第197話 反撃

 田渕たち生身の一般兵士たちが、ドロイドたちの前に敢然と立ち塞がった。今、彼女たちは自らを超伝導体と化し、半径100メートルの範囲で同心円状に3次元コイルソレノイドを形成している。クリーの重力場を中和すべく、簡易的に重力アクチュエータを展開するためだ。

 兵士たちの役目は、それらドロイドたちを警護することだった。ドロイドが斃されて一角が崩されると重力アクチュエータが完成せず、クリーに攻撃が届かないからだ。


 クリーに操られた灼眼の子らは、もの凄い形相でドロイドたちに襲い掛かろうとする。あちこちで、それを排除しようとする兵士たちの発砲音が轟いた。だが、子供たちの動きはさっきまでとは違っていた。すんでのところで弾丸を避け、まるで蛇が獲物に飛びつくように身体を捻って躍りかかる。


「ぎゃぁぁァァァァ!!」


 兵士の悲鳴が聞こえた。子供が、口から強酸性の粘液を噴きかけたのだ。まともにそれを浴びた兵士の一人が、頭部から濛々と白い湯気を噴き出しながらもんどりうって倒れる。最初に中国兵たちに仕掛けたのと同じ攻撃方法だった。抵抗する相手には、容赦なく粘液を噴きかけるということか――!


「気を付けろッ! 懐に飛び込ませるなッ!」


 田渕が兵士たちに警告を発する。そういう田渕も、既に半径5メートルほどまで肉薄されていた。上空から見ると、超伝導体の役割を必死に果たしているドロイドの佐倉ひまりを中心に、円状に灼眼の子らが取り囲んでいる。ひまりの傍らで、田渕は必死にそれを銃撃し、手榴弾を投げ込み、なんとか子供たちが彼女に殺到するのを辛うじて食い止めていた。

 似たような光景が、今やあちこちで繰り広げられている。


  ***


 同じ頃、士郎と久遠は戦場の一角を走り回っていた。


「――見つかったか!?」


 士郎が叫ぶ。


「――だ、駄目だ! どれもこれも、使い物にならなさそうだッ」


 二人が走り回りながら覗き込んでいるのは、あちこちに擱座かくざした多脚戦車だった。クリーの重力攻撃で、無残にも圧壊して壊滅したチューチュー戦闘団の残骸だ。

 クリーの重力場は、くるみやドロイドたちの必死のベクトル干渉によって、徐々に中和されつつあった。並行して、ゆずりはが何度もクリー本人に遺伝子攻撃を繰り返し、彼女自身の動きも封じ込めつつある。だが、それでは決定打に欠けるのだ。なんとしても彼女本人に強烈な物理攻撃を仕掛けねばならない。それには、多脚戦車が装備する電磁加速砲レールガンが一番効果的なのだ。これ以上に強力な兵装は、今この戦場には存在しない。

 だが肝心の多脚戦車が、先ほどのクリーの重力攻撃で軒並み叩き潰されていたのだ。何とか動くものが残っていないか――さっきから二人はそれを探し回っていたのだった。


「どうしよう士郎……かくなるうえは私が特攻――」


 特攻を仕掛けて……と言いかけて、久遠がとある場所に視線を釘付けにする。


「――し、士郎ッ! あれは……戦車隊長どのは……生きているのではないか!?」

「――なにッ!?」


 少し離れた場所にいた士郎が慌てて戻ってくる。すると、チューチュー号――美玲メイリンたちの愛機だ――の天蓋ハッチからその半身を投げ出して絶命していたはずの美玲の遺体の位置が、少しだけ移動していた。

 まさか――!?

 士郎は、慌てて駆け寄った。


「美玲! おいッ! 美玲ッ!!」

「……う……うぅ……」


 今、確かに呻いた。生きてるのか!?

 士郎は、ひざまずいて彼女を胸に抱くと、その顔をぎゅっと自分の方に向けた。


「おいッ! 美玲!! 生きてるのかッ! 美玲ッ!」


 彼女の顔は蒼白で、目や鼻、口や耳からさえも赤黒い血を滴らせていたが、それでも士郎がその頬を必死でさすると、少しだけ赤味が射してきた。


「……あ……ち、中尉……」


 少し朦朧としながら、美玲が薄目を開ける。


「め――美玲ッ! 良かった! 生きてるんだな!?」


 そう言うと士郎は、彼女の頭をそのままひしと抱き締めた。


「す……すみません中尉……私……敵を侮りました……」


 美玲が弱々しい声で囁く。


「大丈夫だ……今は……何もしゃべるな……」

「……ち、中尉は……いつもお優しい……ですね……ところで……何かお探し……ですか……?」

「あ、あぁ……使える戦車が残ってないかと……」

「……なんだ……だったら我が愛機……を……お使い……ください」


 そう言って美玲は力なくチューチュー号を指さした。だが、それは既に叩き潰され、無残な姿を晒している。士郎は戸惑いながら美玲に話しかけた。


「美玲……その、言いにくいんだが……チューチュー号は既に大破しているようだぞ……」


 すると彼女は、相変わらず青白い顔をしていたが、それでもニッコリと笑った。


「中尉……チューチュー号を舐めてもらっては困ります……彼はまだ……動けるんですよ……」

「え――?」


 そう言うと、彼女は顎をしゃくり、チューチュー号の本体装甲殻の先端部分を指し示した。蜘蛛でいえば頭部に当たる部分だ。

 士郎はつられてそこを見やる。すると、半球状の突起物の先端に小さな赤丸が光っていた。士郎がそれを見つめると、急にギュインと動いてソレが見つめ返してくる。

 動いているのか――!


「――まだ、この子の人工知能は生きてます……脚も3本叩き折られましたが、切り離せば十分走れますよ……」

「――そ、そうなのか――!?」

「……なんでこの子が世界最強と呼ばれているか……中尉は知らないんです……蜘蛛はね……しぶといんですよ……」


 すると、装甲殻の中から声が聞こえてきた。


「……た、たいちょぉーー……生きてますかぁ……」

「……ヤバいよぉ……脚が折れた……」

「私、たぶん鎖骨折れてるわぁ……」

品妍ピンイェンッ! 詠晴ヨンチンッ!」


 士郎と久遠は、慌てて装甲殻のハッチから中を覗き込み、折り重なるように倒れている二人を発見する。急いでその腕を引っ掴み、ゴリゴリと引っ張り出した。


「イテテテテテ……乱暴乱暴ぉー!」


 二人の無事を確認すると、美玲が俄かに元気になる。大切な友人にして信頼のおける戦友。そんな彼女たちの無事が分かって、気を確かに持ったのだろう。


「……二人とも……まだくたばらなかったカ!?」

「まぁねー……身体は言うこときかないけど、この通り……あんなのにヤラれてたまるかダヨ」


 士郎も、心から安堵する。どちらかというと敵に押しまくられている戦場において、僅かに射した光明のようだった。


「じゃ、じゃあ、他の戦車の乗員も生きている可能性はあるのか!?」

「さぁ……私はたまたまハッチを開けていたから、中の圧力がうまく外に逃げたんだと思う。密閉してたら駄目だったかもネ」

「まぁでもみんな、殺しても死なないような連中だから、今は気絶してるだけだと思うヨ!」

「そ、そうか! で、取り敢えず今、俺たちは多脚戦車の電磁加速砲を必要としているんだ――」

「あ? でもあのバケモノにはレールガン当たらないよ!?」

「大丈夫だ――今、簡易的な重力アクチュエータを展開して、彼女の重力場生成を無効化しつつある!」

「なるほど――! そういうことならもう一戦できそうだネ! 品妍ピンイェン!?」

「あいよー」


 機関員兼整備員の品妍ピンイェンが、なにやら操縦席のコンソールをゴソゴソしていたかと思うと、バシュゥン――と大きな音がして、叩き折られた3本の脚部がいきなり本体装甲殻との接続部分から分離パージされた。


「中尉――、品妍ピンイェン詠晴ヨンチンは骨折れてるから無理させられないけど、私この子操縦できるから、中尉が車長やって、もう一人砲手がいればなんとかなるよ!?」

「――わ、私でも出来るのか!?」

「ひゃっ!?」


 3人は、いきなり何もない空間から声がしたせいでビクッとなるが、それが不可視化したオメガの久遠であることを知って落ち着きを取り戻す。


「あぁ、出来るよ! とりあえず、狙いを定めてドーン! だ!」

「わ、分かった! じゃあ精一杯務めさせていただく!」


 士郎は、レールガンの射撃がそんな簡単なものなのかという疑問を抱きつつも、早速美玲の提案に乗ることにする。今は贅沢を言っていられないのだ。一刻も早くクリーを――!!


  ***


 クリーとオメガたちの戦いは、ますます熾烈さを増していた。

 空中を自由自在に飛び回り、何度も重力攻撃を仕掛けてくるクリー。それに対抗して、彼女の異能を封じ込めるためのくるみとドロイドたちの戦い。その合間に、楪が仕掛ける人体破壊攻撃。地上では、相変わらず灼眼の子供たちがしつこくしつこくドロイドたちに襲い掛かろうとしている。


 その時だった。

 突如として巨大な黒い物体が戦場に現れる。その動きは少々ぎこちないが、まごうことなき日本軍の多脚戦車だった。


「中尉!? どうですかぁ? なかなか見晴らしがいいでしょ!?」

「あぁ! 戦車兵も悪くない」


 操縦席に座った美玲が、車長席に納まる士郎を振り返った。その顔は、鼻や口から垂れていた血を乱暴に拭き取ったらしく、なんだかワイルドな感じで赤黒く薄汚れていた。


 ガキィンガキィンガキィンガキィン――


 8本脚が5本脚に減ったせいで、決してスムーズに動いているとは言い難かったが、チューチュー号の雄姿は戦場のあちこちで奮闘する兵士たちの視界に否が応でも映り込む。それは、兵士たちの士気を上げるに十分な光景だった。


「オメガリーダーより全部隊へ通達! これより再度、レールガンで敵目標を攻撃する! くるみ――重力場計算、しっかり頼むぞ!」

『了解しましたっ!』


 士郎の呼びかけに、くるみが元気よく応答する。

 上空のクリーも、新たに湧いて出た多脚戦車を睨みつけ、警戒感を露わにする。


「久遠、どうだ? 狙えるか!?」

「う、うむッ! やってはいるのだが……なかなか照準が合わなくて……」


 砲手ガンナー席に座る――座っているはずの――久遠が自信なさげに応える。すると、その部分にブロックノイズのような残像がちらつき始めた。残像は肌色で、さっきから久遠の姿がおぼろげに見えたかと思うとまた掻き消える。


「久遠、もしかして――」

「あぁ、すまない士郎……どうも不可視化していると集中力が――」


 その途端、久遠が堪えきれないとでもいうように、全裸のまま砲手席に出現した。「わぉ……」美玲が思わず感嘆の声を上げる。


「しっ、士郎……恥ずかしいから……見ないでくれ」

「わ、分かった……」


 初めて戦車の砲手を務める久遠が、ついに白旗を上げて不可視化の異能を解いた。射撃に集中するためだが、当然ながら砲手席の上に位置する車長の席からは、全裸の久遠が全身丸見えである。


「――久遠ちゃんッ、これならどう!?」


 美玲が多脚戦車を巧みに操って、可能な限りクリーと正対するよう、その半ば凹んだ装甲殻を仰角に高く上げた。

 久遠の見つめる照準器が、ようやくクリーをその中心に捉える。ピッ――と二つの丸が重なると、赤く表示され「ROCK ON」の文字が浮かび上がる。


「今だッ!」


 ビィィィィィィン――!!


 士郎の合図で久遠がすかさずトリガーを引く。だが――


 パァァァァァァァン――


 またもや「く」の字に弾かれてしまった。


「――どうしたッ!? くるみ!?」

「すっ、すいません士郎さんッ――ドロイドが……」


 見ると、重力アクチュエータによってさっきまで空中に表示されていたはずの、魔法陣のようなプラズマ放電光が消失している。まさか――!?

 地上に視線を移すと、28体のドロイドで形成していたはずの同心円状の配置のうち、いくつかのポイントが陥落していた。灼眼の子供たちに食い破られたのだ――


 クソッ! 間に合わなかったか――


『――デルタリーダーよりオメガリーダー! 中尉、すみませんッ! もう一度射撃トライしてくださいッ! なんとか復旧してみせますッ!』


 田渕の声だ。復旧――!?

 警護の兵士もやられ、その結果、ドロイドたちも灼眼の子らの強酸攻撃アシッドアタックに晒されて破壊されたのだろう。どうやって重力アクチュエータを復活させるというのだ!?


 すると、田渕たち健在の兵士たちが、陥落地点に向けて猛然と走って行くのが見えた。当然、今まで守り抜いていた他のドロイドたちのところへ、子供たちが殺到していく。

 あれじゃあ――じきにみんなやられるじゃないか!?


『中尉ッ! ドロイドたちはあの粘液を浴びせられても数分くらいなら持つそうですッ! その間に自分たちが陥落ポイントに行って何とかしますんでッ!』


 なんということだ――ドロイドたちは自らを犠牲にしてまでも、落とされたポイントを復活させ、3次元コイルソレノイドを復活させようとしているのか!?


「分かったッ! では、アクチュエータが復活次第、第二射を行う!」

『了解ッ! 中尉――絶対に当ててくださいよッ!?』


 田渕はそう言い残して最寄りの陥落ポイントに飛び込んでいった。まるで汚物にたかる蠅のように集まっていた異形たちを、田渕をはじめとする兵士たちが猛然と銃撃し、蹴散らしていく。

 やがて、一人の兵士が持つライフルの先端に――


 ドロイドの首が高々と持ち上げられた――!


 灼眼の子らに踏み荒らされ、地面に横たわっていたドロイドの残骸だ。


 そうか! そういえば、森崎大尉が「ドロイドはAIさえ無事なら胴体部分がどうなっても生きているんです」と言っていたな……

 その光景は、結構衝撃的でグロテスクだったが、この際見た目はどうでもいい。すると、その首にプラズマ光がぼうっと浮かび上がった。じきに、バリバリと青い稲妻が走り、放電を開始する。


 別の陥落ポイントでも、兵士たちが決死の反撃を敢行していた。中には強酸攻撃を喰らってしまい、のたうち回る兵士たちも見受けられる。それでも皆、怯むことなく灼眼のバケモノを追い詰めていく。

 やがて――すべての陥落ポイントに再びプラズマの青い光が灯った。

 ギュンッ――と魔法陣が復活する。


『今ですッ! 中尉ッ!!』


 田渕が叫んでいる。冷静沈着な彼がここまで絶叫するとは、地上ではギリギリの攻防が繰り広げられているに違いない。


「美玲ッ! 射撃ポイントへッ!」

「アイサーッ!!」


 ガシャンガシャンガシャンガシャン――


 多脚戦車が猛然とクリーを狙撃可能な地点へ移動する。既に各ポイントに立つドロイドたちには灼眼の子が折り重なるようにたかっていた。腕や脚が引き千切られ、彼女たちがグラつくが、それでも必死にソレノイドの役割を果たし続けている。


 多脚戦車のレールガンの砲身が、クリーを捉えた。途端、ギンッ――と強烈な圧力がかかる。だが、魔法陣は微妙に角度を修正してその重力場に干渉し、無効化を図る。


「久遠ッ――――!!」

「――もう少しッ!!」


 一撃必中を期し、久遠が凄まじい形相で照準器を見つめる。

 二つの円が、ピタリと合わさった。

 砲身に、バリバリとプラズマ放電が巻き起こる。


「「「いっけェェェェェッ――――!!」」」


 士郎が、美玲が、田渕が、くるみが、楪が、ドロイドたちが、そして兵士たちひとりひとりが――

 渾身の思いを込めて、叫ぶ――

 久遠が、その引き金をカチリと引いた。


 ビィィィィィィィィィィィン――――!!!


 雷鳴のような放電を発しながら、一条の光芒が中天に放たれる。

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