第163話 子供たちの使い道
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! 危なかったッ! 危なかったッ! 危なかったァ!!」
「旦那、運がいいじゃねぇか! 俺ァてっきり今回は貧乏クジ引いちまったかと思ったがよ、殺されちまったら元も子もねぇ! 旦那はきっと幸運の神サマなんだよ!? ありがてぇありがてぇ」
トラック四台を連ねたコンボイの後方では、激しい銃撃音が先ほどから響いていた。時折ズズゥーンと低い爆発音まで聞こえる。険しい山道は思ったほどスピードを出せないが、それでも先ほどから車列は心なしかスピードを上げて、一刻も早く戦闘の音から遠ざかろうとしていた。
今回の調達で言いつけられたのは「とにかくトンボ返りで帰ってこい」ということだった。いつもなら国境地帯の市場で買い付けるのだが、あいにく次の「競り」が開かれるのは一週間後ということだったから、一刻も早く入手するために急遽予定を変更してわざわざこんな半島の奥深くまで出かけてきたのである。
しかも本来なら、必要なリソースを入手したあと個人的に買い物をして、一日二日は好きなだけ楽しむというのが
だから今回だけは自分の欲望をグッと堪えてとっとと出発したのだ。それがどうやら功を奏し、戦闘に巻き込まれずに済んだようだ。
それにしても、あの「臨時市場」は思いがけず良い『石っころ』が揃っていた。
男と女、合わせて300人――これをキッチリ150人ずつ購入。
年齢は問わない――下は8歳から上は15歳までよりどりみどり。
ただし今回だけは「病気」の奴はダメ、怪我だけなら問題なし――とりあえず見た目大丈夫そうなのだけチョイス。
これなら、
突然、対向車のヘッドライトが視界を貫いた。そのあおりで
この男は――どこかで見た顔……そう、
すれ違ったSUVは、猛烈な勢いで後ろの方へ遠ざかっていった。おやおや、あれは北京の偉いさんの車じゃないか……さては主人の訪問先でドンパチが起こっているのに気づき、急いで駆け付けようとしているんじゃなかろうか!?
もうここまで来れば、戦闘の音は遠い山の向こうで遠雷のように聞こえてくるだけだった。
「それにしても――」
運転手が話しかけてくる。どうやらこの男はおしゃべりが好きなようだ。実に鬱陶しい。
「……さっきのはありゃあ、やっぱり値段が気に食わねぇってんで誰かがブチ切れたんでしょうかねぇ?」
「……そ、そんなことは知らん。知らんが、俺が忙しい時に遊び惚けている奴は死んでもしょうがないだろう」
「おひょぉ……旦那も結構手厳しいねぇ」
「う、うるさい――余計なことを言うな」
前方に、幹線道路がようやく見えてきた。もういい加減尻が痛くなってきていたから、
「――とっとと大きな道路に出て、ハルビンを目指せ! 48時間もあれば着くだろう!?」
「へいへい……でも、いいんですかい旦那? 後ろの荷物、少し休ませてやんねぇと、着いた頃には半分くらいしか生き残ってないかもしれませんぜ?」
「そ、そんな奴は所詮生命力がなかったということだから、どのみち使い物にならん。先生も、それを見越して発注しているはずだ」
「……し、しかしよぉ旦那……今は夜中だからいいが、これが昼間ってことになると、荷台の中は直射日光の当たった車の中みたいなもんだから、多分気温50度60度の世界だぜ? 一台に80人近く詰め込んでいるんだ……トイレも付いてねぇし……ホントに全員死んじまうよ!?」
「チッ――しょうがない……じゃあ少なくとも夜通し走れ! 昼間になって、暑くなってきたらその時考える」
「――へーい」
運転手は、
あの日本軍
それが何を意味して、何をしようとしているのか――同じ科学者として彼にはなんとなくその予想がついたのだ。
先生も無茶なことするねぇ……
結局は偽物なのだ。バヤンカラのDNAは、所詮は中国人やチベット人、そして朝鮮人には存在しない遺伝子配列なのだ。それを無理やりクリスパー技術によって刻みつけようが、時間と共にその結合は崩壊し、やがて宿主は形象崩壊して死に至る――
そういう意味では、あのクリーだって、そのうち身体が滅茶苦茶になるに決まっているのだ。
李先生はおそらく、子供たちを一回限りの使い捨てにするつもりなのだろう。それでもあの日本軍
あんな現象を引き起こしたくらいだから、信じがたいことではあるが……彼女はきっと「本物」だ。それは、東アジアでは日本人しか持っていないというあの遺伝子に関係があるというのか――
いや、しかし彼女は「女」だ。あれはY染色体――すなわち「男」にしか存在しないはずなのだ――
いったいどうなってる……!?
気が付くと、
隣の運転手が、いつの間にか眠りこけているこの若い神経質そうな男の寝顔をチラリと見やった。
さっきから独り言みたいに「バヤ何とかのDNA」とか、「あの遺伝子」とかブツブツ呟いていたが、いったい何のことだ?
そんな小難しいことばっかり考えてるからイライラするんだ。酒でも飲んでパァーッと発散しちまえばいいのにな、と運転手は少しだけ気の毒に思った。
***
森崎は建物の外周警備に当たっていた。先ほどから何台か、外から駆け付けてくる高級SUVがあったが、ことごとく銃撃してそれらの車両を破壊し侵入を阻止していた。おおかた中の客のものだろう。
ここで行われている地下オークションは、明らかに国際法上違法なものだ。いくら統治機構が存在しない無主の地であっても、人類の普遍的な価値観――基本的人権――は変わらないはずなのだ。それがここでは、前時代的な人身売買が半ば公然と行われている。客たちもそれが分かっていて、特に他国で公職についている者たちは、自分の立場や身分が分からないよう、乗ってきた車を施設の外に停めていたに違いない。
事実、駆け付けてきた複数の高級車には、運転手とボディーガードらしき者しか乗っていなかった。突然の銃撃戦の音にビックリして、急いで主人を連れ出すべく迎えに来たのだ。だが、残念ながらその主人たちは、現在士郎たちが建物内で拘束している。
「引き続き警戒を厳となせ! 蟻の子一匹、敷地に入れるな!」
森崎は、一緒に配置につくドロイド兵たちを叱咤する。
いっぽうその頃、士郎たちはオークション会場となった階段教室の中央に、縛り上げた客たちを集めていた。
男たちの素性は、実にさまざまだった。一見して金持ちか、権力者と判る風体だった。中にはピシッとスーツを着た男もいる。だが、どの顔も青ざめていて、今にも死にそうな表情をしていた。
それはそうだ。無法地帯である半島のこんな片田舎で、時ならぬ「ガサ入れ」があったのだ。しかもそれは、あの“泣く子も黙る”日本軍だ。なぜこんな場所に日本軍がいるのかも不明だが、それよりもっと問題なのは「日本軍には袖の下が通じない」という点だった。そんな常識も知らないどこかの愚か者が、さっきも日本軍に取り入ろうとして激しく
問題は、こいつらの取り扱いだ。隠密行軍中の士郎たちには、とてもこの連中を連れていく余裕はない。かといってここで放逐してしまったら、間違いなく同じことを繰り返すだろう。だからといって今この場で全員を射殺するのも……
いっぽうで、士郎が一番気になるのは子供たちのことだった。果たしてこれで全員なのか!? 少なくとも、オークションに出品されていた8組の子供たち――ただし「商品番号8番」は亜紀乃のことだったので、正確には7組だ――は全員保護した。だが、集まっていた奴隷商人の数に比べて、施設に残っていた子供たちの数が少なすぎるような気がしていたのだ。もしかして既に買い付けが終わって施設から連れ出された子たちがいるのではないか……
すると、
楪は士郎を見つけると、とととっと小走りに近付いてきた。
「士郎きゅん――やっぱり他にもたくさん子供たちいたみたい……」
「やっぱりそうか……それで、どこに連れていかれたか分かったか?」
「そこまでは……でも、300人くらいが同じ人物に大量に買い付けられて、私たちが制圧する少し前に出ていったって」
「――くそ、もう少し早ければ……」
「追いかける?」
「……んー、そうしたいのはやまやまなんだが、この連中を連れていくわけにはいかないし――」
士郎は、縛り上げられて俯いている多数の男たちを一瞥した。
「それならいい方法があるかもしれません」
突然くるみの声が聞こえた。子供たちに付き添って傷の手当などをしていた様子で、首に聴診器を巻き付け、手には包帯やらなにやらいろいろな救急キットを持ったままだ。
「くるみ――なんか思いついたのか?」
「はい、男たちはこのまま施設に閉じ込め、一部の子供たちに見張らせてはいかがでしょうか」
「子供たちに……!?」
すると、くるみの背後から先ほどの少年兵がおずおずと前に出てきた。亜紀乃に角材で殴られ、気絶していた子だ。
「あ、お前は――」
「ごっ、ごめんなさい!!」
突然少年兵が深々と頭を下げた。突然のことで呆気にとられている士郎に、くるみが助け舟を出す。
「この子、
「お、オレっ……日本軍は鬼だと教えられていたから……あのあと子供たちも含めて全員殺されると思ったんだ……だけど……」
そこまで言うと、元少年兵は急にボロボロと泣き出した。
「……ひぐ……あのあと気が付いたら、この姉ちゃんが俺のこと介抱してくれてて……そんで縛られてもないし……うぐ……あれ? おかしいな……って……」
くるみが少年の肩を優しく抱く。
士郎は、大人たちは徹底的に厳しく取り扱ったが、子供は「兵士」も含めて、きちんと「子供らしく」取り扱うよう、部隊全員に徹底していたのだ。その結果、彼らは何より温かい食事を与えられ、殴ったり拘束したりせず人間らしい尊厳を与えられ、事情聴取も極めてソフトに、和やかに行われていたのである。
「……こんな人たちが……鬼なのかなって……みんな優しいし……いたわってくれて……」
そんな彼のことを、くるみが後ろから抱き締める。いわゆる恋人だっこだ。くるみの豊かな胸が彼の頬に当たって、幼い顔立ちが朱色に染まる。
「――あぁ、俺たちは鬼なんかじゃない。強いて言うならまともな大人たちだ。そして、君たちはまだ子供だ。子供は大人が守らなきゃいけないし、君たちは今まで十分よく頑張った」
士郎は、少年の気持ちを受け止めてやった。こんな純粋な子に銃を持たせ、人殺しをさせるなんて、
すると、少年はグッと涙をぬぐい、士郎を真正面から見据えた。
「ちゅ、中尉どの! 俺を――日本軍に入れてくださいッ! そんでこの建物にコイツらをぶち込んで、皆さんが帰ってくるまで仲間と一緒に留守番してますんでッ!!」
そうか! そういうことか――!
ははは、気に入った!! この子、なかなか肝が据わっているじゃないか。だが――
「な、なるほど……気持ちは嬉しいんだが……やはり君を日本軍に入れるわけにはいかないよ」
「駄目ですか!?」
くるみが上目遣いで士郎を見つめる。でも、そんな顔しても駄目だからな。
「くるみ、彼はまだ子供なんだ。兵士にするわけにはいかないよ……その代わり――」
士郎は少年を見下ろした。
「君を正式に雇いたい。仲間と一緒に、ここでしばらく犯罪者を監禁しておく仕事だ。これは、日本軍から君への正式な発注だ。報酬はもちろん正当な額を支払うし、万が一のために一個分隊を残す。ああ、心配しなくていい。この一個分隊の兵士には食事もいらないし休息もいらない。だから夜はゆっくり休めるぞ? どうだ?」
少年は、驚きのあまり目を丸くして士郎を見つめ返した。くるみも満足そうな顔になった。
「は――はいッ!! もちろん大丈夫です!! 死ぬ気で頑張りますッ!!」
「じゃあ決まりだ。動ける仲間たちを集めてくれ。君たちのために、我々の糧食を一部残していこう。それと、この場所を半島における我が軍の橋頭保とする。後続部隊には、まずはここにくるよう伝達しておくので、君は今後コーディネーターとしての役割も負う。できるね?」
「は、はいッ!! 中尉どのッ!!」
少年が、ビシッと敬礼する。今や彼は、いっぱしの
「では、俺たちも早速出発準備だ。くるみ、久遠を呼んでくれ」
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