダイジョウブデス……ニンムヲハタシマススススス……」


 ドロイドは既に声帯モジュールが壊れているらしく、上手く言葉を発せられなくなっていたが、それでも自分の役割を最後まで果たそうと、すべての残存エネルギーを残った頭部に供給していた。

 やがて、彼女の頭部は再び青白いプラズマ放電に包まれ、3次元コイルソレノイドの役割を果たし始める。


 ほどなく上空には、魔法陣のような円形の模様が無事に浮かび上がった。重力アクチュエータが再生成されたのだ。

 

 すると、灼眼の子供たちが早速目の前に迫ってきた。悪鬼のような形相で大きく口を開け、強酸を吹きかける――

 寸前、傍にいた別の兵士がダダダダダッ――とライフルを連射してそれを薙ぎ倒した。

 と思った瞬間、今度はまったく別の方角から、黒い影がいきなり田渕に躍りかかる。

 パンパンパンッ――!!

 すんでのところで拳銃を抜き、これを撃ち殺す。


 クソっ……もうもたないぞ!?

 その瞬間――


 視界の片隅に猛然と突進する1輌の多脚戦車の姿が映った。

 その砲身に、バリバリとプラズマ放電が巻き起こる。石動いするぎ中尉ッ――!


「いっけェェェェェッ――――!!」


 田渕は思わず叫んでいた。

 

 ビィィィィィィィィィィィン――――!!!


 雷鳴のような放電を発しながら、一条の光芒が中天に放たれた。その瞬間、間違いなくそれは、空中に浮かんでいた敵目標を刺し貫いた。

 やったか――!?


 目標は、レールガンに弾かれてあらぬ方向に吹き飛んだかと思うと、そのまま地面に真っ逆さまに墜落していった。


「やった!! やったぞ――!!」

「うおぁぁァァァァ!!!」


 田渕だけでなく、戦場全体に喚声が響き渡った。ついに――ついにあの敵を撃墜したのだ!!


 途端に、目の前の灼眼の子供たちの動きが鈍る。それだけではない。一部の個体は、ドロリと溶け始めたではないか……!


  ***


「どやぁ――ッ!!」


 美玲メイリンが操縦席で歓声を上げていた。久遠があわあわしている。


「あ、当たったのか――!?」

「あぁ! 大当たりだ――久遠、大手柄だぞ!!」


 士郎が破顔一笑する。

 ひぇぇぇ……と久遠が安堵の溜息を漏らした。それは、本当にギリギリだったのだ。もしこれで撃ち漏らしたら、間違いなくドロイドたちは灼眼の子供たちにやられていただろう。そして二度とクリーの重力場から逃れられず、部隊はここで壊滅していたはずなのだ。

 それはすなわち、未来奪還の失敗――『ア号作戦』の失敗――を意味する。

 その責任を、自覚のないままに一身に担っていた久遠は、今さらながらガクガクと膝を震わせた。


「美玲、戦車を起こしてくれ」

「アイ――ボス!」


 チューチュー号が、複雑な射撃姿勢から堂々たる仁王立ち――と言っていいかどうか不明だが――に姿勢を変更して、戦場全体を睥睨する。その姿はやはり、鳥をも喰らうと言われる巨大蜘蛛「ゴライアス・バードイーター」そっくりであった。天蓋ハッチから、石動士郎が半身を突き出して周囲を見回している。

 その彼の視線の先には――


 墜落したクリーが地面に横たわっていた。


 彼女はピクリとも動かず、だがその輪郭は未だに赤く揺らめいていた。よく見ると、片脚が消失している。レールガンの弾体に吹き飛ばされたのであろう。


 すると、そこに近付いていく姿が一人。

 白金銀色プラチナシルバーのサラ髪をなびかせた、美しい少女――神代未来みくだった。


「――あとは頼んだぞ、未来……」


 士郎は心の中で、未来に願う。


  ***


「クリーちゃん……」


 レールガンに撃ち落とされ、片脚を吹き飛ばされたクリーが、目の前に横たわっていた。未来は士郎に頼まれたのだ。ここから先は、私の出番だ。

 未来の呼びかけに応えるように、クリーが固く瞑った瞼を少しだけ開ける。頭を横に向け、そこに未来がいることを認識する。


「未来さん――」


 クリーの全身は、相変わらず炎が燃え盛るように赤い輪郭に包まれていた。それはまるで、石炭か木炭が赤熱して赤く放射しているようであったが、かといって実際に「熱い」わけではない。

 むしろ彼女の身体は、冷たくなりかけていた。それは、片脚を吹き飛ばされてドクドクと大量に失血しているせいかもしれない。


「――クリーちゃん……なんでこんなことに……」


 未来は悲しそうに問いかける。

 実際、彼女のしでかしたことは到底看過できないものであった。100歩譲って自分自身を拉致したことはいい。だが、その後ヂャン将軍の妹――詩雨シーユーの家に押し入って彼女を誘拐したり、逮捕された将軍を拷問にかけたり、今のように子供たちを操って死地に追い込んだり――

 ミーシャくんによると、将軍の狙撃自体も、クリーの仕業かもしれないということだった。


 これじゃあまるで悪者だよ……あなたはそんなに悪い子だっけ……?


「……これは……私自身が望んで……やったことだ……」

「嘘ッ――!」

「嘘じゃない……これは、私たちには必要なことだった――」

「私たち……って?」

「私たち、ウイグル人だ」

「なぜ――」

「未来さんは知っているか?」


 問い質そうとした未来の言葉を遮るように、クリーが言葉を継いだ。


「――ウイグルの地に、悪魔の火が降り注いだことを……」


 それは……当時の中国政府が西方で行っていた、核実験のことか……


「詳しくは知らないけど、東トルキスタンのロプノール湖周辺で、数十回の核実験があったことは知ってるわ……」

「公式発表だけで46回だ……本当は50回以上……」


 クリーが、ゲホッと吐血する。


「クリーちゃん!!」

「……気にしないでいい……」


 クリーの機械化眼球がキュイキュイと動く。本当は、涙を流している――!?


「……未来さん……この50回以上の核実験で、何が起こったか……知ってるか……?」


 未来がかぶりを振った。なんとなくは知っているが、恐らく彼女ほど詳しくはない。この話は、中途半端な知識で語ってはいけないような気がしたのだ。

 クリーが話を続ける。


「ロプノール周辺での核実験で、19万人のウイグル人が急死し、129万人以上が急性放射線障害で苦しみ、子供の死産や奇形など胎児への影響は3万5千人以上、白血病は3,700人以上、甲状腺ガンは1万3千人以上に達したのだ――」


 その凄まじい数字に、未来はおののく。


「――おまけに、当時の中国政府は放射線被害など発生していないとして、私たちウイグル人は何ら補償されなかったのだ」


「――その後どうなったと思う? 皆が住んでいた村から、僅か10キロしか離れていない場所で、半年に1回ペースで核爆発が起こるんだ」


「――いくつもの村が……全滅した」


「――大地が……毒に塗れた……そして」


 横たわったままのクリーが、キッと未来を見据えた……ような気がした。


「――私たち……辟邪ビーシェが生まれた……」


 未来は言葉を失っていた。彼女たちは、間違いなく中国核実験の負の遺産だ――


「……私たちは、放射能の中から生まれた……だから放射能は私たちには効かない……その代わり――」


「――放射能に苦しむ人たち……助けられる存在になった……」

「――!?」


 未来はそこで、違和感を覚える。この子は一体何を言っているのだ!?


「誰がそんなことを――!?」

リー先生に決まっている……あの人は、辟邪ビーシェのことなら何でも分かる人」


 やはりあの狂気の科学者か――


李軍リージュンは……貴女に何を言ったの?」

「先生は……私の特別な身体を使っていろいろな研究を行えば、最後にはウイグルの人たちの病気、直せると言った」

「――そんなことは嘘だ!」


 未来はつい、語気を荒げる。

 あの男が、そんなことを考えているわけがない。あの郊外の施設に連れて行かれた時、李軍は確かに言ったのだ。「私は最強の兵士を作りたいのですよ――」そのために詩雨を切り刻んで「再生」のメカニズムを探り、私のDNAサンプルを無理やり採取して不老不死の秘密を探ろうとしたのだ。

 さらには、人間と動物のDNAを混ぜ合わせて禁忌の最強生命体すら創り出そうとした。未来の脳裏に、浩宇ハオユーの面影が浮かび上がる。

 そんな男が、ウイグル人たちを助けようとするはずがないではないか――!


「クリー……貴女は……騙されてるわ」

「そんなはずはない!」


 突然クリーが激昂する。彼女の輪郭を覆う灼熱の放射が、一際真っ赤に燃え盛る。だが、その見た目とは裏腹に、彼女の身体はさらに体温を失っていく。


「李先生は、私に教えてくれたのだ……私を使って実験するのは、同じウイグル人たちを治すためだって……治療法は、その人種に一番見合ったやり方を見つけなきゃならないからって……」

「そんなのは詭弁だわ――じゃあ、あの赤目の子供たちは? あの子たちはウイグル人じゃないでしょ!?」

「……ウイグルの民にはほとんど子供がいないから仕方ない」

「それ! そもそも子供が産まれなくなったのは、核実験のせいなんじゃないの? 子供がいない以上、まず取り組むべき治療対象は母親のはずよ!? 子供を使った実験なんて必要ないものだわ!」


 その時、初めてクリーが動揺したようだった。未来がクリーに畳み掛ける。


「――それに、何故将軍を襲ったの!? あの人こそ……ウイグルの人たちを助けようといろいろ考えていた人なのに!」

「それは……李先生が言ったのだ……将軍は、自分の実験をよく思っていない、このままではウイグル人治療の研究が続けられなくなる、と……」

「それで将軍を亡き者にしようと?」

「あぁ……そうだ。李先生が一番偉くなれば、ウイグル人を助けられる……将軍は、邪魔な存在……」


 なんということだ――

 この子は、完全に李軍に騙されて、その悪事の片棒をそれと知らずに担がされていたのだ。ここまで見事に言いくるめられていたなら、率先して将軍を襲ったのもむべなるかな……


「――クリーちゃん……簡単には受け容れられないかもしれないけど……ウイグルの人たちのことを真剣に考えていたのは、張将軍の方なの……李軍はただ単に人間を改造して……多くの人々を実験台にしていただけの人格破綻者だわ」

「……そんなの……嘘だ……」

「嘘じゃないよ――じゃあ何故あの男はキメラ研究をやっているの? 貴女の身体を弄って……鳥みたいな身体になって……」

「それは……」

「ねぇクリーちゃん……今からでも遅くないわ。私たちの、仲間にならない? 歓迎するし、貴女の治療にも全力を尽くすわ……」


 これこそが、未来が士郎から託されていた伝言だった。彼はクリーを排除するのではなく、同じ異能を持つ存在として「受け入れたい」と言ってくれたのだ。

 それは、未来が以前から考えていたこととまったく一緒だった。やっぱり士郎くんは私の思っていた通りの人だ――


「……それは……無理……」

「なんでっ? 確かにあなたのやったことは許されることではないわ――けど……私たちは、きっと根っこが同じだもの……私……私たちオメガは……あなたのことを最初から敵だと思わなかった……」

「――だけど……戦った……私と未来さんたちは……敵同士……」

「だからっ! だから今から仲直りするの――」

「……できないよ」

「だからなぜっ――」


 その瞬間、未来は異様な雰囲気を感じ取った。クリーの身体から発せられる赤い放射が、突然その勢いを増す。


「クリー……ちゃん……?」


 地面に横たわっていた彼女の身体が、ふわりと持ち上がった。重力を操る彼女の異能が、彼女自身をそこに浮かせたのだ。そのまま空中で姿勢を変え、まるで十字架に貼り付けられた殉教者のように未来の目の前ほんの数メートルに位置する。


「……私は――辟邪ビーシェ……疫鬼えっきを懲らしめ、退散させる善なる神……」


 クリーが、うわごとのように語り始める。


「――我は天刑星てんけいせいの化身なり。天の刑罰を与え、疫神をつかみ喰らう者なり――」


 その語り口は、何者かが彼女を乗っ取って語らせているかのようで、もはやクリーその人ではないように思える。彼女が何を言っているのか判然としないが、どうやら自分は正義で、悪者を懲らしめるのだ、と言っているようだった。話の文脈からすると、私たちオメガがその「疫鬼・疫神」だと言いたいのだろうか!?

 彼女の輪郭の赤が、ますます燃え盛るように大きく広がっていく。


「クリーちゃん、何を言っているの!? 天の刑罰って何? 駄目だよ!? 落ち着いて――」


 その瞬間、地下留置場で簡易的な機動統制システムMCSを構築して、ようやく戦域全体を掌握しつつあったはずの新見から、全員に緊急連絡が入った。


『みんなッ!!! 異常な電離放射線を感知したわッ!!! ――今すぐ避難してッ!!』


「――え!?」


 それを聞いたすべての兵士たちが硬直する。電離放射線――それは、核反応の時にしか発生しないものだ。


 核爆発――!!!!?


 刹那――

 十字架上のクリーを中心とした一帯が突如として大火球に包まれたかと思うと、すべての存在が真っ白く溶けていった――

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