第150話 出撃前夜

 「ガンマ線バーストGRB」が初めて人類に観測されたのは、1967年のことである。


 元々地球上で行われた核兵器爆発実験により放出される放射線を検出する目的で製造された米国の核実験監視衛星ヴェラは、地球軌道上の大気圏外を周回する中で、時折発生源不明のガンマ線の放射を検出していた。これが後に「ガンマ線バースト」と呼ばれる、太陽系外から放出された超高エネルギーの物理現象であることが、天文学者らによって突き止められたのである。


 その正体と発生のメカニズムは、21世紀も終わろうとするこの時代においてもなお不明とされている。ただ、極めて有力な説としては超大質量の恒星がその一生を終える際に極超新星スーパーノヴァとなって爆発し、ブラックホールと化す際に大量のガンマ線を放出するというものだ。

 多くのGRB発生源は銀河系の外の何十億光年も彼方である。しかもそのエネルギー量は太陽が百億年かけて放出するエネルギーの総量よりも大きいとされている。


 つまり、そんな現象が恒星でもなんでもない単なる惑星の――地球上の一角で発生するなど、天文学を少しでも齧ったことのある人からすれば、到底あり得ない現象だったのである。


「群長――! 現在『北斗』に向けドロイド移送中の『いかづち』より緊急入電!」


 横須賀にあるオメガ特殊作戦群地下司令部のオペレーターが、中央指揮官席に陣取る四ノ宮中佐に振り返った。


「何だ?」

「はッ――本艦は先ほど中国大陸黒竜江省を発生源とする……が、ガンマ線バーストを観測、とのことです」

「は? 何かの間違いではないのか!?」

「……いえ……その時の計測データも合わせて送られてきております」


 オペレーターが司令部の大スクリーンに計測データをポップアップする。そこには確かに超高エネルギーのガンマ線がほんの数秒間、全周等方向に亘って放射された痕跡が記されていた。


「――同時に、超高輝度の光源も感知、とのことです」

「……どういうことだ……」


 四ノ宮も、十分その異常事態は理解していた。

 そもそもこの現象は、単なる物理現象ではない。人類の生存に関わる非常事態に繋がりかねない危険な現象なのである。

 かつて――今から約4億5千万年前――地質学でいうところのオルドビス紀―シルル紀境界において発生した生物の大量絶滅は、このガンマ線バーストが原因ではないかとされているのだ。絶滅とガンマ線の直接の因果関係が発見されたわけではないが、確かにこの当時、地球がガンマ線バーストの直撃を受けた痕跡自体は残っている。その状況を計算によって再現したところ、僅か10秒間ガンマ線が地表に降り注いだだけで、地球のオゾン層の半分が消失し、これによって大量の紫外線が地球表面に降り注ぎ、これが原因で陸地や海・湖沼の生命が死滅、食物連鎖によって生物の大絶滅が起こったとされているのだ。


 つまり、ガンマ線バーストという現象は、たとえ小規模なものだったとしてもその影響は計り知れず、下手をすると人類絶滅に直結する超一級の災害なのである。


「――場所は……黒竜江省と言ったか?」

「はい、観測座標によるとハルビン市街地のどこか、ということです」

「……まさか――」

「そのまさかじゃないのかな!?」


 四ノ宮が言いかけて急に割って入ったのは、いつの間にそこにいたのか、オメガ研究班長の叶だった。


「こんな現象は人類史上初めてのことだ。GRBが地表で発生するなんて……過去の被曝はすべて銀河系の外からの放出がたまたま地球に当たっただけだからね」

「――では、やはり未来が原因だと!?」

「もちろんこの地域で何らかの核爆発があった可能性も捨てきれない。だがこのエネルギー量は、単なるメガトン級の核爆弾が炸裂したにしては大きすぎる。それに、ガンマ線以外の放射線は検出されていない。『雷』の観測員がこれをGRBだと判断したのは適切だと思うし、この地域でこれだけの放射線を放出する可能性のある存在として考えられるのは――未来みくちゃんだけだろう」

「では、GRBはともかく、未来がここにいるという判断が裏付けられたとも言えるわけだな」

「――妥当だね」


 叶は打ち震えていた。

 オメガという存在は、いったいどこまで人類の可能性を示してくれるのだろうか。もちろんGRBは人類絶滅を招きかねない危険な現象だ。それを、一個体である神代未来という生命体が引き起こしたかもしれないということは、約一世紀に亘って宇宙の謎とされているGRBの発生メカニズムを探る千載一遇のチャンスでもあるし、逆説的に言えば、この広大な宇宙空間にあって各所で発生しているGRBという現象は、我々のような生命体が無数に存在し、その進化の最終形態としてGRBを引き起こしている、という可能性だってこれから考えられるようになるではないか!


 叶はさらに夢想する。

 もしかしたら、オメガという存在は、その惑星における生命体の最終進化形としての「自爆装置」なのかもしれない。そもそも彼女たちが敵味方の区別なく殺戮を繰り広げるのは、生物種としての人類を根絶やしにするための本能なのではないか!?

 そこへきて今回のGRB発生源説だ。人類種を絶滅させるだけではなく、その惑星の生態系を完全に破壊し、大絶滅を生起する。そうやって生命体を一旦すべてリセットして、また一からやり直すのだ。

 あるいは、天文学的にGRBは超新星爆発に伴うブラックホール発生と同時に起きるとされている。ブラックホールといえば時間の概念が存在しない。過去も、未来も、現在も、すべてが混在し、そしてすべての領域に移動できる量子的空間だ。場合によってはそのがこうした時間概念のない世界の中で繰り広げられるようになっているところまでワンセットだとすれば、この大宇宙の各所で発生しているGRBはすべて、生命体のリセット現象だと考えられなくもない。

 そう考えると、この広大な宇宙空間では休むことなくあらゆる生態系の創造とリセットが果てしなく繰り返されているのだとも仮定できるではないか。

 何と素晴らしい――!


 我々人類は、その大きな宇宙の営みの、ほんの僅かな煌めきに過ぎないのだ――


「――しょう! 元尚!? 聞いているのか!?」


 ふと我に返ると、四ノ宮が何度も叶に呼びかけていた。


「……あ、あぁ……なんだっけ……!?」

「――ったく! 貴様は相変わらずだな。『雷』から連絡将校リエゾンが来るから、基地に着いたら詳しくヒアリングしてくれ、という話だ」

「おぉ、了解だ」

「そのうえで、第一戦闘団にはそのリエゾンと貴様にも帯同してもらう」

「……いいのか!?」

「あぁ、ただし貴様が現場に降りるのは戦闘が終了してからだ。死なれては困るからな」

「おぉ! 構わないとも! 未来ちゃんの身体を一番よく知っているのはこの私だからね……一刻も早く診てやらねばならんのだ」


 まったく……変な表現をするなよ、と四ノ宮は心の中で思いながら、それでもこの天才科学者のことを信頼の眼差しで見つめ返す。

 未来の奪還作戦を決行すると聞いた叶は、誰よりも早く彼女を診てやりたいから最前線に連れていけ、と先日から大騒ぎしていたのだ。気持ちは分からないでもなかったが、それでも四ノ宮はそれを言下に却下していた。なんといっても日本で最高峰の――ということは世界でも指折りの――オメガ研究の第一人者なのだ。そんな叶に万が一のことがあったら、それこそ国家レベルの損失だ。

 ところが、今回のガンマ線バースト現象の観測は、どうやら叶の言い分に追い風を与えたようだ。人類絶滅の危険性を孕む現象を、一個体である未来が引き起こしたかもしれないのだ。であればこそ、オメガ研究の第一人者である叶に、一刻も早くその原因を突き止めてもらわなければならない。作戦行動に随伴するというのは相当な危険が伴うが、そこはある程度受け入れて大義に貢献してもらう必要があるだろう。


「――出撃を急ぐ! 『ア号作戦』は可及的速やかに開始時刻を巻き上げるぞ!」

「了解した――!」


  ***


 『ア号作戦』――。

 国防軍初の五軍統合任務部隊、オメガ特殊作戦群が初めて行う作戦行動――神代未来奪還作戦――のコードネームだ。ここでひとまず作戦の概要を整理しておこう。


 まずは部隊編制だ。オメガ特殊作戦群の総兵力は約三千名。そのうち主力となる陸軍兵はおよそ一千名――大隊規模だ。本部司令部要員約百名を除く戦闘部隊は三個中隊計九百名。このうちオメガ少女たち特務兵が所属するのは第一中隊だ。残りの二個中隊は陸軍特殊作戦群タケミカヅチとレンジャー出身兵士が中核をなす支援中隊という位置付けであった。当初オメガ少女たちを中隊ごとに分けて配置させる案もあったが、これだと戦力の分散に繋がる恐れがあるということで、当面同じ中隊に所属させて運用することになっている。

 さらにその中隊戦力を紐解くと次の通りだ。

 まずは兵員数30名を一戦闘単位とする小隊。オメガ特殊作戦群の場合はこれが四個小隊計120名。うち半数が軽装機動歩兵で、残りの半数が重装機械化歩兵――いわゆるパワードスーツ部隊だ。ちなみにパワードスーツ小隊は30名がまるまるパワードスーツを着用して戦闘に参加するわけではなくて、三体に一人はメカニックが帯同するため、実質正面兵力は20体強だ。

 残りの180名のうち、80名は機甲兵科――すなわち多脚戦車の乗組員およびメカニックだ。一輌の多脚戦車は乗員3名で運用し、5名のメカニックが整備に帯同する。つまり、一個中隊には10輌の多脚戦車が配備されているということだ。

 さらに、五輌の自走砲を運用するために50名。大砲一門につき10名が貼り付くことになる。残りは軍医や衛生兵、工兵などの支援チームだ。


 統合軍ならではの特徴としては、航空支援部隊が地上部隊に所属していないことだ。これらは空軍出身兵たちが担うことになる。一個中隊につき、歩兵を空輸する強襲降下艇が予備機も含めて五機――うち一機は強力な対地火砲を備えたガンシップだ。

 多脚戦車など機甲部隊を空輸する大型輸送機はさすがにオメガ特殊作戦群には配備されていないので、これらを運用する際は空軍にパートタイムで協力してもらう前提だ。


 さらには、電脳軍出身兵が操る自律型致死兵器システムLAWS。これらの兵器は人工知能を搭載し、機械の判断で敵を識別し攻撃するものだ。こうした兵器はかつて特定通常兵器使用禁止制限条約CCWで厳しい国際規制がかけられていたものだが、今や形骸化していて人間対機械の戦いは地球上のありとあらゆるところで繰り広げられている。ドロイド兵はある意味これら兵器の究極の進化形のようなものだ。今回宇宙軍からひっぺがしたドロイド兵部隊の運用は基本的に彼ら電脳兵が担うことになる。希望したユニット数すべてが配備されれば、中隊ごとに三百ユニットのドロイド兵が増援される勘定だ。その戦力強化は計り知れない。


 さて、これら一個中隊に航空支援部隊、電脳兵装などがワンセットになった戦闘単位のことを、オメガ特殊作戦群では第一から第三までの「戦闘団」というくくりで運用する。

 叶元尚が帯同を許された「第一戦闘団」とはすなわち、オメガ少女たちが所属する第一中隊が含まれた戦闘団のことだ。叶は恐らく中隊の支援チームの中に軍医というかたちで配属されるのだろう。


 続いて作戦の概略を見ていこう。

 今回の戦略目標は、何よりも神代未来の奪還だ。現在彼女はハルビン市内のどこかにいると想定されており、それは恐らく限りなく市街地の中心部に近い位置だと推定されていた。そして中心部ということはすなわちアジア解放統一人民軍ALUPAの本拠地そのものである可能性が極めて高い。

 ただし、今回の作戦で最も有利なのは、肝心の敵主力部隊が遠くロシア国境付近までわざわざ軍事パレードに出かけているという情報を入手できたことだ。したがってこの間であれば、敵本拠地の防備は相当薄くなっていると考えられる。

 この隙を突き、これを第一戦闘団で強襲し――叩く。


 当然、敵主力を引き付けるために、残りの第二、第三戦闘団は中ロ国境付近に集結した敵部隊に陽動作戦として奇襲攻撃を仕掛け、第一戦闘団が未来の奪還に動く間これを現地に釘付けにし、あわよくば撃滅する。


 すなわち、今回の『ア号作戦』の骨格は、まず「二方面作戦」であるということ。それぞれ「空挺降下」と「敵前上陸」という極めて難易度の高い作戦行動が前提であること。敵地奥深く襲撃をするために、すべての行動が秘匿された「奇襲作戦」が前提となること、といったところであろうか。

 当然、これらの作戦行動には、ここに書き留めなかったさまざまな空軍力、海軍力、そして宇宙軍の運用が絡んでくる。特に今回統合軍に組み込まれた海軍力は、潜水艦や強襲揚陸艦が大活躍するはずだ。同様に、空軍打撃力は本土の厚木から離発着する。彼らをサポートするのは空軍の空中警戒管制機や給油機だ。戦域は宇宙軍から編入された低軌道偵察ステーションが全体を監視し、必要であればSDDG級の宇宙駆逐艦が大気圏外から地表を艦砲射撃する。

 つまり今回の『ア号作戦』は、国防軍初の統合任務部隊がその真価を発揮する絶好の機会であると同時に、上手く連携できないと統合軍の存在意義そのものが問われかねないという、まさにハイリスク・ハイリターンの作戦であることは一目瞭然であった。


 だが、、四ノ宮は自分の部隊を信じるしかないのである。彼らはまさに全軍から選りすぐられた最精鋭だ。ここでALUPAに致命的な打撃を与えることで、二〇年戦争の帰趨が見えてくるといっても過言ではないのだ。

 さらにその先に見えているのは、オメガというブラックボックスだらけの存在の、そもそもの存在意義――

 彼女たちはなぜこの時代、この地に生まれ、人類をどこに導こうとしているのか……

 少女たちの未知の力は、人類に何を教えようとしているのか――


 四ノ宮は、今回の戦いが、それらに対する何らかの答え、もしくは示唆を与えるはずだとなぜだか確信するのである。

 参謀の一人が四ノ宮に報告する。


「群長――『ア号作戦』、先遣隊の進発準備が整いました。明日には出撃できます」

「うむ、ご苦労」


 いよいよ出撃だ。石動いするぎ、踏ん張れよ――


 四ノ宮は、先遣隊として先行する予定の第一戦闘団に組み込まれた石動士郎中尉率いるオメガ少女たちを想って心の中で祈った。

 この戦いは厳しいものになる。もしかしたら、オメガの一人や二人は戦死するかもしれない。明日の出陣の際は、一人ひとりと握手を交わしておこう。悔いの残らぬように――

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