第164話 追撃戦

 士郎たちが半島に橋頭保を確保したことで、横須賀のオメガ司令部は第一戦闘団の残り――機甲部隊――を第二陣として送り込むことを決定した。上陸地点としての舞水端里ムスダンリの安全性は確認済みだ。上陸が成功したら、橋頭保には翌々日の未明には到着するだろう。憲兵小隊を寄こしてくれ、という依頼もあったから、恐らく何らかの捕虜的な敵性人物も確保しているのだろう。

 と同時に、黒河市方面へ展開しているアジア解放統一人民軍ALUPAの主力部隊を叩くための第二、第三戦闘団の進発も決断された。第一戦闘団の中国入境も間近と判断されたのだ。二方面作戦の、もう一方の主役がいよいよ動き出す。

 『ア号作戦』の戦闘開始が近付いていた。


  ***


 今までの状況観察から、士郎は「夜間行軍のみ」という縛りを解き、日中の行軍も解禁した。目下のところ、半島での問題点は「奴隷商人たちの跳梁跋扈」だった。そしてそいつらの大半は昨夜、士郎たちが捕縛している。しかし逆説的にはそのことによって「時間は敵の味方」となった。時間が経てば経つほど“仲間の逮捕”は残りの同業者たちに伝わり、過剰なほどの警戒感に繋がると同時に、士郎たち上陸部隊の存在が露見する恐れが飛躍的に高まる。だがなによりも、連れ去られたと思料される多数の子供たちを発見確保するために、多少の目撃暴露は甘受して追撃スピードを優先したのである。


 その後の聞き取りで、連れ去られた子供たちが「兵器転用される」という未確認証言が得られた。

 まとめ買いしたのは中国人。今までも、何度か「競り市」に出入りしていた人物だということが、係員への尋問により判明した。


『オメガ5よりオメガリーダー……どうやらここで幹線道路に乗ったようなのです』


 先頭をひた走る亜紀乃から無線で連絡が入った。亜紀乃の現在位置は、でこぼこの山道からちょうど舗装道路に出るところだ。


「了解した――では、幹線道路には上がらず、可能な限りその脇を並走して進む」

命令受領アファーマティブ――」


 亜紀乃が数歩後ずさって舗装道路を離れ、道路脇の土手下に降りてさらに爆走し始めた。道路面からは1.5メートルほど下に位置するから、パッと見には目立つこともないだろう。

 もうかれこれタイムロスは10時間近くになる。仮に敵の平均時速が100キロなら、既に中朝国境を超えた可能性すらあった。

 巡航走行速度が時速100キロに近いオメガたちや、機械化されてトランスヒューマン化した士郎、パワードスーツ兵、そしてドロイド兵ならば、ここから巻き返して敵に追いつくことも可能だと思われるが、190名からなる追撃部隊――ドロイド兵一個分隊は例の「競り場」に置いてきた――の中にはもちろん生身の人間も数十名含まれている。そうした者たちは、今回特例中の特例として、パワードスーツ兵に背負ってもらっていた。重装歩兵ならそんなことだってできる。ただし、さすがにそんな不安定な格好でオメガたちに伍して走るなんてできないから、追撃部隊の速度はせいぜい時速50キロくらいだった。士郎は内心焦ったが、この状況で各分隊をバラバラにするわけにはいかなかった。それに、道路の脇はやはりというか、予想以上に走破困難であった。場所によっては道路と同じ水平面になることもあるし、灌木や構造物などいくつもの障害物が立ち塞がっていて、やはり日中帯だと時折立往生せざるを得なかったのだ。


 そんな感じで四苦八苦しながら追撃とも言えない追撃を始めて早や半日。突然亜紀乃から無線で呼びかけがあった。


『オメガ5よりオメガリーダー。前方に人間と思しき複数の横臥者を確認。生死不明――』

「――了解。詳細把握せよ」

命令受領アファーマティブ


 士郎は、部隊全員に停止を命じる。タイミングよく道路の脇は茂みになっていて、遮蔽物となりそうだった。一時的にそこに全員が身を隠す。といっても、先ほどから周囲に人影は一切見えない。実に荒涼とした荒れ地が延々と続いていた。


「ひぃぃぃ――やっぱり前線は大変だねぇ」


 誰よりも早く泣き言を呟いたのは叶元尚――しつこく同行をねだったオメガ研究班長だった。乗せてもらっていたパワードスーツの背中から、フラフラしながら降りてくる。


「少佐――」

「分かってる、分かってるよぉ……でもさ、パワードスーツの背中って予想以上にゴリゴリしてるんだよね……次は複座式のパワードスーツ開発することに決めたよ」


 うーん、と伸びをしながら腰をグリグリ回し、お尻をトントン叩いている。まぁ、パワードスーツはお世辞にも乗り心地が良いとは思えなかった。

 だが、複座式パワードスーツなんて聞いたことがない。そもそも軍事用外骨格エグゾスケルトンというのは兵士の身体能力を飛躍的に向上させるのと、外部からの物理的衝撃から肉体を防御するために開発されてきたものだ。その開発理念に「タクシー機能」というものは存在しないし、あっても邪魔でしょうがないだろうに……


「――ま、冗談はさておき、連れ去られた子供たちだけどね……」

「はい、何か気になることでも!?」

「うん、例の中国人は、それこそ年齢も性別も体格もお構いなしに子供を買い集めていたそうじゃないか」

「……そう聞いています」

「てことはだよ石動いするぎ君――奴の狙いは少し注意を要するんじゃないかと思うんだ」


 叶は今までいざという時、実に鋭い考察を行ってきた。だから、こんな世間話みたいなノリで喋りはじめた彼の雑談は、往々にして無視できない話に発展する。


「注意を要する……とは?」

「うむ。大量に確保した子供たちは、そのまま活用するんじゃなくて、何かの材料にしようとしている気がするんだよ――もし私が子供を自由に使っていいって言われたら、少なくとも兵士にはしない」


 確かにその通りだった。オークション会場で出会ったあの少年兵は「男の子」だったし、子供とはいえ結構肝っ玉は据わっていそうだった。だが、疑惑の買い付け人――中国人――は、男女問わず、年齢問わずだったらしい。年端もいかぬ女の子など、いくら脅しても兵士にはなれそうにないし、上海ならともかく、奴らが向かっているこの先に高度な医療施設があるとも思えない。だとしたら「臓器移植」要員でもなさそうだ。

 叶の言う通り、今連れ去られている子供たちは、何かの実験材料に使う、と考えるのが一番シンプルだった。


 その時、亜紀乃から無線で続報が入った。


『オメガ5よりオメガリーダー。先ほどの横臥者を確認。全員子供なのです。衰弱死と思われるのです』

「なんだと!?」


 士郎は副官の久遠を連れ、急いで亜紀乃のところに駆け付ける。叶も一緒に駆け出していた。


  ***


 医師の資格も持つ叶が、簡易的な検視を行う。士郎たちの足許に横たわっていたのは、4人の小さな遺骸だった。


「――間違いない。亜紀乃ちゃんの言った通り、この子たちは衰弱死だよ」

「…………」

「具体的には、熱中症とそれに伴う脱水症状だ。触診する限り腹部も空っぽだから、飢餓状態のところに熱中症状を引き起こす環境に置かれたんだろう」


 その時、一陣の風が爽やかに吹き抜けた。


「しかし、そんな熱中症を起こすような気候では――」

「トラックの荷台に詰め込まれていたんだろう……だったらこの程度の気温でも、中は灼熱地獄と化す」

「――――!」

「そう、この子たちは、例の中国人が連れ去った子供たちとみて間違いない」

「ということは……」

「恐らく、日中暑くなって貨物の様子を確認したところ、亡くなっていたから道路に捨てた、ということなんじゃないかな」

「――ひどい」


 久遠が目を背けた。人間とは、かくも悪魔的になれるのか――


「もうひとつ推理できるのは――」


 叶が話を続ける。


「現在午後1時過ぎ――外気温は28度。仮にトラックが4トン車だとして、その貨物室の容積を考慮しながら熱中症を引き起こすレベルの気温に上昇する時間から逆算すると……恐らくぎゅうぎゅうに詰め込んでいるから……そうだな、一台あたりざっと60から70人くらい、場合によっては80人近くの子供たちを積んでいるだろう。あの地下マーケットで買い取った人数がおよそ300人ということだから、奴らはトラック4台のコンボイ……場合によってはそれにSUVが一台加わる程度の車列と推定される――」


 さすが天才だった。ようやく、追跡対象のイメージが具体化できた。この子たちが、身をもって犯人の具体像を教えてくれたのだ。


「分かりました――ではこの先、トラック4台程度の車列を追跡すればいいのですね!?」

「もしかしたら幹線道路に出て車を乗り換えた可能性もなくはないが、あの山道を通り抜けられるくらいの大きさのトラックということでいえば、4トン車くらいだろうという推察だ。そこだけは頭に入れておいてくれよ?」

「はい……では、大型トレーラーであれば2台程度ということも付け加えて部隊に周知します――久遠?」

「はい」

「ドローンを出せ。索敵範囲はこの幹線道路進行方向。対象はトラック4台程度の車列。場合によっては大型2台だ」

「はッ!」


  ***


「また遺体を発見しました。座標は――」


 ドローンの監視映像と連動している久遠の眼球に嵌めたコンタクトレンズ型ディスプレイが、三度目の発見となる遺体を上空から映し出していた。


「クソッ――またか……」

「今回は……ざっと見たところ10体以上です」

「もうトータル20人以上じゃないか――奴はどういうつもりなんだ!?」


 追跡方向行く先々で、まとまった子供の遺体がさっきから点々と落ちていたのだ。多くは幹線道路から少し離れた原野に折り重なるように遺棄されていた。それはまるで、用済みになった人形がゴミ捨て場に打ち棄てられているかのような有様だった。

 何より士郎の心を痛めたのは、そんな子供たちの遺体を埋葬することも出来ずに、横目で通り過ぎるしかないことだった。心情的にはそんなことしたくないのだが、それによってますます追跡対象との距離が広がることを考えれば、やむを得ない判断でもあった。


 気が付くと、陽は傾きかけていた。やはり追いつけないのか――

 士郎の中に、無力感が広がりかけていたその時だった。


『オメガ5よりオメガリーダー。前方の工場跡と思われる建物内に、トラック4台が駐車しているのを発見』

「なにッ――!?」


 今回の行軍中、常に隊列の遥か前方を斥候として先行する亜紀乃から、待ちに待った索敵情報が入電してきた。屋根のある場所に潜んでしまえば、久遠の操る上空からのドローン偵察では確かに見つけられない。


 追いついたのか――!?


『オメガ5よりオメガリーダー。対象は給油中の模様。作業が終わればすぐに動き出しそうです』

「了解した。我々が近付くまで足止めできるか?」

『ネガティヴ――今作業終わりました。エンジンがかかりました』

「クソッ! 第三小隊は前へ!」


 第三小隊というのは、パワードスーツ部隊だ。今から全速で進出すれば、間一髪間に合うかもしれない。亜紀乃から再び入電。


『オメガリーダーへ――どうしますか? 攻撃しますか!?』

「ネガティヴ! 今攻撃したら、子供たちまで巻き添えになってしまう!」


 荷台に子供たちを満載した走行中のトラックを武力で降伏させるというのは、想像以上に困難なのだ。たとえ運転席だけを狙っても、車が走っている限り必ず事故になる。そうなれば、もただでは済まない。

 一番いいのは、停止した状態で包囲し、物理的にトラックが発進できない状態にしておいて、火力以外で制圧することだ。もしくは走行中ならば、ヘリコなど空中でトラックと同速を維持してホバリングできる乗り物から、エンジンの可燃パーツ以外を狙って破壊する。運転手が健在ならば、それでも最後まで安全に停止させるよう努めるだろう。

 だが現状は、そのどちらも実現不可能なのだ。このうえは、パワードスーツによって力技でトラックを強引に停止させるしかないのだが……


『第三小隊長よりオメガリーダー。ターゲットに向けて全速でアプローチします』


 言うが早いか士郎の脇をすり抜け、パワードスーツの一群がドゥッ――と排気を残して前方へ飛び出していった。脚部から強烈なホバーを噴き出し、まるでアイスホッケーのプレーヤーのように荒野を自在に滑りながら目標へ殺到していく。

 当然、もの凄い轟音が辺りに響き渡る。トラックはすぐにこちらに気付いたらしく、建物から次々に出てきて一気に加速し始めた。一目散に反対側へ逃げていく。

 通常の襲撃行動であれば、この時点でパワードスーツ部隊は既に目標に火力を集中している筈だ。そして、まるで空中戦ドッグファイトのように地面を自在に動き回り、目標を追い詰める。その動きはあたかもオオカミの群れの如しだ。

 だが、今回だけは勝手が違った。火砲は一切使用できない。とにかくトラックに取り付いて、強引に行き足を止めるしかないのだ。

 残念ながら、オメガ少女たちも今回は出番がない。事前に甲型弾を子供たちに撃ち込めない以上、オメガだけを先行させて万が一アグレッサーモードにシフトしたら、大惨事が待っている。

 その時、ハッと気づく。クソッ! 何で気付かなかった――!!


「ドロイド小隊も前へ!! 車列進行方向に阻止線を張れッ!!」

『了解――』


 使い慣れていないせいで、ドロイドたちへの攻撃指示が一瞬出遅れる。だが、ドロイドたちもその瞬間弾かれたように目標に向けて飛び出していった。パワードスーツ部隊に続く第二波として目標に殺到していく。その時だった――


 キィィィィィ―――ンンン!!!!


 突如として士郎の視界にブロックノイズが現れたかと思うと、急に視界が歪んで目の前の光景が何重にも重なったように見えた。

 その直後、内臓が潰れるかのような衝撃波が士郎を襲う。その途端、士郎は呼吸が維持できなくなり、ガックリと膝をついた。


 僅かに見えるその視界の端には、信じられない光景が僅かに映っていた。目標に殺到していた筈のパワードスーツ兵たちが次々に地面に激突し、まるでカーレースの派手なクラッシュシーンのようにクルクルと回転したり、近接するパワードスーツ同士がぶつかってお互いあらぬ方向に吹き飛ばされたりしていく光景だ。

 そして、ドロイド兵たちがトラックの追跡を諦め、目の前でクラッシュしたパワードスーツ部隊の保護を優先していく様子が目に入った。彼女たちの人工知能AIは、子供たちの保護よりも部隊の継戦能力維持を優先するという判断を下したのだろう。

 士郎は、薄れゆく意識の中で、森崎大尉からの無線交信を途切れ途切れに聞いた気がした。だが、それっきり電池が切れたように、士郎の意識は深い闇の中に沈んでいった。


『……ルス攻撃……ドスーツ……保護をゆう……も……ちど……電磁パルスEMP攻撃を……壊滅……』

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