第165話 それぞれの思惑
大失態だった。
結局子供たちを保護することはできず、その足取りは完全に途切れてしまった。
それどころか、約50機におよぶパワードスーツ兵の外骨格モジュールの大半が使い物にならなくなり、おまけに機械化された兵士たちもその腕や脚、内蔵された部品等がことごとく不具合を起こしたり焼き切れたりした。生命維持を機械化に頼っていた一部の兵士に至っては、残念なことにその命さえ落とすという悲劇に見舞われてしまったのだ。
一般的には、
もちろんこの現象は以前より知られており、東アジア大戦で戦術核が幾度となく使用された際にも、戦場周辺だけでなく、数百キロ離れた都市部で大規模停電が発生するなどの被害が生じていた。つまり、この現象はあらゆる電気・電子機器に致命的な不可逆的ダメージを与えるのだ。
現代戦は石ころや棍棒で戦うのではない。むしろ、高度に電子化されたハイテク兵器同士の戦いだ。だから、そんな脅威が存在することが分かっているのであれば、本来なら真っ先にその対抗策を講じなければならない。だが、何故だか日本は昔からこの分野を軽く見ていた。米ロ中などと比べると、その防護技術はあまりにお粗末、脆弱で、その危険性は以前より多くの識者・軍事専門家から提起されていたものなのだ。
だが、結果的に日本軍はまたもやその対策をなおざりにしていた。それがこの結果を招いたのだ。
電子機器の塊であるドロイド兵が今回のEMP攻撃に対し何事もなくピンピンしていたのは、彼女たちが米国との共同開発製品で、EMPに対する防護シールドを備えていたからだ。もちろん、宇宙空間で活動することを前提としたドロイドたちには防護策が必須だったということもある。宇宙ではしょっちゅう太陽コロナによる電磁パルスが発生しているから、そのたびに機能がダウンしていたのでは勝負にならないのだ。
そういう意味では、今回の追撃戦にドロイドたちが加わっていたという偶然は、まさに不幸中の幸いだったというべきか――
***
「――ろう! 士郎! 大丈夫かっ!?」
「士郎さん! 気が付いたんですね!!」
「士郎きゅんっ! ――よかった……」
「中尉っ!」
薄目を開けた士郎は、自分を覗き込んでいる美少女たちをぼんやりと眺める。まだ頭がグルグルしていて、自分が今どういう状況なのか、さっぱり分からない……
「ようやく気が付いたね。ほら……予告した通り、キッチリ78分25秒後に覚醒しただろ?」
「すごーい! 先生ありがとー」
枕元に、叶が立っていた。なにやらドヤ顔で
「……う……うぅーん……何が……どうなって――」
そこまで言った時、士郎は急激に意識が明晰になり、気を失う直前の記憶を思い出した。ガバっと跳ね起きて、周囲を見回す。
「お、おいっ! トラックはどうなった!? 子供たちはッ!? 部隊は――」
「はいはい
士郎は言われるがままに自分の手脚を動かし、キョロキョロ辺りを見回して、それから改めて皆の顔を見る。だが、なんとなく誰もが士郎と目を合わせたくないような、微妙な雰囲気であることがすぐに分かってしまった。久遠が語りかける。
「――士郎……じつは……子供たちは助け出せなかった……」
「……そ、そうか……」
なんとなく分かっていたことだった。あとほんの少しでトラックに取り付くところだったパワードスーツ兵たちが、突如としてバランスを崩したかと思うと次々にパワーダウンしたりぶつかったりしているのが、一瞬だけ視界の片隅に映っていたからだ。
「それで……第三小隊は壊滅。第四小隊もほぼすべての装備が使い物にならなくなり――」
「壊滅だと――!? 死んだ……のか……!?」
「……何人かは……ただ、それはEMP攻撃によるものではなく、
「EMP攻撃!?」
唐突に久遠の口から出たその言葉に、士郎は衝撃を受けた。
「では、核爆発――!?」
「いや」
叶が割って入った。
「今回のEMP攻撃は、核の空中爆発によって引き起こされたのではなく、
「――そんな……!?」
第一戦闘団は、想定外の敵のEMP攻撃によって今や完全に動きを封じられていた。被害は甚大で、特に電子機器を多用していたパワードスーツ部隊は、ほぼすべての装備の破棄を余儀なくされた。幸いこの攻撃は「非致死性」であるため人的被害は少なかったが、それでも機械化された兵士数名と、パワードスーツのクラッシュによる二次的事故で亡くなった重装歩兵、合わせて10名近くが命を落とす結果となった。
これにより、第一戦闘団の戦力はほぼ半減したといっていい。もちろん重装歩兵は外骨格を脱いで生身で戦うことになる。皆もともとが強兵なので、軽装機動歩兵として運用すれば一個小隊分くらいにはなるが、もともと重装歩兵一個小隊は軽装歩兵一個中隊くらいの戦力があるとされているので、実質は大幅な戦力ダウンだった。
何より深刻だったのは、これによって日本軍の存在が敵性勢力に露見したと判断せざるを得ないことであった。
子供たちを連れて行ったあの中国人が、
ここから先の判断は二者択一しかない。
例の中国人が「日本軍見ゆ」という一報を敵司令部に伝達する前に、なんとしてももう一度探し出して抹殺するか。もしくはこの際「奇襲作戦」を放棄して「強襲作戦」に切り替えるか。
前者は、子供たちの保護を諦めない限り極めて困難だし、そもそも既に情報が敵司令部に伝わっている可能性が高かった。
そうかといって、後者を選択した場合、戦闘に突入した時の被害は計り知れなかった。敵が待ち構えている中に飛び込まないといけないからだ。しかも、あらかじめ強襲作戦に切り替えても作戦を維持できる最低戦力ということで第一戦闘団は編制されていたから、戦力が半減した今の状態では、強襲攻撃自体成立しない恐れもあった。
完全に詰んでしまった。切腹ものの大失態だ――
士郎は久遠に告げる。
「久遠……オメガ司令部に繋いでくれ……群長に、直接指示を仰ぐ……」
***
四ノ宮の決断は単純明快だった。
『バレたんならしょうがない』
士郎は、その言葉にどれだけ救われたことだろう。というか、国防軍初の統合任務部隊――連隊級のオメガ特殊作戦群は、一般的には「大佐」級の高級将校が指揮するのが常道なのだが、これを「中佐」という階級で指揮する四ノ宮の凄みというのが分かったような気がした。
この女傑にとって、あらかじめこの程度の失敗は「織り込み済み」なのだ。確かに『ア号作戦』は緻密な作戦ではあったが、どこか一箇所が破綻したら途端に総崩れになるような
その大胆な部隊運用こそが、まさに次の四ノ宮の言葉に集約されていた。
『――増援のドロイド兵は、大気圏外から直接ハルビンに降下させる。貴様たちは、とにかく可及的速やかに大陸前哨基地に辿り着け。空挺準備が整い次第、ア号作戦を開始する』
さらに、四ノ宮の言葉が士郎を奮い立たせた。
『――第一戦闘団の果敢な情報収集活動によって、半島に部隊の中継基地が構築できたうえに、子供を使った何らかの戦術兵器を敵が投入してくる可能性、およびEMP兵器の存在が明らかとなった。先遣隊としては十分合格だ。今後も励め――』
作戦は、続行だ。むしろ、加速している――!
そして群長は、士郎たちの献身を高く評価してくれた。結果としてはほろ苦いが、立ち直るのには十分な激励まで……
士郎は、あらためて気合を入れ直す。もうすぐ、未来をこの手で助け出す――
化城第16号管理所跡地――オメガ上陸部隊の橋頭保に、第一戦闘団の後続機甲部隊が到着したという連絡が入ったのは、その翌朝のことだった。
***
第一戦闘団が上陸部隊の秘匿を諦め、中朝国境に向けて多脚戦車を傲然と発進させ始めた頃、
「ご苦労でしたね。首尾は?」
「――上々です。しかも、途中損失は40人ほどで済みました」
「ほう。ということは、260人ですか!?」
「はい――しかも、帰りの駄賃に日本軍を少し痛めつけてやりましたよ」
「日本軍?」
「えぇ、『石っころ』の買い付けを終えてこちらに戻る途中で、中隊規模の日本軍に遭遇したのです」
驚いたことに、
「――なんということだ! なぜそれを先に報告しなかったのだ!?」
李軍は苛つきながら
「い……いえ……取るに足らないことかと思いまして……」
「――それで、どうしたんです!?」
「HPMでまるごと無力化してやりました! 奴ら、パワードスーツがひっくり返ったり味方同士で衝突したりして、大慌てでしたよ!?」
李軍は、とんだ馬鹿者を見る目つきでこの若い助手を睨みつけた。世の中には、本当にこんな愚か者が実在しているのか――
「君は一体何をやっているのです!? なぜ! 我々の手の内を見せるようなことをしたのですか!?」
「え……?」
「あの装備は、最後の最後、もう駄目だという段階で使う、いわば保険みたいなものでしょう!? もしもこの先日本軍がEMP防護策を打ってきたら、いざという時、何の役にも立たないガラクタになるんです!」
「――あ……す、すいません……でも、『石っころ』を奪われそうだったので――」
「そ、そうですか……だが、いざとなったら子供は再調達できる。私たちは、負けたら終わりなんです。次は絶対にやめてくださいよ」
「……はい……」
「――それで、日本軍はなぜそんなところにいたんです? 日本は、半島には不介入のはずだ」
「さ……さぁ……演習でもやっていたんじゃないですかね!?」
「では、なぜ君は襲われたのですか? 奴らの狙いは何です!?」
それとも、積み荷に気付いていたのか――!? 西側諸国にありがちな「人道主義」という奴だ。連中は常に
それが連中の弱点なんだよな……と博文は尊大な気持ちになる。我が華龍には、そんな軟弱な思考を持った奴はいないだろう、と思うのだ。だが、李先生はそうでもなかったようだ。
「――とにかく、少なくとも一個中隊の日本軍が半島をうろついている、ということですね。国境沿いの警備を厳重にしてもらいましょう。まかり間違ってこちら側に入ってきたら、面倒なことになります」
「は、はぁ……」
「そんなことより、仕入れた子供たちへの遺伝子改変準備を一刻も早く進めるのです。あの日本軍
「は、はいッ! やっぱり――そういうことなのですね?」
「どういうことです?」
「ですからその――子供たちをあの
「他に手はありません。君も見たでしょう――あの
「はい……」
「アレを喰らっても無事でいられるのは、今のところバヤンカラの遺伝子配列しかない……まぁ、試したことはありませんが」
「……しかし、そうなると子供たちは……使い捨て……」
「当たり前じゃないですか! それとも君が手術を受けますか!?」
「そそそ、それは無理……です……」
「では四の五の言ってないで準備に取り掛かりなさい」
「は、はいッ」
その時、李軍の執務室の電話が鳴った。
「――私だ……おぉ! これはこれは公安部長!? はい……はい……もちろんです。……材料は揃っております……はい……よろしくお願いします! 必ず生きていると思いますので……ではまたご連絡いたします――はい……それでは……」
李軍はことのほか上機嫌だった。この人は、研究や実験が順調な時、こんな顔をする。どうやら何かが思惑通りに進んでいるのだろう。
この本部施設も、ずいぶん雰囲気が変わったものだ。それまでの、どこかゆったりとした空気は完全に消え失せ、北京から来た親衛隊がピリピリとしたオーラを撒き散らしている。
しかし、本当に主力部隊を丸ごと実験材料にするつもりなのだろうか――!? 彼らがもう二度とこの基地に戻ってくることはないと思うと、博文は少しだけ感慨深くなるのだ。
科学の進歩のためだ――上手くいけば、最強の戦士になれるかもしれないからな……
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